なくしものがあった。

十年前になくしてしまった、大切な友達。
花のような子だった。
細い首筋。白い肌。
折れそうな手足に綺麗な髪の。
宗教画の天使みたいな笑い方をする子だった。

田舎のこんなひなびた町には不似合いな、とても綺麗な子、だった。

僕の事を友達と呼んでくれた。
けれど、僕はあの子にはとても不似合いだった。
其れを自覚していたから。とてもよく自覚していたから。
あの子はこんな僕を好いてくれたのに。嫌わずに構ってくれたのに。
態とつれないそぶりをした。
白い手が抱きしめてくれるのを逃げたりした。

最後の日。
次の日、僕はこの街を出て別の町に行くのが決まっていた。
父さんの仕事の都合だった。
そういった僕に、あの子は、なら最後にといって自分のヒミツの場所に案内してくれた。

それは洞窟の奥の湖。
多分他の大人も知らないような場所。
其処はとても綺麗な場所だった。

暗い中にぼんやりと水面だけが浮かび上がるようだった。
とてもとても綺麗で。
だからはしゃいでしまって。僕は落し物をしてしまった。
母さんの形見。とても大切していたペンダントを。

どうしようもなく子供だった僕は、自分の責任をあの子の所為だと押し付けた。
泣いて怒って、悪くもないのに謝ってくれるあの子をなじり。
友達をおいて、そうして家に帰った。
泣いて泣いて涙も涸れる頃なき疲れて寝てしまって。
そうして次の日になった。あの子は見送りには来なかった。
当たり前だろう。あれだけのことしたのにきてくれるはずなんかない。
謝れなかったこと冷静になってみて引っ掛かった。

だけど、謝ることはできなかった。二度と。
それは引っ越してしまったからでなく。
あの子は行方不明になってしまったのだと言う。
まるで神隠しみたいに綺麗さっぱり。
そして、十年たった今も見つかっていない。

ずっと僕は罪を抱えて生きてきた。
あの時僕があの洞窟であんなこといわずに一緒に帰っていたら。
あの子はいなくなったりしなかったんじゃないかって、ずっと想っていた。

今。僕は町に帰ってきた。
時間の流れは降り注ぎ、代わらないと思っていた田舎の町は、思い出とは随分と姿を変えていた。
其処に住んでいる人たちも。
もう誰も君の事を口にする人もいない。

僕は君が僕の手を引いて連れて行ってくれた場所を一つ一つ辿って回った。
何処かで君に会えるんじゃないか、そんな気がして。

あれだけ拒絶して。でも僕は、何処かで君に焦がれていた。
綺麗な君をすきとおもう分だけ、自分が不釣合いな醜いものだというのが余りに悲しかったのだ。
思い出を一つ一つなぞり。最後に向かったのがあの場所だった。

君と別れたあの洞窟の奥の湖。
其処を眺めて、君との最後の会話を思い出して。
何だか泣きたくなって。申し訳なくなって。

散々に彼方此方歩き回って疲れていたのかもしれない。
此処にも矢張り見つからなかった君の姿に、踵を返しかえろうとした僕は、足を踏み外して、水の中に落ちた。

季節は冬。そうでなくても地下の湖の水は冷たい。
コートを着ていた僕の身体は水を吸い、あっという間に重たくなって、もがいても中々上がれない。

落ちる。落ちる。沈む。
そんな僕の視界に、引っ掛かるものがある。

ちらちらと揺れる。
白い、紅い。

あれは、何だ。

あれは。

悪夢のような奇跡だった。

十年前とまるで変わらない姿で君は其処にいた。
冷たすぎる水温は腐敗から君を守った。
残酷に残酷に時は止まっている。
うつくしい姿をとどめたまま。
青褪めた、きみの白い肌に、絡みつく花は、紅い。

骨ばった細い手が握り締めているのは、錆びた銀の鎖、紅い石。
あのときなくしたペンダント。母さんの形見。

理解する。あの子はあのとき水の中に落ちた此れを拾おうとして湖に入っていったんだと。
今更理解する。

幻想の君は目を開けて、昔日のように笑う。
瞳を細めるような、やわらかい微笑で。

君を抱きしめて、いいかい?

言葉は溶けて、こぽりと零れる気泡に代わる。
返事はあるはずもない。

冷たい君の身体を抱いた。

君に絡んだ花が僕の身体も包んでいく。
すこしずつ苦しくなる。
身体は動かない。
逃げることは考えもつかなかった。


やっとまた、あえたね。

響く声は幻だろうか。
でも、よかった。

今度は抱きしめてくれるんだね。

うれしい。

白いしろい腕が返される。
そんな夢幻。
夢に抱かれて、僕は目を閉じた。


此れでずっと一緒。
もう、離れることはない。


永遠に

永遠に

水底に沈む。

君と一緒に。

蒼い水の中に咲く花になる。

 

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