笑顔の行方

 

 

「じゃ、いってきます」

「おお、気をつけてな」

いつも通りの挨拶を阿笠博士と交わすと、哀は玄関を出た。

ついこの間まで、ひんやりと冷たかったこの時間の空気は、いつのま

にか心地よい温度に変わっている。

それを肌で感じて、なんとなく哀は空を見上げる。

良く晴れた空。今日も昼間は、暑くなりそうだ。

GWが終わると、駆け足で夏がやってくる。空気にどこか、雨の匂い

を含んで。

・・・雨の匂い?

哀はふと、考える。

雨の匂いって・・・どんな匂いだろう。

頭の中に思い浮かぶのは、雨が降る前のあの水の匂い。空気がだんだ

ん重くなっていって、大地からも空からも草木からも、水蒸気が発散

されるような、そんな匂い。

うまく説明できないけど、そんな感覚が呼び覚まされる。

温度から季節を感じ、空気の匂いから天気を読み取る。

普通の人にとっては、おそらく当たり前の感覚。それを、いつのまに

かいかにも当たり前だというように、身につけていた自分。

不思議な感じ。だけど・・・悪くないわね。

哀は気づくと、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

・・・あいつ、またあんな無防備な顔してら。

そんな哀の姿を、コナンは仏頂面で眺めていた。

先日の、平次の突然の来襲。そして、ライバル宣言。

あれ以来、哀とはあまり話をしていない。

今日は、思い切って迎えに来てみたのだが・・・。

自分だけが知っていると思っていた、哀の柔らかな微笑。

いつもの冷たいとも感じられる、皮肉めいた笑みではなく、心からの

感情を素直にあらわしたかのような、優しい表情。

初めて見た時には、息が止まりそうだった。

可憐で、可愛らしくて。いつものクールビューティな彼女ではなく、

まるで本当に小学生かとも思えるように無邪気で、そのくせ大人の女

性のような甘さを含ませて。

そんなアンバランスな魅力は、誰も知らない。

・・・はず、だった。

チェッ・・・。思わず、舌打ちするコナン。

だんだん豊かになる彼女の表情の変化は嬉しいが、反面心配にもなる。

そんなことを考えていたコナンの姿を、哀の視線が捉えた。

「・・・あら。早いわね」

「・・・はよ」

「おはよう」

コナンはゆっくりと、哀に近づく。

大きな瞳で、じっとコナンを見ている彼女。

さっきまでの柔らかな表情は消えて、なにかを思い出そうとしている

かの顔つき。

「・・・なんだよ」

ぶっきらぼうなコナンの声に、哀は少し目を見開くと、ついと横を向

く。

「べつに」

そう言って歩き出す哀の後を、コナンは早足で追いかけて並ぶ。

「何でそんなに、不機嫌なんだよ」

・・・不機嫌なのは、あなたでしょう。

心の中で突っ込んで、哀はそっとため息をつく。

この間から、彼はずっとこんな調子だ。

何か言いたげな顔で哀を見ているくせに、話しかけてもろくに返事も

しない。

まったく。

「怒ってんのか?」

今度は少し、心配げな声。

「怒られるようなこと、したの?」

「・・・別に・・・」

そう言いながらも、コナンはふくれっつらのままだ。

2人はそのまま、無言で歩く。

もうすぐ、いつもの三叉路だ。きっと今日も、歩美達3人が待ってい

ることだろう。

そのことにコナンは気づいて、とっさに立ち止まる。

急に見通しの良くなった右側に、哀は後ろを振り返る。

少し後ろに、コナンが立っている。うつむいた顔の大きなメガネが邪

魔をして、表情は見えない。

「なあ」

コナンが聞く。

「なに?」

哀が答える。

「お前・・・服部のこと、どう思った?」

「・・・?」

突然のコナンの問いに、哀はきょとんとする。

この間、突然やってきた西の名探偵。哀とコナンのことを非難してい

たかと思いきや、哀が好きだとか何とか言い出して、よくわからない

行動をとっていた。

コナンとは2人で何か話をしていたようだが、それが自分をめぐって

の男の戦いだったことなど知らない哀。

「あいつ、その・・・」

お前のこと、本気みたいだ。

そう言いかけて、唇をかみ締めるコナン。

・・・言いたくない。もし言ってしまって、哀が喜んだら。

あいつの所へ、行ってしまったなら。

「名探偵さん同士、仲が良いわね。そう思ったけど?」

「・・・仲良くなんか、ねーって・・・」

つぶやいたコナンは、キッと顔を上げて哀の方へ近づく。

ぎゅっと、哀の手を握りしめる。

「もし、お前があいつの前でしか笑えないとしても。それでも、俺

は・・・」

真剣なコナンの表情。そして、ようやく哀は気づく。

・・・ひょっとして、これってやきもち?

 

何を言ってるんだろう、彼は。

自分がこんなに笑えるようになったのは。

季節を肌で感じれるぐらい、普通の女の子なのは。

組織も罪の意識も忘れそうになるくらい、幸せなのは。

目の前にいる、愛しい彼のおかげなのに。

 

「・・・もう。名探偵のくせに、バカね」

「バカって、お前なぁ・・・」

口をとがらせかけて、コナンは固まってしまう。

目の前の哀の、嬉しくてたまらないと言いたげな、輝くような笑顔に。

彼女の笑顔の行方は、まっすぐ自分に向かっている。

そのことに、今気づく。

「何度も言ってるでしょう?あなたがいるから、よ」

「灰原・・・」

コナンは、自分の顔がすごい勢いで、赤くなるのを感じる。

そんな彼を見て最後にもう一度笑うと、くるっと身を翻す哀。

「灰原さーん!コナンくーん!おはよー」

遠くから、歩美の呼ぶ声。

・・・熱、出そう・・・。

しばらく真っ赤なままだったコナンは、その後歩美達3人に口々に聞

かれるが、その理由を口にすることはなかった。

 

END


 

Friends or Lovers」の後日談、ってとこでしょうか。

バカですね、コナン。っていうか、バカップルって感じなんですが()

なんだかんだいいつつも、コナンと哀ちゃんは私の中で相思相愛みた

いです。まあ、まだわかんないですけどね。特にコナンは、ライバル

だらけだし。ニヤリ。

楽しんでいただけたなら、幸いです。

 

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