SF ラ行−リ 作家 作品別 内容・感想

悪魔の薔薇   The Devil's Rose (Tanith Lee)

2007年09月 河出書房新社 <奇想コレクション>
<内容>
 「別 離」
 「悪魔の薔薇」
 「彼女は三(死の女神)」
 「美女は野獣」
 「魔女のふたりの恋人」
 「黄金変成」
 「愚者、悪者、やさしい賢者」
 「蜃気楼と女呪者」
 「青い壺の幽霊」

<感想>
 タニス・リーという人の作品は今まで読んだことがなかったのだが、本屋で名前を見かけたことは何度もある。特にハヤカワ文庫のファンタジー小説にてよく見ることができる。この作家については言わずと知れた、ファンタジー界の女王というべき存在の人。作品を読んだことがなくてもそのくらいの知識が自然と入ってくるのだから、それだけ有名ということであろう。

 この作家は200を超える短編を書いているようで、その一端となるのがこの作品集。本書は有名作ではなく、今まで日本で披露されていなかった佳作を集めた短編集とのこと。読んでみて感じたのは、女性ならではの表現の繊細さ、優美さ、そして退廃さ。見事に独自の表現を成していると思われた。これに似たような作風は今ではいくつもあるかもしれないが、こういった表現の先駆となったのは、たぶんこの作家なのであろう。

 特に印象に残った作品は表題作にもなっている「悪魔の薔薇」。幻想的な作品であるにもかかわらず、実に現実的な作品でもある。“悪魔の薔薇”というタイトルが皮肉のようにもとれて、なんとも嫌な余韻を残す作品に仕上がっている。

 また、ヴァンパイヤを描いた「別離」も秀逸。これはある種の精神的なハードSMを描いた作品のように思われる。このSMの精神こそ正しき主人と従僕の関係といえるのかもしれない。

「愚者、悪者、やさしい賢者」は、この作品集のなかにあっては、わかりやすい昔話風の作品。ただ、こういった耽美で濃い内容の作品の中にあって、一種の清涼剤のように感じられたのも確か。これはこの短編集の中で、この位置に配した選者の慧眼をたたえたいところ。


移動都市   Mortal Engines (Philip Reeve)

2001年 出版
2006年09月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 移動都市ロンドンに住むギルド見習いのトムは、日々の過酷な業務を続けているとき、ちょっとした罰則を受けてしまい、その事がもとであこがれの冒険家のサディアス・ヴァレンタインと接する機会ができた。しかし、そのヴァレンタインを付け狙い、彼を暗殺しようとする顔に大きな傷のある少女ヘスター・ショウと出会うことによりトムの生活は激変する。トムは移動都市ロンドンから放り出され、ヘスター・ショウと冒険を繰り広げながらロンドンを追う事に・・・・・・。ヴァレンタインと移動都市が抱える秘密とはいったい!?

<感想>
 これはSFというよりも冒険小説として楽しめる内容であった。移動都市ロンドンを追いながら、縦横無尽に冒険をする(というより翻弄されるのほうが正しいかも)トムとヘスターの姿が実に瑞々しい。

 多くの登場人物が出てきて、それらの人々と関わりながら移動都市ロンドンが抱える秘密に迫っていくという内容になっている。多くの登場人物もうまく配され、それなりに活躍しているとは思うのだが、もっと少しトムとヘスターにスポットを当ててもらいたかったと感じられた。

 また、さらに付け加えれば主人公のトムにもっと色々と活躍をしてもらいたかった。なんとなく全編通して、ただ単に巻き込まれましたというだけの印象が強かったので、トムの設定にもう一工夫ほしかったところである。ただし、本書は4部作の最初の作品ということなので、ひょっとすると今後トムの成長ぶりを垣間見ることができるかもしれないので、この作品だけで結論を出すのは早いのかもしれない。トムの今後の活躍に期待したい。

 とにかく、これだけの内容を詰め込むにはページ数が短すぎたのではないかと思われるくらい密度の濃い冒険作品であった。本書が出てから1年経つがまだ続編が翻訳されていないようなので、是非とも4部作全てを刊行してもらいたいと切に願うところである。


掠奪都市の黄金   Predator's Gold (Philip Reeve)

2003年 出版
2007年12月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 移動都市ロンドンでの騒動後、譲り受けた飛行船により旅をするトムとヘスター。そんな彼らは、著名な探検家と名乗るペニーロイヤルを飛行船に乗せ、アンカレジという移動都市へと行き着くことに。その都市は、未知の土地であるアメリカを目指して移動中だというのだ。久しぶりの移動都市での暮らしに喜ぶトムと、そんなトムの姿を見て嫉妬をするヘスター。やがて彼らは、大きな騒動へと巻き込まれることに・・・・・・

<感想>
 今作も移動都市を巡って、波乱万丈の展開が繰り広げられた物語となっている。作品全体を見通してみると、結構ご都合主義的というかお約束的な展開も見られ、いかにもジュブナイル作品というように受け止められる。これまで児童小説に慣れ親しんできた小学生中学生あたりが次の第一歩として読み始めるSF小説として調度良い作品であると言えるかもしれない。

 また、宇宙へ飛び出してゆくスペースオペラのような小説と比べても、異世界的とはいえ、この作品は地球が舞台になっているので、そういった意味でもとっつきやすいSFといえるだろう。

 今作では、トムとヘスターのこれからの関係に注目が行く内容となっている。また、そこにトムと親しくなろうとする移動都市アンカレッジの幼い辺境伯フレイアが関わることにより一波乱が起きる。その他にも、反移動都市連盟の残党、地中を移動しながら移動都市に寄生するロストボーイ、うさんくさい歴史家とその歴史家の支持の元アメリカを目指す移動都市アンカレジと、さまざまな要素が物語の中でからみあってゆく。そしてトムとヘスターがそれらの危機を無事に乗り越えて、その先の希望を見出せるのか、目を離せない展開となっている。

 前作の「移動都市」はその一作品のみで大波乱の物語となっており、ある意味それだけで収束していたという気もするが、今作では次回以降に展開を残すようにシリーズものらしい作りかたが成されている。ただ、次回作の設定が今作から16年後だそうで・・・・・ちょっと時間をあけすぎのように感じられるのだが・・・・・・


氷上都市の秘宝   Infernal Devices (Philip Reeve)

2005年 出版
2010年03月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 ヘスターとトムがかつての氷上都市アンカレジに住むようになってから16年の月日が過ぎた。今では彼らの娘レンも15歳となり、平和な日々を過ごしていた。しかし、かつてのロストボーイの残党であるガーグルが“ブリキの本”を探しにアンカレジに来たことにより波乱の幕開けとなる。平和な日々を退屈と感じていたレンはロストボーイの手助けをし、彼らに協力したものの、アンカレジから連れ去られる羽目に陥る。ヘスターとトムは娘の行方を追って、久々にアンカレッジから飛び立つこととなり・・・・・・

<感想>
 前作から物語上16年の時が過ぎての続編、ヘスターとトムの新たな冒険が始まることとなる。ただし予想していたのは、彼らに子供ができたことにより、物語も世代交代がなされたうえで展開されてゆくのかと思ったのだが、そういうわけでもなかったのが意外なところ。

 最初の方は、ヘスターとトムの娘のレンが主として物語に登場していたものの、徐々に多視点の物語となって行き、過去の作品の主要人物が次々に登場してくる。新キャラも数名はいるものの、今までに登場したことのあるモノたちのほうが異彩を放ち、より目立っていたように感じられた。

 この作品を読んでいて印象深かったのは、物語に忍び寄る“暗さ”というもの。もともとこのシリーズはヘスターの復讐を始まりとし、物語が広がっていった作品。それが時を経た3作目になっても後を引いているのである。平和な暮らしに疑問を抱き、自分がここにいるということに違和感を抱き始めるヘスター。思春期の娘が自分を嫌っているということがそうした思いにさらに拍車をかけることとなる。そうしてヘスターは娘を助けるという目的がありながらも、久々に自由の身となった自分を解放するかのように殺戮を繰り広げる。そうした行為がトムとの溝を広げてゆくこととなろうとも。

 というわけでラストには思いもよらない結末が待ち受けている。本書はシリーズ第3巻の一冊ということなのだが、最終巻である第4巻と合わせての上下巻といってもよいように思えてしまう。そんなわけで続きが気になるのだが、果たしてヘスターたち親子に対してハッピーエンドというものはありうるのだろうか。


紙の動物園   The Paper Menagerie and Other Stories (Ken Liu)

2015年04月 早川書房 新ハヤカワ・SF・シリーズ5020
<内容>
 「紙の動物園」
 「もののあはれ」
 「月 へ」
 「結 縄」
 「太平洋横断海底トンネル小史」
 「潮 汐」
 「選抜宇宙種族の本づくり習性」
 「心智五行」
 「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」
 「円 弧」
 「波」
 「1ビットのエラー」
 「愛のアルゴリズム」
 「文字占い師」
 「良い狩りを」

<感想>
 それなりに話題となった作品であり、昨年のうちに読んでおきたかったのだが、今年になってようやく着手。著者のケン・リュウの幻想的なSFの世界を堪能することができた。近年、アジアを舞台にした作品を描く作家が紹介されることが多くなったような気がするが、ケン・リュウもそのひとりと言えよう。ただ、他のそうした作家に比べると日本の文化に対する理解が深いと感じられた。中国生まれのアメリカ育ちとのこと。

 全体的に面白いと思えつつも、癖のある内容のものも多く、あまり一般的に薦められる作品とは言えない。TVなどでも取り上げられたことにより、手に取った人もいたと思われるが、気軽に手に取ったら難解な作品に遭遇したという感じであったのではなかろうか。各作品のあとがきで著者自身も触れているのであるが、テッド・チャンの影響をかなり受けているようである。

 やはりタイトルとなっている「紙の動物園」が印象的。アメリカ人と中国人の間に生まれた息子と、中国人との母親との間の葛藤と邂逅を描いた作品。母が作った折り紙が動き出すという設定はファンタジーチックであるのだが、そうしたことを超える母の思いに心を捉えられる。

 全体的にアイデンティティに言及した作品が多いように思えるが、個人のアイデンティティではなく、家族や恋人とのつながりにアイデンティティを見出していると感じられた。

 そしたなか、縄の結び目をDNAの配列にかけ、果ては近代的な資本主義の搾取を描いた「結縄」、異星人(地球人?)とのコンタクトを、バクテリアを用いて描いた「心智五行」、不死のテクノロジーをひとりの女性の人生を通して描いた「円弧」あたりが印象的であった。

 SF小説のみならず、幻想よりの小説もしばしみられ、多彩な作家といえるかもしれない。また、アジアの革命的なものから、情報工学、そして宇宙へと知識についても幅広い。今後も色々な作品をというか、既に多くの短編作品を書いているようなので、これからどんどんと紹介されていくこととなる作家であろう。


母の記憶に   Memories of My Mother and Other Stories (Ken Liu)

2017年04月 早川書房 新・ハヤカワ・SF・シリーズ5032
<内容>
 「烏蘇里羆」
 「草を結びて環を銜えん」
 「重荷は常に汝とともに」
 「母の記憶に」
 「存 在」
 「シミュラクラ」
 「レギュラー」
 「ループのなかで」
 「状態変化」
 「パーフェクト・マッチ」
 「カサンドラ」
 「残されし者」
 「上級読者のための比較認知科学絵本」
 「訴訟師と猿の王」
 「万味調和−軍神関羽のアメリカでの物語」
 「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」

<感想>
 読み始めた時は、これはオールタイムベストに入るほどの出来の短編集じゃないかと思ったのだが、前半の作品と比べると後半の作品はやや見劣りしてしまう。これは一層の事、前半部部のみ切り離すか、もう少し精選すればオールタイムベスト作品を作り上げることができたのではないかと、もったいなさすら感じてしまう。

 のっけから「烏蘇里羆」のハイパーSFマタギのような内容の作品に圧倒されてしまう。しかも単なる熊対人という構図に収まらないところがまた見事。

「草を結びて環を銜えん」は、遊女のしたたかさと知恵を感じさせる内容の作品であるのだが、これまたそれだけに終わらず、人情的な奥行きを感じさせる内容。

「重荷は常に汝とともに」は、SFチックな考古学的な物語であるのだが、異なる分野のものが違った視点で見ることにより、意外な結末が待ち受けることとなる。なんとなく、その道のプロフェッショナルに対する皮肉を効かせた作品のような。

「母の記憶に」は、短い作品ながら、母と子の関係と時の残酷さが見事に描きつくされている。難病を逃れるために宇宙に出て延命措置を図る母親と、地球にて母親より速いスピードで年をとる娘の物語。母親自身のためなのか、娘のためなのか、誰が悪いというわけではないのだが、なぜか残酷さのみが残る作品。

「存在」は老人ホームへ訪問を行うものの未来の姿が描かれた作品。なんとなくありがちの作品のようであるが、あえてロボットを用いているところがポイントなのかもしれない。

「シミュラクラ」は、未来のセックスマシーンの発展と、それを作り上げた父親と娘との複雑な思いを描いている。現代風に言えば、ダッチワイフ職人の娘が抱く思い・・・・・・とは、ちょっと違うか?

「レギュラー」は娼婦を襲う連続殺人鬼の正体を暴くという内容。SF的な背景とSF的な動機が見事にはまったミステリ作品。事件を追う女探偵もまたキャラクタ的に味が出ていて良い。

「ループのなかで」は、ドローンを扱った戦争における人の感情の行く末を描く。ドローンを用いているところはいかにも今風な感じであるが、感情的な部分に関しては、決して兵器の質が変わろうとも、過去も未来も戦争によるダメージの質は変わらないように思える。

 この作品以後くらいから印象に残る作品がなくなっていったように思える。後半で一番長い“関羽のアメリカ物語”も個人的には、あまりはまらなかった。ひょっとすると全編で16作という長さが飽きをもよおさせたのかもしれない。今を時めくケン・リュウの作品だからと言って、わざわざ全部を掲載せずに、精選したもののみでも良かったのではなかろうか。




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