1924年東京生まれ。
1942年、日本工学部建築科に入学。
戦後、バンドマンとなり“広瀬正とスカイトーンズ”を結成。
1960年にバンドは解散。
1961年に処女短編小説「殺そうとした」が『宝石』臨時増刊号に掲載される。
1972年心臓発作により急死する。
マイナス・ゼロ
1970年10月 河出書房新社 単行本
1977年03月 河出書房新社 単行本(広瀬正 小説全集1)
1982年02月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集1)
2008年07月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集1 改定新版)
<内容>
1945年、戦時中の東京。空襲のさなか浜田少年は隣に住む科学者“せんせい”と、その娘の啓子さんのことが気になり、隣へ手助けに行く。そこで出くわしたのは、空襲により瀕死となった“せんせい”の姿のみ。“せんせい”は最後に浜田少年に「18年後の今日、ここに来て欲しい」と言い残す。
そして18年後、約束を守った浜田少年は思いもかけない出会いに遭遇することに!
<感想>
本書はタイム・マシンを扱った内容となっている。普通、タイム・マシンを扱った作品と言えばタイム・パラドクスというものがテーマとなることが多いのだが、本書はその件についてはあまり気にしてないようだ。むしろ、タイム・パラドクスにとらわれていないがゆえに、自由なSF作品を描くことができたといってよいのかもしれない。
タイム・マシン作品というものも珍しくないがゆえに、読んでいる側で予想できることもあるのだが、最終的には予想をはるかに超える地点へと着地しており、驚愕と楽しさの入り混じった余韻を残す作品となっている。
また、この作品を読んでいて感じたのは、当時(戦中、戦後)の時代の鷹揚さ。タイム・マシンで時代を遡るゆえに、未来から来た人間と言えば怪しいことこのうえないのだが、そうした怪しげな人物を普通に受け入れてしまう時代性というものが感じられた。今現在、同じような作品を描くとしても、そこでの登場人物のとらえかたというものは全く異なるものとなるであろう。
戦後の混乱していた時期という時代性により、素直にここでの物語の信憑性を受け入れることができてしまう。そういった部分も含めて実に味のある作品だと言えよう。広瀬氏の作品を読むのは初めてなのだが、これは確かに復刊に値する作品。日本のSFに残る名作であることは間違いない。
ツィス
1971年04月 河出書房新社 単行本
1977年04月 河出書房新社 単行本(広瀬正 小説全集2)
1982年03月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集2)
2008年08月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集2 改定新版)
<内容>
東京近郊の町で奇妙な音が聞こえると訴える者達が出始めた。始めは一部の人の病気だと思われたのだが、やがてその音が徐々に大きくなり、東京都心部に広がり始めた。“ツィス音”と呼ばれるようになったその音は、やがて都心全てを巻き込む大公害事件へと発展していく。この事件が巻き起こした顛末とは??
<感想>
導入は謎の“ツィス音”というものが都内で聞こえ始め、やがてその音が大きくなり人々の生活に影響を与えていくという内容。ジャンルでいえばパニック・ホラーと言ってよいであろう。
最初の導入部ではかなり引き込まれたのだが、その後の展開はこちらが期待したものとは異なるものであった。私の思惑としては、その音の原因が何であり、その謎に立ち向かってゆくというSF的なものを期待していた。しかし、実際の展開ではその音から逃れるために、都心からの大移動を図るというまるで「日本沈没」のような内容。
また、最初にパニック・ホラーと書いたものの、その後の展開は極めて緩やかにそれぞれの行動が行われ、特にパニックを引き起こすということはないまま淡々と物語が繰り広げられる。このへんは時代性を感じてしまうところである。現在において同様の内容の作品を書けば、決して“パニック”と無縁ということはありえないであろう。
と、そんなわけで最初に過剰な期待をし過ぎてしまったのがまずかったかなと反省している。普通に読めば十分に楽しめる作品であると思われる。ただ、前述したようにやけにのんびりとした雰囲気と感じてしまうところもあるので、もう少しスピード感があればと思わずにいられないのも事実である。
エロス
1974年 河出書房新社 単行本
1977年05月 河出書房新社 単行本(広瀬正 小説全集3)
1982年04月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集3)
2008年09月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集3 改定新版)
<内容>
今年37周年を迎える大歌手、橘百合子。彼女はふと、思い返す。あのとき、別の人生を選択していたらどのようになっていたのか? 彼女は若かりし頃、お金に困り、ヌードモデルをするかどうかの瀬戸際に立たされていた。そんなときに、たまたまレコード会社の重役と出会い歌手デビューすることとなったのだ。その時の出会いがなければ・・・・・・橘は戦前から戦後までの自分の人生を振り返る。
<感想>
SFという要素はやや薄いように感じられた。読んでいる途中は、パラレルストーリーが描かれた作品という感触の方が強かった。
大物女性歌手の身に現実に起きた人生と、もし歌手になっていなかったらという人生が並列に語られてゆく物語。その物語が語られてゆく中で、戦前から戦時中までの風習や様式、そういったさまざまなものを垣間見ることができる。
特に興味深かったのはラジオやテレビの発展が描かれていたところ。それを読むと、まるで技術小説のようにも感じられた。ただ、そういった技術的な要素が後半、あまり示されなかったので残念であった。もうちょっと、技術的な部分が強い方が個人的には興味深く読むことができたと思う。
全体的には普通の戦時中の物語を読んでいるように感じられ、やや退屈であった。もう少し、波乱な展開を繰り広げてもらいたかったところ・・・・・・と思ったのだが、実は最後の一行で、物語全体の内容が一変してしまう仕掛けがなされている。最後まで読むとこの物語に対する印象が、がらっと変わることとなる。タイトルについては、あまりしっくりとこないものの、ひとつの作品としてはなかなか忘れ難い余韻を残すものであった。
鏡の国のアリス
1972年06月 河出書房新社 単行本
1977年08月 河出書房新社 単行本(広瀬正 小説全集4)
1982年05月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集4)
2008年10月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集4 改定新版)
<内容>
「鏡の国のアリス」
ミュージシャンである木崎浩一が銭湯で湯船につかっていると、いつのまにか女湯に変わっていた。あわてて銭湯から出たものの、そこは左右が入れ替わったあべこべの世界となっていた。木崎は医師である朝比奈の力をかりて、異世界の日常に慣れていこうと努力するのであったが・・・・・・
「フォボスとディモス」
「遊覧バスは何を見た」
「おねえさんはあそこに」
<感想>
長編「鏡の国のアリス」と短編3作が掲載された作品集。
「鏡の国のアリス」は、なんとなく設定のみで終わってしまったなという感じの作品。左右あべこべの世界というものを具現化し、理論的に説明付けをするというのはよいのだが、説明が長過ぎたように思える。もう少し、物語自体にその設定を生かしてもらいたかったところ。
「フォボスとディモス」は火星から帰って来た男の話なのだが、展開がなかなかショッキングである。ラストは意味深なものとなっており、どういう意味か気になってしょうがない。できればこのネタで長編化してもらいたかったところ。
「遊覧バスは何を見た」は戦前から戦後までを二つの家族にスポットを当てて描いた作品。SFというよりは、戦時小説という感じ。
「おねえさんはあそこに」は、登場する謎の子供の視点から描かれた物語。SF短編作品として起承転結うまくできているのではなかろうか。
T型フォード殺人事件
1972年06月 講談社 単行本
1977年06月 河出書房新社 単行本(広瀬正 小説全集5)
1982年06月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集5)
2008年11月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集5 改定新版)
<内容>
「T型フォード殺人事件」
見事に整備された骨董品のT型フォード。その自動車には曰くがあり、かつて起きた殺人事件の舞台となっていたであった。
「殺そうとした」
自動車教習所に勤める男と、そこに習いに来た人妻。人妻は教習所の男と恋仲となり、自分の夫を殺そうと計略を練り・・・・・・
「立体交差」
道路工事による区画整理のため、立ち退きを迫った男は20年後の未来に連れ込まれ、そこでおのれ自身を見ることとなり・・・・・・
<感想>
「T型フォード殺人事件」はタイトルの通りのミステリ作品。40年前に起こった事件の真実を現代において暴きだすという内容。その“T型フォード”が密室の舞台となっており、“どのようにして密室を構成したのか”ということもポイントとなっている。ただ、内容からして技術ミステリというか、専門分野の知識を持っている人じゃないとわからないような“密室”。それでも過去と現在が交錯する展開や物語は見るべきものがある。ラストは一見、ごちゃごちゃしていたように思えたのだが、実は著者がしかけた罠であった。とはいえ、ややアンフェアという感じがしなくもない。
「殺そうとした」はありがちな殺人劇ではあるが、ブラックユーモア風なオチを付けて締めくくっている。
「立体交差」は、読んだ印象では「マイナスゼロ」などの元になった短編かと思ったのだが、それらの長編の後に書かれた作品とのこと。よく読んでみると、20年後という構想が意外とうまく描かれているところに感心させられる。ラストのオチも皮肉が利いていて面白い。
タイムマシンのつくり方
1976年08月 河出書房新社 単行本
1977年07月 河出書房新社 単行本(広瀬正 小説全集6)
1982年07月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集6)
2008年12月 集英社 集英社文庫(広瀬正 小説全集6 改定新版)
<内容>
「ザ・タイムマシン」
「Once Upon A Time Machine」
「化石の街」
「計画」
「オン・ザ・ダブル」
「異聞風来山人」
「敵艦見ユ」
「二重人格」
「記憶消失薬」
「あるスキャンダル」
「鷹の子」
「もの」
「鏡」
「UMAKUITTARAONAGUSAMI」
「発作」
「おうむ」
「タイム・セッション」
「人形の家」
「星の彼方空遠く」
「タイムマシンはつきるとも」
「地球のみなさん」
「にくまれるやつ」
「みんなで知ろう」
「タイムメール」
「付録『時の門』を開く」
<感想>
“広瀬正・小説全集”のラストとなるこの作品は、短編やショートショートが集められている。あとがきによると、広瀬氏が作品を認められる前の不遇の時代があり、そのときに書き綴られた作品が大半を占めているとのこと。当時、星新一氏の影響が強く“SF=ショートショート”といイメージがあり、ショートショートでなければ商業誌が掲載してくれないという時代背景もあったよう。
本書のタイトルにある「タイムマシンのつくり方」とあるように、タイムトラベルに関する内容の作品が多々書かれている。最初の「ザ・タイムマシン」は100ページ近くの中編であり、タイムトラベルとトリックとの曖昧さをうまく表現している。
変わり種でいえば、時間の狭間に陥った男を描く「化石の街」や、時間を調整することで肉体の改変を試みようとする「オン・ザ・ダブル」など。
タイムトラベルのみならず、二重人格などを扱ったミステリ的なものもいくつか描かれている。さまざまなアイディアが詰められた一冊。あとがきでは、筒井康隆氏が広瀬氏について熱く語っており、その当時の時代背景なども垣間見えることができる。色々な意味で印象的な作品集。