不確定世界の探偵物語
1984年08月 徳間書店 トクマ・ノベルズ
2007年07月 東京創元社 創元推理文庫
<内容>
タイムマシンが創られたことにより、現在では突如事実が入れ替わってしまったりと、不安定な状態が続く世界となってしまった。そんな世界のなかで私立探偵のノーマンは相棒のジェニファーと共にさまざまな事件に立ち向かう。
<感想>
鏡明氏の作品は初めて読むのだが、なんとこの作家、数多くの作品をさまざまな雑誌上で発表しているにもかかわらず単行本化したのは本書を含めてわずか2冊しかないというのだ。これは帯に書かれている通り、まさにSF界の伝説の巨人の名にふさわしいといえよう。
本書はタイムマシンによる歴史的改変を描いたタイムパラドクスもの。よくタイムマシンによって歴史が変えられてしまったら、今の世の中はどうなってしまうのだろうという疑問が提示されることがある。この作品はまさにそういう世界を描いているのである。
ただし、タイムパラドクスものといっても、整合性の取れた端麗な作品とはいいがたい。これは著者が意図して描いているのだが、あえて整合性などを問わずに不安定で不変の世界を描くという事を念頭に置いて書かれた作品なのである。このような観念の元に描かれた作品なので通俗のタイムパラドクスものとは異なる、どこかいごごちの悪い世界を堪能する事ができる不可思議な作品にあいなっている。
また、この作品の主人公私立探偵であり、ハードボイルド風に探偵家業をしながらタイムパラドックスによる変化を目の当たりにしていくというように話が進められている。この主人公の設定といい、美人でグラマラスなパートナーといい、どこかB級SFという感触を感じられるのも本書の重要な特徴であろう。
B級ハードボイルドのように、たびたび主人公が殴られて昏倒したり、美人のパートナーが捕まったりと、SFにしてこのような展開はどうかと思ったのだが、よく考えてみればキャプテン・フューチャー・シリーズも同じようなことをやっていたように思える。こういったハードボイルド・テイストな展開もSFと共通項であるといえるのかもしれない。
ゑゐり庵綺譚
1986年11月 徳間書店 単行本
1992年02月 徳間書店 徳間文庫(シリーズ短編3編追加)
2009年06月 扶桑社 扶桑社文庫(ノンシリーズ短編3編追加)
<内容>
【ゑゐり庵綺譚】
「クローン爆弾隊」
「仇討ち! ゑゐり庵」
「グルメが宇宙からやってきた」
「ゲルンチョア王再生」
「スピノザXの奇跡」
「アンクル&コングのインクレジブル・ギャラクシィ・サーカス」
「チョット眼貴石の報酬」
「電気パルス聖餐」
「ニグラグ地獄」
「憎悪銃」
「ゴーディアス流転」
「異空の三本〆」
「バツラハム水」
「出前大戦」
「トラメス不倫」
「ヘレヌス流化石道」
【ノン・シリーズ短編】
「プロキオン第五惑星・蜃気楼」
「ランシブル・ホールの伝説」
「包茎牧場の決闘」
<感想>
面白かった! まさにアイディアSFの極致!! 内容は“ゑゐり庵”という宇宙そば屋があり、そばを食べに来たさまざまな異星人たちがそれぞれ変わったエピソードを語りだすというもの。それぞれの短編のオチがしっかりしており、どれもが読んでいて楽しかった。これは是非とも語り継ぎたい一冊である。しかもSFといっても小難しい説明などは一切ないので気楽に誰でも手に取ることができるところがよい。SFファン以外の人にも安心してお薦めできる。
最後に三編掲載されたノン・シリーズ短編についてなのだが・・・・・・最後の作品がタイトルからして「包茎牧場の決闘」とはすごいなと思っていたら・・・・・・内容もバカすごかった。このくだらなさが実によい。あえて、これを最後に持ってくるのもまた、よい。それまでに読んでいた作品すべてを打ち消すぐらい、馬鹿馬鹿しい内容。
著者の梶尾真治氏に関しては名前は何となく聞いたことがあったのだが、よく知らない。と思って、著作を調べてみると昔「OKAGE」という作品を読んだことがあったのだが、これはあまり印象に残っていない。また、映画になった「黄泉がえり」の原作者でもあったようだ。この「ゑゐり庵綺譚」を読んでしまうと、他の作品ももっと読みたくなってしまった。詳しく調べてみて、何冊かチョイスしてみようかな。
ゴースト・オブ・ユートピア
2012年06月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション
<内容>
contents
【nowhere】
「一九八四年」
「愛の新世界」
「ガリヴァー旅行記」
「小惑星物語」
「無可有郷だより」
【now here】
「すばらしい新世界」
「世界最終戦論」
「収容所群島」
「太陽の帝国」
「華氏四五一度」
<感想>
古今東西の文学作品10編をモチーフとして描いた作品とのことであるが、全体を通して見れば見るほど、テーマがわかりにくい。全編を通して、漠然とした事を緻密に書こうとしていたというような印象。
最初の章「一九八四年」を読んだ時は、まだ目にしたことのないユートピアを求めて彷徨う旅の物語のようにも捉えられたのだが、それ以後はそんなこともなかった。物語のようなものが語られたり、SF的なものが展開されたり、主題となっている作品の評論あり、社会評論ありとさまざま。連作をイメージするのであれば、もう少し統一性があってもよかったのではないかと思われる。
残酷な描写で愛の物語を描いた「愛の新世界」、辞書風の索引を用いて異星人の惑星の様子を描いた「小惑星物語」、何度も甦りながらその度に強制収容所へと舞い戻ってくる男の物語「収容所群島」あたりが面白かった。そんなわけで、ある程度わかりやすい物語となっている章に関しては、単に短編小説として普通に楽しむことができたというくらい。
幻詩狩り
1984年 中央公論社 C・NOVELS
1985年 中央公論社 中公文庫
2007年05月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
秘密裏に文部省に組織された幻語取締官。彼らの目的は人々に死をもたらす謎の書籍を全て根絶すること。そのためには、あらゆる行為が許されていた。彼らが取り締まろうとしている謎の“幻詩”は、1948年にフー・メイという無名の若者が書いた作品が発端となり・・・・・・
<感想>
読んでみると、その内容がまるで「リング」を思わせるよなもの。ただし、ビデオではなく、こちらは一つの詩篇。その詩を読んだものに死をもたらすという騒動を描いた作品。
ただ、「リング」と似ているのは、とある媒体によって騒動が広がっていくという様のみ。中身に関しては全く別物。この作品ではどのようにして、その死をもたらす詩が描かれ、どのようにして、1940年代のフランスから現代の日本へ伝わることになったのかが語られている。詩篇によって起こる騒動よりも、文学的な面やその文学界に生きる人々の生きざまの方が主として感じられる作品であった。
また、本書の大きな特徴としては非常に読みやすいこと。文学的とか、詩篇とかという内容を聞かされると小難しい小説なのかと感じられるかもしれないが、この作品は実に読みやすかった。ホラーというよりは、ある種SF的に味付けされているところもあるものの、幻想小説に近いのかもしれない。ただ、ミステリ的に感じられるところもあり、一冊で多ジャンルにまたがる作品ともいえよう。個人的にはSFということで埋もれてしまうには惜しいと思われる作品。
戦闘妖精・雪風
1984年02月 早川書房
2002年04月 早川書房 早川文庫SF改訂版
<内容>
南極大陸に突如出現した超空間通路によって、地球への侵攻を開始した未知の異星体<ジャム>。反撃を開始した人類は、<通路>の彼方に存在する惑星フェアリイに実戦組織FAFを派遣した。戦術戦闘電子偵察機・雪風とともに、孤独な戦いを続ける特殊戦の深井零。その任務は、味方を犠牲にしてでも敵の情報を持ち帰るという非情かつ冷徹なものだった。
<感想>
地球人と<ジャム>との戦いを描いた作品。この作品においては、長編というよりは連作短編という形式によって、その戦いの様子が描かれている。この作品でも主人公はあくまでもFAF特殊戦の深井零なのであるが、短編のそれぞれは必ずしも深井を中心において語られているわけではない。他の全体を通した大きな局面の話やFAFで働く個人の視点などによって描かれている。これは対<ジャム>における話を一面からではなく多面的に描くことによってその状況をうまく描き出すことに成功しているといえる。中身のSF的要素の繊細さだけではなく、そのような構成をとることによって、物語としても完成されたものとなっている。
<ジャム>の正体については徐々に明らかになるように書かれてはいるものの、あまり具体的には追求されてはいない。しかし、それが逆に創造意欲を掻き立てるような展開になっているのかもしれない。また、相手の正体よりもFAF自らの存在意義を深く問うことによって、相手の形状を見極めるかのような書き方も面白いと思う。
永久帰還装置
2001年11月 朝日ソノラマ 単行本
2002年12月 朝日ソノラマ ソノラマ文庫
<内容>
火星に現われたその男は、携帯していた千年前の警察手帳と大型拳銃、そして華奢な「帰還装置」を奪われた。だが、この世を滅亡させるという「犯人」を追って、男は宇宙軍基地を脱走。味方にした女性情報部員と首都に向かう。やがて、男の予想だにしなかった「正義」と「帰還」の形が、その様相を現してくる。
<感想>
内容を見るとアクション物という印象を受けるが実際にはもっと精神的な物となっている。物語の中で常につきまとうのが情報に対する欺瞞である。その情報は正しいのか、相手は本当のことを言っているのか、自分の立っている世界は本当のものなのかという懐疑心のなかで物語りは進んでいく。
この作品を読んで感じるのは、もしこの世界に時空を超えてやって来たものがいたら、こちら側の人間そしてやって来た人間は実際にどのように対応するのだろうかと考える。来られた側の人間にしてみれば、「私は未来から来ました」という者をどのように受け入れればよいのだろうか。まずは必ず、この者は嘘をついているのでは、もしくはどこかおかしいのではと考えるのが普通だろう。
それに対し、時空を超えて来た者は自分をどのように説明すればよいのだろうか。信じてくれないものにとっては何を述べても疑わしく感じることであろう。いくら未来の事象を述べたとしても、戯言だと言われてしまえばそれまでなのだから。
これだけがこの物語の主旨ではないと思うのだが、これについてが一番考えさせられた。この話とは異なるのだがエイリアンとの遭遇も同様に考えられるかもしれない。例えば人間と全く異なる形であればわかりやすいのだが(意思の疎通ができるかは別として)、人間と全く同じ形態のエイリアンが「私は異性人です」と言ったときどのように対応できるのだろうか。というようなことを考えてしまうと想像は決して尽きることがない。
狐と踊れ
1981年10月 早川書房 単行本
2010年04月 早川書房 ハヤカワ文庫JA<新版>
<内容>
初版の「狐と踊れ」から一篇を割愛し、新たに四篇を加えて再編集した新版。
「ビートルズが好き」
「返して!」
「狐と踊れ」
「ダイアショック」
「落 砂」
「蔦紅葉」
「縛 霊」
「奇 生」
「忙 殺」
<感想>
神林氏の第一短編集の新装版。神林氏の作品は数冊ほどしか読んでいなく、かつ、かなり期間をあけながら読んでいるので、これといった印象がない。よって、この初期の作品を読んでも、今と比べてというような意見は何もないのだが、それでも若さを感じられる作品集であることは確かである。
解説にて表題作「狐と踊れ」をフニャフニャした作品と評しているのだが、確かにそんな感じである。「ビートルズが好き」から「ダイアショック」あたりまでは、たとえ深刻な内容を書いていても、作調にどこか軽さが感じられてしまうのだ。それはそうと、始めて読んだのだが「狐と踊れ」という作品は、薬をのまなければ胃が飛んで行ってしまうというのは、すごい内容だなと感嘆させられた。
その後の「落砂」から「奇生」はSFではなく、ホラー系ミステリというような内容なのだが、しっかりした作調に落ち着いている。また、初期のころは色々な内容のものを書いているのだなということにも気付かされる。といっても、ここに掲載されている作品のほとんどがSFっぽくないものばかりなのだが。
これらの作品群を見ると、ハードSFのようなものよりも、精神的なものを基本とし、そこからSFのような感じに発展させているという印象。変わった内容のものも多いのだが、それでも全体的に楽しめる短編集であった。