悲しき電子頭脳
俺がそのギルチックを見つけたのは、ミサイルランチャー
の化け物から、命からがら逃げきて、やっとのことで安全
な区画に入った時の事だった。
何やらそのギルチックは破壊された仲間の体をあさって
いて、こちらに対して攻撃の意志が無かった。その電子頭
脳に、意志というものがあればの話なのだが・・・
「おでましか、畜生」
俺は、愛用のセイバーに火をつけると、疲労した体に鞭
を打ち、機械作業のような動作で斬りかかった。
がきぃぃん
ギルチックは、転倒する。
一撃で破壊できるほどの体力の残っていない俺は、再び
起きあがろうとするその機械人形に剣を構える。
驚くほどあっさりと攻撃が当たったので、戦闘用のシス
テムが故障しているのかとも思ったが、アラームなどを鳴
らされては俺の命は無い。
薬も、テクニックも使いきった俺には、この区画で機械
どもに見つからぬように身を潜めて、転送機まで走り抜け
るための体力の回復を、鎧の治癒機能に頼る他はなかった
のだ。
「頼む、次で壊れてくれ」
俺が、ギルチックに剣を振りかざした瞬間、ノイズ交じ
りの女性の声が聞こえた。
「お願いです。私を殺さないで下さい・・・」
「!」
ギルチックは、その不器用そうな手を胸の前に組んで懇
願し始めた。
クビを横に振って嫌がって見せる。その行為は、貧民街
の安物キャシールが、ご主人様の理不尽な要求に対して行
うそれだった。
俺は、剣を下げずに、このキャシールもどきと間合いを
とった。
「めずらしい。どこで習ったんだ? このポンコツ」
ギルチックは懇願の態度を続けている。
ふと、俺は思い出した。
この迷宮に入った探索者たちは、常に監視されていて、
戦闘力に見合った機械兵士があてがわれている。どのよう
な実力の持ち主でも、中心部にたどり着けることはできる
のだが、中心部の主はハンバーグが大好きで、俺たちを巨
大な擂り潰し機械にかけようと待っているらしい。
戦闘もできない機械兵士を目の前にしてしまっては、そ
んないやらしい迷信を信じる他無かった。
ここに入って今まで、最強の殺戮機械人形であるシノワ
ビートとの遭遇が無いのは、俺が弱いからなのだろうか?
思わず舌打ちした。
とにかく、幸運だと思うしかない。ここでしくじれば、
無事に転送機まで帰ることはできないだろう。
「なんか喋れよ」
返答を期待したわけではないが、俺はギルチックにそう
言い放った。
「助けてください。・・・私、レドリアセクションのID
1827、レンジャー、キャストのカレンと申します。チ
ームが全滅してしまって、
気がついたらこの姿になってたんです。このままでは帰れ
ません」
はい、そうですか、それは困りましたねェ。
なんて、言う奴がどこにいるだろうか。罠でないと言い
きれる要素など全く無い。それとも、この手を使って馬鹿
正直に信じたものがいたのだろうか。
俺は、もう少しこの『もどき』の様子を見ることにした。
「安心してください。ここには誰もきません。本当です」
歩み寄ってくるギルチックを牽制しつつ、体力の回復を
待つ。どうやらこいつの言っていることは、間違いではな
いらしい。少なくても、機械兵士たちの気配は、ここにい
る『もどき』の他には、無い。
「・・・信じてもらえませんか?」
「確かに気配は無い。が、無理だな」
機械兵士が無駄話をしてくれたおかげで大分体力も戻っ
てきた。完治とはいかないが、これで充分に行動ができる。
母船に帰れば、あの、いやらしい格好のナース達が待って
いる。危険な道を走り抜ける力も沸いてくるもというもの
だ。
今なら、貯金を下ろして長期入院をしてもかまわない。
実時間どれだけいたかはわからないのだが、もう、何年
も人に会っていないような気がしてきた。
俺は、ギルチックとの間合いを詰め、セイバーを振りか
ざす。
「やめて! 殺さないで。まだ生きてるの。まだ恋もして
ない・・・」
「人間様みたいなこと言いやがって。その声帯ユニットは、
持ち主に返しといてやるよ」
「いやぁああ」
強盗でもしている気分だ。
俺はそのギルチックの真実と自分の命を両天秤にかけた。
数秒間迷った後、俺はセイバーを振り下ろす。ギルチッ
クは両手を組んだまま、悲痛な叫び声を上げた。
「・・・なに」
しかし、天は俺のことを見放したらしい。命綱のひとつ
である愛剣の火が消える。一閃は虚しく、ギルチックの肉
体に触れるに至らなかった。
汗がどっと吹いた。帰り道の機械兵士の再配置はとうに
終っている筈だ。武器を持たない状態で、敵の中に飛び込
んで生きて母船に帰れるだろうか? 答えは否だ。
来るかどうかもわからない救援を待つ他無くなってしま
った訳だ。
覚悟を決めて、鎧の電力を拳のほうに回す。これで、治
癒機能も使えなくなった。早く身を潜める場所を見つけな
くては。
俺は拳を構えた。
ゆっくりと、機械兵士が歩み寄ってくる。
死体あさりめ、こうなるのを待っていたんだな。
拳に力が入る。
「畜生!」
生き延びるための時間を浪費してしまった自分に呪いの
言葉をかける。
慈悲があるほうではないが、このような時に・・・
「その装備じゃ、帰れないでしょ? これ、あげる。まだ
動力は生きてるみたいだから使えるわ」
「!」
ギルチックは、両腕から柄の無いフォトンブレイドを引
きずり出すと、足元に置いて、その場所から離れた。怯え
た獣に餌を与えるかのような仕草に俺は戸惑った。
「どういうつもりだ」
「あげる。助けて欲しかったけど、私は半分諦めてたから。
あなたは生きて帰って? そうして、私の生活筐体に電源
を入れて欲しいの」
そもそも、アンドロイドには決まった肉体が無い。財力
さえあれば、いくらでも自分のバックアップを保管してお
くことができるだ。役割も様様で、時と場所を選んで人間
が服をとっかえひっかえする様に、肉体を変えることも出
来る。ただし、法律によってバックアップの同時起動は禁
止されている。アンドロイドの方にも、そういうからくり
が施されているらしい。ここ最近の流行は、生活用に人間
やニューマンと外見の全く変わりの無い生活用の肉体を持
つことだと聞いたことがある。
今までのことが真実だった場合、最新の起動パルスを受
けた時点で、このギルチックは活動を停止するはずだ。
「解った」
こう言わざるをえなかった。まだコイツの言う事を信じ
きれてないにしろ、出来るだけ戦闘を避けるにこしたこと
はない。
帰ってから、ゆっくり真実を確かめても遅くはないだろ
う。そのためにはコイツを利用しなくてはならない。
俺は、警戒を解いてみせた。
「それではお前は死んだも同じだろうが」
ダガーのようなそのブレイドを拾って動作を確認する。
高出力のそのブレードは、ギルチックには装備されていな
いものとされているものだ。『彼女』がここで行きぬくた
めに他の機械兵士から奪ったものなのだろう。思ったより
は、保存状態もいい。
「しかたないわ」
両手をだらりと下ろし、悲しそうなそぶりを見せる。
「元の体は探せないのか?」
『彼女』を気遣うフリ。こうしてずっと、この迷宮にい
るのならば、俺達探索者よりもここには精通していはずだ。
せいぜい、このおせっかいに安全な所まで案内してもら
うことにしようか。
「無理。屍の筋繊維は、機械兵たちの生体部品の代わりと
してすべて抜き取られて最深部に送られているの。きっと
抜け殻よ」
「なんだって」
ぞっとしない話だ。数多くのハンターズが探索に入って
戻らなかったが屍の無い理由が明らかになった。ここで死
者が出れば出るほど機械兵士が生産されていたのだ。
こうしてはいられない。さっさとここから出なければ、
本当の死体あさりがやってくる。
「こんな体で、生き続けるぐらいだったら、デリートされ
た方がいいの。でも、痛いのは嫌・・・」
「いくぞ」
俺は、盾兼案内役である『彼女』を促した。と、その時。
『彼女』が、レーダーにエネミーとして映っていること
に気がついた。これでは他のハンターズに見つかったとき
に、面倒くさいことになる。
「しかたない」
俺は、自分のセクションIDであるオレンの認識票をは
ずしてギルチックに付けてやった。これは、正式ではない
のだが、ハンターズが、レーダー上にある物品の所有権を
示すときに使う方法である。ハンターズIDと、市民ID
を持っている俺達ならではの技なのだ。
レーダーに、俺の表示が一つ増えた。
「これで、俺の所有物表示になった。ハンターズからは攻
撃は受けないだろう。案内、できるか?」
「え、あ、うれしいです。・・・はい」
数ヶ月後・・・
俺は、最近できたヒューキャストの友人とギルドの転送
機の前で立ち話をしていた。
「まったく、はじめはお前のこと変態だと思ってたわ」
「それは、言わないでくれ。頭が痛くなる」
思い出したかのように、昔の話をすることが彼の趣味ら
しいのだが、困ったものだ。彼が言うには、思い出を大事
にするのは良いということになっているらしいが。イヤな
記憶は呼びさまさんで欲しい。
キャスト特有の人間には理解不能な理論。人間では思い
もつかないところに興味を持つ彼らのなかには、ときおり
奇妙なクセを持つものもいる。
そこが逆に人間らしく、おもしろい。
「あんとき、俺があんだけいってたべや」
「知り合ってなかっただろ」
「いや、俺がお前の家の電子レンジだった頃に散々いった
べや」
「レンジは交換してませんが」
「あ、電話だ、電話の間違いだったべや。他の方法あった
べ? ID渡さんくてもさ」
きっと鉄仮面の中はニヤニヤしているのだろう。
彼は、ひとしきり俺の複雑な顔を観察すると、いきなり
俺の後ろの方に向かって手を振り始めた。誰かが近付いて
きたらしい。
ウェーブのかかった栗色の髪に白い肌、均衡のとれた美
しい顔立ちの少女が走ってくる。総督府の近くでなければ、
違和感を感じないだろう一般市民の服装をしている。
ニヤニヤ笑いのキャストの戦士にがっちりと肩を掴まれ
た俺は、少女の前に立たされる。
「今日は遅くならないでね。何の日だか覚えてるでしょ?」
はい。と、少女が俺に渡したものは、まだ暖かい、ハン
カチに包まれた小さな箱だった。
「ああ」
「今日はあなたの大好物いっぱい入れといたの」
「そうか」
「やあやあ! カレンちゃん元気ィ?」
「あ、元気元気。新しく換えたんだよ。どう?」
「おー。イカスべさ。まるで変わらんわ」
「そうでしょー」
そう、あのときの俺がもう少しこの船の文化に疎くなけれ
ば、このような事態は避けられたかもしれない。
あの行為が、アンドロイドのハンターズの中で求婚の意味
があったとは、思いもよらなかった。
きっと、あの時、俺は既に死んでいたのだろう。
結局墓場に入ることになったのだから。
了