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 文天祥の詩





文天祥(一二三六〜一二八二) 
字は履善、または宋瑞。号は文山。
二十歳の若さで状元(科挙の首席)となる。
しかし宰相・賈似道の専横を批難して官を追われた。
元が南宋に攻め入ると、私財を擲って義勇軍を組織し臨安に赴く。
右丞相・枢密使に上り、元との講和を取仕切るが交渉の席で伯顔と争い拘禁される。
鎮江への護送中に脱走して温州に至り、兵を集めて遊撃戦を行いたびたび元軍を破った。
が、大軍が来襲すると抗戦空しく捕らわれ大都に護送された。
南宋滅亡後、元の世祖(フビライ)は幾度も帰順を呼びかけたがこれを全て拒絶。
土牢に三年の間幽閉されたが遂に屈せず、忠義を全うして刑死した。
その見事さに、世祖をして「真男子」と嘆かせたという。
獄中で詠んだ「正気の歌」などは非常に有名。



過零丁洋(零丁洋を過る)

辛苦遭逢起一経   辛苦 遭逢 一経より起ち、 干戈落落四周星   干戈落落 四周星。 山河破碎風飄絮   山河 破砕し 風は絮を飄(ヒルガ)えし、 身世浮沈雨打萍   身世 浮沈 雨は萍を打つ。 惶恐灘頭説惶恐   惶恐灘頭 惶恐を説き、 零丁洋裏歎零丁   零丁洋裏 零丁を嘆ず。 人生自古誰無死   人生 古より誰か死無からん、 留取丹心照汗靑   丹心を留取して汗青を照らさん。 経典を学んで起用されて以来、あらゆる辛酸に遭遇し、 幾多の戦いに従事する事四年。 その間、祖国の山河はこなごなに破壊されて、風の柳絮を吹き払うが如く、 わが身も雨に打たれる浮き草のように、揺れ漂っている。 さきに惶恐灘では惶恐すべき報せを聞き、いまこの零丁洋では零丁(一人ぼっち)の身となってしまった。 人間誰しも昔から死なないものはない。 せめてこの誠心をこの世に留め、史書を輝かせたいものだ。