さくら エッセイ(4)

 

 「安吾の書く桜の森というのは、とてもこわいね」
 八重桜の並木が続くバス通りを歩いている時だった。一緒に歩いている妹は、そう言った。
 車の幾分少なくなった、夜9時ごろだと思う。晴れた夜の中に、桜は、ぼんぼりのようにほの白く灯っていた。
 昼の花は桃色が濃いのだが、夜に桜を見上げたとき、桃色だ、と思ったことは一度もない。ただ、真ッ白だ。雪のようだ、とも思う。
 妹の言葉に「そうだね」と頷き、坂口安吾の『桜の森の満開の下』を思い返した。無限の桜の孤独に取り憑かれた、男。花片になって風に飛び散った、男。私は溶けるようにその光景を胸に思い描いた。そのとき、妹が言った。
 「私の思う桜って、いつも夜桜なんだよね……」
 私は、驚いた。
 なぜなら、私の胸の桜の森には、夜昼の区別がなかったからだ。私の中の桜の森は、空のかけらも見えないほどに花片が重なり合った、ほの白い世界だったからだ。木々の一本一本すら、もはや区別できないほどの。
 でも、思う。
 もし、私の胸の中の桜の森の、花々の隙間から空が見えるとしたら、その色はおそらく黒だろう。だからといって、夜だとは限らない。ひょっとしたら、空の青の奥の奥にある、宇宙の色かもしれない。

 

 

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