「204号」 右葉ごと 「 204号 」99/07/20 18:52 咲は、やっとのことで部屋へとたどり着いた。 今日は早く帰ろう、帰ろう、帰ろうと思いながら、結局今日もこの時間になって しまった。 早く帰りたい、早く帰りたい。早く帰ってしんでしまいたい。そう心から思い続 けて、叫びたい気持ちを押さえ自転車を走らせ、足踏みを踏みながらエレベーター を待ち、ようやく部屋までたどり着いたのだ。 いつも、部屋に帰るとほっと気持ちが緩んでいくのを感じる。ぽっと明かりをと もす。明かりに照らされた部屋。咲の部屋はごちゃごちゃとしている。いろいろな 物があちこちにごちゃごちゃと置かれている。 けれどこれは咲の中では秩序だった物の置かれ方で、かえって部屋を片づけて整 然とさせてしまうと咲は居心地の悪ささえ感じてしまうのだ。 それが咲の部屋だ。 着ているものを脱ぎ捨て、Tシャツとジーンズになる。スーツの堅苦しさから解 放され気持ちも緩みきってしまう。家では仕事がまったくできないのは、気持ちが 弛緩しきってしまうからだろう。 畳に腰を下ろし、テレビをつける。テレビには砂嵐が吹き荒れていた。チャンネル をまわしても、深夜であり、おもしろいものはやっていない。仕方ないので、いつ ものようにビデオをまわす。何回も何回も何回も見たビデオを今日もまた見る。 部屋に帰るまでは、早くベッドに倒れて眠ってしまいたいと切望しているはずなの に、テレビの前に腰を落ち着けてしまうと、不思議とそれはできない。 買ってきたコンビニの弁当を食べたり、本に手をのばしたり、パズルをしたり。 なかなかベッドに入らない。入れない。 眠りは心地よいものであるが、それは一瞬だから。 眠ったら、次の瞬間、朝になってしまう。 朝になったら、咲はまた出かけなくてはならない。そしてまた一日が始まってしま う。けれど眠る前の時間は、それは咲の、咲だけの時間なのだ。めまぐるしい一日。 流れの中をただ必死になっているだけの一日の中で、部屋にいる時間だけが自分に とっての本物の時間なのかもしれない。 何回も見ている筈のビデオを咲はぼんやりと眺める。 明かりを残したまま、咲は部屋の中で、まどろみ始めた。 了 「 コンビニ 」99/07/20 21:05 部屋を出る。 しかし朔が行くところは、決まっている。というより、そこより他に朔が行くとこ ろはない。コンビニ。 深夜、どこにも行くあてはないのだ。とりあえず行くところは近所のコンビニであ り、入りもしないものを買って帰るという結果に落ち着く。 そう。結局帰る場所はあの部屋でしかないのだ。 夜の道を歩く。歩く。ゆっくりと。たまに月などが出ていると、ずっと眺めつつ歩 く。結局たどり着く場所がコンビニである事実は少し悲しい。大学に入ってしばらく はパチンコにはまったこともあった。そのころはパチンコ屋が入り浸る場所だった。 しかし朔の本質はケチだったらしい。そのうちパチンコ屋で玉が出てくる快感よりも、 減っていく通帳の残高の方にストレスを感じるようになったのだ。友達の木村は未だ パチンコにはまり、身を持ち崩している。学校にさっぱりこないでパチンコ屋にいる。 姉に金を借りて、何十万という金をつぎ込んでいる。 学校にさっぱりこない。という点は、朔も同じ立場だ。代返さえ頼んでおけば、後 はテスト前に行けばなんとかなってしまう。同じ高校出身の相原なんかは授業にも、 きちんと出て、サークル活動も楽しんでいる。でも行かなくてもなんとかなるのだ。 いなくてもいいのだ。 汀はたまに部屋にやってくる。もちろん昼間。朔が寝ている時。普通の人が活動し ている時。 「大学、おいでよ。」 朔は毛布にくるまりながらうなって返事をする。 「代返してるから、単位は大丈夫だけど、ねえ、こんな生活ちょっとまずいよ。」 うん。うん。分かってる。そんなことはよく分かってるんだよ。 しかし眠りの楽しさ、安らぎは、汀には、明るい世界に生きる君達には分かるまい とベットの中で考えている。 汀は好きだった。大学の友達ともそこそこ仲良くしていた。なのにいつから、一人 の方が気楽だと思うようになったのだろう。気付いてしまったら、もうこの快楽から 抜け出せない。 午後の遅い時間に起き、バイトに出かける。帰ればまた眠りに入る。なぜこんなに 眠るのだろうか。朔にもよく分からない。けれど眠るということは一番何も考えなく てよい時間だから。焦りも悲しみもやるせなさもいらいらも感じなくてよい時間だか ら。だから朔は眠るのだろう。 ゲームにはまった時もあった。けれどゲームをしていて、ブラウン管の中の主人公 を育てたからといってなんの意味があるのだろうか。朝までゲームをする生活が続き しばらくぶりに鏡の中の自分の顔を見て、急にゲームへの熱がさめていった。自分の 顔が現実的じゃないように見えたのだ。頭がゲームに占領されてしまう。ゲームをす ると、そんな焦りが頭を掠めるようになった。だから本体を友人に譲った。 テレビばかり見ている時もあった。けれどドラマに感情移入できなくなっていく自分 に気付いた。どうしてだろう? 当然だ。ドラマに投影させるべき経験が自分の中から どんどん奪われていくからだ。ドラマを何本見ても、つまらない。何もかも。 結局のところ、眠りが一番我を忘れることができる瞬間なのだ。 コンビニに入る。道ばたにもれるコンビニの光はそれこそが人工的だ。 入ってしばらく雑誌を立ち読みしたり、弁当やら菓子やらを物色して。よおく吟味 して選んだ品を買う。 そしてまた歩いてきた道をぶらぶらと戻っていく。 また元の自分の部屋へと。 しかし外界とのほんの少しの接触は、朔にとって気分転換となる。部屋に戻り、食事 をして、そしたらまた眠りに落ちることができるだろう。 そう考えて、朔は月夜の道を歩いた。 了 |