文学部第3回講義
「ヘッポコ軍人原論」



 本日は、1941年の真珠湾攻撃から60年に当たる日であり、また、アメリカによるアフガニスタン攻撃とそれに対する日本の支援問題などがあり、もう一度、日本人の戦争観、及び軍人観について考えようと思いまして、いつになく重いテーマとなります。
 日本がやった近代戦争は、1931年の満州事変から1945年の無条件降伏に至るまでの15年戦争ですが、これをテーマにした映画やドラマ、マンガや小説は限りなくあります。その中でわたしは、まず「君を忘れない」という映画を題材として、考えてみたいと思います。
 この映画は、自ら弾丸となって死んでいく特攻隊を主人公とした映画です。主演は、SMAPの木村拓哉氏です。勿論、ロン毛です。結論から言うと、そんな軍人はいません。よく、「陸軍は坊主だが、海軍は長髪が許されていた」と言います。そして、特攻隊は海軍です。なら、ロン毛の特攻隊員がいてもいいじゃないか、と思うでしょうが、飽くまでもここで言われる長髪とは、「坊主ではない」ということだけですので、後ろで括れるほどのロン毛は禁止です。しかも、太平洋戦争中は、「国民精神総動員令」というものが施行されており、男子は全て短髪と決められていたのです。つまり、木村拓哉氏のような人物が当時いた場合、間違いなく非国民として捕まります。彼は、軍人ですから、軍法会議ものでしょう。その前に、上官に呼ばれてボコボコにされた挙げ句、髪を切られるのがオチでしょうが。
 しかし、それ以上におかしなキャスティングが、松村邦弘氏でしょう。特攻隊が作られたのは、日本が敗色濃厚となった太平洋戦争末期のことです。この時点では、すでに全国の学校の校庭では芋が栽培され、人々は芋の蔓まで食して飢えを凌いでいた時期です。その時期に、あんな肥満がいるわけがないのです。勿論、政府上層部や、財閥の人間は、旨いモンを食えていたでしょう。しかし、あれほどまでは無理です。しかも、そんなええとこのボンボンが、必死の特攻隊になるわけがないのです。それでは、病気ということもあろう、と言う方もありましょうが、あの時代、障害者などの弱者は、徹底して排除されてました。ましてや、肥満などという見るからに不真面目に見える病気ならば、非国民として捕まるでしょう。それに、みなさんは、鉄砲玉同様に扱われた特攻隊員がどうでもいい連中を使ってたと思うかも知れませんが、当時、飛行機を操縦出来る特攻隊員は、エリートたちだったのです。ですから、そんな肥満の人間が特攻隊員に選ばれること自体不自然なのです。まあ、これ以上言うのは、やめましょう。第一、わたしはこの映画を見る気も無かったのですから。
 では、わたしが見た映画と言えば、「きけ、わだつみの声」です。1995年に、緒形直人氏主演で上映されたものです。当時、わたしは、学校の行事の一環として、この映画を見させていただきました。内容は、現代の若者が、戦時中にタイムトリップしてしまう、というものです。まあ、ここは取りあえず、おいときまして、問題は、的場浩司氏演じるゲリラみたいな日本兵です。一匹狼で、頭に赤い鉢巻きを締め、バイクに跨り、胸をはだけて、助けた従軍慰安婦の女性と行動を共にしています。そんな奴おらへんやろ!
 しかし、この映画のすごいところは、死んだ筈の若者たちが、ラストシーンで次々と甦ってきます。戦争がひどいのは、人間が死ぬことです。それが甦ってきては、何のメッセージにもなりません。これでは、映画「ゾンビ」です。こんな描き方をするから、当時思春期のただ中にいた青龍少年の心に残ったのが、「鶴田真由のブラウスが透けてブラジャーが見えてたのがよかった」ということだけになるのです。
 まあ、今日はこれぐらいにしておきましょう。どんなに言っても、「はいからさんが通る」の金髪の帝国軍人にはかなわないのですから。
 さて、次回は、いよいよわたくしの本来の研究テーマである「荒俣宏論Vol.1」を予定しております。おそらく、「帝都物語 未来編」が主になるかと思いますので、また、予習の方よろしくお願いします。
 

ハウス!