永遠に枯れぬ花






「この人は、その花を誰に渡したかったんだろうね・・・」
「さあ? 気紛れじゃないか? それより、こいつの身元
をギルドで調べねばならないな。俺は、死体ごときで、セ
ンチにはなれない」
「そっか・・・」
 まだ若いそのハンターは、夢見がちな瞳のニューマンに
ため息を付くと、死体の首から下げられている認識票と探
査用のレコーダーを速やかに外し、目的地である坑道の最
深部に向かい歩いていった。
「これじゃあ、得意のリバーサーも効かないし、・・・ご
めんね」
 技術が発達したとはいえ、蘇生技術であるリバーサーも
この死体に命を吹き込むことは出来なかった。
 正に、ハンターズである彼らが恐れるものである『真の
死』がそこにあった。
 その体には命の残り火すらも、存在しなかったのだ・・・
「ねえ、その花・・・。もらっていくね。君だと思って大
切にするからさ」
 彼女は、死体に握られていた一輪の白い花を手にすると、
若いハンターに追いつこうと走っていった。


 死体は、また一人になった。


 生前の彼の口癖は「グラビアアイドルと一回でイイから
お近づきになりたいなあ」だった。
 ハンターとしては中級の腕を持ち、派手だからという理
由で、高威力のソードを愛用していた。
 趣味は人を笑わせることで、ハンターズの目的である惑
星ラグオルの探査をしばしば忘れていた。それゆえ、この
ような死とは全く無関係の筈だった。


 時間はさかのぼって、彼が生きていた頃の話・・・。


「あの、私もラグオルの探索に参加したいんですが・・・」
「んー? 俺は森しか行かんぞ? 洞窟は熱いし、坑道は
寒い! 
それに遺跡なんかはもっと最低だ! じめじめしてる上に、
なんか変なもんまで浮いてるじゃねえか! アリャはらむ
ぞ、実際!・・・それより俺と素敵な一発・・・ いや、
一時はどうだい?」
 ははは ・・・(汗) 
 彼に声をかけた駆け出しのフォニュエールは、そう返答
するしかなかった。
 しかし、実際彼は森までならば優秀なハンターである。 
 原生生物の生態から、安全な避難場所、軽い怪我に効く
ような薬草の在処や、おまけに夕焼けのきれいなデートス
ポットまで、一般のハンターでは知りえない所まで知り尽
くしているのだ。
 その上、女性の誘いは絶対に断らない。探索に行くにも
メセタや装備品の取引が行われる時勢では、彼は安価なボ
ディーガードだった。
 非常に女たらしな所を除いてはだが。
 結局彼は、彼女の行けるところまで、・・・勿論彼は曲
解しているが・・・、探索に付き合うことになった。

 彼はそつなく廃墟となってしまった庭園を進み、やがて
地竜の住むセントラルドームへたどり着いた。彼女の身の
こなしは一般市民のそれだったが、それをサポートする事
は彼には造作もないことだ
った。
「地竜、見たことないんですよ、私。・・・アレが倒せれ
ば一人前なんですよね?」
 地竜の鎮座する場所へ向かうための転送装置を目の前に
して、彼女は小さな体を振るわせた。それを見た彼は、こ
こで戻ってもいいのだぞと告げたが、彼女には意思の眼差
しが見えた。
「俺が十分サポートしてやっから、・・・やってみるか?」
「はい! ありがとうございます! 頑張ります!」
 彼には自信があった。毎回のように森を探索していたの
だ。もう既に自分の庭のようなものなのだから。いくら地
竜の生命力が高かろうが、何回でも昏倒させることができ
る。
 彼はフォニュエールを連れて、その中央部へと足を運ん
だ。
・・・それが、彼を死に追いやった原因だったのだが・・・

 セントラルドーム内部、マグマが近いのだろうか、異常
なまでの熱気が二人の体を襲った。そして大地を揺るがす
ような咆哮・・・
「こわいです・・・」
「なあに、あんなの見掛け倒しだ。何なら君はそこで見て
るだけでイイ」
「でも」
 ・・・何かが違ったのだろうか?
 断末魔をあげている頃の彼にはその違いがわかっていた
のかもしれない。しかし、時間は残酷である。

 いつもと変わらぬ地竜の姿に彼は余裕の表情を浮かべた。
 いくら一般市民並といえども、フォースの端くれである。
自分の命くらいは、守れるだろう。彼女を守ることよりも、
心をつかむパフォーマンスをしてやろうか、一晩くらいは
付き合ってくれるかもしれない。彼はそう思いソードのエ
ナジー供給部を外して彼女に見せた。
「よし、フォトンエナジーを使わずに、殴って倒してやる
よ」

 それが、不幸の始まりだった。
 その隙を見て地竜は彼が剣を構えるよりも早く突進して
来た。
 あっけに取られた彼は見事に地竜に蹂躙され、ドームの
内壁に叩きつけられる。
 フォニュエールはそれを見て、凍りついた。
 ・・・彼女が? いや、実際凍りついたのは彼だ。
 彼女が凍りつく時間など与えられてはいない。一瞬の出
来事だった。
 まるで、永遠かのような・・・
 彼が叩きつけられた瞬間、咆哮と共に吐き出された地竜
の炎が、彼女の体を焼き尽くした。
 半ば消し炭と化した彼女は、膝を落とし、その場で力な
く倒れた。
 「武器で遊ぶな。 ・・・ツキが落ちるぞ」
 彼がセイバーをさわり始めた頃に出会った壮年ハンター
の言葉だ。
 それを聞き流してしまっていた自分に後悔した。
 ここは訓練場でもなければ、自分の庭でもない。
 何らかの原因で廃墟と化してしまった、先行者たちの居
住区なのだ。もはや人が闊歩できる場所ではないのだ。
 
「殺してやる!」
 彼は、自分に呪いの言葉を投げかけて、ソードに火を入
れた。


「命には別状は有りません、体の損傷も再生ポッドで半日
安静にしていれば完治するでしょう。しかし、失明してい
るようでして・・・。再生しようにも、組織としては完全
な状態な物なので施しようがないのです・・・」
 彼は、脱力した。
「何でだよ、死んでも治せるんじゃないのか?」
「勘違いされては困ります。リバーサーの技術は仮死状態
を治すに限られます。それに今回の彼女の瞳には何ら損傷
がないのですよ。
もう既に治っているものの再生は不可能なのです。義眼を
移植しようにも、彼女の精神力が十分に高まらない限りは
義眼の操作も難しいでしょう」
「なんだよそれ」
「作り出した四肢を移植するようには行かないのです。瞳
のサイズで移植するならば、その瞳の動力は、テクニック
を使用するような行程、精神エネルギーを使う方法を取る
しかないのです、そうでなければ、巨大なヘルメットを被
ってもらわなければいけません。月一回のメンテナンスと
半年に一回の電池交換が必要となります」 
 地竜を倒した彼は、疲労した体を引きずってメディカル
センターまでたどり着いた。彼女を医者に引き渡して治療
が始まってから、既に8時間は経過していた。
「とにかく今の技術では、彼女を元通りに戻すことは難し
いです」
「・・・俺にできることは何もないのか・・・」
「いえ、そうでもありませんよ。彼女に会ってあげてくだ
さい。もうすぐ治療も終わりますから」
「どんな面下げて、会えって言うんだ?」
「治療の最中、あなたの名前を呼んでいたんですよ。お願
いします。彼女の支えになってあげてください」

 彼は再生ポッドの前に立っていた。
 全裸でポッドの中に浮いている彼女の体には、大きな火
傷があり、それをポッド内のナノマシンがせわしなく再生
させている。このような風景はハンターズにしてみれば日
常茶飯事だが、あまりにも弱々しいその姿に彼は、自分の
責任だということもあったが、逃げ出したくなるくらいだ
った。
「俺だ、・・・すまない」
「マグさんは、大丈夫なんですね? 良かった」
 ポッドの中の顔が微笑んだ。
「ああ」
「ごめんなさい。あの時帰っていれば、こんなことになら
なくて済んだのにね」
「・・・」

「なんだか恥ずかしいな、ポッドの中って事は、・・・裸
なんだよね?」
「キレイだぜ?」
「やだ・・・そんなことない」
「ほんとだぜ。何なら今晩どうだ?」
「・・・ふふ。・・・うん。色々助けてもらったし、楽し
かったから、いいよ」
「じゃあ、早くよくなろうな」   
「うん! もっといろんな所に行きたいし、連れてっても
らえる?」
「・・・。ああ、ドコでも君の望むところなら付き合って
やるよ」
「うん、私も早く強くならないとね」
「・・・。ああ」
 光を失ってしまったことはまだ話されてはいないようだ
った。その
ことを話せばどんなに自分を恨むのだろう?
 彼の表情は翳を落とすばかりだった。
 自分はこのまま逃げてしまえるほど、いいかげんではな
い。かといって、彼女の瞳を治す手段などないのだ。

「・・・ねえ」
「どうした?」
「私ね、夢があるんだよ」
「・・・」
「遺跡の最深部にはね、いっぱい花が咲いてるんだって。
その中に一輪だけ真っ白なきれいな花があるの。摘んで帰
ると幸せになれるんだって」
「・・・」
「私、いつかそれを見に行くんだ」
「・・・そうか。きっと見れるよ。・・・じゃあ、また会
いに来るから早く治せよ」
「うん。そしたら、一晩付き合ってあげるね」
「楽しみにしてるよ」

 彼は、決心した、今まで敬遠してきた遺跡に向かおうと。
最深部に広がる花畑で白い花を見つけ出して、彼女に見せ
てやろうと。
 そして、そのとき、彼女が望むならば、一生そばにいて
やろうと。
 今までの自分とは決別しよう。



「・・・ザザッ、ザー・・・これを、届け・・・では・・・
ねない・・・」
 若いハンターはギルドのスタッフと共にレコーダーを再
生していた。
坑道の暴走コンピュータを沈黙させてから一度パイオニア
2に戻り、死体の収集したデータと身元を確認せねばなら
なかった。
「どうやら仏さんは、遺跡の最深部に一人で行ったようだ
な」
「え? ・・・ひとりで?」
 夢見がちな瞳のニューマンは、この花に何か物語がない
のかと、興味津々だ。坑道で花を持っているということも
不自然だったし、なによりこの美しい花は、ニューマンの
女性たちに噂されたものなのだから。
 噂の真相は定かではなかったが、実際この白い花が実在
しただけでも彼女としては感激するに足りるものだった。
「そのようですね。今までのデータによるとそうなります
かね、坑道の先にあるといわれる遺跡ではこちらの用意し
た装置は動作不順を起こしてしまいます。しかもかなり破
損していますから音声を拾うのはこれ以上無理ですね。後
は探査結果を見るしかありません」
「やっぱり誰かに渡すために摘んだみたいだね。この花。
じゃあその人を探さないとね」
「俺にはそれはつきあえんな。坑道の調査がまだ済んでな
い」
「えーっ! あたし一人でさがすの? だって、この花は
あたしじゃ、もう使えないんだよ。これは・・」
「・・・疲れてるんだよ。再調査までの時間を延長しても
らうからそれまでには戻ってこい。それにまだ、データの
全てを見たわけではないのだから、すこし静かにしててく
れないか?」
「寝てからさがそ」
「・・・続けますよ? いいですか?」
「ああ、そうしてくれ」 
 収集されたデータには彼らに役に立ちそうなものは殆ど
残されてはいなかった。何も採取せずに短時間で最深部に
向かっている。最深部では巨大なエネミー反応が出ている
が交戦はしなかったようだ。目的のものであろう白い花を
採集した後に帰還用テレパイプを開いている。
「最深部はテレパイプは使用できないんじゃないのか?」
「いいえ、使用は出来ますが、どこに飛ばされるかわから
ない危険極まりないものです。これを使って壁にめり込ん
でも文句は言えません」
「・・・これじゃあ、とてもじゃないが参考にならんな、
敵のデータも採取しないで逃げ帰ってきたわけかこいつは」
 ハンターは深いため息をついた。
「この花を守るために、必死だったんだよ。だから危険と
知ってパイプを開いたんでしょ?」
「理解できんな、花が何だって言うんだ?」
「だからね、この花を摘んでパイオニオア2まで戻って・
・・」
「もういい、迷信だろ」
「なんだよ! もういいよ! ・・・じゃあ先に帰ってる
から!」
 そう言うとニューマンは、ロビーに向かって走っていっ
てしまった。
 重ねてハンターはため息をつく。
「最後に、仏さんの名前はなんて言うんだ?」
「マグニード=クラントール、23歳。スカイリーのB級
ハンターですね。確かに遺跡に入った記録が残っています。
それ以降の記録は残っていません」
「ああ、あのナンパ野郎か」





「くす」
「くすくす・・・」
「きゃはは」
「ねね」
「遺跡に咲く白い花って知ってる?」
「それを摘んで帰ってくると、何でも望みがかなうんだよ」
「へぇー。すごーい」
「自分の命と引き換えにね」
「きゃははは」









はい。そーですね。

他のも見てみっか。