—夜月の吐息—
細い指がわずかに震えた。
それを上からそっと絡めとって唇を押し当てる。
追いかける視線は黒く濡れた大きな瞳だった。
何も言えなくて、何もできなくて、零れた涙を唇で受けては抱きしめる。
抱きしめて唇を重ね、髪を撫でで見下ろす。
ささやく声が低く掠れていた。
「………レン…」
溺れそうになる快楽————それは、まるで闇に足から吸いこまれるような感覚で。
「ふっ…ぁ、あっ……あっや、…っ」
声を上げることで堕落しそうな自分を必死に留めようとする。
しがみついて少しでも体が離れるのをいやがる。———いや、恐れる。
ただ繋がっているだけでは、快感だけに溺れていくだけで、堕落していく気がして。
「あっ…イ、サミっ…やっ、も……ふ」
「…黙ってろ……」
「だっ…て、ぅふっ?!」
いきなり塞がれた唇に、声も呼吸も吸いこまれてしまう。
どういえばいいだろう。
全てを奪われていく感覚。それは、物質的なものだけではなく、レンを時に惑わせる感情も全て。
目の前にいる男に陶酔させられる。
声、指先、手、全てが愛しくて恐ろしい。
しつこいほど愛撫と、欲望に濡れた渦を掻き乱す指先。
果てを知らないように穿ってくる熱が狂わす。
寄せては返す快楽の波も、繰り返されれば拷問のようで。
それでも、責立てられるような激しい行為でも、その端々に相手の優しさが感じられることが、レンにはどうしようもなく嬉しかった。
いくらでも欲しがって、応えた。
それでも、幾度も連れて行かれる極みに耐えられず、レンは潤んだ目で窓から見える月に喘ぐ。
やがて二人の熱が落ち着いて、体を離すイサミにすがりたくなったレンは、手を伸ばそうとして、それすらかなわずに彼を見上げた。
「……レン…」
骨ばった指が唇を撫でる。
「…辛いか……?」
「………」
胸を上下させ、まだ荒い呼吸を繰り返すレンを見下ろしてイサミは唇から喉へと指を滑り落としていった。
「…答えるのも嫌か?」
「………」
レンは、ただ喘ぐようにゆっくり瞬いてイサミを見上げた。
目は暗闇でも充分わかるほど濡れていて。
「…なんだ?物足りないか?」
くっと喉で笑った彼に、レンは顔を歪め。
「……で……ぇ……」
「"でえ"?」
レンの言葉にイサミは顔を顰めた。
「てめ……声……出ね、よ……」
がらがらに掠れた声でレンはそれでも悪態を吐いたつもりだった。
イサミは再び喉で笑ってレンの額に貼り付いた髪を掻き上げた。
「……イサミ…」
ほんの少しだけ上げたレンの右手を取ってイサミはゆっくり彼を抱き上げた。
抱き上げて座らせるようにして、自分の胸に凭れさせる。
レンは、抱き付くことすらできないほど全身が気だるかった。
頭だけをイサミの胸に凭れさせて、ふっと目を閉じる。
イサミはただ黙ってレンの髪を撫で続ける。
何も言いたくなかった。
ただ、こうして互いの体温を感じているだけでよかった。
ただ、夜の風に火照った肌を撫でられるだけで心地よかった。
「…なぁ、イサミ……」
「なんだ」
「……なんでもねぇ…」
言いかけてやめたレンは、なんだそれはと言いたげなイサミに、笑いながら軽く唇を押し付けた。
当然のようにそこにある存在。
いつか、なくなる時が来るのをわかっていて、それが不安であるかのように互いを求め合って、感じて。
今だけの幸せ。
今だけの二人。
今の感情を口にすることすら惜しいほどに。
〜Fin〜
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計都様へ差し上げたショート。テーマは「レンとイサミのらぶらぶえっち★」(笑)。
…………ああああああ、もう何も言いません、何も言いませんよ(泣)。