「トキとヒイラギ2」右葉ごと  98/09/10 20:37

トキは、いつもいらいらしていた。
 いつも、満たされなかった。
 他の人間はどうしてこんなに、要領が悪いのだろうか。トキには理解し難かっ
た。自分が当たり前にできることを、どうしてこいつらは、こんなに、時間をか
け、そして失敗するのか。
 いつもピリピリとしたものが、トキの体を走る。

 相棒なぞは、いらない。居ない方が良い。むしろ足手まといなのだから。
 しかしこの仕事の規定として単独行動は許されなかった。単独行動の問題点。い
わく、生死の確認。裏切り行為の防止。任務遂行の確実性。
 そんなものはトキには関係がないように思われた。いつも相手の失敗に足をひっ
ぱられている。相棒の尻拭いに時間をとられる。任務遂行の確実性?トキは鼻で
笑った。

 しかし、トキはこの仕事が好きだった。自分の能力のすべてをフル稼働するの
に、この仕事以上の場はなかったからだ。自分の才能、自分の神経、自分の集中
力。そのすべてを高める瞬間。
 だから、トキは昇進を断りつづけた。上司のことなど、望めばいくらでも思うよ
うに動かすことができる。わざわざ昇進して、退屈な仕事に移る必要性はない。
 現場こそが、トキのイライラが一番治まる場所だった。
 相棒?それくらいは、我慢しよう。

 それだけに、トキと組む者は一苦労だと言える。トキと組めば、絶対に死ぬこと
はない。それは確実だ。相棒が死ぬことは、完璧な任務遂行に、傷がつく。だから
トキは何をおいても相棒を死なせることはなかった。だが、トキの相棒は、大怪我
を免れ得なかった。トキについて行くだけでも十分無理があるのに、しかしなが
ら、トキは相棒に全く気を配らなかったのだ。
 ついてくるなら、勝手にしろの世界である。存在価値も認めてもらえない。ただ
罵倒されながら、ついていって、何某かの仕事をした後、罵倒されながら帰ってく
る。あるいは、トキに連れ帰られる。評価はトキにしかなされない。
 だからトキとコンビを組もうというものは、いない。
 上司の命令で嫌々組むが、皆長続きしない。ヒイラギと組むのは、3回目だっ
た。長く続いた方だというべきだろう。

 ヒイラギと組むのが3回目に達した理由は、一重にヒイラギが(今までの奴より
は)優秀だったからだ。今までの相棒は、大概、大怪我をして入院する。だから毎
回新しい相手と組むことになった。しかしヒイラギは、その点優秀だった。大怪我
を負うことがなかったから、引き続き、嫌々ながらもトキの相棒をしているに過ぎ
ない。
 そう、まあ、嫌々だ。
 皆そうだった。だが、トキは相棒のことは、全く気に掛けなかった。目の前の仕
事に集中しているときこそが、トキの幸せなのだ。その集中を妨げる一番の要因は
いつも相棒が作るもので、それがトキをイライラさせもしたが、そんなことはトキ
にとっては些末なことだった。
 
 3回目にはいって、ヒイラギのことは、だんだん分かってきたような気がする。
プライドが高い。だから自分についてこれないことが、たまらなく、くやしいのだ
ろう。トキに罵倒されるたびに、ヒイラギの中で葛藤がおこっている。トキは感じ
とる。
 罵倒されて、ヒイラギが見せるいらだち。それは本人にとっては、押し隠した表
情なのだろうが、トキにとっては、それは、ほんとに素直でストレートで、かえっ
てトキは感心してしまう。
 おもしろかった。
 トキがヒイラギを罵倒する回数は増えていった。 
 ヒイラギのいらだちを見ることに、微かな快感を得ていることに、トキは気づい
ていない。
 そして、それこそが、「関心」というものだということにも。
 トキは気づいていなかった。