Oさんからの卒業

 

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  2003年9月19日 

Oさんからの卒業

 

 私は彼が大好きだ。真面目な話もしたし、冗談だって言い合った。約束だっていくつかしたし、教訓も話してくれた。彼の頭はとてもきれて楽しかったし、薄さをネタにされるととても面白かった。でも、出会ってすぐにそうなると知らされたことだが、その通り、数えるほどしか会わないうちに、彼の体は冷たくなった。

 私は今でも覚えている。彼の体の温もりが、あんなにも清らかで、ひんやり感じられた瞬間はそれまでになかった。あの日、決して忘れることはないだろうと、幾日も掌から取れなかった神聖な温もりは、今の私の手にはない。それでも、最後に会った時の彼の澄んだ大きな瞳と、真実を求め失望した悲しみを漂わせた表情は、今も私の中に蘇っては、視線を落として優しく微笑んでくれている。

 彼は末期の癌だった。出会った頃、彼はすでに痩せていて、少しすると、背中の痛みを訴え始めていた。私は何度か彼の背中に手を当てたことがある。そのうちに、とうとう病院へ行き、もう手遅れだとわかり、周囲の誰もがそのことを承知した。そして、彼は誰からもそのことを告げられることはなかった。私も知らされたけれど、家族の意向に従ったのだった。それは悪いことだったとは思わない。でも、たった一度の病院へのお見舞いの別れ際に、最後に病室を出た私に向けられた視線は確かに力強く語っていたのだ。

 

  「本当のことを言ってくれよ」

 

 私はあの時どんな顔をしていただろうか。わからない。笑ったのか無表情だったのか、泣きそうだったのか。一向にわからない。唯一覚えているのは、帰りの車の中で密かにこう誓っていたことだ。「次のお見舞いの時にはこっそりお話しよう」そうして機会を狙っているうちに、とうとう告げられる日は来なかったのだった。本当のことを言えば、私の密かな誓いが、お見舞いに行けない理由を作り出していたということもあっただろう。ともかく、彼と会ったのはそれが最後だった。

 彼が亡くなったと聞いたのは、塾からの帰り、ブレスレットが切れた夜のことだった。「あ、そうなの」それ以外、何も思わなかった。先が短いと聞かされた時と同じだった。「で、どうしよう」

 そのくらい実感のない出来事だったのだ。

 彼の体が焼かれる日の前日、私は彼に会いに行った。彼がよく手をあてるしぐさをしていた額に手を当ててみた。そしてその瞬間、私にはすべてがわかった。彼は、死んだのだ。

 初めて彼のために涙があふれた。

 翌日、葬儀が営まれた。隣に立った父の目尻に涙があったのを覚えている。母は誰が見ても確かに泣いていた。私の家族もみな、彼を愛していたのだ。私も我慢できなかったが、泣いてはいけないと思っていた。なぜ、あの時立ち止まって話さなかったのだろう。なぜ、電車でお見舞いに行こうとしなかったのだろう。罪悪感で、ただ謝るしかなかった。そして、誰にもざんげできなかった。

 帰宅すると、私は部屋にこもった。泣きたかったのだ。泣きながら謝った。後悔をした。外から家族の呼ぶ声がする。私は無視をした。到底私には食事をする権利などなかったのだ。そのうちに母の怒鳴る声が聞こえた。「いい加減にしなさい!!」その声で気づいたことがある。彼が私に訴えたことは秘密にしなければならない。そのことで私が後悔していることも口外してはいけない。誰にもわからないのだ。彼のためにと装い続けたみんなにとって、どれだけ彼がみんなに裏切られたように感じ、また、そんな風に思ってはいけないと自制し続けていたか。そうだ、彼は彼が苦しんでいたことを知られてはならないと思っているに違いない。これは彼と私の秘密なのだ。私は元気だ。部屋を出て、みんなときちんと食事をして、平気な振りをしなければならない。

 もちろん、当時私が思っていたことはすべて誤解であっただろう。彼を愛していた誰もが、途方もなく悲しかったのだ。幼い私には、悲しみから立ち直ろうとする周囲の姿が、彼の死が彼らにとって大きな問題ではないように映ったのだった。

 それからというもの、彼は私のそばにずっといてくれた。というよりも、私がいさせたのだった。私には誰にもいえないようなことが色々あったし、彼に謝り続けなければならなかったからだ。彼はいつでも優しく言ってくれていた。

 「お前は悪くないよ。大丈夫だから。俺はいつでも傍にいるよ。」

 私の数年に及ぶ後悔の後、最近彼は私から距離を置き始めている。彼は彼の人生に帰るべきなのだ。優しい笑顔が私の心の中で「一人じゃないよ」と支えてくれている。しかし、私が生きる場所と、彼が生きる場所は、もはやずれを生じた。そのことを諭し、彼に頼らなくても私が生きていけることを説いてくれているのである。ある日、彼は言った。

 「もしお前が俺に告知をしていたなら、お前は『周囲を裏切った』と言って、また後悔していたことだろう」

 

 彼の死は、私に「期を逃すな」ということを教えてくれた。思い描いた未来が、まったく的外れな姿で現れることだってある。今、大切に思うことは、今、しなければならない。正直でありたい人に嘘を言えば、本当のことを言う機会は二度とこないかもしれない。どんな可能性も、1%でも、99%でもないのだ。誰にもわからない。

 

 どんな選択をする時も、一瞬、一瞬を自分に正直に、期を逃すな。

 いつだって、自分を受け入れていられたら、それ以上の自分を求めて後悔に暮れることはない。そのときの自分を今も受け入れなさい。

 

 Oさん、私はあなたを忘れない。ありがとう。

 


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