「つきがでていた」右葉ごと 学科の飲み会の帰り道。 漆黒の夜空には、くっきりと。まんまるで金色の。 月がでていた。 昌実ちゃんから電話があったのは夕方の4時頃だった。 「ごめん!瑞ちゃん、今日の飲み会、私いけなくなっちゃった。」 「え〜!?どうしたの、昌実ちゃん。」 「花田が風邪ひいてさ、寝込んでるんだ。」 「そりゃ、大変だ。」 「そうなの。これから、そっち行くから、ごめん。飲み会行けないって伝えておいて?」 「おっけー。分かった。」 「じゃね。」 花田は、昌実ちゃんの彼氏であった。それは飲み会キャンセルもいたしかたなかろう。 いたしかたないけれど、心の中では、つい恨みがましく思ったりする自分がいたりする。 花田のばかやろー。どうして今日に風邪ひくんだ。そう思ってしまうのは、それはなぜ なら飲み会に一人で行くのが不安だからだ。 大勢の飲み会は苦手。 少人数はいいんだけど。たとえば座る席で当たりはずれが大きいとか、隣がトイレに たったりすると、ぽつーんと孤独感がわいてくるような、そんな飲み会は苦手だった。 いつもは学科の飲み会は、昌実ちゃんと一緒に行って隣に座っている。だから安心感 があったけど、今日は昌実ちゃんがいない。すごく心細かった。思わず理由をつけて、 休んじゃおうかと思ったほどだ。いやしかし。 いつもそんな昌実ちゃんにばかり頼ったらいけないと、そう思って頑張って飲み会に 参加したのだ。そう頑張って。 時間ちょっきりで顔を出した。席は米ちゃんの隣が空いていてラッキーと思う。米 ちゃんとは、ゼミも同じでよく話すから。ゼミ話。教授のものまね。サークル話。など など。飲み会はまあまあ楽しめたと思う。ずっと笑ってた。 でも、疲れた。ものすごく疲れたのだ。顔が笑顔で引きつりそうだ。 「瑞ちゃん、二次会行く?」 「うん。ゴメン。睡魔におそわれてるから、帰るわ〜。」 手を振って、二次会メンバーと別れ、今坂道を上っている。家を目指して。 ちょっと二次会にまで行く元気と勇気はなかった。 疲れた。 楽しいはずの、飲み会が、なんで疲れるのだろうか。 話題を探して探して。話しがなくなりそうになったら、他の人達の話題に耳を傾け。 楽しくあろうと努力している。そんな飲み会は参加する意味があるのだろうか。いや、 あるのだ。参加することに意義があるのだ。 あー。ばかみたいかも。 みんなはどうして、あんなに自然に飲み会が楽しめるのかなあ。私はなんなのさ。 そんな風に自己嫌悪に陥りながらコンビニによって、ついアイスとかジュースとか、 甘い物に手を出してしまった。こんな夜にくったら太るぞー。そう思いながらも、普 段にない行動を取る。もう今日は早く帰って、食べて、すぐ寝てしまおう。 コンビニ袋を下げながら、家まであと3分の公園にさしかかる。 そして私は見てしまったのだ。ブランコに腰掛けている一澤を。 おまけに、運悪く、向こうもこっちに気づいてしまった。 目が。あってしまった。 うわー。なんでいるんですか?一澤様? 少しの逡巡。そしてこんばんわくらい言って通り過ぎようかなと結論を出したとき、 一澤の手が動いた。ちょいちょいと。 おいでおいで、と。 つい、引き寄せられて、公園のブランコへ歩み寄ってしまう。 「なに、してるの?一澤君。こんな時間に。」 「いや、ほら、あれ。」 指をさす一澤。伸びた指の先には、お月様。 「おお、今日は満月だったのか。」 「うん。ちょっときれいだろ。」 「それで、一澤君、お月見?」 「いや、飲み会の帰りなんだ。」 「二次会行かなかったんだ。」 「ん。つまんなくて。そっちは?」 「あー、私も飲み会。」 「そう。」 会話が、とまる。穏やかに。 私は黙って月を見あげた。 今だけ。ちょっとだけ、月を見たら。帰ろう。月を見ながら帰ることを考えている。 そしたら、一澤が口を開いた。 「ちょっと聞きたかったんだけどさ。」 「ん?」 「あの月、カメラで撮るなら、構図どうする?」 「構図?」 「うん。真ん中に納めるか、ずらすか、途中で切るか、大きさもどの位にするか。」 「はー、そうだねえ。」 改めて月を見上げる。大きな月。隈なく金色に光る月。こんなきれいな月には、小細 工は必要ないような気がした。 「真ん中かなあ。」 「やっぱり真ん中?」 「うん。ど真ん中にでーんと。・・・ああ、でもジャングルジムの下からとってもおも しろいかも。」 ブランコの正面にあるジャングルジムが、ふと目に入った。そのジャングルジムの四 角のフレームの真ん中に、うまく月を持ってきたら、どんな感じだろうか。頭の中で想 像してみた。ちょっと楽しそうだった。子供の視点みたい。 「なるほど、ね。いやちょっと聞いてみたかったんだ。お前ならどう撮るのかなって。」 「?」 「前に学祭の時にお宅が出した写真、おもしろいなって思ってたからさ。あれ、ちょっ と普通と違って、おもしろいね。」 「そう、かな。」 それは、ほめ言葉なの?それか、変だってこと?よくわからんかった。多分後者かも しれない。よく人から変って言われるから。写真以外でだけど。 頭の中はハテナマークでいっぱいになった。多分困った顔をしていたと思う。まさか 赤くなってはいないだろうか。 それから、一澤は立ち上がり、 「よし。お月見終わり。帰るわ。」 というと、公園の入り口ではなく、奥の草むらへときびすを返す。 「え、一澤、どこ行くの?」 面食らってそういうと、一澤は月に照らされた顔でにやと笑って、草むらの奥の アパートに指を向けた。 「うち、ここなんだ。」 「あ、なるほど。」 「うん。・・・じゃな。おやすみ。」 「・・・うん。おやすみ。」 鸚鵡返しに挨拶をすると、一澤はそのまま草むらの奥の柵を越えて消えて行った。 誰もいない公園に一人残され、なんだかキツネにつままれた気分。ほんとに一澤 だったのか。月にだまされていたのかもしれない。 道路に戻りながら、はっと気づいた。なんだ、うちから一澤んちまでって3分くら いってこと?じゃあ、いつかの傘は全然役にたってないってことじゃんか。がーん。 ああ、駄目だ。 やっぱり今日は、早くアイスを食べて寝てしまおう。アイスが溶けていなければの 話しだけど。 後日。一澤は二枚の写真を私にくれた。 一枚は枠いっぱいに月の光があふれている写真。 そしてもう一枚は公園のジャングルジム越しの月の写真。 きっとあの後撮ったに違いない。 それは私が想像していたのと、同じようで、でもどこか違う写真。 その写真は今も、私の机の中に入っている。 |