文学部第2回講義
「名著「神々の血脈」から見るリアリティーある物語構成について」



 さて、ついに2回目の講義なんかしてしまいました。今回は、西谷史氏の名著「神々の血脈」(全10巻、角川書店)をテキストとし、小説世界におけるリアリティーの追求について、講義させていただきます。「神々の血脈」? 何じゃそりゃあ? という学生も多いと思いますが、それは、予習してこなかった者が悪いのです。今回は、予習せんとホンマにわからんのです。まあ、そんなことはいいでしょう。わからん奴はほっときます。義務教育やないんやからね!
 今回、この作品をテキストとしたのは、この物語が非常にリアルに構成されているからです。ただし、物語自体は、リアルとは程遠いです。予習してこなかった不届きな学生の為にちょっと内容を紹介すると、「超古代、地上は神々が支配しており、その神々は2つの種族によって抗争していた。そして、現代、その異なる2つの神々の血を受け継ぐ恋人同士が神々の復活を図る者によって引き裂かれる」という、誰でも思いつきそうで、誰も書こうとはしない内容のものです。が、私が言っているのは、物語構成のリアルさです。以下、実例を挙げて講義いたしますので、みなさんも、小説を書く時の参考としてください。
 まず、この物語の1巻のプロローグから語りましょう。つまり、全10巻におよぶ物語の始めの始めです。並の作家なら、何か非常に大切なきっかけ、或いはメタファーを仕掛けたくなるところです。しかし、この作品は違うのです。場面は、第2次大戦末期の太平洋。非常に神性(神の素質)の高い赤ん坊を、ナチスドイツの潜水艦が運んでいる。しかし、その潜水艦はアメリカ太平洋艦隊によって沈められ、赤ん坊は強いオーラに守られ日本に流れ着き、それを主人公の父親が遠くから眺める、というシーンから始まります。で、ここで思うのは、この赤ん坊が誰か、ということです。きっと、物語において非常に重大な役割が与えられているだろう、と思います。が、この赤ん坊が誰か、最後までわかりません。まず、普通思うのが、主人公ではないか、ということですが、物語の舞台はどう早く見ても1980年代前半、主人公が大学生ですから、どう考えても主人公の生まれた年は1950年代前半より前ではありえません。次に考えられるのは、相手方の方ですが、これは100歳を越える老人であり、これも違います。では、40〜50代で、強い神性を持った登場人物・・・と思いますが、誰もいません。しかし、現実はそんなものです。小さい頃に神童と言われた人も、大きくなれば、こんな馬鹿げたことをほざく私のような人間になったりするものです。きっとこの赤ん坊も、普通に高度成長や安保闘争に参加して今ではいいパパにでもなっているのでしょう。
 次に、登場人物の一人(この人物は、赤い竜に変身します)がいまして、KGBだかGRUとの戦いで、被爆したものの、ピラミッド内部で療養する、という記述があります。これが、4巻の話です。次にこの人物が登場するのは10巻です。満を持して・・・と言うのが、普通の物語です。が、10巻で登場したこの人物は、忘れていたのを思い出したように出て来、あっと言う間に殺されてしまいます。しかし、これこそがリアリティーです。考えてもみてください。甲子園、ヤクルトで活躍した荒木大輔が、手術から戻り満を持して横浜に来た時ものの、全く活躍しなかったじゃありませんか。そんなもんです。
 さて、これは作者に対しては失礼な読み方かも知れませんが、どうしても、こういう長い作品になると、まだ4巻の途中なのに、7巻ぐらいをパラパラと見たくなってしまいます。そこで、7巻の巻頭を見ると「ついにHidden System始動!」とあります。「ついに」というくらいですから、遅くとも5巻ぐらいから「Hidden System」について書かれ、それを巡る攻防があったと思います。ところが、6巻が終わっても「Hidden System」については一文字も出てきません。始めて出てきた時にはもう始動してしまっているのです。何とリアルでしょうか。大体、こういう不吉なものは庶民の知らない間にいつの間にか始動してしまっているものなのです。名前からして「Hidden(隠された)」ではありませんか。
 さて、物語もいよいよ佳境、最終回の10巻、最後の戦いが始まります。1巻からの因縁を決する為、主人公の青年と、相手の老僧との死闘・・・と思っていたのですが、主人公に最後に相対するのは、9巻で初登場のヒトラーなのです。悪の首魁はヒトラーというのも安易ですが、もっとびっくりなのは、そのヒトラーが最後の戦いの為だけに登場していることです。まあ、最初から戦って来たものが最後まで戦うとも限らないのがリアルなのです。
 このように、「神々の血脈」はとかく非現実的になりそうなSF小説において、リアリティーに溢れる物語構成を持ち込んだ画期的な小説なのです。ただ、惜しむらくはあまりの人気の無さ故、古本屋にしかおかれていない、ということでしょうか。
 さて、次回は、アメリカによる報復戦争に日本も自衛隊を派遣するのでは、という世情に合わせ、日本人の戦争と軍人認識の甘さを、映画やアニメから見るという時事に即した講義を行いたいと思います。
 

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