ゆらぎの森のシエラ
1989年 ソノラマ文庫
2007年03月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
塩の霧に閉ざされ、異形の怪物たちに囲まれた土地。その土地に怪物として生を受けながらも、人間であったころの記憶をとりもどし、自我を持つこととなった“金目”。そんな彼はシエラという不思議な少女と巡りあう。金目は自分を創造したものに復讐を誓い、命を狙おうとするのだが・・・・・・
<感想>
著者の菅浩江氏は、今では誰もが認めるSF作家、いやそれどころか女流作家の中では第一人者と言っても過言ではないだろう。本書はその菅氏が書いた第一長編である。
一応、SFファンタジーなどという名目で紹介されているようであるが、これは普通にSFを付けずにファンタジー小説と言ったほうが妥当であろう。SFファンタジー小説という表現は、今の菅氏の地位があるからこそであり、また当時はファンタジーという土壌がしっかりしてなかったからあいまいなジャンルに区切られてしまったのではないかなと予想するところである。
では、そのファンタジー小説の内容はどうかといえば、壮大な話を小さな世界観の中にうまくまとめた小説というように感じられた。進化とか、政治的な争いとか、大きく広げるつもりであれば、いかようにでも書き広げることができそうな内容をひとつの村レベルにまとめ、短い小説のなかにうまく凝縮されている。変に話を広げすぎなかったことが、この作品を成功に導いたのではないかと思わせるような内容である。
とはいえ、そのような書き方であるからこそ食い足りないと感じられるところもあれば、展開が強引というようにも感じられた。また、進化という内容を書いたからこそ必要なのであろうけれども、少々グロテスク過ぎるようにも感じられた。特に主人公のはずのシエラの行動がちょっと・・・・・・
まぁ、とてつもなくすばらしいというほどでもないし、この作品単体で薦められるほどの本でもないと思うのだが、菅氏の作品を追っていくうえでは外す事のできない本であるという位置づけになるであろう。
カフェ・コッペリア
2008年11月 早川書房 単行本
<内容>
「カフェ・コッペリア」
「モモコの日記」
「リラランラピラン」
「エクステ効果」
「言葉のない海」
「笑い袋」
「千鳥の道行」
<感想>
菅氏の作品はSF作品ながらも、そのアイディアに惹かれるとか、そういうものではなく、語り口に非常に心地よいものがあり、いつのまにか作品に引き込まれてしまうという印象がある。今作もそういった作品の数々を楽しむことができる内容になっている。
どれも面白い作品なのだが、印象に残りやすいのは「モモコの日記」か。ここに掲載されている作品のほとんどが悪意のないような終わり方をしているのだが、「モモコの日記」はなんともいえないような後味の悪さを残すものとなっている。内容は閉鎖実験施設に住むこととなった少女と研究員とのメールのやりとりが行われるというもの。
また「カフェ・コッペリア」も他の作品群とは少々異なる内容となっている。言い方は悪いかもしれないが、AIによるキャバクラとかホストクラブのような場所を描いた作品と言えばよいのだろうか。そこは実験を行っていると周知されている場でもあるのだが、だんだんとそこで働く人や、そこに通う人々に疑問や変化が出始め、さらにはAIでさえも変容しつつあるように描かれている。
その他の作品はSFとして描かれているというよりも、日常にSFを盛り込んだような内容と感じられた。
近未来の美容院の顛末が描かれる「エクステ効果」はミステリ的な要素が盛り込まれていて楽しめる。
飼育セットにより謎の生物を育てるOLの様子を描く「リラランラビラン」は微笑ましく読むことができる。
言葉さえも必要ないくらい仲の良いカップルの恋愛模様が遺伝子問題へと発展していく「言葉のない海」。
老人介護の問題を一見、冷めた目で描かれているような「笑い袋」は、実は結末は暖かい。
ロボットを用いているものの、実際の内容は踊り家同士の気遣いが描かれている「千鳥の道行」。
これらはSFファン以外でも十分に楽しめる作品であり、さらにはSF初心者であっても堪能できる物語でもある。広くお薦めしたい作品集。
誰に見しょとて
2013年10月 早川書房 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション
<内容>
「流浪の民」
「閃光ビーチ」
「トーラスの中の異物」
「シズル・ザ・リッパー」
「星の香り」
「求道に幸あれ」
「コントローロ」
「いまひとたびの春」
「天の誉れ」
「化粧歴程」
<感想>
コスメティック連作小説集。コスメティックという単語を使って、それが正しいかどうかはわからないが、要は化粧品にまつわる小説である。それのどこが、SFなのだと思うかもしれないが、読み通していくと徐々にSF的な方向へと昇華していくのである。
序盤は化粧品を主体として、それらを身に着ける人間のアイデンティティを問うような内容から始まっていく。何故化粧をしなければならないのか、何故そこまで化粧にこだわるのか。それを肯定するかのごとく、新興化粧品メーカー・ビッキーがさまざまなアイディアにより商品を開発し、老若男女問わずに人々に宣伝をしていく。
ここで扱われている化粧品は、現存するものを超えて近未来的なものが登場している。それらは、単なる化粧品のみならず、体質改善プログラム等、さまざまな形で美容を提供しているのである。さらには、それらが美容のみにとどまらず、人々が宇宙へと進出する進化へと発展していく。
この作品を読んでいくと、人間の進化というものを人為的に起こそうしているようにさえ感じられる。短い期間での進化故に、進化というよりは変化に過ぎないのかもしれないが、それを急ピッチで行い、人類をさまざまな状況に対応させるよう教導しているのではないかとまで考えてしまう。しかもそれを強制的ではなく、あくまでもそれぞれ個人の希望により、という形態をとっているところから思わず“教導的”という単語を思い浮かべてしまった。
まぁ、宇宙的な進出に関しては、さほど踏み込んで描いているわけではないので、基本的にはコスメ小説ということでとらえてもらってもかわまないであろう。決して小難しい内容の小説ではないので、読みやすいと感じられる部類のものとなっている。意外と女性にSFを読み始めてもらうには、ちょうどよいくらいの小説といえるかもしれない。
プリズムの瞳
2007年10月 東京創元社 単行本
2015年08月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
かつて最先端機種として期待を集めていた人型ロボット“ピイ・シリーズ”。しかし、実証段階で人間の仕事をとってしまうのではないかとの恐れや苦情が出始め、その実証実験は終了してしまうことに。その結果、残った“ピイ・シリーズ”は、絵を描くだけの無用な存在として各地を放浪することとなる。様々な場所で“ピイ・シリーズ”が見受けられ、そして人々にちょっとした暖かい影響を与えるだけの存在かと思いきや・・・・・・それら“ピイ・シリーズ”を破壊しようとする勢力が現れ・・・・・・
<感想>
様々な思いに悩む人が、絵描きロボットを前に、自身の人生を見つめ直すこととなる様子が描かれた連作短編集。最初は登場するロボットは一台なのかと思ったのだが、どやら違うようで、同じシリーズのロボットがあちこちにいるという設定。
序盤はややファンタジックな感じの話。絵描きロボットとの邂逅によって、自身を取り戻し、新たな人生に向かってゆくというような内容のものが続く。しかし、そこに“ピイ・シリーズ”と呼ばれる絵描きロボットを快く思わないものたちによる暴力行為が徐々に物語を侵食してゆく。また、このロボットの生みの親と言われる与謝野博士についても物語上の謎として取り扱われる。
基本的には人間がロボットの愚直な行動を目の当りにすることにより、己の存在を顧みるという内容。ただ単に絵を描くだけでしかないはずのロボットに対して、人々は様々な思いを抱くこととなる。中盤から終盤にかけては、その思いがやや過激になり、暴力的な行為へと走る者が現れ、そいった描写が多くなる。しかし、そういった反対勢力が台頭してくる中で、ロボットを保護する意義というものが問われ、秘められた想いがあらわにされることとなる。
序盤はSFっぽくないような感じであったが、後半はしっかりとSFしていたなと。また、人によっては前半の方の心温まるような展開のみのほうが良かったという人も多いかもしれない。ただ、それだけではつまらないという人には、サスペンス色が強くなっている後半の部分の方が読み応えがあると思われる。