伸ばした手の先に

 

 

江戸川コナンこと工藤新一が通う帝丹小学校。この小学校では、年に一

度文化発表会という催し物が開かれていた。

「…ようは、文化祭ってとこかしら」

チョッキン。哀が言う。

「ま、そーゆーことだな」

チョッキン。コナンが答える。

コナンのクラスでは、『鶴の恩返し』を劇としてやることになっていた。

教室の真ん中では、主役の鶴を演じる歩美が練習中だ。そして、コナン

と哀がその姿を見学しつつ小道具である雪づくりをしている。チョッキ

ン、と画用紙をひたすらくり抜く作業を繰り返す2人。

「…ったくよー。なんでこんな事しなくちゃいけねーんだよ」

あまりにもの単純作業に、ついつい愚痴の出るコナン。そんな彼を尻目

に、哀の方はただひたすらに作業を繰り返す。

そのどこか楽しそうでもある横顔に、コナンは首をかしげた。

「灰原、お前さー…やけに楽しそうじゃねーか」

「あら、あなたは楽しくないの?」

コナンは、頭の後ろで手を組む。

「だって、これで何回目だ?小、中、高、毎年文化祭では似たようなこ

とやってんだぜ?いいかげん、飽きてきたっつーの」

「…あなたって、本当に幸せね」

少し馬鹿にしたような哀の口振りに、コナンは何だよ、と口を尖らせる。

哀は悪かったかしら?と少し笑い、そして言う。

「…物心ついた時には、組織の一員だった。一刻も早く戦力となれるよ

うに、毎日勉強ばっかりしていた。文化祭なんか、参加したことないわ。

…そんな暇、なかったもの」

淡々とした哀の口調に、コナンは黙って聞き入ってしまう。無機質な机

にむかっている幼い少女…そう、まさしく今の彼女…の姿が、容易

に思い浮かんだ。

「…じゃあ今は、少しは幸せなのかよ」

言ってからコナンはそんな訳ないよな、とつぶやく。

自分自身の本来の姿じゃないのに、幸せなわけがない。

だが哀は、クスっと笑って言った。

「…ええ、少しは、ね。…あなたが、いるから」

チョッキン!

「あーあ、コナン君。何やってんですか。ちょん切ってしまったら駄目

じゃないですか」

いつのまにか二人の後ろには、光彦が立っていた。

「みっ、光彦!お前、いつからここに?」

慌てふためくコナンに、光彦は少し不機嫌な口調で答える。

「今ですよ。あっちから、また二人がアダルトな会話をしているように

見えましたんで」

ほんの少し哀のことが気になっている光彦は、二人の仲の良さ?が少々

うらやましいらしく、最近いやにコナンにからんでくる。

コナンは、澄ました顔で作業を続けている哀をちらりと見た。

…ったく。どこまで本気なんだか…。

「灰原さんも、劇に出られれば良かったのに」

光彦がそう言うと、哀は熱演中の歩美を見ながら答えた。

「結構よ。吉田さん、あんなに張り切っているじゃない」

実は、主役である鶴の役は哀も推薦されたのだ。が、哀はあっさりと裏

方に回り、その結果が歩美の主役であった。

「残念だなあ…さぞかし綺麗な…あ、いやいや」

思わずそんな本音を漏らした光彦は、一人で赤くなるとまた自分の持ち

場へと戻って行った。

「せっかくだから、主役も経験すれば良かったじゃねーか」

コナンがそう言うと、哀は手を止めて彼を真っ直ぐに見た。

「前にも言ったでしょ…私のこの顔は、組織の人間なら知っているの

よ?人前で、舞台になんか立てるわけないじゃない」

「…そりゃ、まあな…」

 

「なんで、俺がこんな事に…」

文化発表会当日。コナンは衣装である薄いピンクの着物を着てふてくさ

れていた。頭にはご丁寧にリボンまでつけている。

それというのも、今日の劇の主役である歩美が、急に体調を崩して休ん

でしまったのだ。

「困ったわねえ…」

クラスの担任教師も心底困惑していたが、ふと小道具係の所にいたコナ

ンに目をつけた。

「ねえ、江戸川君。君なら度胸もあるし、代役できない?」

「えー?!」

コナンの抵抗もむなしく、クラス全員の涙の訴えにより、コナン主役(し

かも女役)の世にも奇妙な『鶴の恩返し』が始まろうとしていた。

「…おい、灰原。お前出ろよ」

「ご冗談を。お似合いよ、江戸川君。セリフはちゃんと教えてあげるか

ら」

哀は、台本を片手にくすくす笑った。急な代役のコナンのために、自ら

進んでプロンプ役をかってでたのであった。

「…ちくしょう。うらむぞ、歩美…」

そうこうしているうちに、コナンたちの出番となった。

彼には珍しく、あがっていて無我夢中であったが、後ろから哀のバック

アップを受けながら、なんとか劇をこなしていく。

後少しで終わり、まさにその時事件は起こった。

ぎぎぎい、という嫌な音がしたかと思うと大道具である家の壁が揺れた。

それは周りが気づいた時には、前に倒れようとしていた。目の前の劇で

必死な、コナンの方に。

「コナン君!」

周りの声にハッと振り返ったコナン。一瞬何が起こったのか分からず、

我に返った時には板の下敷きとなっていた。

「コナン君、灰原さん!しっかり!」

担任教師のまるで悲鳴のような声に、コナンは気づいた。自分をかばう

ようにして、哀が倒れていることを。

「灰原…?」

ようやく板が上げられ、コナンは自分の体に異常が無いことを確認して

抜け出す。が、哀は気を失ったまま動かない。

「灰原…」

呆然と立ちすくむコナンに、光彦が叫んだ。

「コナン君!彼女はあなたをかばったんですよ!僕、見てたんです!」

光彦が言うには、哀はいち早く異変に気づくとスポットライトの下へ出

て行き、コナンを押し倒したのだそうだ。あがっているせいか、普段の

注意力がほとんど働いていなかった彼を。

コナンは思わず、その場に両膝をついた。手が震えているのが分かる。

「バーロ…舞台には立たないんじゃなかったのかよ…」

 

「じゃ、またな灰原」

「ゆっくり休んでください」

元太と光彦がそう口々に言いながら帰っていくと、とたんに病室は静け

さを取り戻した。哀は、ベッドの上でふうっと息を吐く。

あの後、学校からすぐにこの病院へと運ばれた。幸い、軽い脳震盪をお

こしただけだったようで、検査が終わり次第退院できるらしい。

目を閉じていた哀の耳に、キイ…とドアのあく音が聞こえた。見ると

、いつのまにやって来たのか、コナンの姿がそこにあった。

「工藤君…怪我、してなかったんだ…」

哀は、少し驚いたようにそうつぶやく。

「…ああ。お前のおかげで、な」

そう答えたきり、コナンはうつむいたままだ。表情も、よく分からない。

「…なぜなんだ?」

しばらくの沈黙の後、コナンは不意にそう問いかけた。

「え?」

「なぜ、俺をかばった?俺は、小学生じゃない…あれぐらい、どうって

こと…いや…」

コナンは頭をかきむしる。言いたいことがうまく言えず、もどかしい。

「助けてくれたのは、ありがとう。でも…なんで、あんな危険なこと…」

…不思議だったのだ。あれほど、舞台に立つのを頑なに拒んでいた哀。

あの事故で、スポットライトの中で倒れていた彼女は、大勢の人目にさ

らされた。そんな危険なことをしなくても、コナンならかろうじて身を

かわすことが出来たかもしれない。

困惑しきった表情のコナンを哀は冷静な顔つきで見ていたが、再び目を

つぶると天井に顔を向けた。

「…これ以上、借りは作れないわ。それに、あなたは貴重な研究資料だ

もの」

どこか皮肉っぽいいつもの彼女の口調に、コナンはほっとする。

「そんなこったろーと思ったぜ。でも、ありがとうな」

「…どういたしまして」

そう言ったきり、くるりと背を向けた哀にコナンはため息をつくと、部

屋を出て行こうとした。

ドン。開いた扉から、現れた人影に、コナンは軽くぶつかる。

「おっと…なんだ、新一。来てたのか」

外から入ってきた阿笠博士は、コナンの姿を上から下まで見ると満足そ

うにうなずいた。

「良かった、大丈夫そうだな。いやあ、哀くんは気がついたとたん、新

一の安否を確かめてきたからのう…よっぽど心配だったんじゃろう」

「はっ…博士!」

哀は、ガバッと起き上がると阿笠博士の言葉を遮ろうとして、イタタと

頭を押さえた。

「哀くん!今、看護婦さんを呼んできてやるからな」

博士がバタバタと部屋を出て行くと、コナンはうつむく哀の方へと近寄

った。

「灰原…お前…」

哀は、少し顔を上げる。うっすらと上気したその表情は、コナンが今ま

で見たことの無いものだった。

「…あなたが、無事ならそれで良かったの」

潤んだ瞳がコナンを見つめる。吸い込まれそうなその瞳に、息が苦しく

なるコナン。

 

窓から差し込む夕日が、二人を赤く染めていた。

 

END


事件がおきました。私の書くコナンは、なかなか自分の気持ちに気づき

ません。

そこで、こうなったわけです。

なんか、最後は哀ちゃんが妙に素直になってしまいました。

 

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