<著者概略>
1982年(明治26年)、滋賀県生まれ。
1918年、東京帝大工学部化学科卒業。
その後、和歌山県の由良染料株式会社で技師として務める。
1920年、農商務省臨時窒素研究所技手となる。
1923年、雑誌「新趣味」に応募した「真珠塔の秘密」が入選し、文壇デビュー。
1924年、出世作「琥珀のパイプ」を発表。
1945年、急性肺炎のため死去。
<内容>
□創作編
「電話を掛ける女」
「原稿料の袋」
「鍵なくして開くべし」
「囁く壁」
「真夜中の円タク」
□評論・随筆篇
「「呪われの家」を読んで」
「印象に残る作品作家」
「探偵小説はどうなったか」
「探偵小説の将来」
「実は偶然に」
「本当の探偵小説」
「エレリー・クイーンの『阿蘭陀靴の秘密』」
「漫想漫筆」
「新探偵小説論」
「探偵小説の批評」
「探偵小説とポピウラリティ」
<感想>2009/17
ようやくこの論創ミステリ叢書にも手を付け始めることとなり、最初に選択したのは第3巻である「甲賀三郎」。なんとなく名前は聞いたことがあるのだが、読んだ記憶がなかったので最初に手を付けてみた。
ただ、ここに掲載されている作品は、甲賀氏の作品としては異色というか、ちょっと変わった作品が集められたよう。最初の「電話を掛ける女」以外の作品は作家である土井江南が登場するシリーズもの作品が集められている。
ここに掲載されている作品を読んで最初に思ったのは、旧仮名遣いなどが改訂されているためか非常に読みやすいということ。時代設定は当然のごとく古いはずなのだが、さほど古い作品を読んでいるという感覚はなかった。意外にも普通のミステリ短編集として読み通すことができた。
最初の「電話を掛ける女」は電話と恐喝と“女”をからめたちょっと奇怪なミステリ作品。内容も薄めであるし、プロットも唐突という気がしなくもないのだが、レッドへリングを配置しつつ、綺麗にまとめているとも思われる。何故か、現代風ミステリのような感覚で読める作品であった。
その他の土井江南が活躍する作品はどれも楽しむことができる。ただしこのシリーズ、土井江南が活躍するというよりは、巻き込まれた末に痛い目にあいつつ事件はいつのまにか解決しているというような内容(そこがまた面白いのだが)。“土井江南の災難”というような副題をつけて楽しめる。また、ここに登場する怪盗の存在も、なかなか味が出ていて作品に楽しさを増している。
作中では作家土井江南が、殺害現場を見せられたり、暗号を解いたり解かなかったり、壁が囁くのを目撃したり、新聞記事からバラバラ死体遺棄事件の謎を解こうとしたりと奮闘している。
この甲賀三郎氏は小説家としてだけではなく、評論家としても名高いようである。実際に読んでみると、確かにその時代におけるミステリ作品をよく見渡していると思われる。ただ甲賀氏が活躍した時代が古いゆえに、日本の作家はまだミステリ界ではそれほど多くの人が活躍しておらず、海外でもコナン・ドイル、ヴァン・ダインがせいぜいでようやくエラリー・クイーンが出始めたくらいとなっている。それゆえに作家の数が絞られているので現在から比べればまとめやす時期ではあったのではないかと思われる。だた、それを差し置いても、その評論を読むと現在においてもまったく色あせないことがしっかりと書かれているところは見るべき価値があるといえよう。
特にここに掲載されている評論のなかで「新探偵小説論」は秀逸。ここに当時まだよく知られていなかった“ノックスの十戒”が載っているのも実に興味深い。
これらの評論のなかでは推理小説における科学と物語との比重の話が特に興味深く読めた。この内容については現代の推理小説にも容易に当てはめることができ、昔からの推理小説がかかえる命題であったということがよくわかる。
いやいや、うん十年も前に書かれた評論なんて、ということは全く関係なく、今現在でも新鮮に読むことができた。意外と推理小説というもの変容し続けているようでありながら、根本的なところは作品が書き始められてからさほど変わっていないのかもしれない。もしくは、例え変わったとしても再びたどり着くところはまた、一緒であるということだろうか。とにかく興味深いの一言に尽きる。