Winter Bells

 

 

「ねえ、明日の夜は家に来ない?」

いつもの帰り道にいきなりそう言った哀の言葉に、コナンは思わず「はあ?」

と聞き返してしまった。

青天の霹靂、とはこういう事を言うんじゃないかと。

そんなことを頭の片隅で考えているのがわかったのか、哀は少し不満げな顔

つきになった。

「・・・どうせ、柄にもないって思ってるんでしょ」

「あ、いや、って言うか・・・歓迎するってば」

コナンはぼそぼそと早口で言い、後は哀の顔を見ないようにしながら歩く。

それでも、自然に頬の筋肉が緩んでしまうのを、押さえられない。

まいったな。

すると、そんな状況を救うかのごとく、次の交差点で哀は立ち止まった。

「じゃ、私、買い物があるから。じゃあね」

「あ、おう」

ちら、と最後にこっちを見たときの彼女の微妙な笑みに、コナンは惚けっと

見とれる。

「うっしゃー!!」

思わず出た、ガッツポーズ。

道行く人が変な目でこっちを見ているが、そんな事は気にしない。

明日は、12月24日。すなわち、クリスマスイブ。

その日を、哀の方から『一緒に過ごそう』と誘ってくるとは。

・・・ま、この姿じゃデートって訳にもいかないだろうけどな。外見は小学生

同士、そんな簡単に夜の町をうろつけるわけもない。

それでも構わない。だって、クリスマスの夜は特別なのだから。

 

「おいコナン、これうめーぞ?食ってみろよ!」

「元太君、あんまり食べ過ぎるとケーキが食べられませんよ?」

「うふふ、ケーキは別のところに入るのよ?ね、灰原さん?」

「そうね」

「はっはっは、『ケーキは別腹』という奴じゃな」

・・・こんなこったろーと思った。

ははは・・・とうつろな笑みを浮かべ、コナンはこっそりため息をついた。

クリスマスイブ。ちょっと緊張しながら阿笠邸に哀を迎えに行ったところ、

リビングはすっかりパーティの準備が出来ていた。

え、博士も一緒?

そして、呆然としているコナンのすぐ後に、いつもの3人組がやってきた。

なんの事はない。単に阿笠邸でクリスマス会(パーティ、なんてものではな

い。絶対に)を行うってだけのこと。

これじゃあ、いつもと一緒じゃねーか。

いつも誰かが周りにいて、ろくに2人きりにもなれやしない毎日。

今日こそは。今日の、特別なこの夜こそは。

そう考えていたのに・・・。

がっくりと肩を落とし、恨めしそうに哀を見つめるコナン。

哀は、歩美と何か楽しそうにささやき合いながらケーキを切り分けている。

・・・・・・。

ま、いいか。

ため息混じりながらも、コナンは笑みをもらす。

博士や歩美と一緒に話している哀が、幸せそうだから。元太と光彦の会話に

クスッと笑う哀が、本当に幸せそうだから。

だから、今夜は俺も我慢しよう。アイツが幸せそうなら、それでいい。

 

クリスマス会も終わり、博士が3人組を黄色のビートルで送って行った。

つかの間の2人きりだけど・・・。

コナンはちらっと哀を見るが、彼女はグラスと皿を集めている。

ま、そうだろうな。

期待した自分がバカだった、とばかりにコナンもそれを手伝う。

と、その時。

時計を見上げた哀が、不意にコナンの腕をつかんだ。

「なんだよ?」

「ね、工藤君。ちょっと・・・」

そのまま哀は、2階へと階段を上がっていく。コナンも引っ張られたままつ

いて行った。

ベランダへと続く窓を開けると、冷たい風が吹き抜ける。

「うわ、さっみ〜・・・なあ灰原、何か上に着る物・・・」

「黙って!」

哀は口に人差し指をあて、ベランダへと身体を乗り出す。何かに、耳をすま

している様子だ。

コナンも首を傾げつつ、彼女に倣う。

カラーン・・・

「あ・・・鐘の音?」

「聞こえた・・・」

2人の耳に聞こえてきたのは、遠くから冬の冷たい空気と共にやってきた鐘

の音。

澄んだ響きが、うっすらと2人を包んでいく。微かな、ほんの微かな音色。

「この間、新聞に載ってたの。杯戸市の山ノ上教会が今日、この時間に鐘を

鳴らすって。ひょっとしたら、聞こえるんじゃないかと思って・・・」

「そっか」

そのまま2人は、しばらく遠い鐘の音に耳をすます。

夜の空気は冷たかったが、コナンの心の中は暖かい気持ちで溢れていた。そ

れはきっと、哀も同じに違いない。言葉には出さないが、そう確信していた。

「・・・哀」

「え?」

「これ、やるよ」

コナンは、ポケットの中で出番を待っていた小さな袋を取り出した。

そっと受け取った哀は、手のひらで恐る恐る開けてみる。

月の光に銀色に淡く輝くのは、四葉のクローバー。小さなネックレス。

一足早い、春の気配。

「メッキだけどな。小学生の小遣いで、おつかいの振りして買いに行くのは

それが限界だ」

肩をすくめて笑うコナンに、哀は感謝をこめた視線を送る。

「・・・ありがと」

「いえいえ、どういたしまして」

コナンの満足げな顔に、哀は少し困ったように首をかしげた。

「悪いわね。私、何にも・・・」

「かまわねーよ。この鐘の音を、聞かせてくれたかったんだろ?それだけで

充分さ」

確かに、それは間違っていない。哀は、うなずく。

だけど、コナンと一緒に聞きたいと。それを望んだのは、自分だ。

再び鐘の音を聞き取ろうとしている、彼の横顔。

そっと、自分の顔を近づける。

頬に軽く触れた感触に、コナンは一瞬呆けた。直後、その感触が哀の唇だと

いう事に気づく。

小さなキス。哀からの、クリスマスプレゼント。

驚いた顔のまま、哀の方へ顔を向けたコナンは、限りなく優しい彼女の瞳に

出会った。

「私は、クリスチャンでもないけれど・・・それでも、神様に感謝しなくちゃ

ね」

「何を?」

「この聖なる夜に、あなたと一緒にいられることを。・・・メリークリスマス」

哀は、そう言って天使のように微笑んだ。

END


 

え〜去年の予告通り。今年は、あの企画はやめました()

いやもうだって、限界なんですもの〜(^^;

ですが、季節もんやし書かへんのもアレかな〜とか思って、短時間で書き上

げてしまいました。

タイトルにもなってますが、もちろんこの話のイメージソングは、倉木麻衣

さんの「Winter Bells」です(^^)

 

 

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