<内容>
明治44年正月、刑務所から出獄したばかりの大杉栄は旧知の刑事から富豪の夫人の失踪事件について調べて欲しいと依頼される。金に困っていた大杉は渋々ながら依頼を受けることに。
そして大杉が事件の調査をしているころ、東京では何者かがペスト菌をばらまこうとしており、陸軍が事件自体を葬らんと暗躍していた。やがて大杉はペスト事件にまでも首を突っ込むこととなり・・・・・・
<感想>
歴史において明治維新や太平洋戦争については、さまざまな文献・小説等を読んで、ある程度の知識は持っている。しかし、その間の明治後期から大正時代については全くといっていいほど私は知らない。特に活躍したという人物がいるまでもなく、一般的に知られているような大きな事件が起きているわけでもない。そういった時代を背景に本書では歴史ミステリが展開されている。
本書の著者・典厩五郎という人の作品を読むのはこれが初めて。とはいえ、すでに数々の歴史ミステリを書いているようで、本書を読んでもその書き方の安定感から熟練した手さばきを感じることができる。
とはいうものの、一作品としての私的な評価はあまりかんばしくない。それというのも前述のとおり、この時代背景に詳しくないがゆえに、登場人物や小説内の出来事に対して、何が本当に起きたことで、何が創作なのかという判別がつかないのである。よって、どの部分にミステリ性を感じればいいのかが最後まで不透明なままであった。本書の巻末に実在の登場人物に関する付記があるとはいえ、事細かいことまでをいちいちそれで判別していくというのも難しいことである。
また、本書の中で起こっている事件が結局はひとりの女性の失踪騒ぎだけでしかないというのも微妙なところ。もう一つ別にペスト菌騒ぎもあるのだが、それはまた別の事件。よって別々の事件が二つただ起こっていただけということで、歴史ミステリを読まされたというよりも、ただ単に歴史上の人物(らしい)人々が右往左往していただけというように感じられた。
これであれば、歴史小説を普通に書いてくれたほうが、面白く読めたのではと感じられたが、それはようするに自分自身の知識のなさが問題なのであろう。というわけで、本書は読む人を選ぶミステリと言って良いかもしれない。逆にこの時代についてよく知っている人が読めば、かなり楽しめる内容なのではないかと思われる。