2人乗りで行こう

 

 

キィ・・・という音で、コナンはふと顔を上げた。

立ち上がり窓から外を見ると、隣りの阿笠邸から抜け出てきた小さな

人影1つ。

・・・灰原?アイツ、何やってんだ・・・。

慌てて、しかし足音は極力押さえて階段を下りる。

玄関のドアを開けると、ちょうどその前を哀が通り過ぎるところだっ

た。

「・・・あなた、何してるの?」

コナンに気づき、いぶかしげに訪ねる哀。

「何って・・・ちょっと、取りに来たものがあったんだよ」

ふうん、と興味なさそうに答える哀に、コナンは不機嫌に問う。

「・・・オメーこそ、こんな時間に何をやってんだよ」

「・・・散歩」

「散歩、だぁ?」

哀は、コナンを無視してそのまま通り過ぎていく。

慌てて彼は、裏庭の方へと回った。

工藤邸の裏には物置があり、そこにはアレがしまってある。

コナンは、力任せにそれを引っ張り出した。

 

月は、見えない。曇っているのではない。

多分、今は新月か・・・それにかなり近い月齢なのだろう。

コナンには散歩、と言ったが実は行き先はちゃんと決まっている。

哀は、しっかりした足取りで目的地へと急ぐ。

その時。

「待てよ、灰原!」

彼女にかけられた声と、少しさびついたペダルが回転する音。

ぎぎぎぎっ・・・と派手な音を立てて、コナンは哀の横に自転車を止めた。

黄色い、子供用の自転車。補助輪が外された後があり、全体的に少し

赤錆が浮いている。

「・・・賑やかな追跡者ね・・・」

「うるせー。しばらく、手入れしてなかったから仕方ねーだろ」

「あら。ということは、工藤新一の頃は乗っていたってこと?」

からかうような哀の口調に、コナンはむくれたように言った。

「・・・工藤新一が、俺ぐらいだったころだよ、当然」

・・・同一人物でしょう?

最近、ときおり自分と新一が別人のような言い方をするコナン。

そんな彼の表現を聞くたび、哀は切ないような思いにかられる。

コナンの中で、工藤新一と江戸川コナンの両方の存在があるというこ

と。それは、蘭を思う気持ちと哀を思う気持ちが、同時に存在してい

ることの表れのようで。

ならば、解毒剤が完成した暁には。

工藤新一の中に、江戸川コナンは存在するのであろうか?

「・・・やるからよ」

「え?」

「オメーなぁ・・・人の話は、聞けよ」

不満そうなコナンに、哀はすいと再び歩き始めながら答える。

「あら、ごめんなさい。もうすっかり、耳が遠くなっちゃったから・・・」

「・・・ホントに、84歳じゃねーだろうなあ・・・」

コナンは小声でつぶやくと、自転車を押しながら哀を追う。

「だから、乗れってば。送ってってやるよ」

哀は、振り向いて問う。

「どこへ?」

そこで初めて、コナンはニヤリと笑った。

「わかってるよ。学校だろ?さしずめ・・・今日の、宿題のプリントを忘

れたとか」

「・・・全く・・・」

ヘンなことに、探偵の才能を生かさないで欲しいものだわ。

「で・・・どうすればいいの?」

「どうすればって・・・」

コナンは、きょとんと哀を見返す。

「後ろに乗れよ。それとも、オメーが漕ぐか?」

「・・・・・・」

哀は、何故だか少し戸惑っているかのように、コナンの後ろへとまわ

る。

「・・・ここに、座ったらいいの?」

「バカ、オメーそれはサドルだよ!そこは俺が座るの!」

「じゃ、こっちに座るの・・・?まさか、立つんじゃないでしょうね」

コナンは何を言ってるんだか、と哀の顔をまじまじと見ていたが、や

がてははーん、と笑った。

「オメー、ひょっとして自転車の2人乗りしたことねーだろ」

「1人で乗ったこともないわ」

「・・・さいですか・・・」

コナンは、呆れたように言う。

それから、こっちがサドルでこっちが荷台と説明を始め、哀に手を貸

して座らせてやる。

ぶっきらぼうさを装っているものの、彼の表情は笑いをかみ殺してい

るとしか見えない。

「・・・何、笑ってんのよ」

哀の言葉に、コナンはサドルにまたがり彼女に背を向けてつぶやく。

「嬉しいんだよ」

「え?」

「嬉しいんだ、お前に『初めて』を経験させてやってることが、さ」

・・・暗くて、良かった。

哀は、心からそう思った。

さもないと、泣き笑いみたいな今の表情を、見せなければいけないか

ら。

それは、真っ赤な顔をしたコナンも同じ思いだった。

「しっかりつかまっとけよ!」

少し気恥ずかしい気分を振り払うかのように、コナンは勢いよくペダ

ルを漕ぎ出した。

初めて買ってもらった、思い出の自転車。

中学に入って大人用の自転車を購入した後も、何故か手放せなくって

時々手入れしていた。

・・・ひょっとしたら、この日のためだったのかもな。

自分の腰に、ぎゅっとまわされる哀の小さな腕。

その感触に、ますます足を早める。

「飛ばしすぎないでね、探偵さん!」

後ろからかかる声も、心地よくて。

今日の空には、都会には珍しいぐらいの星空。

初夏の風は、夜になって少し冷たさを帯びてきて。

サイクリングには、青空の下と同じぐらい絶好のコンディション。

せっかく、子供に戻ったんだから。

失った時間を。経験しそびれたことを。

いっしょに、取り戻そう。

 

思い出を、作ろう。

 

END


 

続き物を書いてる最中に、別の話が書きたくなるのは何故・・・(笑)

本当なら七夕の話になるはずが、あまりにも時期を外してしまったの

で違う話になりました。

でも最初は、2人で星を見に行く話だったのに・・・あんまり、星が出て

こないし(爆)

ほのぼの系が、やっぱりいいですね。個人的には、書きやすいです。

 

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