ひとつ傘の下

 

 

ポツリ、と地面が黒くなった。そしてまた、ポツリポツリと。

見る見るうちに黒い部分は増え、サーッという雨音に変わる。

すっかりその青い色を失った空は、どんよりと大きな雨雲で覆われて

いた。

・・・しばらく、止みそうにもない。

そんな外の様子を1人、教室から眺めていた光彦は、慌てる様子もな

いままに、席の後ろのロッカーへと歩み寄る。

それを開けて取り出したのは、大人用の折りたたみ傘。

小学生が持つには少し大人びているものの、その便利さは彼の中で定

番と化していた。

今日は、珍しく探偵団がバラバラだ。

歩美は最近習い始めた、ピアノ教室へ。元太は家の用事で、すでに帰

っている。

そしてコナンも、毛利探偵事務所で抱えている事件が気になるとかで、

早めに帰宅した。

雨が降りそうな空模様に、多くの生徒たちがとっくに下校していた。

日直の仕事で遅くなったのは、光彦。

そして、もう1人・・・。

カラカラ、と教室の戸が開く音。

「日誌、先生の机に置いてきたわ」と言いながら入ってきたのは、灰

原哀。

もう1人の、日直。

「ありがとうございます。黒板の掃除も、もう終わりますよ」

光彦は、心なしか弾んだ声を上げる。

こんな風に彼女と2人っきりなんて、初めてのことだから。

哀は軽くうなずくと、窓際まで寄って来た。

「とうとう降りだしたわね・・・」

あっという間に強くなっている、雨足。

窓の向こうは、薄い霧のベールがかかったようになっていて、景色が

良く見えない。黙ったまま見つめていると、この場所に閉じ込められ

たような気分になる。

ぼんやりとそんなことを考えていた哀の横顔を、光彦はちらちらと見

つめる。

端整な顔立ち。どこかミステリアスな、その眼差し。

美人という形容詞は、彼女の為にあるのではないかという気にもなる。

冷たそうで優しく、それでいてどこか突き放したような振る舞い。

コナンに対しては心を開いているようだが、光彦達に対しては少し距

離を置こうとしているかのように見える。それは、歩美に対してでさ

え。

組織のことを知らない彼らにとって、それが自分たちを争いに巻き込

みたくないという哀の思いであることなど、知る由もなかった。

だから、不満だった。

コナンしか見ない彼女。コナンしか頼ろうとしない彼女。

哀にどこか淡い思いを抱く光彦を、特に遠ざけようとするその態度。

何故、コナンじゃなきゃダメなのか。

その思いは、日に日に募っていき・・・。

光彦は、疑問をぶつけてみる。

「灰原さん。その、ちょっといいですか?」

「・・・何かしら」

こちらを見ようともせずに、つぶやく哀。

「その・・・僕と、コナン君の違いって、何なのですか?」

「江戸川君との、違い?」

そうです、と光彦はうなずく。

「僕・・・いや、僕も元太も歩美ちゃんも、みんな灰原さんに頼って欲し

いんです。灰原さんの、力になりたいんです」

真剣な彼の声色に、初めて哀は正面から光彦を見る。

小学生とは、思えない。

何度、その言葉を心の中で繰り返しただろう。その成熟した考え方に、

何度舌を巻いただろう。

それに、あの工藤新一ですら、ここまでの思慮深さはなかったに違い

ない。たかが、小学生の分際で。

「違いは・・・すべて、よ」

「すべて・・・ですか・・・」

哀の返事に、光彦は目に見えてがっかりする。

コナンとは違って、自分は凡人だと。それをつくづく思い知らされる。

「だって、円谷君は円谷君でしょう?それとも、江戸川君になりたい

わけ?」

コナン君に、なりたいかって?

そりゃあ、なってみたい。

事件に顔を突っ込んで、それでも鮮やかに解決してみせるその頭脳。

歩美を始めとした、女生徒たちにキャーキャー言われる人気。

そして何より、哀からの絶対の信頼。それは、欲しくて止まないもの。

だけど、光彦は静かに首を振った。

「いいえ。僕は、円谷光彦で精一杯です。江戸川コナンは・・・僕には少

し、荷が重いようですよ」

寂しそうに笑う光彦の答えに、哀はわかってるじゃない、とばかりに

微笑む。

「あなたは、あなた。それでいいんじゃない?」

「本当ですか?」

それには答えず曖昧に微笑むと、哀はくるりと身を翻す。

「帰るわ。じゃあね、円谷君」

引き止める間もなく、教室を出て行く哀。

1人残された光彦は、彼女の言葉の意味を考え込む。

コナン君とは違う僕。

彼女から、なかなか頼りにされないけど・・・。

いつかの山の出来事を思い出す。怪我をした彼女、手当てした自分。

『あなたは、最高のレスキュー隊よ』

そう言ってくれた、彼女。

この僕にできること。コナン君じゃなくて、この僕しか出来ないこと。

それは・・・。

光彦は、哀を追いかけた。大急ぎで廊下を走り、階段を飛ぶようにし

て下りる。

「灰原さん!」

幸い、昇降口で靴を履いていた彼女に追いついた。

「あの・・・僕にしかできないことが、ありますよね?」

哀は、肩をすくめてみせる。

「・・・かもね」

光彦はその反応に満足げにうなずくと、手に持っていた折りたたみ傘

を見せた。

彼の最終兵器。何よりも大人に近づきたい、その気持ち。

「一緒に、帰りましょう。雨からあなたを、守らせてください」

彼の想い人は、彼の1番好きな微笑で答えた。

「光栄だわ」

 

END


 

コナン、出てこないし() そしてまた、ここにライバルが1人・・・。

全然小学生じゃない、光彦。本来なら中学生か高校生で書きたいんだ

けど、まあそれは時系列の都合というか、なんというか。

たくさんの人に想われまくる、哀ちゃん。いや、面白くなってきた。

↑自分で言うなって()

 

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