アンソロジー  作品別 内容・感想

競作 五十円玉二十枚の謎

1993年01月 東京創元社 「創元推理別冊」
2000年11月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
「千円札と両替してください」レジカウンターにずらりと並べられた五十円玉二十枚。男は池袋のとある書店を土曜日ごとに訪れて、札を手にするや風を食らったように去って行く。風采の上がらない中年男の奇行は、レジ嬢の頭の中を疑問符で埋め尽くした。
 ・・・・・・そして幾星霜。
 彼女は作家となり、年来の謎をなみいる灰色の脳細胞に披露する好機を得た。議論百出の一夜が明けた後も謎は生長を続け、やがてこの一書に結実するに至った。
 ノンフィクション・リドル・ストーリーに推理作家が挑戦、一般公募の優秀作を加えた異色の競作アンソロジー。推理の競演は知られざる真相を凌駕できるのか?

「五十円玉二十枚の謎 問題編」 若竹七海
「解答編 土曜日の本」 法月綸太郎
「解答編」 依井貴裕
一般公募作選考経過(若竹七海/法月綸太郎/依井貴裕/戸川安宣)
 若竹賞 佐々木淳(倉知淳)
 法月賞 高尾源三郎
 依井賞 谷英樹
 優秀賞 矢田真沙香
 優秀賞 榊京助
 最優秀賞 高橋謙一(剣持鷹士)
「老紳士は何故・・・?」 有栖川有栖
「五十円玉二十個を両替する男」 笠原卓
「五十円玉二十枚両替男の冒険」 阿部陽一
「消失騒動」 黒崎緑
「50円玉とわたし」 いしいひさいち

<感想>
 一つの答えのない謎を提示し、それをさまざまな作家や一般のひとが解答を考えるという面白い試行がなされたアンソロジー集である。しかし、この本でひとつ気になったのが、一般公募作選考経過の部分。ここにのっている経緯を本に載せてしまうのはどうだろうかと思う。応募作に対して、かなり個人的な見解が入りすぎているように思える。舞台裏でこのような話が出るのは当然だろうが、これを文章にしてしまうのは応募してきたかたがたに対してどうだろうか。しかも、問題編が提起された後に作家の方々が解答編を書くことができなく、それを一般公募したという経緯があるならなおさらではないだろうか。

   さて本題のほうだが出題だけ見ると、いろいろな解答が浮かびそうだ、などと軽く考えて読んでみたらそこで初めて難解な出題だとわかる。解答だけ浮かび上がったとしても、やはりこれは小説なので話としてうまくまとめなければならない。さらにもともと正解がわからないために、解答をあげられても、うーんと首をひねってしまうものもある。ここに載せている人たちも、解答だけずばっと想像することはできるのだろうけど、それではつまらないだろうし・・・・・・などと考えていろいろひねったに違いない。解答は大まかに二通りに分かれる。提示された謎を明確にせず、小説としてうまくまとめたものと、謎に対して正面から取り組んだものである。

 前者では法月氏や矢田真沙香さんの話が面白く、うまく一つの読物としてまとめている。また後者の謎について鋭くつっこんでいるものについては谷英樹さんや榊京助さんのものになるほどどと感心することができた。

 しかし、それでもなんとなくまだ、解答に対するわだかまりが残っているのも事実である。単純な問題かと思いきやいやはや五十円玉恐るべし。


「Y」の悲劇

2000年07月 講談社 講談社文庫

<内容>
 建築探偵・桜井京介の篠田真由美、国名シリーズの有栖川有栖、名探偵・二階堂蘭子の二階堂黎人、そして名探偵・法月綸太郎の法月綸太郎。気鋭4人がミステリの傑作『Yの悲劇』に捧げる華麗な競演。

「あるYの悲劇」有栖川有栖
「ダイイングメッセージ《Y》」篠田真由美
「『y』の悲劇−『Y』がふえる」二階堂黎人
「イコールYの悲劇」法月綸太郎

二階堂作品リストへ
詳 細

<感想>
 今回のアンソロジーでは、ダイイングメッセージが一つの特徴とされているが、自分はダイイングメッセージというものがあまり好きではない。それは推理の決め手にはなりずらく、犯人が他の証拠により確定された後のつじつまあわせとして使われるものでしかないという意識があるからだ。そのダイイングメッセージをこのアンソロジーではいろいろ方法で解釈しているようであるが・・・・・・

「あるYの悲劇」
 火村英生が登場するシリーズであるが、うーんこういうのはありかなぁ。たしかに被害者が残すダイイングメッセージには説得力がある。ようは著者がこのとあるネタを知ったことにより小説にしようと思いついたのだろうが・・・・・・まぁこういうことがあると、知っただけでも・・・・・・

「ダイイングメッセージ《Y》」
 物語としては非常にうまく、綺麗にできている作品。ただ、ミステリーとしては弱い部分がある。「Yが殺す」というダイイングメッセージを被害者が残すことになるのだが、どうもこのダイイングメッセージの存在に物語りの構成上の違和感を感じてしまう。結局はアンソロジーのこだわったために、はじめに“Yというダイイングメッセージの存在”というのを物語りの中にいれなければという、都合的な部分を感じてしまう。このアンソロジーではない短編として、異なるダイイングメッセージにすればおもしろいかもしれない。
 そういえば、次の二階堂黎人の作品にこの作品の深層を指し示す部分が・・・・・・

「『y』の悲劇−『Y』がふえる」
 ディクスン・カーが好きで有名なはずの二階堂氏の元になぜかクイーンのアンソロジーの依頼。そのことに頭にきて、やっつけ仕事をして、担当者に全ての憎悪をぶつけた作品。なんだろうか?
 最初は、核シェルターを使った密室トリックを思いついたが、それに即したいい物語を考えつくことができなかったために、適当な設定で短編にしてやれ、と思って書いた作品化と思って読んでいった。しかし、肝心なトリックも冗談で思いついて笑い話にでもするようなネタであった。よっぽどなにかが気にくわなかったんだろう。
 自分の短編集に載せるのであればいいと思うが、アンソロジーの一編という形なのによく出版したよなー。原稿受け取るなよ編集者。

「イコールYの悲劇」
 この作品が一番面白かった。とくにダイイングメッセージという証拠より、論理によって犯人を導こうとする姿勢が好ましかった。そのダイイングメッセージ自体も面白く、またそれを隠滅しようとする犯人の心理、さらに行動を読み取ることによって真相に到達せんとする法月綸太郎。このような要素がならび、かなり面白いものに仕上がったと思う。こういった作品を読むと、なかなかダイイングメッセージも捨てがたいのではと思えてしまう。


「ABC」殺人事件

2001年11月 講談社 講談社文庫

<内容>
 名探偵に送りつけられる挑戦状、法則性のある連続殺人事件、そして驚くべき真犯人! 女王・クリスティの名作「ABC殺人事件」をモチーフに5人の鬼才が綴る、華麗なる事件簿「灰色の脳細胞」ポアロをしのぐ名探偵は果たして誰か。
 ミステリーファンに贈る、文庫創刊30周年記念・書下ろしアンソロジー

 「ABCキラー」 有栖川有栖
 「あなたと夜と音楽と」 恩田陸
 「猫の家のアリス」 加納朋子
 「連鎖する数字」 貫井徳郎
 「ABCD包囲網」 法月綸太郎

詳細

<感想>
 クリスティの「ABC殺人事件」をモチーフにした作品を書くという趣向であるのだが、これはなかなか難しいようで各作家陣もかなり苦労した様子である。なにしろ、頭文字を理由に連続殺人を起こしたことを納得いくように説明するということが難しい。通常であれば、無差別殺人としか考えられないのだが、まさか推理小説でそんな結末にするわけにはいかない。趣向としては面白いのかもしれないけれど、残念ながらルールにとらわれすぎるほうが面白いものを書くことが出来ないような気がするのだが・・・・・・

 五人の作家陣のなかでアンソロジーとして忠実と思われるのが、有栖川氏のみ。有栖川氏は「ABC」対してストレートに取り組み、それなりものを書き上げているのだが、やはりある程度は偶然性に頼らなければきつい事象であるのだろう。なんとなく刑事事件ぽくなってしまっている。

 ABCの順で人が殺されるのは苦しいと猫に置き換えたのが加納氏。たしかにこのような方法のほうが無理がないとは思える。ただし、それをミステリーとするよりは物語としたところに比重が大きくかかっているので、あまり好みではない。

 ABCの代わりに数字のメモを残した通り魔殺人としたのが貫井氏。これは結末がわかりやすいのと、数字のメモ自体に・・・・・・もう少し工夫が欲しかったというところ。

 恩田氏の作品は恩田陸の作品らしい仕上がりとなっているのだが、ABCになにか関係があったのだろうか? 小物が連続して置かれていたということだけの話なのか。

 法月氏は作中でも書いてあるのだが、「ABC」ではなくボルヘスの「死とコンパス」という作品がモチーフとなっている。内容はともかくとして、今回のアンソロジーとしては、うーん・・・・・・。視点をそらすという意図は・・・・・・


「ABC」のアンソロジーとして評価するのであれば 有栖川氏、加納氏、法月氏、貫井氏、恩田氏 の順

 内容で評価するならば 法月氏、恩田氏、加納氏、有栖川氏、貫井氏の順


新本格猛虎会の冒険

2003年03月 東京創元社 ノベルス

<内容>
 前代未聞の阪神タイガース熱烈応援ミステリ・アンソロジーここに登場。

 「阪神タイガースは、絶対優勝するのである!」(前書き) 逢坂剛
 「五人の王と昇天する男たちの謎」 北村薫
 「1985年の言霊」 小森健太郎
 「黄昏の阪神タイガース」 エドワード・D・ホック 木村二郎訳
 「虎に捧げる密室」 白峰良介
 「犯人・タイガース共犯事件」 いしいひさいち
 「甲子園騒動」 黒埼緑
 「猛虎館の惨劇」 有栖川有栖
 「解説 虎への供物」 佳多山大地

<感想>
 いやぁー、いい! 馬鹿馬鹿しくて非常にいい! 作家達にとってはリラックスしながら書く事のできる企画ではないだろうか。

 普段の真面目なミステリのアンソロジーであればそれなりの水準が求められるはず。さらには他の作品との兼ね合いとかもあるだろうから下手なことは書けないだろう(実際には変なのを書く人も多いが)。ただし、こういう企画であれば好きなことを書いても許されるだろう。重要たるものは“阪神”にどれだけ愛情を注ぎこめることができるかを書き込めるかどうかである。あとのミステリーは二の次三の次である。なんだったらボツネタを持ってきてもOKだ。

 北村氏は通常のミステリであれば、絶対に書かないような“ダイイングメッセージ”ネタを披露。
 小森氏はあまりの阪神への傾倒ぶりにミステリを加えるのを忘れてしまっている!?
 ホック氏はどういう経過でこの作品が書かれたのかというのが一番の謎。
 白峰氏の作品は本当に野球ファンが起こしそうな事件である。
 いしい氏は結局どこのファンなのか、それともどこのアンチなのか??
 黒崎氏の作品ではひさびさに“ツッコミ・ボケ”コンビの活躍を見ることができる。
 有栖川氏のは絶対にこれはボツネタであろう。ひょっとして、このボツネタを披露せんがためにこの企画を・・・・・・


エロチカ

2004年03月 講談社 単行本

<内容>
「序文 官能とスキル」 桐野夏生
「淫魔季」 津原泰水(小説現代:2003年3月号)
「愛の嵐」 山田正紀(小説現代:2003年4月号)
「大 首」 京極夏彦(小説現代:2003年5月号)
「愛ランド」 桐野夏生(小説現代:2003年6月号)
「思 慕」 貫井徳郎(小説現代:2003年7月号)
「石 榴」 皆川博子(小説現代:2003年8月号)
「あの穴」 北野勇作(小説現代:2003年9月号)
「危険な遊び」 我孫子武丸(小説現代:2003年10月号)

<感想>
「人気作家たちのエロスへの挑戦」というコピーが書かれたアンソロジー“官能小説”短編集であるが、読む前にとある不安があった。それは“官能小説”というものに対する、各作家のとらえかたである。ようするに、彼らがどのような意味での“官能小説”を書くのかということである。読む前の印象としては、各作家が官能小説めいた話は書くのであろうが、あくまでも自分の作風というものを前面に出し、そこに官能小説というものをスパイスとして加えて、少し味付けするというようなものであろうと考えていた。そして読んでみたら、実際そのとおりであった。それならば結局のところ「官能小説とは言えないじゃないか!」と声を大にして言いたい。本書を読んだ感想を一言でいえば、ちょっとエッチなミステリー(幻想小説、SF)というところにとどまってしまう。だったら、わざわざ官能小説という冠を付けずに普通のアンソロジーで充分である。結局のところ、各作家の恥ずかしさというものが先行してしまって“官能”までには到達しなかったのではないかと感じられた。

 と、とりあえず前段に書いてみたのだが、上記を納得できない人もいると思う。それはたぶん“官能小説”というもののスタンスが私自身が考えているものとは違うからであろう。では私が考える“官能小説”というのはどういうものかといえば、いわゆる“エロ小説”である。もっとくだいて言えば“やらしい小説”だ。決してお上品に留まるような“エロス”なんていう言葉は使わない。あくまで“エロ”である。そう「やらしくなければ官能小説ではないのである」と私は主張したい。

 誤解のないように言っておくと、各作品、小説としてはよくできていると思う。しかし、最初から私自身はそれらの作品をミステリーとかそういった他のジャンルでは見ていないのである。“官能小説”という冠を付けるのであれば、あくまでも“エロ小説”として見るべきであろう。ということで、ここでは本書の短編全てを“エロ小説”という視点を元に評価していきたいと思う。


 まず取り上げるのは「淫魔季」津原泰水と「石榴」皆川博子の2作である。はっきり言う。この2編は明らかに私にとっての“官能小説”ではない。これらはあくまでも“幻想小説”である。特に「石榴」のほうは“やらしくない!”。借りてきたアダルトビデオに出演している女優が服を脱がなかったくらいがっかりしてしまう。また「淫魔季」のほうは前半はそれなりにやらしいのだが、後半はすっかり“幻想小説”めいた内容になってしまっている。書いている途中で著者が恥ずかしくなってしまったのだろうかなどと考えてしまった。

「愛の嵐」山田正紀。うーーん、“外人サド”ものですか。悪くはないんだけど、好みではない。外人女性に“きっつく”いじめられたいという人にお薦め。

「大首」京極夏彦。普段どおりの京極氏の小説でしかないように思える。「陰摩羅鬼の瑕」に絡んだ話のようである。京極ファンにはお薦め・・・・・・って、それじゃぁ趣旨がちがーーう!

「愛ランド」桐野夏生。まぁまぁと言えなくもないが、何故主人公に年配の女性を持ってくる! そのアプローチがおかしい。桐野氏が書く普通の小説であれば、それでいいだろう。官能小説であるのだから、20代のOLでいいじゃないか!! と、思うのだがどうだろう。

「あの穴」北野勇作。SF系、触手系とでも言えばいいんですかねぇ。でも、エロくない! これを読んだとき、「ファウスト」に掲載されていた舞城氏の「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」という短編小説に似ているなと感じた。登場人物のみの“脳内エロ”を表現されても困る。もっとオープンなエロを!

「思慕」貫井徳郎と「危険な遊び」我孫子武丸の2作であるが、ミステリー作家だけあって、やはり内容にミステリーを組み入れてきたか。確かにミステリーとしては面白い。良い小説といえよう。でもそんなのは、普通のミステリー・アンソロジーでやればいいじゃないか!! とかいいつつも貫井氏の「思慕」が一番やらしかったかもしれない。もっと、やらしさだけで突っ走ってもらいたかった。


あなたが名探偵

2005年08月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 「蚊取湖殺人事件」 泡坂妻夫
 「お弁当ぐるぐる」 西澤保彦
 「大きな森の小さな密室」 小林泰三
 「ヘリオスの神像」 麻耶雄嵩
 「ゼウスの息子たち」 法月綸太郎
 「読者よ欺かれておくれ」 芦辺拓
 「左手でバーベキュー」 霞流一

<感想>
 犯人当て形式で描かれた7人の作家による7つの短編。犯人当てなど、推理小説を数千冊読破してきた私にかかれば・・・・・・・・・すいません、全然解けませんでした。

 いや、今更ながら“犯人当て”ミステリというものも馬鹿にはできないなと。それぞれの作品がさまざまな工夫で彩られ、これはたかが“犯人当て”などとは決して馬鹿にできないレベルの作品に仕上がっている。普通に本格推理短編小説集として読んでもらうべき作品であろう。

 もし、たかが“犯人当て”だろう、などと馬鹿にして読んでいない方は是非とも手にとってもらいたい作品集である。


「蚊取湖殺人事件」 泡坂妻夫
 トリックは結構わかりやす部類に入るかもしれない。細かいところまではわからなかったが、そこそこのところまでは推理できた。ただ、解答を読んでみるといたるところに伏線が張られていたという事に気がつき感心してしまった。

「お弁当ぐるぐる」 西澤保彦
 何故、弁当箱が洗われていたのかという事からアクロバット的に推理していく手法はお見事。これは西澤氏らしい作品であり、その西澤氏の作品の中でもできの良い作品であったと思う。

「大きな森の小さな密室」 小林泰三
 これは唯一既読であった作品。犯人がわかっているうえで読んでみたのだが・・・・・・うーん、それでも微妙な感じが。確かに犯人を完全に特定している小説なのではあるが・・・・・・全体的な平凡さがマイナス面となってしまったのかな。また、謎を解くべき探偵は最初から明らかにしたほうが良かったとも思える。

「ヘリオスの神像」 麻耶雄嵩
 この作品では、何故ガスのメーターが止まっていたのか? エアコンが付けっぱなしだったのか? 水道から水が流れっぱなしだったのか? という事柄から論理的に犯人を当てる作品となっている。これらに対する解決は見事としか言いようがなかった。

「ゼウスの息子たち」 法月綸太郎
 本書の短編の中で一番“だまされた!”という作品はこれ。確かにこれはだまされてしまうよなと読み終わった後にはため息を付くしかない作品である。ちなみに犯人だけは感で当てる事ができた。

「読者よ欺かれておくれ」 芦辺拓
 読者をだまそうという作品であり、確かにだまされてしまったものの、あまり悔しいと言う感じはしなかった作品。叙述トリックをうまく使用した作品であり、色々なところに妙なトリックが仕掛けてあるという奇怪な作品でもある。ただ、結局そのメイントリックも目新しいものでなかったせいか、平凡な作品という印象で終わってしまった。

「左手でバーベキュー」 霞流一
 解答編を聞いて、なるほどと思いつつも、そんな細工を悠長にやっている暇があったのかなと疑問に感じてしまった。犯人を指摘する根拠はなかなか良かったと思うのだが、犯人の犯行後の行動が前述したように微妙であり、そこがマイナスポイント。よってなんとなく評価が低くなってしまった作品。


気分は名探偵

2006年05月 徳間書店 単行本

<内容>
 「ガラスの檻の殺人」 有栖川有栖川
 「蝶番の問題」 貫井徳郎
 「二つの凶器」 麻耶雄嵩
 「十五分間の出来事」 霧舎巧
 「漂流者」 我孫子武丸
 「ヒュドラ第十の首」 法月綸太郎

<感想>
 犯人当てなぞ、推理小説読書歴20年の私にかかればどうってこと・・・・・・ひとつも当てることができなかった。まさに完敗。でも、久しぶりに本を読みながら、犯人は誰かなぁとか、どのようにやったのかなぁ、などと考えることができ、存分に楽しむことができたのは確かである。これは推理小説として普通に読むこともできるし、犯人当てというゲーム感覚で楽しむこともできる。まさにミステリファンにとってはお薦めの本といえよう。

 これらの作品は全て新聞紙上に掲載されたものであり、犯人がわかった人は応募をするという形式をとっていたようである。ゆえに、それぞれの作品に“正解率”とういうものが付いている。この正解率を見て考えるのは、どのくらいの正解率であればよい犯人当て作品となるのかということ。簡単すぎてもつまらないだろうし、難しすぎれば面白くない。そんなわけで、20〜30%くらいが妥当な作品ではないかと私は思うのであるがどうだろうか。

 と、全く当てられなかったにも関わらず、そんなことはなかったようにえらそうに作品ひとつひとつに感想を述べていきたいと思う(決してケチを付けるわけではない。たぶん)。


「ガラスの檻の殺人」有栖川有栖川(正解率 11%)
 ある種の閉ざされた場所から、犯人はどのように逃げ出し、兇器をどうしたかというものを考える作品。どちらかといえば、“兇器をどこに隠したか”とういことがポイントとなる。
 私は全く検討もつかないまま解答を見たのだが・・・・・・これはねぇ、どうも・・・・・・。いや、理屈や現実としては実に納得のいく解答であると思える。ただ、心情的にちょっと納得したくないなぁと。

「蝶番の問題」貫井徳郎(正解率 1%)
 5人の劇団員が合宿にて泊まった山荘内で、仲間が一人また一人と殺害されてゆくもの。
 これはほんのちょこっとだけ検討がついたような気がしたが、違うかなと思って考え続けるのをやめてしまった。この作品では伏線となるべきものがきちんと提示されていたので、一見わかりやすそうなのであるが正解率は一番低い。要するに登場人物の状態が複合的であったということが推理を混乱させたのかもしれない。正解率は低いが良い作品であったと思える。

「二つの凶器」麻耶雄嵩(正解率 22%)
 大学の中での殺人事件。犯行前の現場周辺に複数の目撃者がいて、その内容から犯人を推理するというもの。アリバイトリックのようにも感じられた。似たような状況下の作品で森博嗣氏や氷川透氏の長編などにあったような気がする。
 これは頭を使わされる作品であるといえよう。あいつが怪しい、こいつが怪しいと色々と考えてみて、私が出した解答は「談話室にいた二人が共犯である」というもの。まぁ、結果は最初に示したとおりであるのだが・・・・・・
 そして解答ではかなり理論的に、誰が犯人であった場合にはメリットがどうこうと事細かく考察している。それにより導き出された解もなかなかのもの。これはもはや感心するより他にない。

「十五分間の出来事」霧舎巧(正解率 6%)
 これは電車の中で一人の男が色々とトラブルを起こし、それに関わったものたちの誰が男を殴ったか? という作品。ただし、犯人当てというよりは、兇器当てに重点がおかれた作品。
 うーーん、これはちょっとなぁ・・・・・・。というのが正直なところ。確かに解答を聞けば、それに対する伏線が張られていたということがわかるのだが、なんとなく納得しづらいものがある。また、最終的にその兇器はあるところに隠されているということなのであるが、その場所というのも・・・・・・

「漂流者」我孫子武丸(正解率 8%)
 折原一氏が描く作品のようなタイトル。そのものずばり孤島での連続殺人が描かれたもの。手記によって、その内容が明らかになるのは貫井氏の作品と同じなのであるが、手記を持っている男が記憶を無くしているというのが大きな特徴となっている。
 これは私の推理では作中で描かれていないフェリーの運転士が・・・・・・と思ったのだが、そんな奴は結局どこにもいなかった。これは確かに犯人当てとしては裏の裏をついている作品といえよう。なかなか考えられているなと思う反面、偶然というか、特に記憶を失った男などが出てくるところを見ると、そこまでうまくいくかなと思わないでもない。

「ヒュドラ第十の首」法月綸太郎(正解率 28%)
 死体となって見つかった男は妹の復讐を果たそうとして、返り討ちにあった。彼が復讐しようとしていたのは三人の“ヒラドノブユキ”のうちのどれか?
 これなんで正解率28%なんだろう?? それが一番の不思議。一応、ヒントは多々ちりばめてあるので、それらから自分なりに推理することはできた。しかし、科学的な検知から自分の推理は外れていたということを思い知らされる。で、犯人はというと・・・・・・これも裏の裏というか考え込まれた作品となっている。いや、作品自体はすばらしく問題はないものの、いまだにこの正解率には納得いかない。なんでこんなのわかるんだ???


川に死体のある風景

2006年05月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 「玉川上死」 歌野晶午
 「水底の連鎖」 黒田研二
 「捜索者」 大倉崇裕
 「この世でいちばん珍しい水死人」 佳多山大地
 「悪霊憑き」 綾辻行人
 「桜川のオフィーリア」 有栖川有栖

<感想>
“川と死体”をテーマとして、それぞれの作家が描くミステリー・アンソロジー集。ということなのであるが、6作品のうち、前半3作品は普通にミステリーといえるのだが、後半の3作品はミステリーとしてはもの足りなく感じられた。“川と死体”というテーマはいいのだが、あくまでもミステリー色を強めるのであれば、もう少し書き手を選んだほうが良かったのではないだろうかと・・・・・・

「玉川上死」 歌野晶午
 トップバッターの歌野氏の作品は“川に死体が流れている”のではなく、死体のふりをした少年が警察に注意される前にどこまで流れることができるか賭けをするというもの。ということで、いきなりテーマに対して変則的な作品となっているのであるが、川の外にいた二人の少年が殺害されたことが明らかになり、そこからミステリーとして盛り上がってくる。
 これはなかなかうまく書かれたミステリーではないかと思える。トリックというか、全体的なネタとしては普通の作品ともいえるのだが、最後に探偵をせざるを得なくなった人物の苦悩がなんともいえないものがある。

「水底の連鎖」 黒田研二
 川の同じ場所で立て続けに水没した車が見つかり、それぞれの車の中から死体が発見されるというもの。車という“物体”があるせいか、“川と死体”というテーマからは若干はずれるようにも感じられる。とはいえ、ミステリーとして与えられた謎はなかなか面白い。その解決にはやや無理が感じられなくもないが、それなりに楽しめる作品ではあった。

「捜索者」 大倉崇裕
 これは後から著者自身が言っているように、どう見ても“山に死体のある風景”である。とはいえ、それを除けばミステリー作品としては一番面白かったと感じられた。
 山で遭難した者を救出するはずが、それを助けようとした山岳グループのメンバーのひとりが反対に命を落としてしまうというもの。この作品はトリックもなかなか面白いものが使われているが、それよりも物語がしっかりしている作品といえよう。結局のところ、おしいのはどう見ても“山岳ミステリー”であり、本作品のテーマから外れているというところ。

「この世でいちばん珍しい水死人」 佳多山大地
 これは「本格ミステリー06」にて既読の作品。南米の監獄で死体が発見されるのだが、当の死体が誰なのかがわからないというミステリー。ただし、ミステリーというよりは冒険小説といった趣である。ミステリー色を強めるのであれば、もっと伏線や、肝心な部分の肉付けをきっちりと書くべきであろう。

「悪霊憑き」 綾辻行人
 テレビで有名な霊媒師の手によって、悪霊が憑いた女性をお祓いするという内容。
 伏線もあり、トリックもあり、というミステリーではあるのだが、それらの事柄が最後の最後にようやくわかるように書かれているので、ミステリーを読んだというよりはホラー作品を読まされたという感じであった。とはいえ、うまくできているとも言えなくもなく、なんか微妙な作品。

「桜川のオフィーリア」 有栖川有栖 “川に死体がある風景”として、描写としては一番美しい作品といえるであろう。
 昔に起きた事件の謎を、死体が写っている写真と共に、江神二郎に相談するという内容の作品。ただ、この話の内容であれば、部外者に相談するよりも、当事者のほうが心情的に真相にたどり着きやすいと思われるのだが・・・・・・


密室と奇蹟  J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー

2006年11月 東京創元社 単行本

<内容>
 「ジョン・ディクスン・カー氏、ギデオン・フェル博士に会う」 芦辺拓
 「少年バンコラン! 夜歩く犬」 桜庭一樹
 「忠臣蔵の密室」 田中啓文
 「鉄路に消えた断頭史」 加賀美雅之
 「ロイス殺し」 小林泰三
 「幽霊トンネルの怪」 鳥飼否宇
 「ジョン・D・カーの最終定理」 柄刀一
 「亡霊館の殺人」 二階堂黎人

<感想>
 これだけのミステリ作家が書き下ろしで本格ミステリの短編を発表するという企画もそうそうあるまい。しかも、そのアンソロジーがディクスン・カーの生誕百周年記念のものなのだから、期待するなというほうが無理なことであろう。そして実際に読んでみて、それぞれの短編が期待にたがわぬものとなっていた。これはカー・ファン必見であり、ミステリファンも読み逃してはならない一冊と言えよう。

「ジョン・ディクスン・カー氏、ギデオン・フェル博士に会う」 芦辺拓
 これこそがカー・ファン必見の一編と言える作品であろう。カーのラジオドラマの薀蓄がふんだんに盛り込まれた内容となっている。また、カー自身が主人公として登場しているところも見どころのひとつ。ラジオドラマの中継中に起きたトラブルをカーがどのように解決するのか!? これぞカー・マニアのための作品。

「少年バンコラン! 夜歩く犬」 桜庭一樹
 この作品はバンコランの少年時代という設定で描かれたもの。正直なところ、あまりバンコランの少年時代というものを思い描く事ができないのだが・・・・・・。内容は死体から首が持ち去られるという不可能犯罪が描かれているが、トリック重視の作品と言うよりは、怪奇的な雰囲気を楽しむ作品となっている。

「忠臣蔵の密室」 田中啓文
 田中氏のことであるから、真っ当にカーのアンソロジーは書いてこないだろうなと思いきや、まさか「忠臣蔵」を持ってくるとは。これは本当にタイトルの通り「忠臣蔵」そのものを題材にしたミステリが描かれている。そして最後には田中氏らしいディクスン・カーと掛け合わせただじゃれで物語を締めている。

「鉄路に消えた断頭史」 加賀美雅之
 走行中の電車の中で起きた不可能犯罪を描いた作品。扉が閉ざされた部屋に残された首無し死体の謎をフェル博士が解き明かす! という作品なのであるが、これは設定に関しては全作品中でピカ一かもしれない。ただ、その謎の解に、ちょっと無理があるように感じられた。もう少しスマートな犯行であれば良い出来だと思えたのだが。

「ロイス殺し」 小林泰三
 これこそがアンソロジー中で一番不思議に思えた作品。なぜかといえば、カーに全然関係がない・・・・・・まぁ、こういう作品がひとつくらいはあってもよいのかもしれない。内容はといえば、ただの首吊り自殺に思えるものが、実は綿密に練られた殺人事件というもの。そこそこ面白いとは思えるものの、やはりこのアンソロジー中にあっては、その雰囲気といい、作品自体が浮いてしまっていたように感じられた。

 *)2011/11
 後にカーの「火刑法廷」を読了後に、ネット上で批評をいろいろと読んでみたのだが、そこでこの小林氏が書いた「ロイス殺し」というのが「火刑法廷」に登場する人物によって作中で語られていた事件を実際に描いてみた作品であるということがわかった。決してカーに関係ない作品ではなかったと・・・・・・にしてもマニアック過ぎてわかりにくい。


「幽霊トンネルの怪」 鳥飼否宇
 これも一見、カーとは関係ないと思いきや、なんと不可能犯罪捜査課のマーチ大佐のパロディ作品。とはいっても、名前だけなのだが。ただ、その物語自体はなかなか面白い。幽霊トンネルのなかで複雑怪奇な現象が発生し、それが殺人事件に結びつくというもの。トリック自体はありがちなものなのだが、コミカルな雰囲気を楽しむことができる作品となっている。

「ジョン・D・カーの最終定理」 柄刀一
 これは渾身の力作と言っても過言ではない作品。よく練られ、うまく仕上げられていると思える。そこそこ長い作品で短編というよりは中編になってしまっているのだが、三つの別々の事件が扱われているので、このくらいの分量になっても仕方の無いことであろう。あまり詳しい事はわからないのだが、ここに出てくる“カーの最終定理”というもの自体がどこまで史実に近いものなのかが興味深い。あとがきを読む限りでは完全に柄刀氏の創作であるように思えるのだが。

「亡霊館の殺人」 二階堂黎人
 最後のトリを飾るのがこの作品となるのだが、それなりの雰囲気は出ているにもかかわらず、中途半端な作品だと言いたくなってしまう。犯行方法にしろ、トリックにしろ、どれもいまひとつであったと感じられた。雰囲気が出ているというよりも、H・M卿が登場しているだけか。


バカミスじゃない!?   

2007年06月 宝島社 単行本(小山正:編)

<内容>
 「長編 異界活人事件」 辻真先
 「半熟卵にしてくれと探偵は言った」 山口雅也
 「三人の剥製」 北原尚彦
 「警部補・山倉浩一 あれだけの事件簿」 かくたかひろ
 「悪事の清算」 戸梶圭太
 「乙女的困惑」 船越百恵
 「失敗作」 鳥飼否宇
 「大行進」 鯨統一郎
 「BAKABAKAします」 霞流一

<感想>
 バカミス本! これは買わねばといきり立ったものの、よくよく考えればバカミスというものは狙って書くものではなく、まじめに書いた作品がちょっと見方を変えることによっておバカに見えてしまうというものではないだろうか。ゆえに、狙って書いたバカミスというものはどうだろうと不安を感じながら読んでいくこととなった。

 その悪い例が最初の辻氏の作品とも言えよう。これは狙いすぎという他ない。また、このようなネタは他の作家が辻氏のことを書くというのならまだしも、自分で自分のことを書いてしまうのはどうかなぁ、と考えてしまう。

 と、開始早々、ちょっと違うという作品を見せ付けられたのだが、だんだんと他の作品を読むにしたがって、このアンソロジーの意義が見出せるようになってくる。それは何かといえば、他では掲載できない作品でも、このバカミス・アンソロジーであれば掲載できなくもないということ。よって、この作品集に載っているのは作家がもてあましたネタや作品というようなものが目白押しとなっている。


 山口氏のハードボイルド作品は、B級映画のような雰囲気の作品。

 北原氏のホームズのパスティーシュは、内容はともかく雰囲気としてはそれなりに味が出ている。ホームズ作品に精通していれば、モチーフとなっている作品を当てるということでも楽しむことができる。

 かくたかひろ氏の作品は短いながらも、くすっと笑えるものとなっている。もう少し、いくつかネタを追加してもらえればと惜しまれるところ。

 戸梶氏の作品は写真小説・・・・・・というか、内容はともかくとして、漫画みたいな感じでサクッと読むことができる。

 船越氏の作品がこのアンソロジーでは一番の収穫かもしれない。デビュー作から2作続けて読んだもののパッとしない印象であったが、この作品を読むことにより好感度がUPした。なかなか読ませてくれるユーモア・ミステリに仕上げられている。

 鳥飼氏の作品は壮大なる失敗作ともいえよう。ただ、このバカバカしいネタが掲載されたことに関しては霞氏や蘇部氏あたりがくやしがっているのではないかと想像する。

 鯨氏の作品は、ただただ鯨氏らしい作品だなと。古今東西の探偵が大勢出てくるも、ミステリとは到底思えない内容。

 霞氏の作品も狙いすぎたバカミスという気がしなくもないのだが、ここまでバカバカしすぎればむしろ擁護したくなるような作品。確かに騙された気にはなるような・・・・・・・


 と、そんなところで他では絶対読むことができない作品集という意味では面白かもしれない。たぶん長年作家をしている人であるならば、絶対に他には出せないような作品を抱えているのではないだろうか。そういう変な作品を公開する場として、このアンソロジーを今後も生かしてくれればと期待するところである。


学び舎は死を招く  メフィスト学園1   

2008年11月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 「世界征服同好会」 竹本健治
 「殺人学園祭」 楠木誠一郎
 「敲翼同惜少年春」 古野まほろ
 「闇に潜みし獣」 福田栄一
 「かものはし」 日日日
 「パラドックス実践」 門井慶喜

<感想>
“メフィスト学園”と聞くと、例の2chのやつを思い出す。それはともかくとして、メフィスト賞作家によるアンソロジーかと思いきや・・・・・・メフィスト賞作家はひとりだけ。結局のところ、雑誌「メフィスト」に掲載された作品の中で学園ものを描いた作品を集めて1冊の本にしたようである。

 こういったアンソロジーは、結局その作家の短編集を購入すればそこに収録されているのであまり読まないのだが、“メフィスト学園”というサブタイトルに惹かれて購入してしまった。とはいえ、普段あまり読まない作家の作品が多かったので、それなりに徳をした気分もする。内容もいかにも“学園もの”ながらも、色々なジャンルの作品を読む事ができて充分楽しめた。これは2巻が出れば購入してもよいかもしれない。

「世界征服同好会」 竹本健治
 同好会という名の暇潰しをしていた生徒達が、昔の生徒で同人誌を書いていた者の正体を調べるという物語。特にミステリというわけではないのだが、過去と現在の学生達の熱意が伝わってくる作品。話としては面白い。

「殺人学園祭」 楠木誠一郎
 本書のなかで一番ミステリらしい作品であった。ほのぼのとした学園生活のなかから、徐々に残酷さが明らかになって行き、学園内の隠された秘密があらわになる。唯一気になったのは舞台となっている学園祭がほとんど生かされていないこと。それを除けばうまくできた学園ミステリと納得できる作品。

「敲翼同惜少年春」 古野まほろ
 この人の作品は苦手なので最近は長編も読んでいないのだが、やっぱり短編でもその印象はぬぐえない。じっくりと読めば、ミステリしているのだろうと思うのだが、これをじっくりと読もうとするところから、まずつまづいてしまう。

「闇に潜みし獣」 福田栄一
 校舎に忍び込んだ学生達が死体を見つけ、犯人を捜すという内容。学園ミステリであり、ホラー・ミステリとしても成功している作品。伏線はややわかりづらいながらも、きっちりと書き込んでいるところはさすがと言えよう。これもよく出来た作品。

「かものはし」 日日日
 この人がミステリを書くとは思わなかった。ただし、真っ当なミステリというよりは、変化球気味のミステリ。現実と虚構が交錯し、最後に現在と過去を交えて話が収束してゆく事になる。罪を背負うものと、忘れ去られたものの話。

「パラドックス実践」 門井慶喜
 これまた、学園ミステリというよりは、教育ものと言ってもいいような作品。とはいえ、話としては充分面白い。“パラドックス実践”という授業を取り込んでいる学園に赴任した教師が、理詰めでせまる生徒と対決するという話。


不可能犯罪コレクション   

2009年06月 原書房 ミステリー・リーグ(二階堂黎人編)

<内容>
 「佳也子の屋根に雪ふりつむ」 大山誠一郎
 「父親はだれ?」 岸田るり子
 「花はこころ」 鏑木蓮
 「天空からの死者」 門前典之
 「ドロッピング・ゲーム」 石持浅海
 「『首吊り判事』邸の奇妙な犯罪」 加賀美雅之

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<感想>
 本格ミステリファンにとって、こういうアンソロジーは喜ばしい企画である。ただ、何でこの時期にと思わなくもない。というのは、今年2009年には二階堂黎人氏による「新・本格推理 特別編」が刊行されており、どちらも似たり寄ったりのラインナップの作品となっている。どうせならば、時期をもうちょっとずらしてもよかったのではないだろうか。

 似たようなものが2冊あれば比べずにはいられなくなる。個人的には軍配は「新・本格推理」のほうに挙げられる。
 本書で最初の作品の「佳也子の屋根に雪ふりつむ」を読んだ際には、これはなかなかだな、と思えたのだが、以後の作品からはトーンダウンしていくように感じられた。まぁ、悪い作品というほどのものは特にはないのだが。

 あと、面白いと感じられたのは編者である二階堂氏も冒頭で述べているが、6編のうち、示し合わせたわけでもないのに3編が建物からの飛び降り事件を扱っているということ。

「佳也子の屋根に雪ふりつむ」
 雪上に残された足跡を巡る不可能殺人を描いた作品。個人的にはこの作品が一番好みである。偶然性に頼ったところが見られるのが気になるが、それよりも強引とも言える論理が光る作品。

「父親はだれ?」
 昔、高校のころに起きた転落事件の事を思い出し、事の真相を探るという内容。岸田氏らしい作品と言えるのだが、それゆえに“不可能犯罪”というよりもサスペンス小説という色合いが濃くなっている。

「花はこころ」
 能の舞台上でおきた衆人環視のなかでの事件を扱った作品。これに関しては、似たようなものがたくさんあり、そういった作品を超えるような内容ではない。というか、一番平凡なトリックに落ち着いてしまったというようにさえ感じられてしまう。もう一捻り、二捻り欲しかったところ。

「天空からの死者」
 社員がビルの屋上から墜落したものの、その屋上には誰も立ち入ることができないはずであった。これは自殺なのか? 殺人であればどうやって・・・・・・という内容。結構、トリックにしても伏線の張り方にしてもよく出来ていると思われた。しかし、作品の論点を不可能犯罪自体よりも、動機のほうへ重点を置いてしまったように思われる。それはそれでよいと思われるのだが、個人的はちょっと期待がはずれてしまったかと。

「ドロッピング・ゲーム」
 同じクラスの男子ふたりが垂れ幕を支えているとき、その片方が突然落下してしまうという事故の真相を暴く内容。この作品は世界の設定から始まっている。パラレルワールドのような世界で、その背景をもとに起こる事件を描いたもの。事件自体よりも、その心理に重きを置いた作品。

「『首吊り判事』邸の奇妙な犯罪」
 二つの密室殺人事件の謎に迫る作品。教会のなかで連続して起きた殺人事件の謎に迫るのだが、これもどのようにして、というよりは、何故このようなことが起きたのかということに重点が置かれていると思われた。事件設定に関しては、このうえなく満足のいくものなのだが、事件の解答に関しては、うーん、と・・・・・・


 と、全ての作品を読んでみて思えたのは“不可能犯罪コレクション”という呼び名ながらも、“HOW”よりも“WHY”に重点が置かれた作品が多かったように思えた。“WHY”に重点が置かれているゆえに、小説としてはそれぞれよく描かれているのだが、本格推理小説としては若干物足りないとも感じられる。新人ながらも熟練の書き手がそろったゆえに、きっちりと収まりすぎてしまったように思えてならない。


探偵Xからの挑戦状!   

2009年10月 小学館 小学館文庫

<内容>
 「DMがいっぱい」 辻真先
 「赤目荘の惨劇」 白峰良介
 「猫が消えた」 黒崎緑
 「サンタとサタン」 霞流一
 「森江春策の災難」 芦辺拓
 「セブ島の青い海」 井上夢人
 「石田黙のある部屋」 折原一
 「靴の中の死体」 山口雅也

<感想>
 この作品は「ケータイ小説」で問題編を配信し、解答編をNHKの深夜番組で放送するという企画を書籍化したもの。よって、問題編と解答編に別れた本格的な犯人当て小説になっているはず・・・・・・なのだが、あまりそういう感じがしなかった。

 この作品を読んだ感想はと言うと、普通のミステリ系短編作品の解決部分を分離させただけ、というもの。特に“犯人当て”というものに特化して作られた作品という感じがしなかった。それぞれの作品を普通にミステリ短編小説としてみれば、どれもそれなりに良いできであると感じられるのだが、犯人当てと期待して読むと、ちょっと違うという感じがしてならない。

 そういった中で“犯人当て”というものに特化して作られていたと思えたのが辻真先氏と白峰良介氏の作品。ただし、辻氏の作品はあまりにも捻りがなさすぎたように感じられた。犯人当てという観点から見れば、白峰氏の作品が一番良く出来ていると感じられた。トリックは決して目新しいものではないのだが、レッドへリングを張り巡らしたりと、それなりの工夫がなされている。

 その他の作品については、普通の短編集と考えて読むべき作品。正直言って、問題編が終わった時点で、何を謎解きとして考えればよいのかわからないものもいくつかあった。まぁ、それでも久々にキッド・ピストルズの短編が読めたり、井上夢人氏の作品を読む事ができたのだから良しとしたい。

 ただし、第2シリーズも行われたようなのだが、書籍化されても買うかどうかは微妙。


蝦蟇倉市事件1   7点   

2010年01月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 架空の都市、“蝦蟇倉市”。そこは不可能犯罪事件が異常に多く発生するということで有名であった。その都市で数々の不可解な事件が・・・・・・

 「弓投げの崖を見てはいけない」 道尾秀介
 「浜田青年ホントスカ」 伊坂幸太郎
 「不可能犯罪係自身の事件」 大山誠一郎
 「大黒天」 福田栄一
 「Gカップ・フェイント」 伯方雪日

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<感想>
 なかなか良いアンソロジーであった。架空の町を設定し、その町の中で豪華執筆陣がそれぞれ特色のある不可能犯罪事件を魅せてくれている。特に最初の道尾氏の作品が良かったので一気に蝦蟇倉市の世界へひきずりこまれてしまった。

 道尾氏は不可能犯罪事件を描きつつも、彼らしい“騙し”を魅せてくれて、まさに“やられた感”の強い作品を披露している。ひとつの交通事故をきっかけにした復讐事件を描いたものであるが、色々な意味で騙される作品。

 伊坂氏と福田氏の作品は不可能犯罪という点からは少々離れていたかなという気がする。ただ、どちらもそれぞれの個性が発揮されている作品であった。それにしても、福田氏の作品はありきたり過ぎる様に感じられたのだが。

 大山氏の作品こそが今作品中のなかでは、最も不可能犯罪に正面から取り組んだ事件といえるであろう。過去と現在に起きた密室事件に、容疑者扱いされた探偵が挑むという内容。多少無理やり感がなくもないのだが、こういう大味なトリックも悪くはない。

 大味なトリックといえば最後の伯方氏の作品。設定からして大味なトリックになるのだろうなと予想されたが、その予想を裏切らない形で、大掛かりな事をやってくれている。これで目撃者がいなかったということが不思議なくらいであるが、それはそれで面白い。

 蛇足であるが、こういうアンソロジーに伊坂氏が参加しているのは珍しいというか、よく書いてくれたなという気がした。そうして最後のそれぞれの著者からの一言の欄で伊坂氏が明かした一言が結構衝撃的であった。なんと、この伊坂氏の作品、3年前に書かれたとのこと。それでこうして本になったっていう事は・・・・・・いつからこの企画が始まっていたのやら。


蝦蟇倉市事件2   6点   

2010年02月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 「さくら炎上」 北山猛邦
 「毒入りローストビーフ事件」 桜坂洋
 「密室の本−真知博士 五十番目の事件」 村崎友
 「観客席からの眺め」 越谷オサム
 「消えた左腕事件」 秋月涼介
 「ナイフを失われた思い出の中に」 米澤穂信

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<感想>
 前作に比べるとやや小ぶり。新進の作家が多いせいか、最近の若者たちが書くミステリらしく、一筋縄とはいかないややひねくれた感じが特徴ともいえよう。

 最初の「さくら炎上」からそのひねくれ具合が印象付けられる。主たる謎としては、被害者たちが殺害される理由とミッシングリンク。ここにひねくれた意外性を感じさせる作品となっている。

「毒入りローストビーフ事件」は展開のみならず、最後の最後で驚かされ、「密室の本」「観客席からの眺め」の二作は「さくら炎上」にも似た意外性とひねくれ具合を感じ取れる。

「消えた左腕事件」は読み終えてみると意外にもきちんと本格ミステリしていることに驚かされた。

「ナイフを失われた思い出の中に」は一作品としてよりも、「さよなら妖精」の外伝・後日譚という印象のほうが強かった。

 今まで読んだ事のない新進の作家の作品を読むことができ、また内容についてもそれなりに満足ができ、読み応えのあるアンソロジーであった。ただひとつ付け加えるとするならば、“蝦蟇倉市”という設定を作家間で生かしてもらいたかったところ。せっかくの設定がもったいなかった気もするが、あまり設定を凝り過ぎると作品があがってこないという弊害もあるだろうからいたしかたないことか。


放課後探偵団   6点   

2010年11月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「お届け先に不思議を添えて」 似鳥 鶏
 「ボールがない」 鵜林伸也
 「恋のおまじないのチンク・ア・チンク」 相沢沙呼
 「横槍ワイン」 市井豊
 「スプリング・ハズ・カム」 梓崎優

<感想>
 学園モノということでライト系の作品集であるが、それなりに良く出来たアンソロジーと感じられた。このくらいうまくできていればミステリ・フロンティアで出しても良いのにと思ったのだが、ひょっとすると「蝦蟇倉市事件」が売れなかったのかと思うのは邪推が過ぎるであろうか。

 最初の3作品は高校を舞台にしたミステリ。といっても「ボールがない」は単にボールが無くなっただけと言えなくもないが、高校を舞台に描く作品としてはふさわしい内容なのかもしれない。
「お届け先に不思議を添えて」はダンボールの“消失トリック”というのは言い過ぎかもしれないが、パズラーと言ってよいような内容。その動機も高校生らしくて実に良い。
「恋のおまじないのチンク・ア・チンク」はバレンタインデーを舞台としたチョコレートにちなんだミステリ。これもまた高校生のちょっとした恋愛模様がミステリにかけてうまく描かれている。

「横槍ワイン」は設定が少々変わり、大学が舞台になっている。こちらも恋愛関係をミステリとして描いた内容。ただ、学園モノで統一するのであれば、こちらも高校が舞台でも良かったように思われる。

「スプリング・ハズ・カム」はさらに時代が大きく外れ、大人になった者たちが同窓会で高校時代の事件を思い出すというもの。これも普通に高校を舞台に描けばよいのにと思ったのだが、読み終えてみるとその内容がすごく、細かい舞台設定の話など吹き飛んでしまった。
 梓崎氏といえば2010年「叫びと祈り」でブレイクした作家であるが、今後それに続く高レベルの作品を書けるのかどうか心配していたのだが、これを読む限りはそんな心配はいらなそうである。ただ、「叫びと祈り」が暗めの作品ゆえに学園ミステリを書かせたらどうなるかなと思いきや、やはりやや暗めの作品になってしまっている。

 全体的に見れば、ライトな作品からややヘビーな作品まで色々な内容のものが読めて満足。設定が学園もので文庫書き下ろしというと、ライトなものを創造するので、それだけシイキが低くなり、執筆陣も書きやすいというのがあるかもしれない。また、読むほうもそんなに期待せずに読むことになると思うので、そこで良い内容のものを読むことができれば大いに満足ができる。このような企画は作家にとっても読者にとっても良いものかもしれない。


探偵Xからの挑戦状! season2  

2011年02月 小学館 小学館文庫

<内容>
 「嵐の柩島で誰が死ぬ」 辻真先
 「メゾン・カサブランカ」 近藤史恵
 「殺人トーナメント」 井上夢人
 「記憶のアリバイ」 我孫子武丸

<感想>
 なんと忘れていたころに、「探偵Xからの挑戦状!」のseason2が! 忘れていたなんていったら失礼か。前作と同じようにケータイ小説として配信して、テレビで解答編を放送するという企画のものを書籍化した作品。前回は8作であったが、今回は問題を事前にテレビドラマでも放映するようになったらしく、1話の完結に2週間を要することとなったため、作品を4作に減らしたとのこと。

 作品を絞ったからかどうかはわからないが、全体的に良くできていたと思われる。ただ、作品を減らした分、書籍化されると本が薄っぺらくなってしまい、なんとなく残念に感じられてしまう。

「嵐の柩島で誰が死ぬ」は見知らぬ男女5人が建物内に集められ、そのなかで殺人事件が起こるというもの。ストーリーはうまくできていると思われるが、謎ときとしては微妙な感じ。謎だけではなく、全てが漠然としていたという印象を受けた。

「メゾン・カサブランカ」はアパートの中で起きた殺人事件の犯人を当てるというもの。これはストーリーにおいても謎ときにおいてもうまく作られていると感じられた。ただ、重要物件と思われた“餃子”に対しての理由付けがちょっといまいちだったかなと。

「殺人トーナメント」は与えられた情報から、特定の人物を割り出すという趣向。紙に書きながら考えていけば必ず解ける・・・・・・と言いたいところだが、それなりの難易度になっており、結構難しかったりする。知的ゲームとしては、最適の作品。

「記憶のアリバイ」は記憶を読んだり、書き替えたりすることが可能な世界での事件を描いたもの。その設定自体が漠然としているように感じたため、これは犯人当てとしては、あまり良くないだろうと考えたものの、正解率を見ると結構高かった。私の頭が固いだけか。


密室晩餐会   6.5点   

2011年06月 原書房 ミステリー・リーグ(二階堂黎人編)

<内容>
 「少年と少女の密室」 大山誠一郎
 「楢山鍵店、最後の鍵」 天祢涼
 「密室からの逃亡者」 小島正樹
 「峡谷の檻」 安萬純一
 「寒い朝だった」 麻生荘太郎
 「ジェフ・マールの追想」 加賀美雅之

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<感想>
 密室をテーマにした競作集ということで、なかなか豪華な内容になっている。執筆陣は近年活躍しつつある作家と新人作家が集められるというフレッシュな顔ぶれ。どの作品もそれぞれが“凝った”密室となっており、また現代的な感覚というのも感じられ、まさに2011年に描かれた価値のあるアンソロジーと言えよう。

「少年と少女の密室」 大山誠一郎
 最も意表を突かれたのがこの作品。とある心理トリックにより、密室が構築されてしまうという内容。ある意味珍しいトリックというわけではないにしろ、このようなこともできるのかと、ただただ感心するばかり。

「楢山鍵店、最後の鍵」 天祢涼
“キョウカンカク”シリーズの探偵が出てくるのだが、その“キョウカンカク”に関係しないので、別の探偵でもよかったかもしれない。ラストシーンにて著者が描きたいことは理解できるのだが・・・・・・。肝心な密室については、凝っているという意味では悪くないと思えた。背景についても現代的なものを感じ取れる。ただ、鑑識が調べた時点で、真相が見えてしまう気がするのだが。

「密室からの逃亡者」 小島正樹
 密室ものというよりもアリバイトリックを扱ったような作品のように思える。そのアリバイトリックが凝り過ぎていて、焦点がぼやけてしまっているようにも思えるのだが、真犯人の悪意はたっぷりと感じ取ることができる内容。

「峡谷の檻」 安萬純一
 忍者の世界を背景として、衆人環視における密室を描いた作品。直接的なトリックよりも、心理的効果を生かしてのトリックというところがポイントか。そう考えるとなかなか良くできた内容とも思われる。

「寒い朝だった」 麻生荘太郎
 この作品に関しては“密室”という意味合いに関しては微妙。大がかりなのか、ちょっとしたいたずら心なのか、そういった点でもバランスが悪かったように思えた。とりあえず、著者は青春小説を書いてみたかったのだろうということで。

「ジェフ・マールの追想」 加賀美雅之
 100ページにおよぶ中編ということで、なかなかの大作であるのだが、今年に加賀美氏が出した短編集に似たような内容のものがあったため、読んだ際のインパクトは薄かった。この作品は加賀美氏がデビュー以前、「新・本格推理」に応募したものの、規定枚数を大幅に超えていたためにボツとなったもの。本作品の中では一番密室らしい密室と言えるのだが、長さの面から言えば作中に登場する日本人を省いてもよかったのではないかと思われる。


探偵Xからの挑戦状!3  

2012年05月 小学館 小学館文庫

<内容>
 「殺人は難しい」 貫井徳郎
 「ビスケット」 北村薫
 「怪盗Xからの挑戦状」 米澤穂信
 「ゴーグル男の怪」 島田荘司

<感想>
 第2弾を読んだ時には、このシリーズはもういいかな、と思っていたのだが、今回のラインナップを見たら買わないわけにはいかなかった。前作までは問題編と解答編に分かれていたような気がするが、今作は一緒になっていて普通の短編作品として読むことができる。また、前作では“season2”と付いていたものが何故か今回は数字で“3”とだけ。

「殺人は難しい」は夫に嫉妬した女性が、夫の浮気相手を殺害するというもの。本編の主人公は加害者である女性となるのだが、描写や行動にちょいちょいおかしなところが出てくる。これがこの作品のミステリてきなキモとなっている。単純な作品と言えるものの、きちんと考えが練り込まれている。

「ビスケット」は、アメリカのミステリ作家が日本に公演に来たさいに、控室で殺害されていたという事件。作家は殺される際、右手でダイイングメッセージを作り、それをもとに名探偵が犯人を特定する。とある知識がなければ解けないものの、ダイイングメッセージものとしては、よい出来と思われた作品。

「怪盗Xからの挑戦状」は怪盗Xが雪山の山荘で起きた殺人事件の謎を持ち寄り、探偵に挑戦するという内容。怪盗と探偵の性格がやや残念なものであり、ライトコメディ風の作品。ただ、軽いタッチのわりには、しっかりとした犯人当てのミステリとなっており、意外性に驚かされる。思いのほか良い作品であった。

「ゴーグル男の怪」は、すでに同タイトルで長編となっている作品。これを目当てにこのアンソロジーを買ったようなもの。これに関しては、絶対に短編の方がシンプルでよい作品だと思われる。わざわざ原子力ネタを付け足して、無理やり長編にする必要があったかどうか疑問。長編「ゴーグル男の怪」を読んでいない方は、こちらを読めば十分にことは足りるであろう。


世界堂書店  

2014年05月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「源氏の君の最後の恋」 マルグリット・ユルスナール
 「破滅の種子」 ジェラルド・カーシュ
 「ロンジュモーの囚人たち」 レオン・ブロワ
 「シャングリラ」 張系国
 「東洋趣味」 ヘレン・マクロイ
 「昔の借りを返す話」 シュテファン・ツヴァイク
 「バイオリンの声の少女」 ジュール・シュペルヴィエル
 「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」 キャロル・エムシュウィラー
 「いっぷう変わった人々」 レーナ・クルーン
 「連 さ」 蒲松齢
 「トーランド家の長老」 ヒュー・ウォルポール
 「十五人の殺人者たち」 ベン・ヘクト
 「石の葬式」 パノス・カルネジス
 「墓を愛した少年」 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン
 「黄泉から」 久生十蘭

<感想>
 米澤氏によるアンソロジー。海外のさまざまな短編作品が掲載されている。ミステリ小説集ではないので、敬遠していたのだが、ネットでの評判がよかったので読んでみようと、遅ればせながら購入して読んでみた。

 最初の「源氏の君の最後の恋」などは、こういうアンソロジーでなければ絶対読むことはなかっただろうなと思われる。実に描写の優れたなんとも言えぬ作品。しかも、これが日本人ではなく、フランスの小説家によって書かれたというのだから二度びっくり。

 いくつかミステリ関連の作品も掲載されているので、既読のものもある。カーシュ、マクロイ、ヘクトの作品などは読んでいたはずなのだが、マクロイ以外の作品は読んだのがずいぶんと前であったので忘れていた。ヘクトの「十五人の殺人者たち」は、こんな良い作品であったのかと改めて感心させられた。

 好みの作品としては「昔の借りを返す話」と「トーランド家の長老」。前者は落ちぶれた俳優に希望を与えたひとりの女性の話。後者は憎しみに満ちたような一家の話が、ひとりの場を読まない女性の登場により、いつの間にかユーモラスな皮肉に満ちた作品に変容するというもの。

 また、「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」は、ミステリアスな感じで面白く、「いっぷう変わった人々」は、一見SF調と思いきや、日常的なところに着地してゆくなめらかさがなんともいえない印象を残す。「石の葬式」は、双子の少女とその非情な父親との話であるが、それを非常に変わり種な構成の物語として描き上げている。

 一年に一冊くらいは、こういうミステリ以外のアンソロジーというものを読んでみてもよいのかなと感じさせられた。今はミステリとSF中心の読書生活を送っているが、数年後にはこの本の作品をきっかけに、幅広い読書につながっていくということもあるのではないかと想像させられた作品集である。


奇想天外 [復刻版]  

2017年10月 南雲堂(山口雅也 編著)

<内容>
 「序 文」 山口雅也
 「『奇想天外』=「謎解きが好き」 「大人になれなかった人」の魂」 編集主幹:曽根忠穂(インタビュー 構成/聞き手 山口雅也/遊井かなめ)
 「雑誌戦国時代、城主たちは−−− 奇想と幻影は交差したのか」 山口雅也
 「真実の文学」 筒井康隆

 <奇想天外小説傑作集再録>
 「宇宙探偵小説作法」 H・F・エリス
 「不死の条件」 ロッド・サーリング
 「金星の種子」 エヴァン・ハンター
 「教授退場」 ヘンリイ・カットナー
 「時空海賊事件 ソーラ・ポンズの事件簿」 マックス・レナルズ&オーガスト・ダーレス
 「わすれない」 鈴木いづみ
 「ジャーロック・ホームズ アフリカの大冒険」 フィリップ・ホセ・ファーマー
 「SF・オン・ザ・ロック  モダン・ファンタシー・ロック」 岡田英明(鏡明)
 「私的SF作家論  SFと「支配的修辞としての化学」」 笠井潔
 「僕らのラスト・ヒーローは誰だ?」 団精二(荒俣宏)

 <奇想天外漫画劇場>
 「ざ・まねえ」 高信太郎
 「アサネとオジ」 高野文子
 「5001年宇宙の旅」 土田義雄&楽書館

 <奇想天外対談競演会>
 「昔のSFには謎解きサスペンスがあったけれど・・・。」 都筑道夫 vs. 石上三登志
 「SFファンはプロレス派! ミステリファンは相撲派だ!!」 鏡明 vs. 瀬戸川猛資

 「第1回奇想天外SF新人賞 選考座談会」 星新一、小松左京、筒井康隆
 「カッチン」 大和眞也

<感想>
 1970年代半ばから刊行された雑誌「奇想天外」を紹介するアンソロジー集。当時、ミステリ関連の雑誌が盛況とされるなか、まだまだSFというジャンルが確立されていないころ。今であればSF関連誌として位置づけされそうな、そんな雑誌が「奇想天外」。ここに掲載されている作品は、過去に掲載された中から選りすぐりの作品が選出されているようであるが、“奇想天外”という雑誌の名が示す通り、一筋縄ではいかないような作品ばかりがそろっている。どちらかといえばミステリファン向けというよりは、SFファンよりの作品集になっていると感じられた。

 エヴァン・ハンター(エド・マクベインの別名義)の「金星の種子」が面白い。悪党(とも言い切れないかもしれないが)二人が織りなす宇宙冒険綺譚がなんとも言えない味わいを出している。

 その他は、全体的に一風変わっているとはいえるかもしれないが、それほど強烈な作品は・・・・・・ただ、SF作品があまりとりあげられていないであろう、当時にしてみれば結構斬新な作品ばかりと言えたのかもしれない。

 余計な一言になるかもしれないが「シャーロック・ホームズ アフリカの大冒険」は、作品としてどうなのかと思わずにはいられない。そもそもシャーロック・ホームズを出すべき内容の作品ではないと思えるし、ホームズの名を使って人目をひくようにしているだけのようにしか思えない。そんな意見をあげるのは、私が頭が固いからなのであろうか? もっと寛容の心をもって見るべきなのか?

 あと、荒俣宏氏が団精二名義で書いた「僕らのラスト・ヒーローは誰だ?」というエッセイがぶっ飛んでいてよい。ヒーローといいつつ、そこに挙げられているのがドラッグによって投獄された人だとは。これを読むと、この「僕らのラスト・ヒーローは誰だ?」のみが集められたものを冊子として読んでみたいと思えてならない。


鍵のかかった部屋  

2018年09月 新潮社 新潮文庫nex

<内容>
 「このトリックの問題点」 似鳥鶏
 「大叔母のこと」 友井羊
 「神秘の彼女」 彩瀬まる
 「薄着の女」 芦沢央
 「世界にただひとりのサンタクロース」 島田荘司

<感想>
 このアンソロジーは、「紐や糸を使って鍵のつまみを回して密室を作る」という推理小説ではよく聞くが、基本的に用いられないこのトリックを使用することを前提に作品が作られたもの。この前提がそれぞれどう作品に活かされているかがポイント。ただし、島田氏の作品はあくまでもボーナストラックという位置づけなので、密室トリックは別のものが用いられている。

 そんな前提であるためか、“密室”というものが強調されているわりには、あまり“密室ミステリ”を読んでいるという気がしなかった。基本的に、どれもが必ずしも密室にする必要がないというものばかりで、かつ緊迫感にも欠けていて、全体的にミステリとしては弱めという印象。

 唯一殺人事件を扱っている「薄着の女」がミステリとして一番読み応えがあったように思えた。ただ、探偵役である刑事の性格の悪さが鼻に付き、読んでいて面白いとは思えなかった。

「神秘の彼女」は学生寮での小話的なもので、別に密室じゃなくてもなんでもよさそうな話。「大叔母のこと」は、ケーキ屋の味をめぐる話であるのだが、決して密室はメインではなく、ちょっといい話的な内容。「このトリックの問題点」は、アンソロジーのネタを似鳥氏が提示したようなので、それにともなう内容のものがしっかりできていたかなと。ただ、密室をやりたかったというよりは、紐や糸を使った密室の作り方について一言、言及したかったという著者の思いが込められているよう。

 そして島田氏の作品であるが、私は先に長編「鳥居の密室」を読んだのだが、この元となる作品がここに掲載されているもの。ゆえに、長さこそ違え、全く同じ内容の作品と言ってよい。個人的には短編の方が、内容が凝縮されていて良かったかなと思っている。あと、長編で読んだときも感じたのだが、冒頭のゾンビが徘徊する謎って、本編のなかで解かれていたっけ?




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