君に会えて

 

 

5.コナン

 

「・・・よう。久しぶりだな」

そう言って笑う彼を、哀は驚きの表情を隠すことなく、見つめつづけ

た。

・・・何にも、変わっていない。

哀の視線に、すこし困ったような照れくさそうな笑みをもらしている

ところも。高校生の割にはすこし華奢で、でも意外にしっかりと筋肉

がついているその身体も。『高校生探偵』ともてはやされた当時から、

女性に人気だったその顔も。

軽く腕を組み、門にもたれて哀を見ている、その何処か気障な仕草も。

全て、あの当時のまま。

10年前の、工藤新一のまま。

ただ一つ違うのは、その顔つきにはすこし無粋な、黒ぶちのメガネ。

・・・と、いうことは?

 

 

「・・・江戸川・・・君、なの?」

 

 

工藤新一ではなく、江戸川コナン。

もし、工藤新一なら、もうとっくに27歳のはず。

高校生そのままの工藤新一は、ありえない。

 

哀の問いに、コナンはふっと鼻で笑う。

その仕草は、いかにも工藤新一で。

でも、目の前にいるのは江戸川コナンで。

哀は、麻痺してしまいそうになる思考をどうにか保つのに精一杯だっ

た。

「・・・なんだよ。俺が帰ってきて、嬉しくないのか?」

「嬉しいも何も・・・」

失敗だった?解毒剤は。

彼を元に戻したくて。消えたデータを再現するのに、あれほどの長い

年月をかけて。

それでやっと、これで完璧だと思えるほどの解毒剤が出来たのに。

あの、効果は100%だったはずなのに。

でも、それならどうして彼がコナンなのか。

「・・・50%じゃあ、な」

「え?」

「成功率は、50%。お前が、そう言ったんだろ?」

哀の考えていることを、読んだかのようなコナンの答え。

「そんな、はずは・・・」

小さな声でつぶやき、首を振る哀に向かってコナンは自宅の門を開け

て見せた。

「ま、入ろうぜ。話は、いろいろあるからな」

 

意外にも、工藤家の中は片付いていた。

何もかもがさっぱりとした感じで、ほこりっぽくもなんともない。

窓を開けなくても空気はさわやかで、まるで誰かが掃除した後のよう

だった。

「・・・かなり、徹底的にやってくれたみてーだな・・・」

コナンは機嫌よさげに笑いつつ、リビングに荷物を下ろす。

それで初めて哀は気づいた。ついさっき、外国から帰ってきたような

そのスーツケース。

「本当に、帰ってきたところなのね・・・」

なんだよ、とコナンは苦笑する。

「おめー、俺がずっとここに潜伏していたとでも思ってたのかよ」

「そうじゃないけど・・・」

促されるまま、哀はソファに腰掛ける。

台所に立って、コーヒーメーカーを取り出すコナン。

「豆は、っと・・・ちっ、蘭のやつ・・・新しいの買っておいてくれって頼

んでおいたのに・・・」

戸棚を探りながらつぶやいた彼の言葉に、哀ははじかれたようにそっ

ちを向いた。

「工藤君・・・あなた、蘭さんに会ったの?」

「ああ、あった・・・」

ドキッとして哀はコナンを見るが、彼はコーヒー豆の袋を見つけ出し

たことを言っているらしかった。

「あのね、だから・・・」

「だから、会ったよ」

再度問いかけようとした哀に、袋を開きながら、こともなげに言うコ

ナン。

「会ったの・・・?その姿で・・・?」

「ああ。ここの掃除、頼んであったからな」

水をいれて、コーヒーメーカーをセットする。袋は閉じて、また棚に

しまう。

よくよく見ると、棚も水屋も丁寧に磨かれている。帰ってくる主の為

に、一生懸命掃除をしている蘭の姿が容易に思い浮かんで、哀は思わ

ず目を伏せた。

「コナン君が帰ってきて・・・彼女、喜んだでしょうね」

・・・いやだ。こんなこと、言いたいんじゃない・・・。

哀は、自分の口調に混じる醜い感情を、嫌悪する。

それは、嫉妬と言うものであることを、彼女は充分にわかっている。

何度も経験してきた、汚くてドロドロした感情。

「・・・コナンじゃない。新一だったってことは、ちゃんと言った」

「・・・え?!」

思いがけない答えに、哀は驚いた声を出す。

そんな彼女を、コナンはあらためて見つめると、少し嬉しそうに笑っ

た。

「おめー・・・本当に、表情豊かになったよな。見てて、飽きねーよ」

「バカ・・・そんなこと、どうでもいいのよ・・・それより、新一って・・・」

「言葉のとおりだよ。俺は、工藤新一だったって」

さらりとそんなことを言ってのけると、コナンは台所を出て哀の隣り

へとやって来る。ソファに長い足を投げ出し、天井を見上げる。

「懐かしいなあ・・・この家も」

「ちょっと、工藤君・・・ちゃんと、説明してくれないかしら?」

コナンは、いたずらっぽく笑って、哀の顔を覗き込む。

「・・・どこから?」

「・・・最初からだと、ありがたいんだけど」

最初から、ねと笑ってコナンはメガネを手馴れた仕草で直した。

 

「解毒剤は、失敗だった」

 

「・・・そう・・・」

 

「嘘だよ」

 

「・・・・・・」

 

「・・・50/50だっていったの、お前じゃんか・・・」

コナンは、苦笑して・・・そして、その笑みはだんだん自嘲的なものに変

わる。

「わかってたよ、お前がそんな不完全なもの渡すわけないって。だか

ら、俺なりに50%だって言ったお前の気持ち、考えてたんだ」

 

工藤新一に、戻らないで欲しい。

哀の、言葉に出せなかった想い。

 

コナンは、黒ぶちのメガネの奥から、真っ直ぐな眼差しを哀に向けた。

あれから数年の月日がたち、いつの間にかあの事件に巻き込まれる前

の時間まで、成長した自分たちを見つめ合う。

「・・・俺の、想像が当たればいいと思った」

哀は、わずかに目を伏せる。そんな彼女に、フッとコナンは表情を和

らげる。愛しくて、たまらない存在を目の前にして。

「だけど、俺は工藤新一に戻りたかった」

 

戻りたかったの?

・・・あの人の元へ?

 

コナンは苦笑して、哀の柔らかな髪をくしゃっとなでてやる。

「・・・おめー、ポーカーフェイス、下手になったぞ・・・」

哀は、自分の感情を見透かされた上に、頭をなでる手の心地よさに気

持ちを許しそうになり、ついと身を引く。

「・・・それで?」

「・・・きちんと、蘭に会って俺の気持ちを伝えようと思った」

「そう・・・」

「・・・おい。勘違いしてんじゃねーぞ?」

哀の冷たい声に、コナンはぎゅっと彼女の頬を両手でつかみ、自分の

方を向かせる。

「ちょ・・・ちょっと、やめてよ!」

「じゃあ、最後まで聞けよ、な?」

「・・・聞いてるじゃない・・・」

「いいや、お前今にも耳をふさいじまいそうだったぞ」

乱暴な割には、壊れ物を扱うかのような優しい手の置き方に、哀は息

を少しだけ吸い込む。

「・・・ちゃんと、謝るつもりだった。俺の気持ちは、もう蘭にはないこ

とを」

哀は視線を上げる。自分をじっと見つめている、コナンと目が合う。

「俺は、灰原哀が好きだから。そいつを守りたいがゆえに、工藤新一

に戻ったんだと」

「守る・・・?」

「・・・黙って、守られるやつでもねーけどな」

そう言って苦笑するコナンに、哀は自分がどんな表情をしているのか

わからなくなる。

「だけど、戻れなかった。解毒剤を飲んでも、俺は江戸川コナンのま

まだった」

 

強いショックが、哀を襲う。さっきの解毒剤は失敗だったと言うコナ

ンの言葉は、嘘ではなかったのだ。

彼を、工藤新一に戻す為。そのためだけに行ってきた研究が、何の意

味ももたなかった瞬間。

 

「あ、おい、灰原!」

フッと全身の力を抜く哀の身体を、コナンは慌てて支えた。哀は、放

心したようにうつろな目をしている。

「灰原!しっかりしろ!ちゃんと、俺の話を最後まで聞けったら!」

哀は目を閉じ、聞いてるわ・・・と力なさげにつぶやく。

コナンはそっと彼女の身体を自分の両腕の中に収めると、そのままの

体勢で話を続ける。

「ショックだった。・・・どうしていいか、分からなかった。だけど、こ

のままの姿でお前の前に出るわけにもいかなかった。俺はまだ・・・ガキ

だったから」

少し腕に、力を込めるコナン。

「こうやって、お前を支えてやることはもう出来ないと思った。何故、

戻れなかったのかそればっかり考えてた」

哀は微かに目を開け、自嘲交じりでつぶやく。

「・・・私のミスだわ・・・」

「・・・そう考えるのが、普通だろうけどな。だから俺も、お前に会いた

くても会えなかった。お前がまた、自分のこと責めるのがわかってた

から」

だけど違うんだよ、とコナンの優しい声。

「俺、分かったんだ。俺がコナンになったのは、お前の薬のせいじゃ

ない。きっと、お前と出会うために俺が望んだことだったんだって」

「・・・・・・望んだ?」

「ああ。そして、戻れなかったのもやっぱり俺が望んだからなんだよ。

江戸川コナンとして、お前と同じ時間を過ごしていくことを」

コナンは、少しだけ切なそうな顔つきになる。

「蘭には、コナンとしてだましていたことも・・・工藤新一は帰らないこ

とも、説明した。・・・先に、けじめだけはつけておきたかったから」

哀は再び、目を閉じる。その目を次に開いた時には、少し瞳に力が戻

っていた。

「・・・同じ、時間を過ごしていく・・・」

「そうだよ。江戸川コナンは、工藤新一に追いついた。お前のことだ

って、ちゃんと守ってみせる」

コナンは軽く深呼吸すると、哀の瞳に自分の視線を合わせて言った。

「だから、一緒に生きよう。江戸川コナンとして・・・灰原哀として」

 

一すじ。哀の瞳から、涙がこぼれた。

 

コナンはそっと顔を寄せ、その涙を唇でぬぐってやる。

「・・・好きだ。離れている間、お前のことばかり考えていた」

「・・・江戸川君・・・」

積み重ねて来たありったけの想いを唇に乗せ、哀はコナンに差し出し

た。それをコナンはそっと受け止める。

 

あなたに会うために。

君に会うために。

 

きっと。出会うためだけに。

 

一緒に、生きよう。

 

END


 

ようやく何とか、終わりましたが・・・。

う〜ん。最終回みたいな話ですね()

いや、別に終わらすつもりはないです。

私の書いている話の先がこうなのかと聞かれれば、まあ一つの分岐点

の先だと言えるでしょうが・・・。

「出会い」ということの必然性みたいなものについて、書こうかなと

思って・・・大失敗した見本のような作品になってしまいました・・・楽し

みにしててくださった方、申し訳ないですm(__)m

 

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