夢の花、現の闇
————手を伸ばして掴んだものは綺麗な棘つきの花………
尖った美貌。
そう言ったものが存在すること自体が可笑しい。
雅枇(みやび)は嘆息しながら、それでも隣の朔夜(さくや)の寝顔に見とれた。
どうして今自分がここにいて、彼の閨で指一本動かせずにいるのか。
朝になれば全ては存在しなかったことになるのに。
先刻まで自分を見下ろし、嘲笑っていた目が。
体が揺れるたび、己の頬に零れ落ちてきた黒く長い髪が。
—————雅枇……
掠れた声が名前を呼ぶ。
それにすら喘いで震える自分の耳朶を舐め煽る舌が憎い。
塞がれたと思った唇が、気が付けば首筋に鬱血痕を遺し、冷えた手指にきつく掴まれればのけぞってあられもなく泣き喚く。
濡れた粘膜に愛撫され何度でも追い上げられていく。
そんな自分を、彼はただ冷めた目で見ているだけだ。
何度も何度も追い詰め引きずり落とし、そうして雅枇が夢と現の境をさまよう頃、突然快楽の海へ溺れさせる。
冷たい指先に掻き回される渦が溢れて淫らな欲望の色を示す。
どんな懇願も朔夜の耳に届くことはできない。
与えられる刺激に震え、彼の望むままに鳴く。
幾度突き上げられる熱に溺れ、絡め取られる舌先に溶かされてもそれを止めるも続けるも決定権は朔夜にあるのだ。
「ふ、…っあ、あ…、あ、…」
「雅枇…声を聞かせろ」
求められるまま委ねる夜。
どんなに酷く穿たれようが、その背にすがりついていけないのは、自分が恋童であり、朔夜が北条院家当主という立場故のこと。
密かに抱く恋心など、神にすら感づかれてはならない。
情夫であろうと、傍にいられるのならば。
欲望のはけ口の対象としてでも、自分を必要としてくれるのならば。
誰も知らないその夜の美貌を今だけでも独占できるのならば。
けれどそれも今宵までのこと。
それでも。
「…っ…ぁ、…—————っ!!」
朔夜に抱かれるたび、底の見えない深い闇に捕われ、日々溺れて沈んでゆくのを肌で感じる。
一度踏み入れた深さからはもう戻れない。
—————……阿片…
巷で流行る悪薬の名を思い出しながら、雅枇の意識は薄れていく。
戻れない深さから厭でも引きずり上げねばならないのは重々承知。
いっそ何処までも突き堕として
喘いで潤んだ瞳に映るのはいつだって冷めた微笑
すがることすら許されないなら
永遠に陶酔の泉に酔わせておいて
その涙が彼に知られることはない。
そして。
「……雅枇…」
眠る白い肌を撫でる指。
憂いの曲線を描くのを、また彼自身知らない。
掠れた声が、複雑過ぎる情を含んでいることも知らない。
空が白む。
二人は仮面を被って今日を迎える。
互いの偽りに気付けないまま、それが破滅へのプレリュードだとしても。
—————儚い眠りから覚めてもあの日のように君が傍にいてくれたら……
≪了≫
*蒼文字はラルク・アン・シエルの「sell my soul」より。
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これはつい最近です。語呂番を踏まれたすゑ様に送ったショート。
リクエストテーマは「濡れ場」(爆笑)
ああ……全然濡れ場じゃないかも…てか、全然14歳の頃から成長してねぇ(泣)