Call me

 

 

「…ひでーの」

叩きつけるような雨で、窓ガラスは滝のようになっている。止む気

配はなさそうだ。

江戸川コナンは肩をすくめると、窓から離れた。休憩室となってい

る板敷きの間に、靴を脱いで上がり込む。隅に積んであった座布団

を無造作に2、3枚取り、重ねた上にあぐらをかいた。

「で、足の調子はどうなんだよ」

「…ちょっとはマシね。…気休め程度だけど」

壁に背をもたれ、足を投げ出して座っていた灰原哀がそう答えた。

右足の足首には、濡らしたタオルがかけてある。

コナンは両手を頭の後ろで組み、ふわあとあくびをした。

「ま、焦ってもこの調子じゃ止みそうにないしな」

 

ある秋の休日。阿笠博士に連れられたコナンたち少年探偵団は、地

元のハイキングコースであるこの山に来ていた。理科の宿題のレポ

ートを書くためである。

ふもとで博士と別れ、ロープウェイで一気に頂上へ。それから沢沿

いに下るという、いたって安全なコースだったのだが…。花を摘も

うとして足を滑らした歩美をかばい、哀が足首をひねってしまった

のだ。

折りしも天候が悪くなりそうなことを察知したコナンは、とりあえ

ず歩美たちを先に下山させると、哀を連れて山小屋へ避難したので

あった。

 

「私のことなんか、放っておいてくれてもよかったのに」

つぶやいた哀を、コナンは横目で見る。

「バーロ、そんなこと出来るわけねーだろ」

哀の肩がぴくっと動く。

「中身はどうであれ、おめえは小学生のオンナノコだ。それを置い

ていくなんざ、男がやることじゃねーよ」

「…誰も責めやしないわよ。あなただって、小学生のオトコノコな

んだから」

「俺が責めるの」

コナンはそう言うと、目を閉じて壁にもたれかかった。気を悪くし

たらしい。

2人が黙ってしまうと、雨の音だけが聞こえる。さっきまでのよう

な勢いは少し収まったものの、まだ雨は降り続いている。

「前から言おうと思ってたんだけど」

沈黙が落ち着かなかったのか、コナンが再び口を開いた。

「何?」

「灰原お前さ、俺のこと『工藤』って呼ぶの、やめた方がいいんじ

ゃないか?」

哀は、コナンの顔を見る。

「今はどうにか、みんなの前ではそう呼んでないけどさ…。いつ、

ポロっと呼んでしまうか分からないぜ?正体がばれたら困るのはお

前も同じだろ」

…返事はない。コナンは目を開けると、哀の方を見た。うつむいて

いて、彼女の表情は読み取れない。

「灰原?」

「…によ」

「え?」

「…何よ…あなたの…あなたの名前でしょ。私が呼ばなかったら…」

言いかけて、哀は何かに気づいたような表情になる。その顔に、自

嘲の笑みが浮かぶ。

「そう…そうよね。私が呼ばなくても、あなたにはあなたの名前を

呼んでくれる人がいるわね。」

「何言ってんだか、わかんねーよ。名前がどうしたって?」

再びうつむいてしまった哀を、コナンは不思議そうに見つめる。や

がて、少しだけ彼女は顔を上げた。目に、涙をにじませて。

絶句してしまったコナンに、哀はささやくような声で聞いた。

「工藤君…私の本名、知ってる?」

 

 灰原哀。それは、彼女の本名ではない。今は彼女の保護者である阿

笠博士が、つけた名前だった。たった一人の姉は、亡くなっていた

から。

もう一つ知っているのは…コードネーム・シェリー。かつて、彼女

が黒服の男達の仲間だった頃の名前。コナンの体を小さくした、張

本人。

 

何も知らない。それ以上のことは。

何も知らない。彼女の本名さえも。

 

愕然としたコナンを見て、哀は苦笑する。

「…馬鹿ね。冗談よ。…別に、私の本名なんて知らなくてもいいわ」

「…」

コナンは答えない。哀は、怪我をしていない方の足を抱えて壁に背

をつけた。

「…私自身ですら、名前なんて忘れてしまいそう…」

少し上の方を見つめてつぶやく哀。その瞳に映るのは、本当の自分

の姿なのか。

黙って哀を見ていたコナンは、立ち上がると彼女に近づいた。気配

を感じて哀が視線を動かす。

コナンは哀の脇に片膝をつくと、彼女の頭を片手でぎゅっと抱き寄

せた。

「…!」

息をのんだ哀に、コナンは低い、しっかりとした声で言った。

「…大丈夫だ。あいつらは、俺が必ず見つけてやる。お前の研究資

料も取り戻す。救えなかったお前の姉さんの分も、俺が全部取り返

してやるから。…だから、そんな顔するな」

哀は、唇をぎゅっとかみしめた。…涙がこぼれてしまいそうだった

から。

「…キザね、探偵さん。だけど…」

哀はそっと、コナンの胸に頬をよせた。

「頼りにしてるわ」

雨は、小降りになってきていた。

 

「おーい!」

「コナンくーん、灰原さーん!」

雨上がりの山道を、歩美たちが上がってくる。阿笠博士と、山の救

助隊も一緒だ。

「なんであいつらまで来るんだよ、まったく」

山小屋の入り口で、コナンがあきれたように言った。哀は、彼の後

ろ姿を見つめる。

小さい、だけど頼もしい背中。

「…やれやれ。それじゃ、帰るか。…立てるか、灰原」

コナンは振り返ると、椅子に腰掛けていた哀に手を差し出した。

彼女は、素直に手を借りると立ち上がった。

「じゃ、行くぞ」

「ええ」

…もう少し、この生活が続いてもいいかもしれない。

彼の手のぬくもりを感じながら、哀はそう思った。

 

END


名探偵コナン・初作品です。

哀が、コナンを好きになるきっかけみたいなものを書きたかったの

ですが…。

どんどんと続きを書くことになってしまった(笑)

コナンは、哀の本名知ってるんですね。

…が、そんなことすら判ってない頃に書いたんです(-_-;)

 

 

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