SF ア行−ウ 作家 作品別 内容・感想

奇跡なす者たち   The Miracle Workers (Jack Vance)

2011年09月 国書刊行会 <未来の文学>
<内容>
 「フィルスクの陶匠」
 「音」
 「保護色」
 「ミトル」
 「無因果世界」
 「奇跡なす者たち」
 「月の蛾」
 「最後の城」

<感想>
 SF界に影響を与え続けているというジャック・ヴァンスの傑作選。意図的に選ばれたのかどうかはわからないが、異星を背景に独特の文化や風習を描写しつつ、物語を構成していくという内容の作品が集められた短編集となっている。

「フィルスクの陶匠」
 独特な陶器を作る技術を持つ惑星での綺譚。そこを統治しようとする異星からの使者と原住民との交渉がなされてゆく。ある種のサラリーマン小説のようでもあり、またブラックユーモア小説ともいえるような内容。

「音」
 未知の惑星に独り取り残された者の幻覚を描く。幻覚なのか、事実なのか、他者から見てもわかりえない。ただし、当事者であっても、それが事実なのか幻覚なのかという判断はつかないのであろう。

「保護色」
 テラフォースもの。未知の惑星を人類向けに開拓する様子が描かれる。ジョージ・R・R・マーティンの「タフの方舟」を思い起こす(こちらの短編のほうが先か?)。皮肉の効いた結末が見事であった。

「ミトル」
 謎の生物ミトルから見た描写を描いた小説。平和に暮らすミトルのもとに、侵略者が現れたという内容。登場する“モノ”たちの形態・実態がはっきりしないので、何を表しているかが不鮮明。まぁ、その辺を想像するべき小説なのであろう。

「無因果世界」
 これも「ミトル」同様、謎の生命体の様相が描かれている。ただし、舞台は終末後の地球を表しているよう。一応は希望へと続く物語と見て取れる。

「奇跡なす者たち」「最後の城」
 どちらも異世界ファンタジーという感じの内容。原住民との関わり合いや、忘れ去られた科学技術などといった共通のテーマを持っている。民族的魔術からの脱却と科学技術への移行を描いた「奇跡なす者たち」のほうがわかりやすく、内容も面白いと感じられた。

「月の蛾」
 面をかぶり、音楽によりコミュニケーションをとるという異星へ外交官として暮らすことになった男の苦悩と事件が描かれた物語。独特の文化と、そこから生じる事件などが魅力的。最後の最後で、それら事件が矢継ぎ早に解決されてしまう様相には驚かされる。本書のなかで一番面白いと感じられた作品。


宇宙探偵マグナス・リドルフ   Magnus Ridolph (Jack Vance)

1966年 The Many Worlds of Magnus Ridolph(6編収録)
1977年 The Many Worlds of Magnus Ridolph(6編収録 上記と内容変わらず)
1980年 The Many Worlds of Magnus Ridolph(8編収録)
1985年 The Complete Magnus Ridolph(10編収録 完全版)
2016年06月 国書刊行会 <ジャック・ヴァンス・トレジャリー>第1回配本
<内容>
 「ココドの戦士」
 「禁断のマッキンチ」
 「蛩鬼乱舞」
 「盗人の王」
 「馨しき保養地」
 「とどめの一撃」
 「ユダのサーディン」
 「暗黒神降臨」
 「呪われた鉱脈」
 「数学を少々」

<感想>
 ジャック・ヴァンスが描くシリーズキャラクター、マグナス・リドルフが活躍する作品を全て納めた完全版。宇宙探偵がさまざまな難事件を解決する。

 ただ、この作品集、個人的にはあまり好みではない。宇宙探偵といいつつも、基本的には私利私欲で行動し、常に自分の懐にどれだけ利益が入るのかのみを考えているという主人公。そんなスタンスゆえに、あまり好きになれないキャラクターである。

 個人的な好みは置いておくとして、主人公の性格を置いておけば、内容としてはSF作品として十分に楽しめるものとなっている。それぞれ、未知ともいえる惑星にて、さまざまな人種、生物、風習、気候等々が描かれ、そういったなかで、マグナス・リドルフが数々の難題をクリアしていく。

 このマグナス・リドルフという御仁、性格的には気に入らないものの、自らの体を張って事件を解決してゆくというスタンスについては感嘆せざるを得ない。確かに私利私欲のために行動していることは間違いないものの、その報酬を勝ち取るために、自らの命をも危険にさらしている。ゆえに、報酬として彼が得るものは適切価格と言ってもよいのかもしれない。


火星の人   The Martian (Andy Weir)

2014年 出版
2014年08月 早川書房 ハヤカワ文庫
<内容>
 人類三度目の有人火星探査・アレス3のミッションは猛烈な砂嵐というアクシデントにより中止に追いやられる。6名のクルーは火星からの脱出を図るのであったが、1名のクルーがアンテナと共に吹き飛ばされたことにより死亡したとみなされ、5名での脱出を余儀なくされる。しかし、その吹き飛ばされたクルー、マーク・ワトニーは生きており、火星に一人取り残される羽目となってしまったのだ。ワトニーは今までの火星探査により残された物を利用し、長い間生き延びる方法を画策してゆく。そして、ワトニーが生きていることを知ることとなった地球では、ワトニー救出作戦の準備を始め・・・・・・

<感想>
 2014年に発売されて以来、結構な頻度で本屋で見かける作品。それは2016年の今になっても変わらないくらい(映画化のせいもある)。そうした本屋の推しもあって、私も購入してしまったのだが、これが読んでみると私が読んだSF作品のなかではオールタイムベスト級の出来栄え。これはなかなかすごいSF小説と言えよう。

 舞台は近未来の世界であり、すでに火星探査が行われているという設定で話が進められていく。その三度目の有人火星探査の際に、アクシデントにより一人の宇宙飛行士が火星に取り残されてしまうのである。彼は、助けがくるまでなんとか知恵を絞って、火星での生き残りを図るのである。

 この小説のすごさは、なんといっても実際にありえるのではないかと感じてしまうほどのリアリティ。著者はオタクと公言しているようであるが、まさしくNASAオタクであるだろうと読んでいて痛感してしまう。何しろ、実際にはまだ行われていない火星に人類が作った居住施設と、そこでの生活の仕方、さらにはアクシデントとその対処方法を事細かに描いているのである。読んでいて、これは本当にあった出来事なのではないかと感じてしまうような描写でなのである。

 そして、火星に残された宇宙飛行士の奮闘、地球での救出活動の準備、彼を火星に残して行ってしまった仲間のクルーたち、これらの要素を含めて大団円が待ち受けることとなる。これはエンターテイメント小説としてもハードSFとしてもなかなかのものではなかろうか。とにかくすごいSF小説を読むことができたと感嘆しきりであった。


アルテミス   Artemis (Andy Weir)

2017年 出版
2018年01月 早川書房 ハヤカワ文庫(上下巻)
<内容>
 人類初の月面都市アルテミス。そこには2000人ほどの地球人が暮らしており、そのなかにアルテミス育ちの26歳、ジャスミン・バシャラがいた。ジャスは、運び屋として密輸業で暮らしを立てており、あるとき彼女は大きな報酬が得られる仕事を引き受けることに。それは、アルミニウム製造会社の収穫機を破壊するという仕事。ジャズはその仕事を引き受けたことにより、アルテミス全体の存亡にかかわる陰謀に巻き込まれることとなり・・・・・・

<感想>
「火星の人」で一躍有名になったアンディ・ウィアーの2作目。こちらもエンターテイメント作品としてよく出来ていた。

 月面都市という設定を見事に描き切っているところがすごいと感じられた。これがすでに完成しきった都市ではなく、まだ出来立て(といっても数十年)の最初の月面都市という設定がうまくいっているのであろう。そこでヒロインであるジャスがとある陰謀に巻き込まれ(というか、積極的に関わっていたような気も)、その解決に奔走するという物語。

 アクションあり、友情あり、親子の邂逅ありと、よくばりな作品。個人的には、主人公を取り巻く個々の関係をもう少し丁寧に描いてもらいたかったなと。そうすれば、後半に皆でミッションに取り組むところでもっと見栄えがしたのではないかと思われる。何にせよ、売れ過ぎた1作目の後に、しっかりとした2作目を刊行してきたところは称賛に値する。


犬は勘定に入れません   To Say Nothing of the Dog (Connie Willis)

1998年 出版
2004年04月 早川書房 単行本
<内容>
 時間を行き来できるようになった近未来。オックスフォード大学史学部のネッド・ヘンリーは、第二次世界大戦中のロンドン大空襲で消失したコヴェントリー大聖堂の再建計画の資料集めを行っていた。現代と過去を頻繁に行き来するも、何故か“主教の鳥株”という花瓶をなかなか見つけることができない。続けて探し出そうとするものの、疲労困憊からこれ以上の時間旅行は無理と言われ、19世紀のヴィクトリア王朝で休暇をとることをすすめられる。そして実際行ってみた先では休みどころか、さまざまなトラブルに見舞う事となり・・・・・

<感想>
 タイムスリップを描いたSF・・・・・・ということなのだが、どうもそのような印象が薄かった作品である。

 本書の主人公達は数多くのタイムスリップを繰り返しながらも、しきりにタイムパラドックスの整合性を気にしているようなのだが、それを気にすれば気にするほど、余計な行動をとればとるほどタイムパラドクスの齟齬が大きくなるのではないかと考えながら読んでいた。一応、作品の中ではそれなりの整合性というか、理論を用いて描いてはいたようだが、終始ドタバタした作品であるためかそのようなきっちりとしたものは感じ取る事ができなかった。

 また、本書は単なるSFというよりはコメディ作品という側面も持っている(どちらかといえば、そちらの印象のほうが強いかもしれない)。しかし、それも誰もが楽しめるというものではなく、過去のイギリス作品のパロディで埋められているような感じがして、個人的にはあまり楽しめなかった。

 一応、単語としては「クリスティ」「ピーター・ウィムジイ卿」「ジーヴズ」などなど数々のミステリ作品や文学作品に同じみの名前が出てきてはいるのだが、よっぽどその道に詳しくなければ、あまり楽しめないのではないかと思われる。

 本書は数々の賞を受賞したコニー・ウィリスの代表作のひとつに数え上げられている作品のようであるが、誰もが楽しめる作品と言うよりは読み手を選ぶ作品であったというように感じられた。


最後のウィネベーゴ   The Last of the Winnebagos (Connie Willis)

2006年12月 河出書房新社 <奇想コレクション>
<内容>
 「女王さまでも」
 「タイムアウト」
 「スパイス・ポグロム」
 「最後のウィネベーゴ」

<感想>
「犬は勘定にいれません」を読んだときと同様、あまり個人的には好きになれない作風であった。SF小説を書いているというよりは、文学小説風な作品に若干SFで味付けをしているというような作風と感じられる。「犬は勘定にいれません」を楽しむことができたという人はこの短編集も面白いと感じられるだろうし、また「犬は〜」が未読であるならば、この短編集を読んでから「犬は〜」のほうを読んでみるのも良いかもしれない。

「女王さまでも」「タイムアウト」「スパイス・ポグロム」の三編は、女性同士の会話や男女の会話、もしくは男女の恋の行方とかそういったものを楽しむような作品と感じられた。こういう作風のほうが、賞受け、もしくは一般受けするのかななどと、つい邪推してしまう。

「女王さま」は女性の生理をコントロールする近未来の話、「タイムアウト」はタイムマシーンの事件を描いた話、「スパイス」は異性人との交流を描いた話と、その要素だけを取り上げれば、がちがちのSFのように思えるのだが、実際に読んでみると決してSF自体が主題ではないと感じられる。

「最後のウィネベーゴ」は犬が絶滅しつつある近未来を描いた作品。フラッシュバックの効果を使いながら感動を盛り立てる作品となっているようであるが、かえってわかりづらく感じられた。読む人が読めば感動を味わう事ができるかもしれない作品。


航 路   Passage (Connie Willis)

2001年 出版
2002年10月 ソニー・マガジンズ 単行本(上下)
<内容>
 認知心理学者ジョアンナ・ランダーは、コロラド州デンヴァーのマーシー総合病院にて、臨死体験の仕組みを解明しようと調査をしていた。ある日、ジョアンナは神経内科医のリチャード・ライトから共同研究を持ちかけられる。彼は研究により神経刺激薬で擬似的な臨死体験を誘発できることを発見し、被験者から聞き取り調査をしてもらいたいとジョアンナを誘ったのだ。そうして研究を進めていく二人は臨死体験についての秘密に踏み入ることとなり・・・・・・

<感想>
 臨死体験時、人は何を見るのか、そしてその意味とは、ということに言及した医療サスペンス小説。医療小説といっても決して取っ付きにくい作品ではなく、むしろ読みやすいくらい。また、今まで読んだコニー・ウィリスの作品のなかでも一番読みやすいと感じられた。

 基本はドタバタコメディといってもよいような内容。心理学者ジョアンナと神経内科医リチャードの二人が病院内を所狭しとねりあるき、病院内の個性的な人々と会話を繰り広げながら話が進められてゆく。ジョアンナの親友でERで働く看護婦ヴィエル、主人公二人の敵役でやたらと付きまとうマンドレイク医師、重い心臓病のせいで長期にわたって入退院をくりかえす少女メイジー、一度話すと止まらない退役軍人ウォジャコフスキーなどなど。彼らの存在が物語に色を添えている。

 一見、とりとめのない会話が多いようにも思えるのだが、詳しく見てみると(気楽には詳しく見ることのできない分量であるのだが)、後々にその会話が物語に利いてきたりと細かい点も取りこぼしなく物語が創り上げられている。また、本書を語るに欠かせない要素で“タイタニック”について深く言及されているのだが、タイタニックの映画を見たり、詳しく調べたことのある人にとっては、物語が一層面白くなるであろう。

 この作品では各章の冒頭に著名人の最後の言葉が掲載されている。そうした言葉を噛みしめながら臨死体験という謎に迫るこの物語に深くのめり込むこととなるであろう。ストーリー展開といい、内容といい、文句なしの作品とも言えるのだが、個人的には長過ぎるかなと。これが上下巻ではなく、その半分で収められた作品であるならば、人に薦めることも容易にできたであろうし、もっと多くの人に読まれたのではないだろうか。序盤を読んでみて、これは読むのがきついと思った人には、最後まで読みとおすのは大変かと思われる。なにしろ、その調子で最初から最後まで話が展開していくのだから。


ブラックアウト   Blackout (Connie Willis)

2010年 出版
2012年08月 早川書房 新・ハヤカワSF5005
<内容>
 2060年、オックスフォード大学ではタイムトラベルによる史学調査を行っていた。そんななか、第二次世界大戦中の様子を調べようとする学生たちがいた。メロビーは郊外の屋敷のメイドとして潜入し、ポリーはデパートの売り子として、そしてマイクルはアメリカ人記者としてそれぞれタイムトラベルし、現地へとおもむく。すると、マイクルは本来死亡するはずの男を助けてしまい、それによって歴史の改変が・・・・・・!? メロビーとポリーとマイクルの三人は、それぞれの土地に閉じ込められ、元の世界へと変えることができなくなってしまう。彼らは、同じ年代にいるはずの仲間を探して、なんとか帰還する手がかりを得ようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 だいぶ積読歴が長くなった本。なにしろ分厚い、ハヤカワミステリと同サイズの本で756ページ。しかもこの作品はこれ一冊ではなく、さらに分厚い(分冊となっている)「オールクリア」へ続いているのである。そんなこんなでなかなか着手しようと思わなかったものの、ようやく今年になって2月の下旬くらいから読み始めることに。

 読み始める前は、全部読むまで数か月かかるのでは? と思っていたのだが、1か月も経たずに読了! それだけ面白い内容であり、物語に惹き込まれた。この作品は、コニー・ウィリスの作品ではお馴染みのオックスフォード大学史学部タイムトラベルシリーズ。ただし、シリーズといっても話が続いているわけではないので、それぞれ単体として読むことができる。過去に同シリーズの「犬は勘定に入れません」という作品を読んでいたため、史学部タイムトラベルという設定をわかっていたからか、すんなりと作品に入り込むことができた。

 大雑把な内容としては、歴史の一端をその目で見たいという学生たちがタイムトラベルによって、その時代へと行き、そこで災難にみまわれるというもの。メロビー、ポリー、マイクルの三人は第二次世界大戦中のイギリスへと向かうものの(それぞれ個別に別の場所へ)、元の世界へと帰れなくなってしまうのである。

 この作品が長いというのは、もはや言う必要のないこと。いや、長さについてどうこういうのであれば、コニー・ウィリスの作品は読まない方がよいのであろう。ただ、最初はこの物語についても冗長であると感じていたものの、読んでいくうちにだんだんと気にならなくなっていった。それだけ物語が魅力的であるということなのであろう。

 今までミステリ作品なのでも戦時中の灯火管制について描かれていたものはあったが、ここまで生々しく描いた作品というのは初めて読んだ気がする。灯火管制というものの恐ろしさ、防空壕へ逃げる人々、戦争の悲惨さ、そしてそれにも関わらずたくましく生きようとする人々。そういったものがまざまざと描かれた作品となっている。

 そうした第二次世界大戦戦時下のなかで苦境に陥る三人の未来から来た若者たちが、現地の人々と交流を交えつつ、なんとか元の世界へ帰ろうと模索する。ただ、そうしたなかで彼らは自分たちが歴史を改変してしまったゆえに、本来とは異なることが起きてしまったのではないかと疑い始めるのである。そして、その結末については次巻へと持ち越される。

 一応、設定としてはSFなのだが、ほとんどSF小説を読んでいるという気にはさせられない内容。当然のことながらタイムトラベルを用いているのでSF小説のはずではあるものの、読んでいる最中は全くSFというものを意識させられない。この作品というか、コニー・ウィリスの作品についてはむしろSF小説ファン以外の人に読んでもらいたい作品と言えよう。


オール・クリア   All Clear (Connie Willis)

2010年 出版
2013年04月 早川書房 新・ハヤカワSF5009(「オール・クリア 1」)
2013年06月 早川書房 新・ハヤカワSF5010(「オール・クリア 2」)
<内容>
 2060年の世界から第二次世界大戦かへタイムトラベルしたものの、降下点が開かず元の世界に帰ることができなくなったマイク、ポリー、アイリーンの三人。なんとか3人集うことができたものの状況は変わらず。そうしたなか、3人は個々に無事に皆が元の世界に帰れる方法を考え、行動に移すことに。さらに、史学生たちをなんとか元の世界に帰そうと2060年の世界からダンワージー教授とポリーに恋するコリンらも行動しはじめるのであったが・・・・・・

<感想>
 おぉ、今年一年かからずして「ブラックアウト」から「オール・クリア」まで続けて読むことができた。壮大と言うか、長大と言うか、とにかく長い話であったが、読んで大満足。

「ブラックアウト」では開戦後、まだその戦乱をたくましく乗り切ろうという気概が垣間見えたが、だんだんとその戦争が長く続くにつれ、「オール・クリア」では、人々の様子にやや疲れが見え始めてきた。それは主人公らも同様で、元の世界に帰ろうとするも一向に打開できず、暗い考えばかりが脳裏をよぎるようになってくる。

 前作では主となる主人公が3人と絞られており、あまり物語がごちゃごちゃせずに、意外と読みやすいという印象であった。しかし、今作はマイク、ポリー、アイリーンらの現状を描く1940年の出来事だけではなく、何故か1944年の場面と並行して物語が展開されてゆく。その1944年に登場する人物であるが、これが登場人物表にのっておらず、そのせいで話がわかりにくくなっている。

 ただ、そうしたややこしさが「オール・クリア」の2巻の後半になってようやく全体像が見え始めることとなり。事の真相が告げられてからは物語の見方が一変するのである。それにより、それぞれの登場人物がいかに仲間を思い行動し、そして仲間を助けるために如何に奔走したかということが明らかになるのである。そのそれぞれの思いが読み手側にも届くようになると胸が熱くなるのを抑えられなくなる。

 いや、これは本当に最後まで読み通して良かったと思える作品。本当は、再度読み直して(特に「オール・クリア」のほうを)、出来事の細部について検討してしまいたくなるのだが、さすがにこの分厚さでは再読するのも躊躇してしまう。それでも、物語の本当の姿を洗い出しながら読み直したいと思わずにはいられない。


時間封鎖   Spin (Robert Charles Wilson)

2005年 出版
2008年10月 東京創元社 創元SF文庫(上下)
<内容>
 タイラーは10代のころ、近所に住む双子の姉弟・ダイアンとジェイスンとの3人で夜空を見上げていた。すると突然、空にある全ての星が消えてしまったのである。これは、地球全体が謎の幕に包まれたことによる現象であり、その幕の外側と内側で大きな時間差が現れることとなった。地球外では1億倍ものスピードで時間が進み、宇宙のただなかで取り残されたかのような地球の状況。そうした未曾有の危機をむかえたなかでタイラー、ダイアン、ジェイスンらは成長していくこととなり・・・・・・

<感想>
 昨年一番のSF作品の話題作であったが、これはうわさにたがわぬ面白さである。たぶん、今後もオールタイム・ベストに残り続ける作品であると言い切ってもよいであろう。

 まずアイディアがものすごい。地球が謎の幕につつまれて、地球外での時間のスピードがものすごい早さで流れていくという状況におちいる。ゆえに、地球は取り残されたまま宇宙はものすごい勢いで年を経過していくこととなるのである。そうした状況自体もすごいのだが、それを生かして行われるものすごい計画までもが待ち構えているのである。

 そんなこんなで途中で飽きさせられることなく、次から次へとあふれるアイディアにより話が進められてゆくこととなる。そのような状況のなかで主人公らは生きて行くこととなり、最終的には何故地球の周りに幕が出来たのかという謎へと迫ってゆく。

 また、本書がすごいと思えるところはSF世界によるアイディアだけではない。主人公のタイラーと幼馴染であるダイアンとジェイスン。彼らは突然地球に舞い降りた危機のなかで生きていかなければならなくなるのだが、そういった中での人間関係が実にうまく描かれている。こうしたSF作品というのは、内容が面白くても人間関係がおざなりになったりというものが多く見られるのだが、この作品ではそういった部分がきちんと描かれている。

 よって本書はSF世界のみならず、そこに生きる人々の様子もきちんと描いたゆえに名作と呼ばれることになったのであろう。難しい内容でありながらも、作品自体が新しく、また訳も新しいせいか非常に取っ付きやすいので、SF初心者でも十分楽しめる作品である事はまちがいない。

 本書は3部作の第1巻となっており、ちょうど今月(2009年7月)に第2巻となる「無限記憶」が刊行される。第3巻にいたっては、去年の段階ではまだ書かれていなかったそうなので、現在どうなっているか気になるところである。

 ただ、この「時間封鎖」という作品は、この上下巻のみで完結しているといってもおかしくないような終わり方をしているので、続巻は気にせずにとりあえず読んでいただきたい。それで気に入れば、どうぞ続編もということで。ちなみに私は当然のことながら続編も読みたいと切望している。


無限記憶   Axis (Robert Charles Wilson)

2007年 出版
2009年07月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 スピンの事件が地球で起こり、その結果、仮定体の介入により新天地イクウェイトリアへと道がつなげられた。その新たな大陸への開拓が始まってから30年が過ぎた。その後、世界では火星の技術を用いて“第四期”の状態となることを望むものと、それを否定する人々との争いが水面下で繰り広げられていた。そうした状況のなか、イクウェイトリア全土に謎の灰が落ちてくるという天変地異が起きた。そして仮定体の謎を追うものたちと、第四期の存在を否定するものたちとの争いに、飛行機乗りのタークと失踪した父親を探すリーサらは巻き込まれてゆく事に・・・・・・

<感想>
 昨年から今年の前半にかけて日本のSF界を沸かせた「時間封鎖」の続編・・・・・・なのであるが、前作があまりにも出来すぎていたために、この作品に関しては、やや残念な結果になっているとしか言いようがない。

 今作は普通のSF作品であったというのが正直な感想。前作に比べれば、アイディアの盛り込み具合があまりにも少ない。仮定体の謎についてと、大陸に降り注ぐ灰についてというくらいしか見所がない。しかも、それらに関してもきちんとした解答が出ていると言って良いかどうかは疑問である。

 また、本書の一番の問題点は主人公にあると思う。今作の主人公は全くといってよいほど魅力に欠けている。特にたいした目的もなく、ふたりの中年の男女が事件に巻き込まれていただけという印象でしかない。主人公の造形に成功していれば、もう少し違った雰囲気の作品になったのではないかと思われるので残念。

 といった、残念な結果としかいいようがないのだが、一応予定では三部作ということなので、もう一冊が現在書かれている最中とのこと(ただ、予定だけでどのくらい進行しているのかもわからないらしい)。できれば、本書は大団円となる最終作をつなぐ一本の架け橋的な存在となる内容であったと、あとから気がつかせてくれるような位置づけになってくれればいいと期待している。そんな具合に、首を長くして最終作が出るのを待ち望んでいるところである。


連環宇宙   Vortex (Robert Charles Wilson)

2011年 出版
2012年05月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
“スピン”が解除された後の不安定な世界。地球にて精神科医として働くサンドラ・コールのもとにオーリン・メイザーという少年が連れられてきた。彼を連れて来た市警の巡査ボースから、少年が書いたというノートを渡される。そのノートには1万年後の未来に復活したターク・フィンドリーという男を中心とした話が描かれていた。とても少年に創作できるようなものではなく、とまどうサンドラ。しかも、何故かメイザーの面倒はもう見なくてよいと、病院の上司から突然告げられることに。不穏なものを感じたサンドラはボースと共に、ノートの内容の秘密を解こうとするのであったが・・・・・・

<感想>
「時間封鎖」から始まる3部作の完結編。地球と火星を舞台に宇宙を巡る壮大な物語のはずが、まさか倉庫の火事の話に収束していくことになるとは・・・・・・

 スピン後の地球にて普通に暮らす人類。そこでオーリン・メイザーという少年を中心にして精神科医のサンドラと市警の巡査ボースが、少年が書いたというノートの謎に迫ることとなる。そのノートに描かれているのはシリーズ第2作「無限記憶」のその後の話。その後といっても、ターク・フィンドリーが復活を遂げた1万年後の物語。

 これら一連のシリーズとしては、このターク・フィンドリーの話の方が続きという感触が強い。復活したタークを待っていたのは、荒廃しきった世界。生き残った人々はボックスと呼ばれる移動する群島に乗り込み、ネットワークをつなぎ、共通の意識を持ちながら生活をしている。そんな世界に嫌悪感を感じるタークであったが、地球とイクウェイトリアをつなぐアーチをボックスが越えようとする中で、徐々に世界の真実を知ることとなる。

 1作目から語られている“スピン”や“仮定体”の存在に関する謎も、徐々に明らかになっていくものの、特に驚かされるような内容ではなく、今までの流れに反して簡潔な方向に流れていってしまったなと。本書にて語られるスピン後の世界と、1万年後の未来とをつなぐ、ちょっとした仕掛けも用意されてはいるものの、本当にちょっとした仕掛けでしかなかったように思えてしまう。

 一応、3部作の完結編ということなのであるが、感触としてはスピンを巡る話の中での外伝的な物語のように思えた。移動する群島“ボックス”とか、そういった設定とかも決して悪くはないのだが、第1部の話があまりにも荘大であったために、小さくまとまってしまったと思えることは仕方のないことか。結構面白い物語であったと思うのだが、どうせなら世界観のみではなく、主人公とかも一連の流れを経て、最初から最後までというようにしてくれればよかったのだが。


ペルセウス座流星群   The Perseids and Other Stories (Robert Charles Wilson)

2000年 出版
2012年11月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 「アブラハムの森」
 「ペルセウス座流星群」
 「街のなかの街」
 「観測者」
 「薬剤の使用に関する約定書」
 「寝室の窓から月を愛でるユリシーズ」
 「プラトンの鏡」
 「無限による分割」
 「パール・ベイビー」

<感想>
「アブラハムの森」 精神的な病を持つ姉を抱えて仕事を続ける少年と古本屋の店主との邂逅。
「ペルセウス座流星群」 ぼくは天体望遠鏡の購入を機にロビンと知り合ったのであるが・・・・・・
「街のなかの街」 グループのなかで今回与えられた課題は“新しい宗教を発明する”というもの。
「観測者」 彼女だけにしか見えない何者かの存在を恐れる少女は、高名な天文学者と邂逅する。
「薬剤の使用に関する約定書」 暴力により離婚した男は、薬の使用により落ち着きを取り戻したはずだったのだが・・・・・・
「寝室の窓から月を愛でるユリシーズ」 夫婦ともうひとりの男との三角関係?
「プラトンの鏡」 作家はファンを名乗る女から古い鏡をもらったのだが・・・・・・
「無限による分割」 妻と別れた男が、かつて妻が働いていた古本屋を訪ねると・・・・・・
「パール・ベイビー」 古本屋を相続した女は、かつての恋人の娘をあずかることとなり・・・・・・

 これはなかなか面白い作品集であった。SFの要素もあるものの、印象としてはホラー系の作品集のように捉えられた。

 本書の特徴としては、それぞれの作品は別々の内容になっているといいつつも、若干の関連性を持っていること。特に複数の作品にまたがって登場する“ファインダーズ古書店”は、抜群の存在感を示す。最初の「アブラハムの森」の結末からして、とんでもない印象を読者に与えることになるのだが、その不思議さが全編にわたって影響を与え続けることとなる。

 全編見わたすと、目には見えざるものの侵略を描いた作品のようにも感じられるし、もしくはそれぞれが単なる妄想を描いただけのようにも捉えられる。決して、これという筋道を示してはいないために、読み手としては色々なことを感じ取れる作品集となっている。SF的な未知なるものと、各登場人物が抱える恐怖とをうまく融合したSFホラーのようになっていて面白かった。


クロノリス −時の碑−   The Chronoliths (Robert Charles Wilson)

2001年 出版
2011年05月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 世界中にクロノリスと呼ばれる謎の巨塔が次々と現れ、各地の都市が破壊されることにより人類は滅亡の危機に瀕していた。プログラマーのスコット・ウォーデンはそのクロノリスの1号がタイで現れるのを目の当たりにしたひとりであった。スコットはそのクロノリスを見た時から、人生を翻弄されることとなり・・・・・・

<感想>
 長らく積読にしていたSF作品。長らくと言っても7年くらいでるから私にとっては普通のことか。そして読んでみた感想はというと、ややバランスが悪い作品であるなと。

 この作品は世界中に謎の塔“クロノリス”と呼ばれるものが次々と建ち、それにより人類が滅亡の危機に瀕するということが描かれている。ただ、そのクロノリスに関することや、世界的な流れや社会的な実情の情報があまりにも少なすぎるように思われた。

 では、この作品が何を描いているかというと、そのクロノリスに翻弄されることになった一人の男の諸事情と家族についての話が延々と語られているのである。妻との不和から離婚へいたる話、妻がひきとった娘との仲、主人公の就職事情、さらには分かれた後の家族の話を延々と・・・・・・。一応、クロノリスも物語の流れには関連し、それに翻弄する人生というのもわかるような気がするのだが、そのクロノリス関連に関する情報が少ない故に、単なる家族の物語という印象のほうが強くなってしまっている。

 物語全体としては、登場人物を限定することにより読みやすい小説となっていることは確かである。ただ、もう少しSF色をしっかりと出してもらいたかったところ。“クロノリス”自体の活躍(?)がもっとあっても良かったと思えるのだが。


トリフィド時代   The Day of the Triffids (John Wyndham)

1951年 出版
1963年12月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 ある日、地球が緑色の大流星群の中を通過した。その流星群を目の当たりにしたもの全てが、次の日視力を失っていた。流星を見ずに済んだ一部のものは、なんとか生き延びようと行動するのであるが、植物油採取のために栽培されていた謎の外来種“トリフィド”という三本足の動く植物が人間を襲いはじめ・・・・・・

<感想>
 謎の食人植物による恐怖・恐慌を描いた作品・・・・・・という趣旨のようではあるが、実は終末小説という趣の方が強いように思えた。

 ある日、謎の流星群が表れ、それを見た者全てが視力を失ってしまうという大事件が起きる。主人公を含む、その流星群を見ずに失明を逃れた者たちが、この世界のなかで生活の再建を目指していく。そうしたなかでトリフィドの恐怖とも戦ってゆかなければならないのだが、それよりも生活が立ち行かなくなった社会の中でどのように生き延びてゆくのかが最重要課題となっている。

 読む前は、もっとエイリアンとの戦いのようなものを思い描いていたのだが、読んでみるとスティーヴン・キングの「ザ・スタンド」を思い起こさせるような内容(当然、こちらの作品の方が先)。トリフィドという謎の植物についての言及もなされるものの、主人公であるひとりの男性の視点で物語が進行するせいか、トリフィドの詳細についてはわからないまま物語が進んでゆく。ゆえに、トリフィドが主の物語というよりも、生活を確保する上でのやっかいな障害物のひとつというような印象。

 最後の最後で権力主義のような団体の侵攻が突如語られるのは蛇足であったような気もするが、全体的には非常に興味深い内容の作品と感じられた。難解な説明などはほとんどなく、終始読みやすい内容の小説。通常のSFが苦手という人もこれなら読めるのではなかろうか。まぁ、読みやすいのとは別に内容に対して好き嫌いは分かれるであろうが。


時間の種   The Seeds of Time (John Wyndham)

1956年 出版
1966年11月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 「宇宙からの来訪者」
 「強いものだけ生き残る」
 「地球喪失ののち」
 「不老長寿の夢」
 「クロノクラズム」
 「ポーリーののぞき穴」
 「もうひとりの自分」
 「頭の悪い火星人」
 「同情回路」
 「野の花」

<感想>
 2011年の復刊フェアの際に購入。バラエティにとんだ作品集で非常に面白かった。思いもよらないSF模様が展開されたり、物凄く特異な展開がなされたかと思いきやラストで日常的なところへ落とし込んだりと、どれもが目を離せなくなるような内容。

「宇宙からの来訪者」 地球に宇宙からの来訪者が! その意外な姿とは!? 何気にほのぼのとした味わいを醸し出している作品。

「強いものだけ生き残る」 火星へ向かうロケットが故障。14人の男と1人の女の運命は? 平凡な話のようなところからサスペンス、そしてホラーへと展開し、さらには超自然的なところまで行き過ぎてしまう内容。

「地球喪失ののち」 地球が喪失した後、宇宙を旅する地球人が一人の女と出会い・・・・・・。壮大に見えて実は普通の男女の出会いを描いたかのような。

「不老長寿の夢」 両足を失って病院で寝たきりの患者が、突如別人の体に乗り移ったことに気が付く。そこから1つの体を巡っての次元を隔てた争奪戦が・・・・・・。とにかく奇抜。でも物語のラストにあるかのように、本当にこんなことを経験したとしても誰も信じてくれないであろう。

「クロノクラズム」 未来人のもくろみに巻き込まれた一人の男の話。タイムパラドックスを逆手に取ったような話。卵が先か鶏が先か的な。

「ポーリーののぞき穴」 至る所に能われる人影に悩まされる街の騒動を描く。観光的な話に持っていくところが凄い。これぞ人間の逞しさ。

「もうひとりの自分」 ドッペルゲンガーのような、自分そっくりの男と出会った者に待ち受ける運命とは!? 不穏な雰囲気の話なのだが、話の落としどころが意外性があって面白い、というかあっけにとられる。

「頭の悪い火星人」 宇宙で働く間、男は火星人の女を奉仕人として買い上げ・・・・・・。なるべくしてなる結末。

「同情回路」 家に手伝いロボットを入れることを拒んでいた妻は体調を崩し、ロボットを導入せざるを得なくなり・・・・・・。こうして世界はロボットに彩られる。

「野の花」 とある美しい花の秘密について。先生と生徒の普通の話のはずが、いつしか戦乱の影がさすことに。


リヴァイアサン   Leviathan (Scott Westerfeld)

2009年 出版
2011年12月 早川書房 新ハヤカワ・SFシリーズ5001
<内容>
 1914年ヨーロッパ。オーストリア=ハンガリー帝国の大公夫妻の息子アレクサンダーは、配下の伯爵とメカニック師範に連れ出され、機械兵器にウォーカーに乗せられることとなる。不穏なものを感じたアレクサンダーであったが、実は彼の両親である大公が暗殺され、部下たちは彼の身柄を隠すために活動し始めたのであった。身寄りがなく、命を狙われることとなったアレクサンダーは部下と共にスイスへと逃げようとするのであったが・・・・・・
 一方、イギリスで航空隊員を夢見るデリン・シャープは、実は16歳の女の子。女では航空隊員になれないのでデリンは男と偽って試験を受ける。その際、ハプニングがあり、デリンは生物飛行兵器リヴァイアサンに乗り込むこととなる。そこでデリンは普通に乗組員としてとけこんでいくこととなるのだが、戦線に巻き込まれることとなり・・・・・・

<感想>
 新ハヤカワ・SFシリーズの第1弾となった本書。この作品は3部作の1作目。第一次世界大戦をモチーフとし、そのなかで架空の世界として描かれた近代兵器ウォーカーや生物兵器リヴァイアサンを用いながら、オーストリアの皇太子とイギリス人の航空隊員志願者の女の子が活躍していく物語。

 内容は決して難しくなく、児童書と大人の読む本の狭間というか、高校生くらいの年代の人が読むのにちょうど良さそうな作品である。さまざまな架空の機械兵器が出てくるのだが、それらが多くのイラストで描かれているのでメカニックデザインを楽しむこともできるようになっている。また、架空の世界が描かれているとはいえ、モチーフとしては第一次世界大戦が下地になっているので、史実と照らし合わせながら読んでいくのもまた楽しめそうである。

 登場人物も魅力的に描かれており、二人の主人公である皇太子のアレクサンダーと女であることを隠しながら航空隊で勤務するデリンがどのように成長していくのかが見ものと言えよう。他にも二人の周囲を取り巻く癖のある登場人物も多々出てきているので、楽しんで読むことができる内容になっている。

 本書は三部作となってはいるが、1話完結というわけではなく、基本的に全部で続きの作品となっているよう。よって、これは最初の「リヴァイアサン」から順に読まなければならない作品。今年の6月と12月に2巻、3巻がそれぞれ出る予定となっているので、順を追ってリアルタイムで読んでいきたいと思っている。

 この作品はSFというよりは冒険活劇という趣向のほうが強いように思えるので、万人向きの作品と言えよう。年齢問わず、広く読んでもらいたい作品である。


ベヒモス   Behemoth (Scott Westerfeld)

2010年 出版
2012年06月 早川書房 新ハヤカワ・SFシリーズ5004
<内容>
 デリン・シャープらが乗り込んでいる戦艦リヴァイアサンにて旅をすることになった皇太子アレック一行。しかし、その待遇は捕虜と変わりないものであり、イスタンブールの地で彼らは逃亡を図る。ヴォルガーが囮となり、アレックらは無事に脱出することができるが、アレックは卵から孵った不思議な生き物を連れて歩く羽目となる。その後、彼らはイスタンブールのレジスタンスたちと出会うこととなる。
 一方、戦艦リヴァイアサンでは、デリン・シャープを隊長とした極秘任務が遂行されることとなった。それは海岸にある敵の防御網を破壊するという重要な任務。シャープは隊員達を率いて、作戦を開始するのであったが・・・・・・

<感想>
 うーん、面白かった。それなりに厚い作品であるのだが、かなり速いペースで読み終えることができた。1巻の面白さを持続したまま、2巻も一気に駆け抜ける展開となっている。

 新しく登場するキャラクターはさほど多くないものの、さまざまな形状のウォーカーや獣型兵器、テスラマシンなどの大型兵器と、魅力ある機械装置が満載。これらが数多くのイラストで描かれており、物語と見事にマッチしている。読むだけではなく、見ていても楽しくなる作品である。

 本書は、物語の流れ的には寄り道のようなパートであり、話がさほど進展したというわけではない。そんなわけで、最終巻では一気に話が進んでゆくこととなるであろう。これは、どのような展開と終幕が待ち受けているか実に楽しみである。

 値段はむちゃくちゃ高いというわけではないものの、一般の人には馴染みのないハヤカワノベルスの作品ゆえに、手に取る人はさほど多くはないと思われる。しかし、この作品は非常に良い内容なので、中学生高校生くらいの年代の人の多くにぜひとも読んでもらいたい。SF初心者にとっても格好の入門編と言えるであろう。また、この作品がアニメ化されれば、是非とも見てみたいものである。


ゴリアテ   Goliath (Scott Westerfeld)

2011年 出版
2012年12月 早川書房 新ハヤカワ・SFシリーズ5007
<内容>
 オスマン帝国にて、革命の手伝いをし、一躍英雄となったアレックであったが、現在は東京へと向かうリヴァイアサンのなかで、することもなく悶々とした日々を過ごしていた。そんな折、ロシアにてニコラ・テスラという科学者を救出することとなる。彼は“ゴリアテ”という驚異的な兵器を開発したというのだ。その兵器を使えば、戦争を瞬く間に終結させることも可能であるという。アレックは、戦争を終結できるというテスラの可能性に期待し、彼と行動を共にすることとなるのだが・・・・・・

<感想>
 シリーズ期待の第3巻にして完結編! ということなのだが、最後に来て物語のスピードもインパクトもトーンダウンしてしまったような・・・・・・

 この巻は、とにかく行動が少なかった。主人公たちも特にすることがなく、リヴァイアサンのなかで悶々と過ごす日々が続くのみ。タイトルになっている“ゴリアテ”と言われる兵器が登場するのだが、名前のみでその抑止力が取り上げられるばかり。ゴリアテが使われるのか、それともゴリアテの存在を強調するのみで、休戦へともっていくべきなのか、そんな話ばかりでこれといった事件が最後の方までほとんど起こらない。

 本書における、もう一つの大きな要素はアレックとデリンとの関係。二人が徐々に恋に落ちていく様子が描かれることとなるのだが、違和感ばかりが残ってしまう。二人の友情については疑うべきことはないのだが、それが恋に変わるいうことには納得がいかなかった。

 最後の最後にてゴリアテを巡る闘争や真相については見るべきところがあり、物語の終わりの方はそれなりに楽しむことができた。しかし、1巻2巻と面白かっただけに、ネタが尽きてしまったのか、最終巻はちょっと物足りなかった。ある程度、史実にそった物語となっているようだが、その史実を忠実に再現しようとした部分に必要以上にしばられてしまったように思われる。


イシャーの武器店   The Weapon Shops of Isher (A. E. Van Vogt)

1951年 出版
1966年07月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 7000年後の未来、地球は女帝が支配するイシャー王朝により治められていた。その王朝に対抗する組織、武器製造ギルド。そのギルドに20世紀の地球からひとりの男が運ばれてきてしまった。莫大なエネルギーを持つ男に対し、ギルドはどのようにして王朝と交渉していくのか? また、ギルドは地方に住む青年に、参謀としての能力があることを発見し、彼をギルドの傘下に入れようと画策するのであったが・・・・・・

<感想>
 2010年の復刊フェアにより購入した作品。変わった作風の本である。時間SFのようであるのだが、肝心な部分があまり説明されないうちに話が進められていく。さらに、話が進んで行っても、事細かな説明がないままに事が起こっていき(その“事”についても時にはきちんと説明されていなかったりする)、付いていけない読者を置いていくかのように、どんどんと話が収束に向かっていく。

 あとがきにより、著者の作風を見ると、そうした書き方自体がこの著者の作法であることが理解できる。あえて、一から十まで説明せずに、読者に発想力の刺激を与えながら書くという手法があるようで、それが実践されているのがこの本と言えよう。また、この作品自体が、元になる短編がいくつかあり、それをつなぎ合わせて長編としたという形態。さらには、ハインラインの「月は無慈悲な女王」を代表するような政治運動が描かれている作品というのも、さらなる特徴の一つである。

 個人的には苦手な作風。結構、この本に対しては好き嫌いの好みが分かれるのではないだろうか。意外と、こういった作風の本を読んだことによりSFが苦手になってしまったという人もいるかもしれない。というわけで、初めてSFを読むという人には薦めにくいのであるが、ある程度読み込んだという人に対しては、こんな作品にも挑戦してもらえればというSF本。


武器製造業者   The Weapon Makers (A. E. Van Vogt)

1947年 出版
1967年07月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
 女帝が支配する巨大帝国イシャー王朝と、その抑止力として対抗する武器製造ギルド。その武器製造ギルドの一員でありながら、イシャー帝国内で活動していたヘドロックであったが、どちらの組織からも狙われる羽目となってしまう。そうしてなんとか宇宙船へと逃げ延びたものの、そこでヘドロックは未知の蜘蛛の形をした超生物と出会うこととなる。ヘドロックはこの超生物の手から地球を救いつつも、自らの目的も遂げなければならない羽目となり・・・・・・

<感想>
「イシャーの武器店」に続く2部作品。といっても、本国ではこちらのほうが先に出ていたようであるが、訳者の意図によってこのような順番で出版されたもよう。どちらから読んでもかわまないのだが、話としてはこちらの「武器製造業者」のほうが面白かったように思われる。

「イシャーの武器店」のほうは、途中で物語の主人公が変わったりと、ややわかりづらく思えたところもあったのだが、今作では一貫してひとりの主人公の活躍を描いているためか、話にのめりこみやすかった。それならば、「イシャー」のほうも、この作品に登場するヘドロックを主として使えばよかったように思えるのだが、世界観をもっとひろげたかったというような意図でもあったのだろうか。

 基本的には「イシャー」と変わらず、詳細な点は説明されないまま、どんどんと話が続けられる内容となっている。そうしたなかでヘドロックがさまざまな困難に遭遇しながらも解決を試みていく。個人的には、何が“不死人”で、どのようなことが可能なのかがさっぱりわからず、何でもありのような気がしてならないところが微妙ではあるのだが、女帝とラブロマンスを繰り広げたりしながら、なんやかんやで解決していってしまう。結局のところ大団円で収まるヒーローもの??


タイタンの妖女   The Sirens of Titan (Kurt Vonnegut, Jr.)

1959年 出版
1977年10月 早川書房 ハヤカワ文庫
<内容>
 全能者となり、愛犬と共に時空を駆け巡り、現れては消えるウィンストン・ナイルス・ラムファード。彼は自分の妻と大富豪マラカイ・コンスタントに予言を告げる。マラカイはラムフォードの妻との間に子供をもうけ、火星へとわたり、水星を巡り、また地球に戻り、そしてタイタンへと行くことになるのだと。その予言に操られるかのようにコンスタントは数奇な運命をたどることとなり・・・・・・

<感想>
 結局何を言い表したかったのだろうかと思える、不思議な内容であった。序盤は取っ付きにくかったが、少し話が進めば内容をくみ取りやすくなる。大雑把にいえば、一人の男の転落ぶりが書かれているとも捉えられる。“凋落”“苦悩”“放逐”という3部によって表されているといってもよいであろう。

 書きようによっては、主たる人物マラカイ・コンスタントに焦点を絞ることもできたと思える。そうすれば、それなりの英雄譚のように描けたかのように思えるのだが、この物語ではそのような書き方がなされていない。

 本書では、ラムファードという神のような存在がありきとなっていて、その手の中でもてあそばれるコンスタントという風な様子で描かれている。では、そのラムファードが主なのかといえば、そのような終わり方もなされてはいない。最終的にタイタンまでわざわざコンスタントを引っ張りまわしてくる必要があったのかさえ微妙に思えるところなのである。

 ひょっとすると宗教的な黙示録のような意図でも隠されているのだろうか? それとも運命に翻弄される人の姿を描いただけなのか? 読み方によっては深くともとれる不思議な物語である。


ケルベロス第五の首   The Fifth Head of Cerberus (Gene Wolfe)

1972年 出版
2004年07月 国書刊行会 SF<未来の文学>シリーズ
<内容>
 地球より彼方に浮かぶ双子惑星サント・クロアとサント・アンヌ。かつて住んでいた原住種族は移住してきた人類によって絶滅したと言い伝えられている。また別の説では、何にでも姿を変える能力をもつ彼らは、逆に人類を皆殺しにして人間として生き続けているという。
 その星にて語られる3つの物語。「館にて特別な教育を受ける少年の回想」「原住種族の物語」「囚人となった民俗学者によって語られる物語と記録」。

<感想>
“未来の文学”という位置づけはダテではない。これはかなり難解な本である。三つの中編を読むことにより、ひとつの物語が形作られる・・・というようなことが書いてあったものの、読了後、はっきりと感じ取れるものは何もなかった。明らかであったのは、一人の男がキーワードとなり、物語のいくつかの部分が結び合わされるということはわかるのだが、その深いところに秘められたものまでは読み取ることができなかった。うーーん、これはかなり奥深かそうである。

 正直言って、読んでいるときは“解説”に色々と書かれているだろうと思って、そちらを期待していたのだがそれほど書き込まれてはいなかった。逆に、本書の研究がなされているHPが紹介されていたりする。

 いやはや、読了後の感想はというと、簡単に答えの出ない難しい宿題を出されたような気分である。確かにこれは一般受けするとは言いがたい本である。できれば、詳しい解説をつけてもらいたかったところ。


デス博士の島その他の物語   The Island of Doctor Death and Other Stories (Gene Wolfe)

2006年02月 国書刊行会 SF<未来の文学>シリーズ
<内容>
 「まえがき」
 「デス博士の島その他の物語」
 「アイランド博士の死」
 「死の島の博士」
 「アメリカの七夜」
 「眼閃の奇蹟」

<感想>
<未来の文学>では2冊目となるジーン・ウルフの作品なのだが・・・・・・相変わらずよくわからない。今回の作品の中では「アメリカの七夜」あたりがウルフの入門書と言われているようではあるが、それを読んでもよくわからない。にもかかわらず、ついつい本を手にとってしまい、いつかは理解することができるのではないかなと思いながら読んでいるしだいである。

「まえがき」
 本書(の短編)が書かれた経緯と、授賞式でのひとこまが描かれている。意外と読むべきところの多い“まえがき”になっている。

「デス博士の島その他の物語」
 メタ構造の小説といえばよいのだろうか。少年が持つ本と現実とが入り乱れながら話が語られてゆく。“デス博士”ということで一見、学者を連想してしまうが、どちらかというと悪者のボスという感じであった。上っ面だけ読み取れば、メタ・ヒーローものという感じ。

「アイランド博士の死」
 巨大な精神病院を描いたかのような作品。何が巨大かといえば、ひとつの惑星に3人の患者のみが集められ、それをアイランド博士が監視するというもの。その集められた患者達も、地球人のようでどこか地球人ではない。そして、アイランド博士による療法が展開されてゆくという内容。単純に言えば、それだけの話なのだが、どこかそれ以上に深読みすべきところがあったのだろうか??

「死の島の博士」
 これもまた精神病院を描いたような作品。「アイランド博士」に比べれば、こちらのほうが従来の病院に近いもののように思える。しかし、その時代の背景が近未来であり、主人公となる患者は冷凍睡眠から甦ったというもの。さらには主人公自身が発明し、特許を取ったという“スピーキング・ブック”に囲まれながら、病院を出ることを夢み続けるという、なんとなく本書の中で一番怪しげな作品という雰囲気が感じられた。怪しげな設定ではあるものの、患者の生活は普通の病院内におけるものから逸脱しているようではなく、何がここまで厭な雰囲気をかもし出すのかと、考え込んでしまう作品。

「アメリカの七夜」
 話としては単純に、ヨーロッパ大陸から来た青年がアメリカの劇場で見た女優にひとめぼれし、なんとか近づきになろうと行動をおこしてゆくもの。それだけであれば、普通の小説なのだが、本編の舞台はアメリカ文化が崩壊した後の近未来として描かれている。とはいっても、そういった舞台背景関係なしに普通に話が進んでいったようにしか思えなかった・・・・・・
 読了後に“あとがき”を読んだところによると、本書の見所はタイトルに“七夜”とあるにも関わらず、日記には“六夜”の出来事しか書かれていない。この作品中に主人公はランダムに幻覚剤入りのチョコレートを飲もうとするのだが、それをいつ飲んだのかということが実はポイントとなっているようだ・・・・・・うーん、奥が深い。

「眼閃の奇蹟」
 この作品は目の見えない少年が主人公。その少年の住む現実と、少年が夢の中で見る虚構とが入り混じる内容となっている。作品の構成としては「デス博士」に通じるところがあると思える。ただ、少年は目が見えないはずなのだが、現実と虚構を言ったりきたりしたり、他の人の視点で語られていたりと、目が見えているのかどうか微妙なような描写が多々あった気がする。結局最後は感動的に終わったのかどうか、それすらも微妙。


ピース   Peace (Gene Wolfe)

1975年 出版
2014年01月 国書刊行会 単行本
<内容>
 アメリカ中西部の町に住む老人オールデン・ウィアは回想する。これまで自分が経験してきた不思議な出来事と、知り合いから聞いた奇妙な出来事の数々を・・・・・・

<感想>
 ジーン・ウルフ初期の長編。SF作品というよりは、ファンタジーもしくは普通小説として読めそうな内容。中身はハードSF的な難しさはない。ただし、内容をしっかりと把握できるかといわれると、その辺は微妙。

 オールデン・ウィアという老人が回想する物語。過去に起きたことを色々と回想するのであるが、時系列順ともえいえず、さらにはそれぞれのエピソードがきっちりと結末がつけられているわけでもない。故に、本当に断片的に語られる物語という感じ。それでもウィアの叔母を巡る3人の男の話や、奇妙な効果のある薬をつくる男の話とか印象に残る内容のものもある。

 たいがい、こういった作品はあとがきにて、どのような物語かという説明が付け加えられているものであるが、本書に関してはこれといった決まった解釈はない模様。むしろ人それぞれで異なる感じ方読み方を楽しむべき本であるかのよう。このような内容から考えると、どちらかといえばSFというよりは文学に属するものではないかと思えてしまう。ただ、ここまでしっかりと結末をつけていなかったり、幻想的であったりすると文学のカテゴリにはいれてもらえないのかもしれない。故にSFのなかに“ニューウェーブ”というカテゴリができ、そこに属されるようになったのであろう。そういった流れを理解するとジーン・ウルフの作品に対しても取っ付きやすくなるかもしれない。




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