「わぁ・・・」
アーシャが驚嘆の声を洩らした。セブルスの方も、空のあまりの美しさに、息を呑んだ。言葉が見つからないほど、それは美しかった。
「すごく綺麗・・・ね、セブルス、出よう」
そう言ってアーシャは、入り口で立ち止まっていた足を動かす。セブルスの手を握ったまま。
「ああ」
ふたりは、塔の塀まで歩み進んだ。そこから見下ろすと、ひっそりと静まり返っているホグワーツの全景が目に入った。少し遠くを見ると、いつもは深い闇に包まれた森がある。が、それは星の明るさで、穏やかな風さえ吹いているように見える。暴れ柳も、今は眠っていた。
再び空に目を戻す。
雨粒のように、振り続ける星たち。瞬きをするのももったいないような、そんな景だ。
「こんなにたくさんの星、わたし初めて見る。・・・セブルスは、どう?」
「ああ、私も初めてだ。美しい・・・」
この美しさには、人を正直にさせる効果があるようだ。いつものように皮肉を言うことすら忘れているセブルスは、アーシャの隣で空を見上げている。その表情には、“安らぎ”が感じられた。
繋いでいた手がふと、離れた。セブルスはやっと我に返り、隣を見やる。アーシャが両手を天に向けている。そのたくさんの降り積もる星々を、その手の平に収めようとするかのように。
「何をしている?」
セブルスが怪訝そうな顔で言った。
「一つくらい、手の平に落っこちてきてくれないかなって」
瞳に降る星を映してそういうアーシャの横顔は、いつものあどけなく一心に明るいものとは違って、とても大人びて見えた。彼女の心が躍っているのが、手に取るように感じられる。
「ねぇ、知ってる?流れ星には、願い事を叶える力があるんだよ。今日はたくさん降ってるし、たくさん願い事叶うなかぁ?」
「迷信だ。が、一つくらい叶えれくれるのではないか?」
そう言うと、アーシャの瞳がさらに輝く。
「わたし、願い事はもう決まってるんだ。たった一つだけのお願い事」
「なんだ?」
「教えて欲しい?」
さも言いたそうな表情と声色で、アーシャは聞き返した。
「・・・聞いてやっても悪くはない」
そうぶっきらぼうに言うと、アーシャは微笑んだ。
「わたしが言ったら、セブルスの願い事も教えてよね」
「私に願い事などない」
「約束だよ」
セブルスの言うことを完全に無視し、アーシャは星空に視線を戻した。そして瞼を閉じ、手を胸の前で組んだ。
「・・・ずっとずっと、セブルスと一緒にいられますように・・・」
「っ!」
セブルスはハッと息を飲み、絶句した。すると、願いを言い終わったアーシャが言った。
「次、セブルスの番だよ」
アーシャと目が合う。するとセブルスは、ものすごい勢いで反対の方向を向いてしまった。恐らく、赤面しているのだろう。今夜は明るい。火照った顔色など、すぐに気付かれてしまう。
「ほら、早く!照れてないで」
「私は照れてなどいない」
「だったらなんでそっち向くの?」
「私がどこを向こうが勝手だろう」
「ねぇ、早く、星が消えちゃうよ?」
「構わない。願い事などないのだから」
アーシャは頬を膨らました。
「セブルス、こういうときはお世辞でも、『アーシャとずっと一緒にいられますように』って言うのが男よ?」
「男の道理を勝手に作るな」
セブルスは、相変わらず反対方向を向いたまま、背中にアーシャの声を受けている。彼女の今の表情は安易に想像できた。膨れっ面で、待っている。セブルスの言葉を、待っているのだ。
「願い事などない」
念を押すように言うと、アーシャが溜息を漏らした。
「・・・もういいよ」
拗ねたような声で、そう言った。
「しかし・・・」と、セブルスは続ける。
「約束ならできる」
「え?」
「ずっとお前と一緒にいると、約束ならできるが・・・」
沈黙が流れた。この時セブルスには、アーシャの表情が想像できなかった。まだ拗ねているのか、それとも、喜んでいるのか。その所為で、セブルスは困惑していた。自分は間違えたことを言ってしまったのだろうか、と。
「・・・セブルス」
アーシャが名を呼んだ。
「何だ?」
ぶっきらぼうに、戸惑いを隠して言う。
「こっち向いて」
静かなその声に、少なからず、セブルスは怯えを感じた。
「ねぇ、こっち向いて」
再びアーシャが言った。どうしてこんなにも、落ち着いた声なのだろう?それがセブルスの戸惑いを、いっそう大きくさせた。
「セブルス!」
アーシャはセブルスのローブをグイッと引っ張り、振り向かせる。
セブルスの目に映ったのは、自分の瞳を真っ直ぐ見つめる、アーシャの凛とした整った顔立ちだった。真剣な眼差しで、自分の方を見ている。
「・・・アーシャ?」
「もう・・・バカ・・・」
目を逸らして、アーシャが声を漏らした。
——やはり自分は馬鹿なのだろうか
不覚にも、セブルスは本気でそう考えた。顔を顰めて、目を泳がせた。言い返す言葉がなかった。
ふと、アーシャの顔が近づいたかと思うと、唇になにか生暖かいものが触れた。
「なっ!」
セブルスは弾かれたように、一歩後ずさる。
「・・・約束、だよ。絶対だからね!」
アーシャの瞳の中に降る星が、揺らめいた。雫に濡れている。
「アーシャ・・・?」
「大好きだから、セブルス・・・」
たくさん降る星の明かりに照らされて、アーシャはセブルスに縋った。セブルスはというと、優しく、その小さな背中に手を回す。
壮大な、空という名の大きな杯から溢れる、星明かりの下。
ホグワーツの最上の塔で、ふたりは、星が消え、朝陽が昇るまで、穏やかな時の流れに乗っていた。
まるで奇蹟のような、それくらい穏やかな、ふたりの為の時間だった。
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