同じ頃、隆次は薄暗い部屋の片隅で、和美と一緒に写っている写真をビリビリと引き裂いていた。
「なんで、なんであんな女に惚れちまったんだよ、俺…」
昨日、街中で見かけた和美。
知らない男と手をつないで、楽しげに歩いていた。
不義…。
隆次にはそれがどうしても許せない。
だが、考えてみれば、隆次と和美との出会いは不自然すぎたのかもしれない。
ほんの数ヶ月前に初めて言葉を交わしたばかりだというのに、その日の夜には二人、狭いベッドの上で未来を語り合っていた。
最初に声を掛けてきたのは和美。
「あの…同じ講義を受けてる西さんですよね…」
「へっ?」
「私、先週の授業、身内に不幸があって、出席できなかったんです。よかったら、ノート、写させてもらえませんか?」
それまで隆次は和美の存在に気付いていなかったが、少し遠慮がちに話し掛けてきた和美にちょっと心惹かれた。
「あ、あの、それは別に構わないけど、なんで俺なの?」
同じ講義を受けている友達も少なからずいるだろうに、なんで見ず知らずの、ただ同じ教室に座っているというだけの自分に声を掛けてきたのだろう。戸惑いを感じながら、隆次は聞いた。
「私の友達、バイトとかデートばっかりして、あんまり授業に出て来てないから」
「ふうん」
そんなあやふやな返事をしながら隆次は鞄からノートを取り出し、和美に手渡した。
手が触れた。女を知らない隆次の鼓動は破裂しそうな勢いで加速してゆく。
よく見ると、スタイルもよく、結構愛らしい顔立ちをしている。隆次は和美の目をぼんやり見つめていた。
「どうしたの?」
そんな和美の言葉にふと我に返り、慌てふためく。
「い、いや、べ、別に…」
「ふふ、おかしな人」
しどろもどろになっている隆次の姿に和美はクスクスと笑う。その笑顔に隆次の心は砕けた。口から自分でも思いもかけなかった言葉が出る。
「あの、よかったら、お茶でも…」
「うん、いいよ」
あまりにもあっさりとOKしてくれたものだから、隆次の頭の中に一気に妄想が噴出する。
「もしかして、この女、俺に惚れてるんじゃ…」
もちろん、和美にはそんな気はない。ただ単にノートを貸してほしかっただけだ。
だが、立ち寄った喫茶店で二人で会話を交わしていると、和美の心も次第に隆次にひきつけられていった。そして夜、二人は和美の部屋の暗がりの中に溶けていった…
始まりが不自然すぎたんだ。その不自然さに気付かなかった俺がバカだったんだ。
隆次はどうしょうもない怒りを写真にぶつけていた。悔しくて涙が止まらない。
俺がバカだったんだ…
隆次はただひたすら自分を責めつづけた。
だが、いくら責めても気持ちはおさまらない。
売女に惚れた…その売女を信じていた…
「出来すぎた話だったんだ。なのに俺は、俺は…」
和美は鏡に向かっている。鏡に映る自分に笑顔を見せる。
和美が隆次の苦悩を知るよしもない。
昨日、和美は夜まで学校の教職課程の講座を受けていた。講座が終わった後は真っ直ぐ帰宅した。隆次のことを思いながら夜道を歩いていた。今の和美の頭には隆次以外の男はいない。他の男と外出することなど、和美には想像だにできない。ましてや手をつないで歩くことなど、和美の貞操観念が許さない。
ベッドにもぐりこんだ和美は寝付けぬ夜の中、まだ考え込んでいた。
「なんで、あいつは…」
これから見る未来のことなど考えもつかないまま、部屋の隅で微動だにせず、ひざを抱えて震えている隆次と、ベッドの中、眠れないまま隆次のことを思う和美を朝の光が包んでいた。
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