グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ
2002年09月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション
<内容>
ネットワークのどこかに存在する、仮想リゾート<数値海岸>の一区画<夏の区界>。南欧の港町を模したそこでは、人間の訪問が途絶えてから1000年ものあいだ、とり残されたAIたちが、同じ夏の一日をくりかえしていた。だが、「永遠に続く夏休み」は突如として終焉のときを迎える。謎のプログラム<蜘蛛>の大群が、街のすべてを無化しはじめたのである。こうして、わずかに生き残ったAIたちの、絶望にみちた一夜の攻防戦がはじまる。
仮想と現実の闘争を描く《廃園の天使》3部作、衝撃の開幕篇。
<感想>
ひとつの楽園が崩れゆくさまがものの見事に描かれている。それらの情景や人々の生活が豊かに描かれるのを読み、せっかく構築された楽園が消えてゆく様をもったいないとまで感じてしまった。しかしながら話を読み進めていくうちに、これは消えるべき楽園であり、そうなる運命だったのではという考え方に変化させられていった。
ヴァーチャルな中にあって、なぜかその中の人たちの感情が様々な様相にせめぎあっていくところが矛盾しているようで美しくも感じられる。その中にいき続けていたはずの人たちの心が、何ゆえにこんなにもはかなく揺れ動くのだろうかと考えさせられる。
また、副題に“廃園”という言葉がつけられているのだが、それは“廃園”になりつつある様を描いたということなのだろうか? それともすでにそこは“廃園”だったのだろうかということをも考えさせられた。
本書はいろいろと深読みできるところがありそうなのだが、私には全体を完全にとらえきることができなかったように感じられる。特に敵の存在というものがわかりにくかった。最初はいろいろと動いていた“蜘蛛”も途中から希薄になってしまったし。本書を読み直すべきか? それとも続刊を読めば全体がもっとつかめるようになるのか? 続刊がいつでるのかということを考えれば、再読したほうが早かったりして・・・・・・
象られた力
2004年09月 早川書房 ハヤカワ文庫JA
<内容>
長い沈黙を破り「グラン・ヴァカンス」にて復活したSF作家の初の中短編集。
「デュオ」
「呪界のほとり」
「夜と泥の」
「象られた力」
<感想>
「デュオ」
「グラン・ヴァカンス」が出る前に書かれた最後の短編という位置付けの小説。SF色は薄いように思えるがその分わかりやすい小説になっており本書の中での完成度は最高ではないかと感じられた。
“デュオ”というタイトルはシャム双生児のピアニストを主人公にしていることが一端となっている。このピアニストと本書の主人公といえるひとりの調律師が奏でる音楽とそこから湧き出てくる真実を追求していく物語となっている。
その奏でられる音楽の描写のみに留まらず、ある意味ミステリーとしても完成されている作品である。
「呪界のほとり」
自分の領域からはぐれ出てしまった青年とドラゴンの1組の物語なのだが全てを描ききるにはページ数が足りなかったように思われた。そのせいで、途中から出てきた哲学者に爺さんにおいしいところを持っていかれたあげくに、すべてを食われてしまったという印象。
「夜と泥の」
一人の少女の消滅を星レベルで描いたというところか。語るべきことはそれくらい。その描写を心行くまで感じ取ってもらいたい作品。
「象られた力」
前作「夜と泥の」をさらにスケールアップさせた作品というように感じられる。ウイルスと星の消滅を描いたといえばよいのだろうか。とはいうものの、本当にウイルスのみによるものなのか、人間関係によるものなのかははっきりとは読み取ることができなかった。何かの相互関係を描きたかった小説であったのだろうか。
ラギッド・ガール 廃園の天使Ⅱ
2006年10月 早川書房 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション
<内容>
「夏の硝視体」
「ラギッド・ガール」
「クローゼット」
「魔術師」
「蜘蛛の王」
<感想>
「グラン・ヴァカンス」の4年ぶりの続編。前作ではAIたちが生きる仮想世界とその世界の崩壊を描いていたが、今作ではそのAI世界が構築された過程が中心として描かれている。細かく言えば、前作の前の話が描かれている「夏の硝視体」「蜘蛛の王」、AI世界の外側からAI世界の構築される過程を描いた「ラギッド・ガール」「クローゼット」、そして外と内の両面から“大途絶”を描いた「魔術師」という区分けになっている。
今作では、前作の話を補完するために、ありとあらゆる側面から描く事によって、よりいっそう“廃園の天使”シリーズの世界設定に厚みをもたせたという意味づけがなされていると感じられた。
その中でも特に、AI世界を構築する様が描かれている「ラギッド・ガール」と「クローゼット」が本書の見物ではないかと思われる。これらの話の中では著者が意図してか、無意識のうちにかはわからないが、この世界に別の次元からさらなる怪物が生まれ出でてきたようにさえ感じられた。
さらにこのシリーズの特徴を述べると、部分部分で現われる性的な描写。これもどこまで意図してどのような効果をあげているのかは、はっきりとわからないのだが頻繁にあからさまに出てきたりする。これはひょっとすると“廃園”というものの象徴の間接的な描写であるのかもしれない。また、性的なと描いたものの、そこに出てくる登場人物たちが、男なのか女なのか、あえてわかりにくく描いているというところは“天使”を意識した部分なのかもしれない。
などと色々と書いてみたものの、今作は私にとってはわかりづらい内容であった。実は一回読んだだけではよくわからなくて、「SFが読みたい! 2007年版」に載っていた飛浩隆氏のインタビューを読んで再確認させてもらった。本書を読んで私と同様、理解できなかった人は是非とも参考にしていただきたい。
皆勤の徒
2013年08月 東京創元社 単行本
2015年07月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
序 章
断章 拿獲
「皆勤の徒」
断章 宝玉
「洞の街」
断章 開闢
「泥海の浮き城」
断章 流刑
「百々似隊商」
終 章
<感想>
内容は章題を掲載するにとどめたのだが、なにしろどのような内容かと問われて、正確に答えるすべがない状況。臓物うごめく世界のなかで血やら汁やらが噴出されつつ、話が淡々と進められる。最初の「皆勤の徒」では、工場で働く様子を普通に描いたかのよう。ただし、もちろん普通の描写ではなく、グロテスクな舞台において独特の表現がなされつつ、工程が進行してゆくこととなる。
一応、全編通して一つの物語としているようであるが、読んでいる最中はそれぞれ別個の短編小説を読んでいるという感じであった。内容についてはよく理解できなかったのだが、何かを擬人化した物語ではないかと予想していた。特に「洞の街」は魚の生態を描き、「泥海の浮き城」では虫の生態を描いたかのような。そうして、最後まで読んでいくうちに、これはひょっとしたら人間の内臓や神経などを擬人化して描いた物語なのではないかという考えに至ったのであるが・・・・・・どうやら違ったようである。
大森望氏による解説により、内容の詳しい説明がなされていた。それを読んで、なるほどと。そんな世界が描かれていたとは想像もつかなかった。解説に未読の人は読まないように書いてあったが、むしろこの解説を読んでから本編に取り掛かったほうがよいのではと思えるくらい。こんな世界を描くことができる人がいるのかと感心しつつも、読み手を選ぶ小説でもあるなとも感じてしまった。今後も他の作品も読んでみたいと思いつつも、ちょっと敷居が高いかなと躊躇してしまうのもまた事実。