静かな朝だった。隣で寝言を言う者も、寝返りの音を立てるものも居ない。
窓の外には雪がふわりふわりと降っており、僅かながらに、朝の色に染まっている。太陽はまだ、顔を出してはいない。雪に音が吸収され、部屋の中もひっそりとしている。
クリスマスにホグワーツに残っているのは、スリザリン寮ではセブルスただ一人だけだった。これは毎年のことで、「家までの往復時間が無駄だ」と、相変わらず図書館へ通っている。一日中勉強できる良い機会だ。が、どうやら今年は、勉強だけに集中することは不可能のようだ。「自分も残る」と、アーシャが言っていた。実際、昨日も会ったのだが。
寝起きの頭で、ぼんやりと考えた。
——さて、どうしたものか
セブルスは、未だかつて行ったことのない行動を、今日しなくてはならない。
“誰かに物を贈る”ことなど、生涯無縁だと思っていたのに、こんなにも早く実行しなくてはいけなくなるとは・・・。
クリスマス休みに入る直前の週末、セブルスは数年ぶりにホグズミードへと向かった。
休み前ということで、魔法界の土産物を家族に持って帰ろうと、一際多い生徒の中に紛れていくことは、多少なりとも都合がよかった。
グリフィンドールの四人組に見つかる可能性が低いからだ。それに加え、今回はアーシャにも見つかってはいけなかった。なぜなら、彼女へのクリスマスプレゼントを買うことが目的だったのだから・・・。ホグズミード村の端の方にある魔法雑貨屋で女物のリボンを買うことは、セブルスにとって、どれだけ勇気の要ることだったろう。
そのリボンはまるで雪のようで、透きとおるように白く、タオル地の布でできていた。薄いながらに弾力があって、肌触りが良い。品名はいたってシンプルで、確か『SUN * SNOW』と書いてあった気がする。飾り気のない純粋さが、アーシャにぴったりだと思った。
寝巻きから制服ローブに着替え、その包みをポケットにそっとしまい込んだ。
午前中はスリザリンの談話室にこもり、この休暇用に課された宿題を終わらせる。この量に、他の寮生は悲鳴を上げていた。
——たったこれだけの宿題に悲鳴など・・・情けない
これがセブルスの本音だ。彼に掛かれば、一日あれば十分な量だった。前日に大半を終わらせていたので、この日は午前中のみで、全てやり終えることができるだろう。
午後からは、図書館へ行くつもりだった。宿題は自分が持つ知識だけで十分だったが、予習に関しては、やはり資料が多少必要だ。
義務的なものを全て完了させ、ブロンドの懐中時計に目をやると、ちょうど昼食の時間だ。仄かな喜びと、嫌気が彼を包んだ。
アーシャに会える。が、そこには同時に、例の四人とリリーが居るだろう。セブルスにとって、彼らと共に食事をすることなど考えられないことだった。
セブルスはしばらく、歪んだ顔のままで考え込んでいた。
彼は、グリフィンドールの四人組と関わる度、毎回必ずと言っていいほどいろいろと災難な目に遭っている。それは“運が悪い”のではなく、“仕組まれていること”なのだから、余計に腹が立つ。
——やはり止めておこう
そう心で呟いて、炎を吐いている暖炉の前のテーブルに散らばった、勉強の道具を鞄にしまいこむ。
食事を一度や二度抜くことなど、忌まわしい奴らに笑いものにされるのに比べたら、まさに幸福だ。
部屋を出て、薄暗くも彩られた廊下を歩き、大広間を通り越して図書館へと向かった。
この日セブルスは、アーシャと会う約束は特にしていなかった。が、彼女のことだ、きっとセブルスが昼食の席に居ないことに気付いたら、食後にでも図書館へ向かってくることだろう。
一時間程経って、図書館の扉が静かに開く音が聞こえた。そしてそれが閉まり、足音と、何やらガサゴソという音が聞こえてきた。
「セブルス・・・っ!」
アーシャの声だ。セブルスは振り向きもせず、「何だ」と答える。
「もう、何が楽しくて、クリスマスに勉強しなくちゃいけないの?」
アーシャは歩み寄り、セブルスの正面に回りこんで、そう言った。
「では聞くが、“クリスマス”という言葉に騙され、浮かれ戯れることに何か意味でも?」
セブルスは顔を上げることすらせずに、ペンを羊皮紙に走らせたまま言う。この無愛想さには慣れてきたものの、やはりアーシャは溜息をついた。
「大広間で会って、『メリークリスマス!』って言おうと思ってたのに、何でこうなっちゃうかな・・・」
「・・・」
セブルスは黙した。
「ねぇ、聞いてるの?」
「ああ、聞こえているとも」
「“聞こえてる”じゃなくて、“聞いてる”?」
「・・・ああ」
ふと、今まで騒いでいたアーシャの声が途切れた。さっきのガサゴソとした音が、耳に届く。
「・・・何をしている?」
セブルスは、この日初めて、アーシャの姿を目にした。
この質問の返事はなく、代わりに「ねぇ、それ片付けて」と、アーシャは持って来た紙袋を片手で探りながら、もう片方の手で机の上に散らかった本やペンを指して言った。
「何をするつもりだ?」
と、怪訝そうに尋ねると、アーシャは振り向いて言う。
「パーティーしよう、ふたりで」
今日初めて見るその笑顔に、不覚にも、セブルスは見入ってしまった。薪がくべられて煌々と燃える炎よりもあたたかい笑顔。
「セブルス・・・?」
その呼び掛けに、ハッと我に返る。
「どうしたの、大丈夫?」
「あ、ああ、何でもない」
セブルスは慌てて目を逸らした。
「変なの」
セブルスはほっとした。笑顔に見入ってしまっていたなどと、死んでも言えるまい。
「さぁ、行こう!」
アーシャは急に立ち上がった。
「行く?どこへ?」
「だから言ったでしょ、パーティーしよう!」
一向に机の上を片付ける気のないセブルスを見兼ねて、アーシャは自分で荷物をまとめ始めた。
「おい、何をする!?」
「『嫌だ』って言っても、無駄だからね」
そう冷たく言い放ち、アッと言う間に、セブルスの黒い鞄に荷物を収めてしまった。こうなっては仕方ない、セブルスはようやく観念したようだ。
「・・・で、そのパーティーの会場とやらはどこなのだ?まさかグリフィンドール寮などと言わないだろな」
胡散臭そうに言うセブルスに、アーシャは苦笑した。
「そんなうるさい所でパーティーなんて出来るわけないでしょ?“ふたり”だけのパーティーなんだから」
「だったらどこで・・・」
「なに、セブルス、思いつかないの?」
アーシャは、わかっていて当然といった顔で、セブルスを覗き込む。
——まさか・・・
「もしかしてスリザリン寮か?」と聞いたが、それも違うらしい。
「西の塔。行こう!」
そう言って、セブルスの鞄と自分の紙袋を両手に持ったまま、入り口の方まで行ってしまった。後に残ったのはセブルスただ一人。羊皮紙も羽ペンも奪われ、図書館の本だけが机の上に積んである。本があったところで、メモをする紙もペンもなくては、何もできない。
セブルスは、渋い顔をして、ほんの少しではあるが楽しさに揺れる心持で、アーシャの後を追った。
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