「探偵事務所にようこそ!」


 窓から温かい日差しが差し込んでくる。僕は机にほおずえをついて、窓の外を眺めていた。時計の音だけがカチカチ聞こえて、催眠術にかかってしまいそうだ。
「ふあーあ。」
 僕が思わずあくびをすると、先生が本から顔を上げて言った。
「ひまそうですねえ。何なら本、お貸ししましょうか?」
「いえっ、結構です!」
 先生の本を借りたら、3秒もたずに寝てしまうに違いない。まだ通信販売のカタログの方がましだ。
「そうですか? この『セヴァール星における鳥の生態記録』なんてとっても面白いんですが……」
 断っておくが、ここは大学の研究室ではなく、探偵事務所である。僕がここに来るようになってまだ2週間足らずだけれど、先生は毎日のように本を読んでいる。しかもよく分からない論文ばっかりだ。そして、仕事は全然ない。
「お客さん、来ないですねえ。」
 僕の給料は出るんだろうか。僕の心の声が聞こえたかのように先生は笑う。
「大丈夫です。少しはたくわえがありますから。それにね……」
 ドアがカランと音を立てた。

「では、依頼の内容はペットを探して欲しいということですね。」
 彼女はハンカチを握り締めて頷いた。年は20歳前後だろうか。茶色い髪を肩までのばし、軽くウェーブをかけている。目の下のくまが化粧で隠しきれていないところをみると、かなりペットが心配らしい。
「マリーは、こちらに引っ越してからなんだか様子がおかしくて……。迷子になって一人ぼっちで困ってるに違いありません! 1日も早く見つけてください!」
 僕はお茶を差し出しながら彼女が出した写真をのぞきこむ。白い小型犬のようだ。足の先だけ赤い毛色なのが目をひく。あまりこの辺りでは見たことがない種類だ。
 先生も僕と同じことを考えたらしい。
「失礼ですが、この子はどちらで手に入れられたのですか?」
「前住んでいたセヴァール星で拾ったんです。私、あまり犬には詳しくないけど、かわいかったからつい……。」
 先生はしばらく写真を眺めていたが、しばらくすると頷いた。
「分かりました。そうですね……3日あれば何とかできるでしょう。3日後にいらしてください。」
 その言葉に彼女より僕のほうが驚いた。3日とはずいぶん早い。
 お願いしますと頭を下げて帰ろうとする彼女に、先生は突然声を掛けた。
「マリーは拾った時に何か身に付けてませんでしたか?」
 彼女は振り返り、しばらく考えた挙句に首を振った。

 そして3日間。僕はマリーを見つけられなかった。先生に探してみなさいといわれて、写真を片手にあちこちを歩き回ってみる。彼女の家の周りに聞き込みをし、一応保健所にも行ってみた。けれども手がかり一つ見当らない。
 すっかりくたびれはてて戻ってきた僕を、先生は怒るでもなく迎えてくれた。
「ご苦労様でした。初仕事の感想はどうですか?」
「すみません……。何も見つけられませんでした。」
 うなだれる僕の耳にドアの開く音が聞こえた。
「あの、マリーはみつかりました?」
 彼女が来てしまった。どうすればいいんだどうすればいいんだ。
 うろたえる僕の前で、先生はにこやかに笑ってこう言った。
「ああ、どうぞ。見つかりましたよ。」
「ええ?!」
 慌てて顔を上げる僕を楽しそうに眺めて、先生は机の下から箱と首輪を取り出す。中には……。
「……鳥ですね。」
 僕と彼女はしげしげとその生き物を眺めた。
 白い大型の鳥が、その中にはいた。ふわふわとした羽根の先と足だけがきれいな赤である。
「先生、よく分からないのですが……。」
「まあ、見ててください。」
 そういうと先生は持っていた首輪をその鳥にはめようとする。バタバタする羽根の音と鳥の鳴く声がしばらく続いた。10分くらいの格闘の末、首輪をつけると静かになった。
 みるみるうちに、体の線が変わっていく。粘土細工を作り直していくようだ。やがて、犬の形に変わったそれは、
「マリー!」
 彼女はマリーを抱きしめた。
「先生、これは一体……」
「セヴァール星は、大気の状態が変わってましてね。空気中のガスの度合いが……」
「そのあたりは結構です! 要点だけにしてください!」
 講義が始まると、半日はかかってしまう。初日に半日聞かされた僕は慌ててさえぎった。
「そうですか……? まあつまり、セヴァール星では鳥の雛は犬の形をしているわけです。ある程度成長すると、鳥に転化するんですね。」
「じゃあ、あの首輪は何なんですか?」
「あれは、成長をある程度押さえる役割をしているんです。最近ペットとしての需要があるので、開発されたんですよ。首輪をしている限り犬の形になります。最初に拾った時に付いていなかったという事は、まだ生まれてそんなに経たないうちに彼女に拾われたのでしょう。」

 お礼を言って帰る彼女を見ながら、僕はなんだかやりきれなかった。この3日間僕のしてきたことは何だったんだ。
「君もご苦労様でした。よく3日間もあちこち探し回りましたね。その根性があれば大丈夫でしょう。」
 先生はお茶を入れてくれた。
「……つまり、今回の仕事はテストだったんですか?」
 僕が聞くと、お茶を飲みながら先生は頷いた。
「はい。お互いにとっていいテストだったと思いますよ。で、あなたはどうします? この仕事続けますか?」
「……とりあえず眠らせてください。それから考えます。」
 どうせしばらくお客も来ないだろう。そう思って机に突っ伏した僕の耳に、無常にもカランという音が聞こえた。
 僕は顔を上げてにっこり笑う。
「いらっしゃいませ!」

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