「 夢見師 」〜前〜  右葉ごと  00/08/16 01:08


  西の果てにいくがよい。
 お告げをもらいにゆくがよい。
 耳をすましてきくがよい。

 耳をすまして。
 耳をすまして。                 

 何を。  
 聞く。


 鎖宮が最後に眠ったのは、それはいつだったのか。
 もう、思い出せないくらい前のことだ。
 何か、きっかけがあってそうなったのだろうか。わからない。
 それは、だんだんと、眠る時間が短くなること。
 そこから始まった。
 夜、鎖宮は、眠ろう眠ろうとする。でも、眠れない。眠りにつく時間がどんどん遅
くなっていく。それなのに、朝早く目が覚めてしまうのだ。
 初めは眠れないと、開き直って、眠くなるまで起きてみた。しかし、やっとのこと
で眠りについても、すぐに朝になって、目覚めている。あんなに遅く寝たのに、きち
んと朝目覚めてしまう自分にぞっとしたものだ。
 眠れなくても、目をつむって、眠るふりをしてみたりもした。それでも、いろいろ
なことを考えながら、起きている自分がいる。
  毎日焦りばかりがつのり、そしてやがて、睡眠時間は、消えて無くなる。泡のごと
くに。
 
 なによりもつらいのは、眠らなくても、平気なことだ。
 本来ならば、それはとても、幸運なこと。天からの贈り物といってよいだろう。人
生の中で、睡眠時間をなくしてしまったら、その時間は非常に有効利用できるに違い
ない。
 けれど。
 鎖宮は、眠らなくてよいということが、幸運だとはとらえられなかった。むしろ、
異常に感じた。異常な自分を意識すると、他の人たちと、同じように生活を送ること
ができなくなっていった。
 日常の様々な経験。人との触れ合い。沢山の感情が、頭の中で。飽和してしまう。
 今にして思う。眠りは鎖宮にとって、浄化だった。生々しい自らの体験を、引き出
しに物を整理してしまうように、自分の意識下に沈めていく。眠りはその媒体となる
ものだった。
 眠ることが出来ない今、脳の中が溢れかえってしまう。
 だから、旅に出た。 
 自分の感情を荒々しく引き出そうとする何もかもから逃げたかったのだ。

 あてもなく旅をつづけ、そして、ある日、鎖宮は夢見師のうわさを聞く。
 夢見師の所へいけば、どんな謎にも答えがでるという。
 漠然としたうわさ。
 鎖宮は西へと旅を続けた。昼間は歩きつづける。夜は眠らなくてもよい。好んで野
宿をした。宿屋に泊まって、床についていると、自分の心が不安定になるのを感じる。
なぜなら床は「寝るためのところ」なのだから。たき火をじっとみていると、こころ
が、和んだ。 
 そして、何年かたち、鎖宮は、夢見師が住むという街にたどり着いた。
  
 街の大通りには、驚くべきことに、夢見師の順番を待つ人の行列が、ありのよう
に、果てしなく続いていた。
 聞くに。夢見師は、白与という名前である。白与は一日に一刻ほどしか、人と話し
をしない。それゆえに、この行列ができているのだ。そんなうわさが耳に入った。
 しかし、この行列にならんでいるあいだ、並んでいる人々は、どんな生活を送って
いるのだろうか。当然ながら、そんな疑問が浮かぶ。答えを得ることは、簡単だ。列
に加わればよいのだ。
 毎日、座わりながら並んで待っている。その間に周りの人間と話しをしたり、歌を
うたったり、道行く人々を観察したり、それぞれの時間をすごしている。
 おもしろいことに、この行列目当ての商売も、きちんと存在しているのだ。食事を
売りにくる人々。有料の厠。大道芸や、歌い手。医者も来る。並ぶことの代行業など
というものまである。この街は「列」でなりたっている。
 そして、一日に一回。昼すぎから、一刻ほど、列が動いていく。変化があるといえ
ば、それくらいだ。
 不思議なことに、夜に大騒ぎをするのかといえば、それはない。なにせ並ぶのは一
日二日のことではない。一ヶ月ほど、並ばなくてはならないのだ。連日どこかで騒い
でいたら、とてもではないが、もたない。そこで夜も深まると、暗黙の了解で、静か
に皆が眠りにつくのだ。酒が飲みたい者は、列から離れて飲みに行く。その間は、代
行業に頼んだり、仲良くなった者に後をまかせておく。
 そんな毎日を一ヶ月も過ごす。列についている間は稼ぐことができないのに、余計
な出費ばかりがかさんでいく。夢見師に会うには、金がかかる。
 
 列について、2,3日もすると、やがて、周りの人間とも、妙な連帯感が生まれて
いく。友達というのとは感覚は違う。好むと好まないとにかかわらず、偶然隣り合っ
たのに、一日中一緒にいる人間たち。友達とは、言えない。どちらかといえば、家族
に近いかもしれない。
 鎖宮は自分から進んで話しをすることは、あまりなかった。しかし話し掛けられれ
ば、よく話はした。鎖宮は旅は長かったので、話はつきることはない。請われて異国
の話をよく語らった。また他の人々の話も良く聞いた。身の上話、相談事、世間話、
ここへくるまでの事情。こんなに人と話しをするのは、何年ぶりだろう。鎖宮は思っ
た。
  しかし、こんなに同じ顔と毎日毎日顔を突き合わせて、人々は平気でいるわけでも
ない。人間は一人きりになれる時間も必要なのだと鎖宮は思う。この列に並ぶ限り、
その時間はないのだ。喧嘩はよくおこった。暑い日などは、むっつりと誰もが口をき
こうとしない。一触即発の不快な空気を周りが支配するようなこともしばしばだ。
 そんな中でも、鎖宮だけは、涼しげな顔をしていた。なぜなら皆が眠る間、鎖宮だ
けは眠らなくてよいのだ。皮肉なことに、夜は、眠れない鎖宮、ただ一人きりの世界
だった。夜空を見上げて、鎖宮は、1人きりでいることを感じる。  
 一ヶ月がたち、信じられないことに、列の終わりが見えていた。列が終わりに近づ
くにつれ、やっと夢見師に会えるのだという期待と緊張感と、そして一ヶ月を共にす
ごした仲間ともお別れだというしんみりとした雰囲気が皆を包んだ。
 鎖宮は隣の男から、自分の故郷に一度は来いと肩をたたかれ、そしてその男の目が
潤んでさえいるのを見て、かすかに狼狽した。この男とは、喧嘩をしたこともあった。
口論でおいつめたことさえあった。それなのに、男の方では、こんなに親しみを感じ
ていてくれたのだろうか。そして、この男だけではない。後ろのおばさんは、さめざ
めと涙を流し、すこし離れたところにいた商人からは、異国の話を聞かせてくれた礼
だと布をもらった。他にもいろいろな人から肩をたたかれ、鎖宮は戸惑った。
 こんなにも受け入れてもらっていたのだ。
 そのことに今気づいたのだ。列も終わろうというこの時に。
 
 夢見師の部屋への入り口にたったとき、鎖宮はいいしれぬ寂しさを感じていた。こ
の扉を通じるときが、今までに列で知り合った人々との、別れのときなのだ。
 隣にいた男が、手を振りながら、先に入っていく。出口は別にある。もう会うこと
もないかもしれない。不可解な感情が鎖宮を押し包む。
 そして 、鎖宮の番はやってきた。

 鎖宮は、扉をくぐった。