<内容>
「漂流巌流島」(2005年、第2回ミステリーズ! 新人賞受賞作)
「亡霊忠臣蔵」
「慟哭新撰組」
「彷徨鍵屋ノ辻」
<感想>
どれもが史実を扱った、歴史ミステリ短編集となっている。個人的には、面白い面白くないということよりも、“興味がない”の一言に尽きてしまう。
どれも有名な話のようであるが、実際にスポットを当てるのは、その裏側であり、あんまりよく知らないことばかりが詳しく語られている。そういったなかで、新しい歴史的事実の解釈をされても、ふーん、とうなずく程度で終わってしまう。
また、唯一話のわかりそうな“新撰組”の話に関しては他の作品と異なり、残念ながらありがちな解釈のみで終わってしまっている。
ということで、歴史関連の話に興味がある人が読めば面白いのかもしれない。興味がなければ、トンデモ歴史ミステリというほど、突飛な解釈は出ていないので、あまり楽しむ事はできないであろう。
<内容>
深木山薬店を営む、二十代後半の容貌の青年・座木、茶髪の美少年風の秋、赤毛の男の子リベザル。その三人は、表稼業として薬屋を営むものの、実は彼らは妖怪であり、通常では解決できないような厄介な事件を請け負うという副業をしている。今回彼らは、雪上に残された巨大な妖精跡と共に死体となって発見された男の子の幽霊の謎に挑むこととなり・・・・・・
<感想>
感想を書いていなかったメフィスト賞受賞作の再読。文庫版を買い直しての読み直し。
高里氏の作品については、デビュー後、数冊までは読んでいたのだが、途中で読むのを止めてしまった。理由は、ライト系の作品のわりには、読みづらく感じたという点にある。事実、このデビュー作に関しても、会話文や展開が唐突であったりして、何気に内容を追いづらいと感じながら読んでいた。
雪跡に残された巨だな妖精の模様、小学生の謎の死、母親の想い、そうした謎と事件の依頼をかかえつつ、最終的に深木山薬店の“秋”が解決へと導いていく。その解決についてはなかなかのもの。というか、その解決が明かされたことによって、ようやく全体像がはっきりと見渡せたという感じであった。この解決まで辿りつくことができれば、それなりの印象は残る作品であったかなと。
<内容>
鍛冶の里に生まれ育ったキリヒトは使命を与えられ、王宮近くにそびえたつ図書館“高い塔”へと赴く。キリヒトは、その図書館に暮らす魔女と恐れられるマツリカに仕えることとなり・・・・・・
<感想>
3年以上も前に買った積読本。上巻650ページ、下巻800ページという分厚さから読むのを躊躇し、なかなか手を付けられなかった。そして機会を見て、ようやく着手してみたのだが・・・・・・これがすごい面白かった。内容はミステリではなく、完全なるファンタジー小説。それでも、メフィスト賞として取り上げて出版したかったという気持ちは痛いほどよくわかる。近年、ファンタジー小説を読むことは少なかったのだが、昔はずいぶんと多くの作品を読みこんでいた。そうしたなかでも本書はベスト級のファンタジー小説と言っても決して過言ではない。現在、文庫で書店に並んでいるので、ファンタジー小説が好きで読んでいないという人は是非とも読んでもらいたい。
最初、キリヒトという山育ちの少年が図書館に預けられるところから物語は始まる。キリヒトはその図書館で主人であるマツリカと共に過ごすこととなる。最初は、言語系もしくは薀蓄系の小説なのかと思っていた。すると物語は、キリヒトとマツリカが二人で使われなくなった街の水路を冒険し、隣国との謀略が図書館でなされ、マツリカを暗殺しようとする敵と戦い、さらには、船に乗って隣国へと乗り込み交渉や冒険を繰り広げることとなる。
序盤は閉鎖的な感じがするものの、徐々に活動の範囲が広がって来て、下巻に入るとページをめくる手が止められなくなるくらいの冒険が繰り広げられる。登場人物の造形も見事なもので、不必要に登場人物を多くし過ぎず、限られた中で少数の人員をうまく回しているという感じであった。
とにかく最後まで予断を許さぬというか、最後の最後まで驚きと希望にあふれた冒険小説となっている。なんともこの上下巻だけで終わってしまうのがもったいなく、もっと小分けにしてさらに長大な物語として作り上げることができたのではないかと感じられ、もったいないと思ったほど。そう感じてしまうほど、この作品にはまってしまった。どうやら既に続編となる作品も出ているようなので、できればそちらも読んでみたいと思っている。今後もこの作品がシリーズとして続き、本書が壮大なサーガの幕開けに過ぎなかったということとなれば素晴らしいことなのだが。
<内容>
ジョナサン・イエーガーは、難病で苦しむ息子のために、実入りの良い傭兵の仕事をしていた。あるとき、稼ぎの良い特別な仕事を薦められる。それは、極秘の仕事ということで、イエーガーはおそらく暗殺の仕事であろうと推測した。息子の病気により、金がいくらあっても足りないイエーガーは、仕事を引き受ける。しかし、そのミッションによりイエーガーは、アメリカ国家と敵対し、世界を巻き込む陰謀に絡めとられることとなる。
大学で薬学の研究をしている日本人の古賀研人は、父親の急死を知らされる。大動脈瘤の破裂という事であった。父親のことをうだつの上がらない研究者だと思っていた研人であったが、その父親からとてつおない遺産を残される。それは、何らかの物質を作成するシミュレーションソフトであり、父に代わって、期限付きのその研究を引き継いでもらいたいというのである。途方に暮れた研人であったが、父親の生前の行動を調べているうちに、彼自身が何者かから追われる羽目となり・・・・・・
<感想>
2011年に出版されて、その年の話題作となった作品。様々な賞を受賞し、ランキングなどでも上位を占めていた。非常に関心はあったのだが、文庫化されるのを待とうと思い、文庫化されてから購入。そこそこの厚さからなかなか手を付けることができず、購入してからだいぶ間をおいての読書となってしまった。
実際に読んでみると、これが噂にたがわず、実に面白かった。最初は史実と絡め合わせた伝奇風の作品なのかと思ったのだが、実はここに掲載されている“ハインズマン・レポート”があとがきによりフィクションであるという事を知る(読んでいる時は実在のものかと思ってしまった)。これは、人類が絶命に至る可能性となりうるものを抽出した内容のレポートであり、物語はこれを核として動き出してゆく。とにかく、この“ハインズマン・レポート”というものを設定した時点で、お見事としか言いようがない。
そうして、世界を巡る冒険がなされるわけであるが、そうしたなかで歴史的な隠れた史実が紹介されたり(第1次アフリカ大戦とか)、タイトルに使われている“ジェノサイド”という言葉を通して何を伝えたかったのかということなども語られてゆく。
この物語のなかでは傭兵であるジョナサン・イエーガーのパートと、日本人の研究者・古賀研人の二つのパートに別れて進行する。この二人以外のパートもあり、群像小説ともとれないことはないのだが、基本はこの二人が主人公と言ってよいであろう。特に若き日本人を主人公のひとりに置いたことにより、物語に対する取っ付きやすさを増すことに成功している。
全体的には、SFというよりは、エンターテイメント小説という言い方が一番適した作品であると思われる。ただ単に人々の争いや、未知の力に対する恐怖を描いただけではなく、“希望の可能性”というものも描かれている作品ではないかと感じられた。また、さらに言えば、さまざまな人類の歴史を振り返る内容にもなっている。前述したとおり、日本人の青年を主人公とすることによって、単に遠いところで起きた関与できない選択肢というものではなく、その一部は我々の手にもかかっていると思わされるような物語でもあると捉えられる。エンターテイメント小説という印象が強いものの、そこに深さを感じ取れる小説として完成されている。
<内容>
前科者であった樹原亮は、保護司を殺害したとして死刑を宣告されていた。樹原は、犯行時と目される時刻にバイク事故を起こしており、その前後の記憶を失い、自身の無罪を証明することもできなかった。刑務官の南郷は、その事件に対し、樹原は冤罪ではないかと考えていた。長年にわたって刑務官の仕事を務めていた南郷はこの事件の真相を明かし、刑務官の仕事を辞めることを決意していた。そんな南郷は刑期を終え、釈放となった青年・三上に更生の希望を見出し、調査のパートナーとして選ぶ。ただ、樹原の無実を証明しようにも、彼が最近記憶を取り戻した“階段”の存在に期待するのみ。刻一刻と形の執行が迫る中、二人は調査に奔走する。
<感想>
読んでいたはずなのに、感想を書いていなかったゆえに、全くその内容と感想を忘れてしまっていた作品。ゆえに、せっかくだからもう一度読んでみようと文庫本を再購入。
読んでみて思ったのは、“死刑制度”についてわかりやすく書いてある作品であるということ。ただ、物語としても面白く、内容に引き込まれつつも、なんかもう一味足りないという印象であった。過去の二つの事件の結びつきが弱かったためか、主人公たる人物が二人いて焦点がぼやけてしまったせいか、全体的にはうまくできているように思われつつも、その要素のひとつひとつに薄味なイメージしか抱くことができなかったのが、初読時のことを覚えていない理由なのかもしれない。
人を殺めた男と、刑務官が冤罪事件を調査するという内容。10年前に起きた、夫婦殺害事件。殺害されたのは、保護司であり、その時に担当となっていた元犯罪者の樹原が容疑者となり、逮捕され、裁判で死刑を宣告される。しかし、そこに矛盾らしきものも見えるのだが、決め手には欠けるゆえに、死刑は覆されることなく、あとは執行を待つのみという状況。
刑務官の南郷と前科を負った青年・三上はその事件の調査をしていくこととなり、徐々に核心へと近づいてゆくこととなる。その調査の過程でなぜか、彼らの邪魔をするものの存在が見え隠れしつつも、二人は冤罪を晴らそうという行動を続けてゆく。すると、三上の身に思いがけない事態が訪れることとなる。
最後の最後でようやく、ぼかされていた三上の過去に焦点が当てられることとなるのだが、それがあまり物語にしっかりと組み込まれていないように思えたかなと。ちょっと強引というか、要素を詰め込みすぎというか。また、南郷の最後の行動についても、これも話をかき回しすぎ。どうも最後の最後で物語の流れが若干乱れてしまったかなと。よく出来ていた話ゆえに、もっとわかりやすい終わり方でよかったのではないかと。
<内容>
永島聡子がアメリカから息子と共に日本に戻ってきてから17年の歳月が経っていた。当時11歳であった息子も立派に成長し、安定した生活を送っていた。そんな中、17年前の当時3歳の少女であったニーナが、現在20歳になっており、日本にいることが明らかになる。彼女から永島親子に連絡があり、当時のことを聞かせてもらいたいというのである。実は、17年前アメリカで誘拐事件があり、ニーナはその当事者であり、事件により両親を亡くしていたのであった。気の乗らない聡子であったが、結局彼女と会い、当時のことを思い返すこととなり・・・・・・
<感想>
近年、毎年の行事となっている“ばらのまち”新人賞の作品。これで5回目となる今回であったが、やや期待外れの感が強かったかなと。
誘拐事件を描いた作品なのだが、基本的に当時の状況が流れるだけと。言語学という知識を用いての謎解きに挑戦しているところは斬新と言えるのだが、それだけに終わってしまっている。
一番の問題点はリーダビリティの弱さであると思われる。序盤、嫌な話から始まり、あまり物語に乗り切れないまま鬱々とした内容の話が続いてゆく。ミステリ作品として用いている題材は悪くないのであるが、その展開の仕方が微妙であった。注目すべき点もあるゆえに、物語の展開の順番を変えるなどの工夫をすればもっと面白くなったのではなかろうか。
アメリカにて育った子どもゆえの会話のやり取りを用いて謎を構築するというところは面白かった。まさに、島田荘司氏が好みそうなミステリといえよう。この内容であれば、“ばらのまち”に応募したというのは正解と言えよう。あとは、もう少し万人好みの内容にしてくれればと言ったところ。
<内容>
「田舎の刑事の趣味とお仕事」
「田舎の刑事の魚と拳銃」
「田舎の刑事の危機とリベンジ」
「田舎の刑事の赤と黒」
「田舎の刑事のウサギと猛毒」
<感想>
田舎でのんびりとした警察署管内で起こる事件をまじめな黒木刑事がいいかげんな部下を叱咤しながら解決していくという作品集。
まず最初の作品が“第3回ミステリーズ! 新人賞受賞作品”ということなのだが、これを読んだときにはよくこの作品に賞をあげたなとしか感じられなかった。どう読んでも、刑事らしさも、田舎らしさも感じられず、行過ぎた人物設定により混沌としたユーモアのみが強調されている部分だけが目に映った。帯には確かに脱力系警察ミステリと懸かれてはいたが、読む気力までが脱力しきってしまった。
ただ、その点を反省したのかどうかはわからないが、2作品目からは妙なユーモアも押さえ気味になり、多少はまともな警察ミステリになっていったように思われた。とはいえ、まだまだ警察ミステリというには程遠いような内容ではあったが。
まぁ、それぞれの事件自体は“田舎で起こる事件”という題材をうまく集めていると思われた。ワサビ泥棒やら、周囲になにもないコンビニに立てこもる犯人やら、田舎らしい毒の隠し場所とか。
とはいえ、ユーモアミステリとはいえども、子供向けの本ではないのだから、もう少しきちんとした内容にしてもらいたいと思わずにはいられない。こういう作風のものを許容できなくなったのは、もしかして私自身の年齢のせい?
<内容>
「田舎の刑事の夏休みの絵日記」
「田舎の刑事の昆虫記」
「田舎の刑事の台湾旅行記」
「田舎の刑事の闘病記」
「田舎の刑事の動物記」
「田舎の刑事の冬休みの絵日記」
<感想>
田舎の刑事シリーズの第2弾。よく続編が出たなと思ったのが正直なところ。
とはいえ、前作を読んだときに比べれば慣れたという部分もあるのか、意外と普通に読めたという気がする。ただ、それにしてもおふざけが過ぎるという印象は相変わらず。確かにこのふざけたところがなければ作品としての特徴が全くなくなってしまうので、しょうがないことなのかもしれないが、個人的にはもっと落ち着いた作品の方が読みやすいと感じられる。
この作品では真面目(と言って良いのかどうか微妙だが)な黒川刑事と、その部下でトラブルメーカーの白石刑事が主要人物となっているのだが、どうもこの白石という刑事が物語上あまり機能していないように感じられる。もう少し事件の活躍にからめるか、もしくは登場させないかしたほうがすっきりするように思われる。
とは言え、続編になるくらいであるから、それなりの人気を持ったシリーズということなのかもしれない。感性が合えば十分に楽しむ事ができるのではないだろうか。ミステリ作品としては、そこそこうまくできていると思えるので、もう一ひねりくらい加わればさらなる飛躍が期待できるかもしれない。
<内容>
柴山幸太はフレンチレストランを経営する新進の料理人。店もそれなりに繁盛し、妻との間にもうすぐ子供が生まる予定と、順調な生活を送っていた。ある日、幸太は妻の友人の結婚式に出席し、そこでかつて有名な料理評論家としてならした中島という老人と出会う。この出会いにより、中島はとある事件に巻き込まれていくことに・・・・・・
幸太が結婚式に出た翌日、ある男性の刺殺体が発見される。警察は容疑者を絞ったところ、その男性も失踪しているという事実が明るみに出る。その後、事件と有名レストランとのつながりが見えてき始め・・・・・
<感想>
序盤は硬さが見られたような気もするが、読み進めてゆくにつれて次第に文体もやわらなくなり、読みやすくなっていったように思える。読み終わってみれば、全体的には結構読みやすく、それなりに楽しめるミステリであったなという気がした。
内容だけ取れば乱歩賞に応募してもおかしくないような作品にも思えるが、軽口での会話のやり取りによって作品を読みやすくしており、こうしたちょっと軽めのミステリという仕上がり具合が「このミス」大賞に応募するにはちょうどよいぐらいになっているともいえよう。
実際のところ、欠点もない代わりにこれといった特徴もなく、受賞するだけの完成度は誇っているとは思えるものの、しばらくすればすんなりと内容を忘れてしまいそうなアクのない小説ともいえる。また、ミステリとしてのネタについても今で言えばさほど独創性もなく、どこかで見たネタにように思えなくもない。あともうひとつくらい、何か特徴付けるものが欲しかったところである。
ただ、“禁断のパンダ”というタイトルに込められた逸話や、料理や味覚というものを題材にしたところは見事に当たったと言ってよいであろう。
<内容>
東天高校文化祭が開始された。開始の合図をかざり、“FM東天”という放送がスタートされる。このラジオ放送により学内の催しが紹介されたり、学校内からゲストを読んでインタビューしたりと、さまざまな企画が用意されているとのこと。
そうしたなかで、学校の時計台を動かすように“FM東天”の謎のDJにそそのかされ、時計台の針に硬球をぶつけはじめる元野球部のエース山則之。一方、斉藤優里はDJが山に時計台を動かせば優里と付き合えるとそそのかしたことに腹を立て、DJの正体を暴こうとする。化学部の寺沢祐馬は“FM東天”の企画にかかわっているようであり、この催しが成功するように行動し始める。文芸部の古浦久留美は“FM東天”でちょっとした推理を披露したがため、斉藤優里にDJ探しを手伝わされるはめとなる。東天高校文化祭でいったい何が起ころうとしているのか!?
<感想>
文庫書き下ろしかと思って購入したのだが、3年前に単行本で出た本の文庫化であったらしい。単行本で出ていたことは全然知らなかった。初めて読む作家の本となるのだが、この作品は青春ミステリ、もしくは青春小説という感じで楽しんで読むことができた。
文化祭の最中に起こる事件を描いた作品・・・・・・と言いたいところだが、よく考えれば純然たる事件が実際に起きたわけではない。基本は一人の生徒が文化祭の中でラジオ放送を行っているDJの正体と、どこで放送を行っているかを突き止めるというストーリー。そしてDJの真の目的が明かされたときに初めて“事件”という全体像が明らかになるというもの。
基本は学生たちの文化祭の様子を楽しむというような内容。また、文化祭の最中“FM東天”という放送のなかで携帯電話を利用して生徒にインタビューを行うのだが、そのときの学生の主張というのが結構楽しめる。伏線というわけではないのだが、それら学生の主張と、“事件”の全体像とがうまくシンクロしているようにも感じられ、物語の完成度を高めているかのようにさえ思われる。
群像小説のようであるが、4人の登場人物のみに絞って話を展開させているので、スピーディーかつ読みやすい小説となっている。文庫作品としてはなかなかお買い得ではなかろうか。
<内容>
「クロロホルムの厩火事」
「シチュエーションパズルの攻防」
「ダブルヘッダーの伝説」
「クリスマスカードの舞台裏」
「アームチェアの極意」
<感想>
大学生の了が叔母が経営する銀座のバーでバイトすることとなった。その店の常連客である大御所ミステリ作家・辻堂珊瑚朗。辻堂が周囲で起こる、ちょっとした謎を快刀乱麻のごとく解き明かす短編作品集。
勝手なイメージではあるが、銀座の店の常連客である大御所ミステリ作家が北方謙三のように思えてならない。まぁ、違うにしても誰か元となる人はいるのだろうなぁ。その大御所ミステリ作家が解き明かす日常の謎シリーズと言いたいところだが、ミステリというよりは酒場における大人のゲームというイメージのほうが強い。
クロロホルムをかがされて女性が連れ去られたという状況から見出される真実。宛名不明のFAXに書かれていたシチュエーションパズルの謎。銀座に伝わる大人のための都市伝説の謎。クリスマスカードに書かれていた、辻堂の過去を巡る謎。こういった謎が紐解かれる様子をうかがうことのできるミステリ作品。
ミステリのシチュエーションとしては、酒場で語られる会話が主であるが、他にも主人公が足を使って事件を調べたりと、いろいろな様相が見て取れる。物語全体としては、酒場での小粋な会話あり、ゲームあり、さらには主人公である大学生のちょっとした成長を描いていたりと、色々な場面を楽しむことができる。うがった見方をすれば、経験豊かな大人の自慢話という気がしなくもない。ただ、やはりこれは大人が素直な気持ちで楽しむべき本というように思われる。若い世代の人よりも、30歳以上の大人にお薦めしたいミステリ。
<内容>
精神科医の榊は新しい勤め先であるS精神病院にて、前に働いていて亡くなった医師の患者を受け持つことになる。その患者の中で特に目を惹くのが17歳の亜左美であった。彼女は意図的に行っているのか、医師や看護婦に時にはなれなれしく、時には攻撃的に接し、周囲の人々は振り回されることとなる。榊医師は典型的な“境界例”と疑うのだが・・・・・・
また、江馬遥子はある工芸品をきっかけに自分の働く国立博物館に何らかの秘密を隠しているのではと疑いを持ち始める。そして調べていくうちに、昔ここで働いていた者が現在S精神病院に入院していることを突き止めるのだが・・・・・・
<感想>
ミステリーという感じではないので少々感想が書きづらいのだが、分裂病や多重人格障害などを真摯に描いた精神医学小説という評価が一番適しているであろう。ミステリーではないと書いたのだが、一応ミステリー的な要素も付け加えられている。というよりは、そのミステリー要素を付け加えることによって“ミステリー”として出版することを意図的に行ったように感じられる。しかし、結局のところそのミステリーの部分がかえって余計に感じられもする。なおかつ著者も書きながらそう感じたのかもしれないが、ミステリーの要素については後半に来てトーンダウンしているようにも受け取れる。
結局のところこの著者は分裂病や多重人格障害などにおける、あやまった判断や現状における精神病医学の考え方を描きたかったのだろう。ミステリーにおいて“多重人格”という要素はよく出てくる事柄である。しかし、この著者はそういったミステリーにて軽く取上げられるような状況に、“待った”をかけたかったのではないだろうか。本書を読むことにより、自分自身の“多重人格”に対する誤った考えや知らないことが多々あることを痛感させられる。
このように精神医学などといってあれこれかくと本書の内容がとっつきづらく感じられるかもしれないが実のところとても読みやすい。これはジャンルに関わらず多くの人に読んでもらいたいと思える本である。
<内容>
広告代理店“宣通”の企画部長・塔原に大きな仕事がまいこんだ。それは、中国と台湾の親睦を結ぶという大きなプロジェクトであった。塔原は中国を宣伝するための大々的なプロジェクトを計画し、実行へと移してゆく。そのひとつとして、“孫文”という人物を知ってもらうための映画等を作製するという作業が行われた。しかし、その孫文について調べていくうちに、歴史に隠された大きな秘密に迫ってゆく事に・・・・・・
<感想>
これは面白かった! まさに復刊に値する作品といえよう。
本書は広告マンが国をつなぐという、とてつもない大きな仕事に挑むという話。そして、仕事を進めていくうちに、国際的な謀略に巻き込まれてゆく。ミステリというよりは、スパイものとかコンゲームとか言われるようなもののようだが、こういうタイプのミステリもあるんだなと感心させられてしまった。こういう内容の作品というのはあまりないと思うので、その変り種のジャンルを追うだけでも一見の価値があるといえよう。
さらには、本書は歴史ミステリ的な意味合いを持つ作品にもなっている。まず移情閣という建物が実在することすら私は知らなかったので、それを知ることができただけでも貴重といえる。そして本書のメインとなるのは“孫文”という人物に対して歴史の表側から紹介され、さらには、その裏の人物像までを歴史背景と照らし合わせながら掘り返してみるという試みがなされている。
ただ、正直なところ序盤のほうは、わかりやすくまとめられていたと思うのだが、後半になってやけに煩雑になってしまったなという印象は否めない。後半はさすがに、ちょっとトンデモ歴史めいてきたようにも思えたので、もう少し浅くわかりやすくしてくれればなと思わずにはいられなかった。
この作品では、そうした歴史の背景にみえる裏側を掘り起こしながら、その虚実に登場人物たちが振り回されるさまが描かれている。そして、真実はいったいどのようなものなのか、さらには、これらの事象の背後に隠されたものがいったい何であるのかを、是非とも読んで確かめてもらいたい。入手しやすいうちに早めに購入しておくことを心からお薦めしたい作品である。
<内容>
1830年冬、少女コリンヌは祖父の元を訪ね、カナダからパリへとやってきた。コリンヌの父はパリの資産家の息子でありながら、親の反対を押し切りカナダで現地の女性と結婚しカナダで暮らしていた。そんな父が亡くなったため、祖父にそのことを知らせようと、コリンヌは単身パリへとやってきたのであった。しかし、祖父の対応は冷たく、遺産目当てで来たのだろうと疑われる始末。祖父はコリンヌにもし自分の孫と信じてもらいたければ、ライン河の双角獣の塔に幽閉されている人物が本当にナポレオンなのかどうか調べて来いと言う。意地になったコリンヌはライン河へと向かう事を決意する。そして彼女が選んだ、同行する旅の仲間は“酔いどれ剣士”と“海賊”と“自称天才作家”の3人であった。
<感想>
この本は同時期に出た「神様ゲーム」の後に読んだのだが、その両者の差異には思わず笑ってしまう。「神様ゲーム」はあまりお子様には進められない本というのに対して、こちらは是非とも子供に読んでもらいたい本となっている。まさに誰もが楽しめる冒険活劇となっており、誰にでも楽しんで読んでもらえることは間違いのない内容である。私自身も、これは小学生くらいのときに読みたかったなと思わせられる本であった。昔なつかしの「ルパン全集」を思い起こすような冒険活劇となっており、ロマンや冒険というものを強く感じ取ることができる作品に仕上げられている。
さらには本書は大人でも楽しめる趣向が付け加えられている。それは、主人公らが実在の人物であるという事だ。子供のころから本が好きで、読書をし続けていれば、きっとどこかで聞いたことのあるような名前を見つけられるに違いない。本書を読むことによって、そういった読書の懐かしさなども体験できるようになっていて、これは本当に色々な意味で良書といえるであろう。
これは勝手に“Grand U-gnol”からの夏休みの課題図書として指定しておきたいと思う。本好きの方はぜひ!
<内容>
国際会議のため来日した、ゾエザル王国の外務大臣・ジュサツ。独裁国家に対する強い風当たりにもめげず、常に笑顔をたやさない彼を癒す、おぞましいストレス解消法。
つぶれかけたフレンチ・レストランを救った、魅惑の食材の正体とは?
一家団らんのテーブルで告白される、悪食の数々など、全11篇。異才が贈る、駄洒落×ホラー×グロテクスのフルコース。
<感想>
グロテスク、あぁなんてグロテスクな・・・・・・しかし、そこにはなぜか美味があるのだ。
いやぁ、これはまいるの一言である。“食”というものをグロテスクな形に表した短編をこれでもかといわんばかりに見せ付けられる。これこそまさに“異食”の短編集であろう。ミステリにおいて“食”というと、カニバリズムが取り上げられることもあるが本書ではそんな領域は越えて行ける所まで行ってしまっている。
正直なところ、あまりにグロテスクな模写は受け付けられないところもあるのだが、だからといってページをめくる手が休まることはなかった。怖いものみたさというよりは、本書の中でいう“悪食”が映ってしまったかのように食い倒す、いや読み込んでしまった。この“いやな世界”には誰もが魅入られること間違いなし。
また、「俊一と俊二」などのように内容も秀逸な作品もあるので目が離せない。単なるキワモノ小説とはあなどれない味の数々を(じゅわっと)堪能できる。
余計なことではあるが、著者が普段は何を食べているのかが気になるところである。
<内容>
「落下する緑」
「揺れる黄色」
「反転する黒」
「遊泳する青」
「挑発する赤」
「虚言するピンク」
「砕けちる褐色」
<感想>
これは面白い! 本当に良い小説であった。今まで田中氏の作品を読んで、そのグロさや脱力さ加減によって読むのを止めたという人でもこの本はお薦めできる。
本書はテナーサックスプレイヤー永見緋太郎が数々の事件を解決していくというもの。と、これだけしか書かないと永見緋太郎という人物がかっこよく思えてしまうかもしれないが、実際はテナーサックスの腕はすごいものの、常識からは外れた天然ボケという感じの人柄。
この短編集はミステリーとしてよりは、ジャズを中心とした音楽を熱く語る小説として楽しむ事のできる本になっている。それぞれの短編を通して、ジャズの名プレイヤー達、名曲、名演奏が文章で表され、それを読んでいたらたちまちに、この熱い音楽の物語に魅了される事となるであろう。とにかくこれは読んでみて損はない小説である。
また、ミステリーの部分も決してあなどれないものとなっていることも付け加えておきたい。わかりやすいネタのものも多いのだが、クラリネットの消失を描いた「揺れる黄色」や時代小説の名作家をめぐる「遊泳する青」などはなかなか楽しませてくれるものとなっている。
後半に入ると、少々ミステリー作品集としては弱くなってきたなと思っていたのだが、最後の最後で「砕けちる褐色」により見事にやられたという気分にされてしまった。これは高価な名楽器が何者かに壊され、誰が壊したのかを探る内容となっている。そしてそれを探る際に、ジャズセッションを通して相手の人物像を読み取るという試みはとても面白く感じられた。さらにはメイントリックのほうもなかなか奇抜なものとなっている。
本書では短編の合間合間に田中氏によるジャズレコードの紹介が掲載されているのだが、それを読んでいて気づいた事がある。その内容を読んでいるとジャズは決して理路整然としたきれいなものではなく、グロテスクゆえに好ましいと感じられるものがあるというような事が書いてある。田中氏が書く小説ではグロいものが多く描かれているが、これは田中氏がジャズから感じ取ったものを文章により表現した結果なのではないかと感じられた。
それが実際のところ本当かどうかはわからないが、内容の面白さだけでなく田中啓文を読み解く上でも本書は重要な作品といえるのかもしれない。
<内容>
酒癖の悪い、とんでもない落語家のもとに無理やり弟子入りさせられた金髪の不良少年・竜ニ。いやいやながら入った落語の世界であったが、次第に竜二は落語というものに魅せられてゆくことに。
「たちきり線香」
「らくだ」
「時うどん」
「平林」
「住吉駕籠」
「子は鎹」
「千両みかん」
<感想>
「落下する緑」ではジャズを背景にした作品を描いた田中氏であったが、この作品では落語を背景として描いている。「落下する緑」を読み、またこの作品を読んでも感じた事なのだが、ミステリの要素がなくても充分にすばらしい作品であるということ。さらに言ってしまえば、ミステリの要素が余分にさえ見えてしまうこともある。というのも、本書ではそれぞれの短編作品で事件が起きて、それを主人公の元不良少年・竜二が解決するというパターンになっているのだが、この設定があやふやに感じられた。それは、事件を竜二が普通に解いてしまえばいいのに、その功を変に師匠に譲ろうとするから、無駄に会話がぎくしゃくしてしまう。このへんの設定はもうすこし工夫してもよかったのではないだろうか。
ただ、じゃあミステリの要素は完全に切ってしまったほうがいいかというと、実はそうも言えなかったりする。というのは、作品の中には、なかなか良い効果をあげているといえるものも含まれているからだ。特に無頼の兄弟子の人生を描いた「住吉駕籠」はミステリ作品としても良い出来であると思え、それは落語の要素があったからこそ良い作品になっていると感じられるのである。
といろいろと思うところはあるものの、少なくとも今後のストーリーを追うというだけでも、これからも読み続けて行きたい作品である。そして、それがミステリとしてもよく出来ていれば言うことはないのである。
<内容>
「苦い水」
「酸っぱい酒」
「甘い土」
「辛い飴」
「塩っぱい球」
「渋い夢」
「淡白な毒」
<感想>
田中氏の作品は、もうかなりの数読んでいて、最近若干飽きが出てしまったくらいである。しかし、その中でも読み続けているのは、落語のシリーズとこのジャズのシリーズの2編である。落語のほうは文庫で買っているのだが、こちらのジャズのシリーズは文庫待ちできずに、ハードカバーで購入している。そのくらい、読みたくてしょうがない作品集なのである。
本書の特徴はなんといっても、ジャズの魅力をいかんなく文章によって表現しているという一点につきる。私のようにジャズ自体にほとんど興味のない人でもジャズってカッコいいんじゃないか!? とこの本を読めば感じずにはいられなくなってしまうのである。その音楽やジャズというものに妙に引き寄せられてしまい、この本だけはすぐにでも買わざるを、そして読まざるを得なくなっているのである。
ただし、今回は前作に比べればミステリ作品集としては平凡になってしまったかなという感はある。今作は特にトリック重視のミステリではなく、物語重視のミステリ作品となっているので、あまりこれといって目に付く作品はなかった。
そういったなかで“グランドピアノの消失”を描いた作品があり、かなり期待したのだが、終わってみればそれほどという内容ではなかったのが残念なところ。
まぁ、ミステリのネタで濃いものを書き続けるというのはやはり無理があることであろうけれども、このジャズを偏愛する物語としてのみでも読み続けていきたい作品集であることは確かなので、今後も追い続けて行きたいと思っている。
<内容>
「動物園」
「日和ちがい」
「あくびの稽古」
「蛸芝居」
「浮かれの屑選り」
「佐々木裁き」
「はてなの茶碗」
「くやみ」
<感想>
笑酔亭梅駆こと、金髪トサカ頭の落語家・竜二が活躍する落語ミステリ・・・・・・といいつつも、もうミステリに関してはほとんど関係ない。このシリーズは竜二という青年がさまざまな困難を乗り越えつつ、落語家として成長してゆく様が描かれた作品として捉えるべき物語であろう。
前作から、そろそろ話が進みつつあるかなと思いきや、三歩進んで二歩下がるというもどかしい内容。そろそろ落語というもののすばらしさに目覚め、日夜精進をしているのかと思いきや、当の竜二にいたってはテレビやラジオなどの派手な世界を経験したがゆえに、そちらに気をとられてしまっている始末。結局のところ、全然話が進んでいないように感じられた。
しかし、よくよく見てみると、落語家としての自覚が決してないというわけではなく、今回竜二が注意力散漫になっているのは、落語の世界に慣れつつあることによる倦怠期のようなものと見なすができる。そう考えれば、決して竜二が落語家として精進していないという事はないのであろう。
ただ、今回は当の竜二に課せられる使命がやたらと無茶苦茶なものばかり。師匠が師匠だからしょうがないと思えるものの、もっと大切に育ててやれよと思わなくもない。ただし、登場人物たちにしてみれば、彼らなりに竜二を大切に育てているつもりなのである。
また、今回は特に竜二が高座に上がる場面が少ないわりに、師匠を含めた登場人物たちがやたらと竜二を天才扱いし過ぎるのも気になるところ。読んでいる方からしてみれば、気もそぞろで高座にあがって失敗ばかりしている場面しか読むことができないので、それを天才扱いされてもピンと来ないのが現状。
破天荒なところがこの作品のキモであるというのはわかるのだが、もう少し落ち着きのある流れ、もしくは落ち着いた中で披露する竜二の高座の様子が見られればと望まずにはいられない。
<内容>
「塞翁が馬」
「犬猿の仲」
「虎は死して皮を残す」
「獅子真鍮の虫」
「サギをカラスと」
「ザリガニで鯛を釣る」
「狐につままれる」
<感想>
3作続いたこのジャズミステリ・シリーズ作品も一区切りとのこと。私にとって未知の世界であるジャズというものを小説の世界で堪能させてくれた作品である。
ただ、残念であったのはジャズの世界は堪能できたもののミステリ作品としてだんだんと弱くなってしまったということ。今作でも7編の内、ミステリ的な展開を見せてくれたのは3作品くらいであったように思える。それ以外は単なる物語という感じ。
「塞翁が馬」では過去に起きたドラム対決の謎を解き明かし、「虎は死して皮を残す」では貴重なトランペットが消失し、「狐につつまれる」では誰も持ち出していないはずなのにゴールドディスクが消え失せるという謎。
あと、シリーズを通して残念に思えたのは、3作の連作短編ということで話が続いていたわりには、主人公らの心情に変化や成長が見られなかったこと。この作品にて物語の語り手である唐島は一念発起してアメリカへ行くものの、結局巡り巡って元のところへ落ち着いただけとも思える(人生経験とはなったのかもしれないが)。また、探偵役である永見に関しては終始一貫して変わりなく、成長のないままである。ミステリ作品としては永見が成長しなくても困らないのだが、ジャズ物語としては永見の成長こそがメインパートのように思われたのだが、そのへんのところはどうだったのであろう。
と、そんな感じで色々と思うことはあったのだが、楽しませてくれた作品であったのは事実。記憶に残るシリーズのひとつとなることは間違いない。
<内容>
K大学の中尾ゼミのメンバーで、ゼミ旅行として孤島へと行くことになった。メンバーは中尾教授と三年生11人、そして小杉景太の弟である雅水の13人。その旅行へと出かける前、メンバーのひとりである石元陽菜は電話によるストーカー行為に悩まされていた。また他のゼミのメンバーのなかには陽菜に恋心を抱くも、相手にされずいら立っている者が複数いた。そうした不安を抱える中での旅行となったのだが、ある嵐の日、事件が起きてしまうこととなり・・・・・・
<感想>
田南透という名の作家であるが、この作品が初の単行本デビュー作品とのこと。新進作家によるサスペンス・ミステリ作品。
実は読んでいる最中は、この作品に対してあまり良い印象が持てなかった。というのも、人間関係がどろどろし過ぎていて、作風がどうにも好きになれなかったからである。
展開としては、序盤は小杉景太、石元陽菜とそのストーカーという三人に視点を当てて描かれている。そして事件が起きた後は、捜査する警察やその他もろもろ色々な人にスポットを当てることにより話が進んでいく。
読んでいて、このへんに関してはもう少し統一できないものかと思われてならなかった。あまりにも視点がバラツキ過ぎ、さらには容疑者となる者達のなかに、さほど重要でない者達があまりにも多すぎるのではないかと感じられた。
そんなわけで、あまり良い作品だと思えなかったのだが、最後まで読み終えるとこの作品に対する印象が一変することとなる。あぁ、こういう風なのが書きたかったのかと納得。
基本的に本書に対してパズラーのような本格推理小説を期待してしまうと、やや期待から外れてしまうことになる。登場人物たちの様々な感情がほとばしるサスペンス小説くらいとして読んでいくのがよいと思われる。そうして、最後までたどり着くと、そこにはホラーテイストの怨念のこもった終着点へとたどり着くこととなるであろう。タイトルの「翼をください」というものがこのような意味で扱われているとは意外であった。
<内容>
蓮沼健は捨て子の「白」を拾ったがために、村からつまはじきにされ、学校では苛烈ないじめを受けることとなる。やがて健は村を出て行かなければならなくなるはめに・・・・・・。その日暮らしの生活の果てに、やがて健は大都会・東暁(とうぎょう)を目指す事に。
<感想>
面白くないし、楽しくない。
読み始めすぐに面白くないと思ったのだが、大賞を受賞したくらいの作品であるのだから、後から一山二山あるのだろうと思って読み続けてみた。しかし、最初の雰囲気から変わらず、そのまま話が終わってしまったという感じ。なにしろミステリどころか、エンターテイメントですらないのだから、何ゆえに大賞を受賞したのかがよくわからない作品。
しいて言えば、着目すべきところはその独特な世界観。物語は昔の日本が舞台になっているようでありながら、少々異なる別世界が創られている。その世界を創造したというところが認められての受賞作であるということなのであろう。とはいえ、個人的には角川ホラー文庫で読んだ「粘膜人間」よりも劣っているように思え、さほど突き抜けていたという感じはしなかった。一応、今後の活躍を見込んでの受賞ということなのであろうか。