今宵もまた陽が落ちる。
小屋を染め上げる光は消えて。
夜と昼の境目、空は柔らかい桃紫。
そなたの色。
あたたかい、やさしい色。

綺麗な、空。

そなたが目覚めたら、また見に行こうか。
夕闇の空だけでなくて。
晴れ渡る空や、雪曇の空。
煌く星屑の空。
そなたと一緒に、また色々なところに行こう。
世界は広くて果てがなくて、飽きることはないから。
そなたと何処までも一緒に、見に行きたいな。

今はそなたは疲れているようだから。
元気になってからだけれど。
楽しみだな。
なに、焦ることはないからゆっくり休むとよい。
我らには時間はたくさんあって、邪魔をするものは何もないから。



眠るそなたの布団を整えて。
眠りを破らないよう、額に軽いキスをする。
よい夢を見られるように。
昔、教えてもらったおまじない。

それをおしえてくれたのは誰だったか、
もう思い出せないけれど、構わない。
そなたがいてくれれば、他には何もいらないから。
忘れてしまったことはきっと、
必要のない、ことだったのだろう。





ああ、そろそろ食事を用意しようか。
我は相変わらず不器用だけれど、そなたが教えてくれたから。
手の傷も随分と減るようになったのだぞ?

今日はスープにしよう。
良い茸がたくさん生えていたから積んできた。
安心してよい。
ちゃんと毒でも極彩色でもない茸だから。

夕食はできたけれどそなたを起きる気配がない。
起こすのは悪いから、そのまま食事を取った。
鍋にまだ残っているから、そなたがおきたら直ぐに暖めなおそう。




夕餉の後、筆を取る。
日記ではない。
昔の思い出を綴っている。
我ももう随分と長く生きたから。
その中でもそなたと過ごし思い出を。

雪の中初めて出会った日の思い出や。
共に星を見たこと、海に行ったこと。
毎年の記念日の雪だるまの出来。
永遠を誓った日。此処に引っ越してきた日のこと。
流れ行く季節の中で共に過ごした日々。
そなたのやわらかい灰紫の髪。
穏やかな桃紫の瞳。
微笑む表情や、綺麗な声、言葉。
我の覚えているそなたの面影の一つ一つ、
忘れてしまわぬよう、消えてしまわぬよう書き残す。

我は余り文章が上手いとは言えぬ。
けれどそれでも、こうして思い出を振り返り書き付けていくのは楽しい。
鮮やかに思い出がよみがえってくるから。
そうしているうち、夜も更けてきたので、筆をおいた。



そなたの隣、寝台に横たわり、
何時ものように目を閉じる。
傍らのそなたの身体をそっと包むように抱きしめて。

おやすみ。
そう囁いて眠りに落ちる。


…近頃はなぜか、夢を見ない。

 

 

 

 



あれからどれ位経ったのか。
最後にそなたが目を開けたのが何時だったのか思い出せない。
過去の記録も随分と数が増えた。



今日もそなたの世話をする。
床ずれしてしまわぬように眠る体勢を変えてやり、シーツを新しいものと取り替える。
今日はすこし涼しかったから、布団を一枚増やしておいた。

季節は春。
雪が解けて、外からは花の匂い。
そうだ。
外に出られないそなたのために花を摘んでこよう。
そなたはよく我の机の上、そうして花を飾ってくれたものだから。

花畑には色とりどりの花。
そなたがきっと気に入るだろうと、柔らかい色を選んで摘み取る。
しばらくそうしていると摘み取った花たちは綺麗な花束になった。
きっと、喜んでくれるだろう。
そう思って直ぐに小屋へと戻る。


ただいま、と。
寝台に眠るのそなたの元へと持っていこうとしたそのとき。
空の寝台が目に入る。
そなたの姿がないことに我はいいようのない不安を覚える。
怖くて恐くて。
駆け寄った寝台。
やはりそなたの姿はない。
代わりのように、そこには今にも消え入りそうなやさしい桃紫の石。
そなたの色を映す、石。

其れを見た瞬間に。
ざあっと流れるように音と映像、感触が我の脳裏に蘇る。




腕の中で少しずつ、体温と輪郭を喪っていく、そなた。

ごめんなさい。

謝罪の言葉に首を横に振って。
つなぎとめようとするように抱きしめる。
かなうはずもないのに。それでも。

愛してる。

紡がれる言葉に同じ思いを重ねて。
答えを、誓うみたいに紡いだ。

ずっと、忘れないで。

そんなこと言われるまでもないのに。
そなたを忘れてしまうなんて。
約束した。ずっと一緒だと。
何処までも。

さようなら。

その言葉だけは、聞きたくなかったのに。


そして、ようやっと我は真実に、気付く。


頬を涙が伝い落ちる。
さらさらと砂のように風化していく、
そなたの核を、掻き抱くように抱きしめて。
我は泣いた。



ああ。
そうか、セラータ。
そなたは其方に、いたのだな。
我は長い間都合のよい夢を見ていたのだろう。
否、そなたが紡いでくれた夢か。
まだそなたが生きていて、ただ眠っているだけなのだと。
随分と長く待たせてすまなかった。

約束していたのに。
そなたと共にこの命を終わらせると、いったのに。

でも大丈夫。
我は約束を違えることはせぬ。



目を閉じる。
何時もそなたの隣、眠るみたいに。
髪や指や、身体の先のほうから世界に解けていく。
存在が希薄になっていく。
けれど怖いことは何もなくて。
ただ、微笑んだそなたの顔を、思い出した。
意識が消えてしまう最後のときまで、そなたのことを思う。

愛している。
愛しているよ。
誰よりもなによりも、そなただけを。


今度こそ、もう二度とはなれない。はなさない。









ずっとずっと、一緒に。