「ホグワーツに残るということは、なかなか好都合だったのでね」
自分で発した言葉に、思わず苦笑した。そういえば、聞き覚えのあるセリフだ。ずっと気になっていた一言だった。
しかし我輩は、この出来事を“夢”だと、ついさっきまで思い込んでいたのだ。
——今更気付いても、手遅れだというのに。・・・ああなることがわかっていれば・・・。
そこまで考え、はっとした。そうだ、今この青年に伝えればいい!!
しかし・・・
——だめだ、矛盾している。我輩は“今”気付いたのだ。この青年に言っても信じないだろう・・・。
一気にふくらんだ希望の蕾が、百倍速くらいで咲き、散り、枯れてゆく。
ここで未来を伝えたとしても、何の意味も持たないではないか。
だったら何故、この青年はここに来たのか?
どれだけ考えても、答えは出てこない。その様子を、青年は不思議に眺めている。
——この青年の近くには、まだ“奴”がいるのだろう。
ふと、そんなことを思った。
ここにいる二人には、失ってから気付くものが多すぎた。しかし、この事実は動かすことは出来ない。
——なかなか好都合だったのでね——
この言葉に、目の前の青年は興味を持ったようだ。しかし、あえて言わないでおいた。言ったとしても、何も変わらないだろう。
それだったら、今の我輩のように後悔し続けるのが義務というものだ。
かといって、我輩がホグワーツに残っていなかったとしても、奴の生死には関係ないだろうが。
しかし、もし奴がここに留まっていれば、死を迎えることはなかっただろう。——その場合、多くの犠牲が出、この世は闇の力に包まれていただろうが——
せめてもの救いは、『奴の死は無駄ではなかった』ということだ。
背の高いほうのスネイプは、長い溜息をついた。
お互い、話すことも聞くこともなかった。
奇妙な空間での奇妙な時は、とても速く過去へと流れていった気がした。
「・・・どうすれば元の世界に戻れるのですか」
私は沈黙を破って尋ねた。
早く戻りたかった。ここの空気は何か物悲しい。
「元来た道を戻ればいい」
「私がここにきてしまったことに、何か意味はあるのですか」
「考えたまえ」
僅かな会話だけを残し、青年は地下室の出口へと歩む。
そこに声がかかった。
かかったというよりも、まるで自分に言い聞かせるような小さな呟きだったが、私の耳にははっきりと響いた。
「仲間は・・・大切にせんとな」
不可解な言葉だ。しかし、あえて何も問い返さず、元の世界へと続く道を行き、再び宙に浮くようなおかしな感覚に包まれた。
気付くと、ここは確かに元の時代だった。
あの一度目の奇妙な感じを覚えたところ。窓から差す陽の角度も変わっていない。
——夢だったのか?
こんな廊下のど真ん中で夢?私はどうかしている。
まだ若いセブルス・スネイプは、いつもと変わらない足取りで、談話室のほうへ歩いていく。
この先起こる人々にとっての大きな喜びが、自分の心に開く大きな穴になるとも知らず、彼は闇に吸い込まれていった。
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