<内容>
テーラーを営む曽根俊也は、父の遺品の中からカセットテープとノートを見つける。テープを再生すると、俊也の幼いころの声が聞こえてくるのと共に、“ギン萬事件”で恐喝に使われた音声と全く同じものが録音されていた。曽根俊也は自分の声が日本を震撼させた大事件に利用されていたことに驚き、その事件に関わっていたと思われる伯父の行方を捜し始める。同じころ新聞記者の阿久津英士は、社の方針で未解決事件を取材することとなり、今回選ばれた“ギン萬事件”について調べ始め・・・・・・
<感想>
昨年、話題となった作品。読んでみると実に面白い作品であったが、ミステリという観点から見ると、推理小説というようなジャンルからは外れてしまうように思えた。それゆえに、年末のミステリ系ランキングでは順位にばらつきが生じてしまったようだが、ひとつの小説としては文句なしの名作であると感じられた。
内容は30年前に起きたとされる“ギン萬事件”にまつわるもの。これは実際に起きた“グリコ森永事件”をモチーフとしている。この事件において恐喝に用いられたとされるテープの声に、子供の頃の自分の声が使われてたことを知った曽根俊也が事件について調べ始める。それと同時に、新聞記者の阿久津英士も社で“ギン萬事件”を取り上げることとなり、事件について調べてゆくこととなる。
基本的に事件が起きて、ということではなく、過去に起きた事件についての掘り下げとなっている。ゆえに、序盤はあまり取っ付き具合がよくなく、あまり面白い小説とは思えなかったのだが、徐々に新聞記者の阿久津が新たな証拠を見つけ始めてゆくと、その勢いと活気に乗せられてゆくこととなる。
そうしてやがて阿久津の調査と、曽根の調査が重なり合い、二人が出会うこととなる。実は、最初読み始めた時は、阿久津の調査のパートがあれば、曽根のパートって別にいらないのではないかと感じられた。ただ、物語が進むにつれて、実はこの物語は真犯人云々というような内容のものではなく、その事件に間接的に関わることによって、人生を踏み外すこととなってしまった者にスポット当てた小説であるということに気づき始める。それこそがまさにタイトルである“罪の声”というものに帰結してゆくのである。
小説と言いつつも、あくまでも“グリコ森永事件”ありきの内容であることは否めない。それでも、その題材を使って、うまくノン・フィクションに近いような物語と作り上げたと感心する。また、ただ単に犯人に肉薄していくというないようではなく、事件の関係者にスポットを当てたアプローチがこの小説に厚みを増したと言えよう。
<内容>
17歳の高校生、カズは地元から離れたところでアルバイトをしながら夏を過ごしていた。そんなとき、偶然会った友人の英介からカズの父親の死には裏があるということを聞かされる。そのことが気になったカズは英介が働くところでスキューバをしながらクラブで働き、父の死の真相を確かめようとするのだが・・・・・・
<感想>
少年の成長とスキューバーをからめた海洋ミステリーとでもいうべきなのだろうか。
全体的に見てみるとごちゃごちゃとした印象が残る。しかし部分部分に注目すると良くかけているように思える。よってもう少し的を絞って書いたほうがいい作品になったのではないかと感じられる。
少年がスキューバーの魅力にとりつかれていくところは面白く読むことができた。また、少年のバイト先の人々も個性的で面白い。だからこそ、そのあたりで話を留め、限られた登場人物で話を展開していってもらいたかった。話が後半に入ると登場人物が増えるだけでなく、話自体が大きくなりすぎ、当初の目的も定かでなくなってしまったような気がする。
この賞の趣旨からすれば、無理にミステリーのネタを盛り込むこ必要はないのだから、スキューバーを通しての少年の成長を描いた作品のみとしてのほうがよかったのではないだろうか。
<内容>
都市開発が進められる小さな町で生まれ育ち、もうじき中学生になろうとする少年・シュウジ。ごく普通の家庭であったはずが、兄のシュウイチが少しずつおかしくなりはじめてから、周りの全てが狂い出してゆくことに・・・・・・。やがて孤独を強いられる事になるシュウジ。孤高として生きたいと願うも、周囲との絆を求めずにはいられなく、彼と同じように孤独に生きるものたちにすがろうとするのだが・・・・・・
<感想>
何でもミステリの枠にはめてしまうのはよくないことなのかもしれないが、それでも本書を読んでいて、ある種のノワールのような小説という風に感じてしまった。ただし、実際にはノワール風な気はしても、完全にノワールという型にはまるような小説ではないとも思えた。
ひとつには、この小説の主人公は年少の少年であるがゆえに、たとえその境遇から逃げたいと思っても自分で望む道を選択することができないということ。さらには少年であるが故に、なにかから逃げたいと思っても、現状から堕ちていくことを考えるのではなく、そこに必ずなんらかの希望を求めているように感じられるのである。
また、この作品ではシュウジ少年に対して、必ず絶望の中に一筋の希望が常に存在するように描かれている。その行く末を見守っていると、そこに一筋の希望があるからこそ益々残酷にさえ感じられるのだが、その希望があるためにシュウジ少年はなんとかこの世の中に折り合いをつけて生きていこうとしている。
家族の崩壊と都市開発事業の間に人生を翻弄され、アカネや神父という彼を思ってくれる人に助けられ、そしてエリという希望を追い求めながら人生を疾走し続けてゆくシュウジ。この本を読み終えた後に「シュウジは孤高を貫きながら希望を見出す事ができた」と単純に言ってよいものなのか迷うところである。決して、考えさせられる小説と言うものではないのだが、何かを思わずにはいられなくなる小説であった。
<内容>
村内先生は中学の臨時講師。村内先生は言葉がつっかえて、うまくしゃべることができない。だからこそ村内先生は大切なことしか話さない。孤独な生徒達を救うために村内先生はさまざまな学校へ行き、そして「よかった、間に合った」と・・・・・・
「ハンカチ」
「ひむりーる独唱」
「おまもり」
「青い鳥」
「静かな楽隊」
「拝啓ねずみ大王さま」
「進路は北へ」
「カッコウの卵」
<感想>
内容を少し読んだだけで、良い話なんだろうなぁ、と思い、実際に読んでみることとした。そして読んでみたところ、思ったより深く、思ったよりグッときて、思ったよりも泣ける小説であった。
巷で起きている学校内における問題。それには色々なパターンがあり、決してこのようにすれば解決できるという手法はないのだろうと思われる。しかし、この本を読むと、そういう問題の中にもいくつかの決まったキーワードがあるのではないかと感じられた。“ひとりぼっち”と“嘘”。
この作品に登場する村内先生はひとりぼっちの生徒の側に寄り添い、君は決してひとりぼっちではないのだとメッセージを残していく。村内先生との交流によって生徒は自分自身をまたは希望を見出すことができるようになる。そして村内先生は「よかった、間に合った」といい、その学校を後にする。
この村内先生の存在が決して学校内の先生ではなく、臨時講師であるというのはなんとなく皮肉なものを感じてしまう。たいせつなことを教えてくれる先生は学校の外からくるのだと。
ただ、村内先生がすぐに他の学校へと旅立ってしまうのは、他にそのような生徒がたくさんいるからというだけではなく、希望を見出した生徒はその後は自分で道を歩んでいかなければならないという厳しさを教えているようでもある。
最後の物語である「カッコウの卵」ではかつて村内先生のお世話になった青年の姿が描かれている。彼は村内先生に会った後も決して楽な人生を過ごしてきたというわけではないであろう。しかし、少なくとも一番誰かが必要なときに、自分のためになってくれるという人がいたということが彼にとって何らかのささえになったのではないであろうか。
本文中で村内先生述べている「先生というのはずっと味方ではないけれど絶対に敵ではない。できるのはみんなのそばにいるだけ」という言葉がこの小説の全てなのではないだろうか。
<内容>
「砂漠を走る船の道」
「白い巨人」
「凍れるルーシー」
「叫 び」
「祈 り」
<感想>
世界を旅する日本人・斉木が遭遇する数々の謎を描いた短編集。“何故”という部分にスポットをあてた、異色のミステリ作品集となっている。
「砂漠を走る船の道」では、砂漠を旅するキャラバンの中で殺人事件が起こる。何故砂漠の中で、そして何故この少人数の中で殺人を犯さなければならなかったのかが焦点となる。また、最後の最後でもう一幕、意外な展開が待ち受けている。
「凍れるルーシー」は“生ける聖人”を正教会に列聖を願う地方の教会の謎を描くもの。この作品は物語が進んでいかなければ、どこに謎があるかわからないものとなっている。
上記の2作品が特に優れていると思えたが、この2作は「ミステリーズ」に掲載されたもののよう。残りの3作品は書き下ろしのようだが、前述の2作と比べてやや落ちる。ただ、伝染病の被害にあった村の中で起こる殺人事件を描いた「叫び」はそれなりに良かったか。
一冊の本にするということで、書き下ろし作品は書き急いだのかなという感じがする。もっとじっくりと作品を描いてもらってから、作品集にしてもらったほうが良かったかもしれない。
<内容>
カンボジアにてストリートチルドレンとして生きることを強いられた日本人少年ミサキ。過酷ながらも、仲間たちに助けられ、日々笑いながら生活することができていた。しかし、彼らを襲う正体不明の連続殺人鬼により、幸福な日々が一転することに。いったい誰が何のために? ミサキはその謎を解こうとするのであったが・・・・・・
<感想>
梓崎氏、久々となる第2作品はカンボジアを舞台にした長編小説。ストリートチルドレンとして生きる日本人少年とその仲間たちが謎の連続殺人犯に襲われるという内容。
本書はミステリというよりは、カンボジアに生きるストリートチルドレンにスポットを当てた小説という趣きが強い。物語の前半はその彼らの暮らしぶりが描写されている。中盤から後半にかけて、ようやくミステリ的な展開がなされていくこととなる。
ミステリ的な部分としては、本題よりも“ゴーレム”に関する解釈のほうが楽しんで読むことができた。これはこれで、短編ミステリ一本分のネタに十分なりそうな話。本題の連続殺人事件に関しては、ミステリというよりもあくまでもストリートチルドレンとして生き方やコミュニティとしての物語という感じがした。
ただ、本書がミステリとしては弱いと感じられても、ミサキを始めとするストリートチルドレンらの生き方を描いた物語としては胸を打つものがある。近代化するカンボジアのなかで、人とみなされない彼らが見えない力によって翻弄される様子がまざまざと描かれている。
<内容>
合戦の最中に部屋から消えた姫君、不可能状況での刺殺事件、戦国時代に起こる数々の難問を解決するのは放浪の老名医・残夢。数々の不可解な謎の裏側に隠された真実とは!?
<感想>
戦国時代に起こる不可解な謎を解く伝奇ミステリー短編集・・・・・・とでもいうべきか。最初の作品を読んだときは戦国時代の話というよりは、ファンタジー小説を読んでいるような気分になった。かと思えば、次の作品はガチガチとも思える時代小説風になったりとなんとも取りとめがないという印象。だいたい、不死身の騎士や忍者軍団が出てくる中で不可能犯罪といわれても困ってしまう。なにしろ、不可能犯罪よりもすごい事をやっている者達が続々と出てくるのだから。
時代ミステリーをやるならやるで、伝奇の要素は抜いたほうがよかったのではないかと思うのだが。
<内容>
王都にて皇帝の側近が殺された。その事件を解き明かすため、探偵府の利春が呼ばれることとなる。事件の謎を解く鍵は禁書に描かれている4つの物語。これらにはそれぞれ、生死を司る神の水の謎、城壁をすり抜ける軍隊、誰もいなくなった島での事件、砂漠の都市の消失、という奇譚について描かれている。これらから解き明かされる真実とは!?
<感想>
獅子宮氏の作品を読むのは2作目で、前作はあまり出来がよいとは言えず、今作もそれほど期待はしなかったのだが、実際読んでみると思っていたよりも楽しめる作品であったので驚かされた。この調子で今後もどんどんよい作品を書き上げていってもらえればと願っている。
ただ、今作が良いとはいってもあくまでも前作と比べてのこと。本書に対する率直な感想としては、背景などの構想に多大な労力をかけた力作と思えるが、その背景が作品全体にあまり生かされていないというもの。
本書は連作短編となっていて、最初と最後でそれらの謎をひとくくりにしまとめるという作品。ただ、ひとつひとつの短編はうまくできていると思われるのだが、それらを結びつけるという上ではあまり良くできているとは思えなかった。
個人的には、いちいち短編をひとつにまとめあげずに、それぞれの独立した作品でよかったと思える。また、それぞれの作品を全く別の年代にして、ひとつの大きな年代記を作り上げているのだが、それも効果としてはいまひとつ。読んでいる身の上では、ひとつの時代でひとりの主人公にしてくれたほうが取っ付きやすかった。
こういった独自の作風を創り上げるということこそ作家として大切だということはわかるのだが、それが読者に素直に受け入れられるかはまた別の話であると思われる。最初と最後に出てくる探偵府の人々にしても余計な登場人物としか思えなかったり、全体的に見るとどこかバランスを欠いているように感じ取れてしまう。
リーダビリティは十分あったので、あとはもう少し読者がついてゆきやすい世界を創りあげてくれたらと願うしだいである。
<内容>
小さな島国ながらも神聖な国として名高い“朱論”。この国に、新たに皇帝の座につくと予想される豹武が突如軍勢を率いて攻めてきた。武力をほとんど有しない朱論はあっという間に攻め落とされる。巫女の宝樹や彼女を守る夏座丸、秋明ら数名は命からがら船で逃げ延びることができた。しかし、安全と思われたのもつかの間、彼女らは敵の船につかまり、都へと連れていかれることとなる。そこで起こる不可思議な事件の数々。宝樹らの運命はいかに!?
<感想>
作者の意図は、ミステリ的な要素をふまえたうえで、壮大なファンタジー小説を構築していくということのようである。ただ、ミステリ云々よりも肝心とも言える物語自体がつまらなく感じられてしまうのは致命的ではないだろうか。
複数の主人公一団が、争乱に巻き込まれ波乱の運命をたどることとなる・・・・・・のであるが、その主人公たちがほとんど自分たちの意思で行動せず、起こる事象をただ眺めているだけ。謎を解くにしても、後から事実を確認するという感じで、その謎を解くという行為が物語上不可欠というようにも思えない。むしろ、本書での悪役である者達のほうがアグレッシブに行動していたように思える。
そんなわけで、ミステリらしいことをやってはいるのだが、全体的に締まりがないという印象であった。登場人物の数も不必要に多すぎていたように思われる。一応、続編を見据えてということのようにも思えるのだが、この作品を読んだ限りでは続きを読むという気は起きない。
<内容>
大富豪・天綬在正と美貌の妻・麗火、彼らが住む幻遊城に暗黒卿と名乗る者から殺人予告が届けられる。それを阻止するために雇われたのは、ごく一部の者のみが知っている謎の名探偵“ダーク探偵”。そのワトソン役として売れないミステリ作家である三神悠也が選ばれた。彼らは幻遊城へと乗り込み、屋敷のもの達と犯行を警戒するものの、結局殺人事件が起きてしまう。しかも、その事件自体が不可能犯罪となっており・・・・・・
<感想>
うーん、久々に残念な新本格ミステリを読んだなと。なんか、せっかくの雰囲気が台無しというか、本格ミステリに必要な雰囲気自体を書ききれていない作品という感じであった。
読んでいる最中は、実はこの作品はパロディというか、全体的に“冗談”というような終わり方をする作品なのかと思い込んでいた。しかし、謎の真相が明らかにされる部分では、思いのほかきちんとしたトリックが使われており、しかも犯行を行ったものの動機と狂気がしっかりと練られており、そこは素直に感心させられてしまった。しかし、問題はそのトリックや動機を支えるべき作品として、物語全体が仕立て上げられていないことである。
“ダーク探偵”とか“暗黒卿”とかいう命名も微妙であるが、どうも妙な冗談を交えつつ物語が進行し、全くと言っていいほど緊迫感が出ていない。物語の流れについても、わかりにくかったり余計なものが多かったりと、微妙な点が多すぎる。また、機械的トリックを扱っている場面についても、全くと言っていいほど、その情景が思い浮かべられなかった。
南雲堂から出ている“本格ミステリワールドスペシャル”というレーベルの本の第三弾ということで購入したのだが、本格ミステリとしては非常に微妙な作品であった。全てが悪いというわけではないからこそ、どうしても残念に思えてならない。もっと著者の力量があれば、良い作品に仕上げられたと思えるのだが。
<内容>
ドイツにてナチス政権が誕生したころ、日本人・早瀬秀一は上海にて胡散臭い新聞社で働くことに。彼はナイトクラブで上海ピュアドールと呼ばれる踊り子と出会い、何故か彼女から気に入られる。そして早瀬は、上海で活動する殺し屋、上海デスドールの正体を追うこととなるのであったが・・・・・・
「赤死病ドール」
「洛神ドール」
「パオマードール」
「魚腸剣ドール」
「ペルシャンドール」
<感想>
獅子宮氏が久々のミステリー・リーグで登場。物語的には面白かったけど、ミステリとしては物足りなかったかなと。
序盤は不可能犯罪が起き、それらをどのようにして上海デスドールが成し遂げたのかが問題となる。一応、密室殺人が扱われているものの、“密室”という点に関しては微妙であったかなと。それでも工夫をこらした不可能犯罪ということで興味深く読むことはできる。最初の2編の短編については、不可能犯罪が取り上げられ、残りもそのように進められるのかと思いきや、そこからトーンダウン。後半はミステリというよりも物語重視のような感じであった。
全編わたって問題となるのは、上海ピュアドールと上海デスドールの関係。そして、主人公を含めた彼らの行方。彼らがどのような人生を経て、どのような道筋へと進むのかが焦点となってゆく。ただ、最後にきっちりとした道筋を付けなかったところには不満が残ってしまう。というか、まさか続編が出るという流れなのでは・・・・・・
それと一番不満に思えたのは主人公・早瀬と上海ピュアドールの関係性。別に恋愛そのものが悪いとは思わないのだが、上海ピュアドールが早瀬に惚れるという部分があまりしっくりこなかった。どの段階で心境が変化していったのかもよくわからないし、そして彼女の抱える問題から考えると、その人生の方が恋愛よりもよっぽど重たいような気がするのだが。
<内容>
巻島史彦警視は誘拐事件の身代金の受け渡しの際に、“ワシ”と名乗る犯人に逃げられてしまい、誘拐された子供を殺害されてしまうという失態を犯していた。それから6年後、連続児童殺害事件が起き、懸命な捜査が続けられるも一行に犯人の手掛かりがなく捜査は行き詰まりを見せていた。警察は現場の捜査官をテレビニュースに出演させて、公開捜査を行うことによって犯人をいぶりだそうとする作戦をとることにする。その捜査の中心にすえられることになったが巻島史彦であった。巻島はテレビを通して犯人に語りかけ、犯人の手掛かりをつかもうとするのだが・・・・・・
<感想>
単行本で発売されたときに、そこそこ話題になった作品。とりあえず文庫化を待ってから読もうと思い、ようやく読む事ができた。それで、読んでみた感想はといえば、かなり面白い作品であった。ガチガチの警察小説としてお薦めできる作品である。
本書の主題を挙げるとすれば、“見えない犯人像”というものになるだろうか。警察側からすれば当たり前なのだが、捜査に終止符が打たれるまでは、犯人がどのような人物なのかはまるっきりわからないわけである。ひょっとしたら犯人は非常に気の弱い人物なのかもしれないが、具体的な人名が挙がらないかぎりは、あくまでも“見えない犯人”を追わなければならないのである。それが捜査側に与える恐怖感というものがよく現れた作品になっている。
また、本書の特徴としては“劇場型捜査”というものに取り組んだ作品であるということ。一方的ながらも、テレビを通して犯人に語りかけることによって、犯人になんらかのモーションを起こさせ、そこから捜査の突破口を開こうというものである。この試みはなかなか面白い。
ただし、実際にこのような捜査を行えるかといえば、それは微妙なところであろう。1回の事件だけならば効果があるかもしれないが、事件が起こるたびにこのような事を行ってしまえば効果は薄れてゆくことになるだろう。また、テレビという媒体を通すとどうしてもフィクションめいた感覚が強くなり、嘘っぽくなってしまうというのも欠点であろう。
ただし、本書の中ではその“劇場型捜査”というものがいかんなく発揮され、物語上うまく効果をあげるものとなっていることは付け加えておきたい。
そうして犯人逮捕へと流れ込んでゆくわけなのだが、ここでも突発的なひらめきにより犯人が逮捕されるというわけではなく、あくまでも地道なローラー作戦による捜査により犯人をいぶりだしてゆくという手法をとっている。こういった細やかな地味さが警察小説として成功している一因といえよう。
その他にも、最初に主人公が誘拐事件の捜査で失敗したことや、劇場型捜査を行う際に内部から情報リークするものがいたりと、色々な面からうまく作品を作り上げているということができる。長編の警察小説としては久々に面白いものを読んだという気がする。
最後に予断ではあるが、本書が映画化されるという告知が帯にはられ、主演の豊川悦司の写真が写っているため、主人公は常に豊川悦司の顔がすり込まれた状態で読むこととなった。結構作風にあっていたと思われるのだが、実際のところ映画はどのようなものになっているのか、ちょっと気になってしまった。
<内容>
私立探偵メグはVヴィレッジの住人、つまり吸血鬼なのである。そのメグが引き受けた仕事は、依頼人の夫が出張している間に妻が浮気をしていないか見張っていてもらいたいというものであった。メグは探偵のアルバイトしてくれる作家と二人体制でその家を見張っていたのだが、急にその家から人の気配が消えていることに気づく。あわてて、その家に駆けつけてみると、家にいたはずの妻が消え、出張していたはずの夫の惨殺死体を発見する・・・・・・。そしてさらに事件は予想だにせぬ方向へと発展していくことに・・・・・・
巷で起こっているクリスマースローズ連続殺人事件とこの事件には何か関連があるのか!?
<感想>
想像以上にぶっ飛んだ作品であった。前書きにて主人公が吸血鬼であると書かれているので、一風変わったミステリーになるのだろうとは思っていたのだが、予想以上にやってくれている。
私立探偵が主人公なのでハードボイルド的な内容になるのかと思いきや、裏をかいたように本格ミステリーが展開されている。監視されているマンションの部屋にて突然消えうせた人物と突如現れた死体。さらに目を離した隙にそれらがまた入れ替わっているという不可能犯罪がなされている。
そしてその解決はというと・・・・・・。とてもフェアであるとはいいがたい。その“フェア”という点において本書で不満に思う点は
<ネタバレ→>
吸血鬼という設定を使ってはいるものの、彼らが暮らしているのはあくまでも人間界のはず。それを事件の当事者や解決にまで吸血鬼という設定を取り入れてしまうのならば、吸血鬼のみが生息する地域にて犯罪を起こせばいいのではないだろうか。加害者や被害者に吸血鬼が含まれるのであればあらかじめ明らかにするべきであろう。
<←ここまで>
とはいえ、そのぶっ飛び具合はなかなか楽しめるものといっても過言ではないので、読んでもらいたい本ともいえる。
<内容>
視力を失った村上和久は娘から孫への腎臓移植を娘から頼まれるものの、移植には適さないと診断される。そこで和久は兄の竜彦を頼ることに。しかし、兄は移植どころか検査まで断る始末。兄は中国に置き去りにされた後、27年前に中国残留孤児として日本に帰国していたのだ。失明していて兄の姿を見ることのできない和久は、その兄が偽者ではないかと疑い始める。しかも和久の元に何者かわからないものから謎の点字の俳句が届き始めていた。もしかして、それは本当の兄からの訴えではないのかと!? 和久は兄のことを知る人をたどって、その正体を調べようとするのであったが・・・・・・
<感想>
江戸川乱歩賞受賞作というだけでなく、各ランキングでも上位にとりあげられていたので興味をもっていた作品。文庫化されたのを機に入手して、ようやく読むに至る。
これは非常に面白かった。江戸川乱歩賞らしい作品でもありつつ、ミステリとしてもよくできてい感心させられる。処女作であるにも関わらず、とても読みやすかったところにも驚かされた。
主人公が盲目というだけでも十分な一つのテーマとなりそうなのであるが、そこに臓器移植、中国残留孤児などの話をからめ、一つの大きな物語にしてしまった手腕は凄いと思われる。物語の大きなテーマは中国残留孤児として帰ってきた兄が本当に自分の兄なのか、というもの。盲目ゆえに兄を疑い、さらには本当の兄だと名乗り出るものも出て来て、主人公はどんどん疑心暗鬼にかられてゆく。しかも、孫の臓器移植という問題があるゆえに、その真相を調べざるを得ないという風に話を展開させているところが心憎い。
そして結末に明らかになる真相も見事であった。意外性もさることながら、その真相により全ての事象がきちんと収まるところにはまってゆく。新人の作品であるということに驚かされてしまう驚異的な力作のミステリ。
<内容>
増田直志が、雪山で雪崩により遭難した兄の遺品を整理していると、兄のザイルに細工が施されていたことに気が付く。直志は、ひょっとして兄は、何者かに殺されたのではないかという疑問を抱くことに。そんな折り、その雪崩に巻き込まれながらも生存していた高瀬という男がテレビでインタビューに答えていた。高瀬が言うには、彼は直志の兄らのグループに助けを求めたが見放され、別行動をしていた加賀谷という男に助けられたと。直志は兄が悪者扱いされることに傷つきつつ、兄がそんな行動をとるはずがないと信じ、自ら真相を調べ始める。すると、雪崩による遭難者がまた一人救出されたのだが、その男は高瀬とは全く逆の証言をし始め・・・・・・
<感想>
デビュー作「闇に香る嘘」が面白かったので、別の作品も読んでみようと思い購入。今作は山岳ミステリとなっている。
兄の婚約者に秘かな思いを寄せていた弟の増田直志。その婚約者の女性が山で亡くなったことから兄を責めるものの、その兄も山で雪崩により亡くなってしまう。直志は兄の死に疑問を抱き、自らの手で調べようとする。すると、その雪崩に巻き込まれつつも生存していた二人が別々に生還するのであったが、二人の証言が食い違うものとなっていた。その事件を調べようとする山に詳しい、フリーの女性記者と共に直志は真相を調べ始める。
と、要約してみたのだが、登場人物の相関図とか、過去の事件とか、それぞれの登場人物が抱く過去とか、要素が非常に多いものとなっている。読み終えて考えてみると、よくもこれだけの要素を一冊に詰め込んだなと感嘆させられる。
ただ、印象に残るのはミステリ的なものというより、山に対するそれぞれの思いや、それぞれの人々の過去に対する捉え方について。生還した故に罪悪感を抱いてしまうという思いは、作中で書かれているように山のみならず、東北で起きた大震災や、さまざまな災害にも言えることなのであろう。ゆえに、この“生還者”というタイトルだけ捉えても、色々と考えさせられる内容になっている。
この著者の作品はこれで2作目であるが、これだけで判断すると、なんとなく真保裕一氏っぽい作風のような感触を抱く。まさに、江戸川乱歩賞受賞者らしい作品の書き方であると思われる。まぁ、今後書かれる作品の内容や、シリーズ作品などで当たりが出たら、一気に印象が変わるかもしれないが。
<内容>
放浪の数学者・十和田只人は、世界的な建築学者である驫木煬から、彼が建てたという“眼球堂”へと招待された。そして招待されてもいないのに、勝手に十和田についてくるルポライターの陸奥藍子。人里離れたところに建てられた巨大建築物“眼球堂”。彼らは、そこで同じく招待された各界を代表する者達と共に過ごすこととなったのだが、一晩明けた後、彼らを待っていたのは奇怪な状態の変死体! さらに、彼らは眼球堂に閉じ込められどこにも脱出できない状態となる。次々と事件が起こるなか、十和田は眼球堂の謎を解こうとするのであったが・・・・・・
<感想>
久々にメフィスト賞らしい作品が現れた。この作品を読むと、森博嗣の作品に刺激を受けて書いたのではないかと想像させられる。
“眼球堂”という如何にも怪しげな建物が登場し、そこに人々が集められる。さらには、その建物に閉じ込められ、もはや何が起こるのかは予想通り。これこそクローズドサークル・ミステリだ! と言わんばかりの展開が待ち受けている内容。
個人的に、こういった大がかりなトリックを使った推理小説は大好きで、かなり好みの作品である。この著者は次の作品を夏ごろに刊行する予定のようだが、今後もこうしたミステリ作品をどんどんと書いていってもらいたい。
それで、この作品の内容に関してなのだが、大雑把に言えば面白い作品と言えるのだが、細かく言えば、新人作家らしい荒も目立つ。天才らしき人々が多数登場している割には、一行に天才らしさを感じられないとか、細かいやり取りの描写が気になったりとか、これくらいのトリックであればもっと早く気づいてもよいのではないのかとか、などなど。“天才”という存在を気軽に出すのはよいのだが、実際のところその天才というものを取り扱うとなれば、これはかなり難しいのではなかろうか。それを考えると“天才”などというものは、せいぜい一人いれば、十分とも思えるのだが。
最終的な真相にしても、心理的に納得がいかないという部分もあるのだが、大雑把なミステリとしては十分及第点が採れていると感じられる。“メフィスト賞”というもの自体に、読者たちがもっと刺激を受けてくれるよう、これからもどんどんと刺激的な推理小説を書いて行ってもらいたい。
<内容>
湖畔に建てられた巨大な建築物、ダブルトーラス。それは大きなカギを二つ上下に重ね合わせたかのような構造をしている。美術館となることを予定して建てられたものであったが、その企画自体がなくなり、建物は廃墟となっていた。その建物を購入したのが謎のベールに包まれた数学者・降脇一郎。しかし、その降脇が死体となって発見された。しかも容疑者として捕らえられたのは放浪の数学者・十和田只人であった。現場の状況からして、十和田にしか犯行を成し得ないということなのだが果たして真相は!?
<感想>
前作“眼球堂”に続いてのメフィスト賞作家が送る2作品目。ひょっとすると2作目あたりに、質の良い内容のものを持ってくるのではないかと期待していたのだが・・・・・・そうでもなかったかなと。
ミステリのトリック自体は面白いのだが、そのトリックを生かすための説明や展開がなされていないというのが一番の欠点。物語の途中では、話とあまり関係のないような数学関連の話ばかり。その数学関連の話が真相を表しているのかといえば、真相自体がそれほど複雑なものではない。むしろシンプルなくらい。
ミステリ小説として、もっと語るべきこととか、やるべきことがあったのではないかと思われる。なんとなくただページを埋めているだけの作品にすぎないような印象。メフィスト賞が盛りあがっていたころには、良い作品もあったが、あまり良くない作品も粗製乱造されていた記憶がある。そんな悪い印象のほうを思い起こしてしまう今回の作品。
<内容>
数学者・十和田只人は、善知鳥神(うとう かみ)から“五覚堂”に呼び出される。そこで善知鳥により、館で起きた殺人事件の映像を見せられる。遺産相続のため、館に集められた11人が五覚堂で過ごすこととなるのだが、彼らは密室殺人事件に遭遇することとなり・・・・・・
<感想>
メフィスト賞作家による三作品目。今までの作品のなかでは、この作品が非常にシンプルでうまく描けているのではないかと感じられた。
今作ではさまざまな図表が提示されている。そのなかでもメインとなる五覚堂という館の見取り図。居住区以外の部分で、やけに妙なものがくっついているなという印象。その館で起こる密室殺人事件へと物語は発展していくわけだが、今回の“密室トリック”については、なかなかのものだと感心させられた。ややバカミス気味のような気もするのだが、ここまで盛大にやってくれると、むしろ満足させられてしまう。
また、遺産相続をからめた話や、過去の事件とリンクさせた物語もそれなりにはまっていたと思われる。今作では数学的な話は少なく、全体的に無駄がなくてうまくまとまっていたという印象。前作のように、物語に絡んでいるとは思えにくい数学の話を長々と語られるよりは、今作ぐらいシンプルに構成してくれたほうがミステリとしては読みやすい。4作品目のタイトルも決まっているようで、その次回作にも期待したい。
<内容>
数学界の重鎮、藤衛から伽藍島に招待された宮司百合子。それを心配し、一緒について行くことにした百合子の兄で警官の宮司司。到着した島で彼らは十和田只人と善知鳥神らに出会う。その島では二人の数学者が講演を行うこととなっていた。島の宿泊所から離れた場所にある伽堂で、ひとりの数学者が講演を行い、その後、別の場所にある藍堂でもうひとりの数学者が講演を行うというもの。そのスケジュールに従って移動をし、講演を聞く招待客たち。その後、講演を行った二人の数学者が戻ってこない。すると、伽堂で二人の数学者がマイクに“はやにえ”のような形で死亡しているのが発見される。いったい、どのようにすればこのような不可解な状態になるというのか? また、ひとりの数学者は伽堂に行けるはずがないのだが・・・・・・
<感想>
周木氏の“堂”シリーズというべきか、からくり館シリーズというべきか、数学者十和田が探偵として活躍するシリーズ4作品目。しかも今年2冊目。
近年、減りつつある本格ミステリ作家であるが、そのなかでもまさにメフィスト賞らしく、新本格ミステリ作家らしい活動を続けてくれるのが、この周木律氏。今作も期待通り、大がかりな設定の島と館を用意してくれて、そこで不可能殺人事件が起こるという内容。
今作のポイントは、被害者の二人が“もずのはやにえ”のようにマイクスタンドに刺さっているという不可思議な状況がどのようにして作られたのか。そして、入り口が遠く離れた二つの部屋をどのようにして移動したのか。という二点。このミステリに十和田が挑戦するというもの。
いつものように図入りの説明でミステリが構成されているが、今作はなかなか難解な問題という気がした。島の形があえてシンメトリーではないことが読者を惑わせる要因か。しかもメイントリックについては、奇想天外なもので面白く、よく考えたなと思わされるもの。今までの4作品のなかでは、トリックとしては一番良かったのではなかろうか。
ただ、今回の幕の引き方は微妙に感じられるところ。登場人物の関係を考えると、シリーズ上、特に不思議なことはないかもしれないが、何故かもやもやが残ってしまう。これはシリーズとしての今後の展開によって見方が色々と変わってくると思ってよいのかな?
<内容>
“教会堂”という建物に数学に関わる“真理”が隠されていると言われ、誘われるように教会堂を訪れる数学者。そこを訪ねてゆくものが行方不明になったことを知り、雑誌記者や警察関係者らが訪れ、彼らも次々と行方不明となったのちに、死体として発見されることに! そして新たに教会堂に誘われるものとして、宮司司、善知鳥神、さらには宮司百合子までも。教会堂に隠された真相とはいったい!? そして訪れた者の運命は??
<感想>
シリーズ5作品目となる「教会堂の殺人」。今作はいつものように、館に人が集められて殺人事件が起こるというようなものではなく、謎の建物のなか惨劇が起き(起きているらしい?)、その後また別の者が訪れるという、ひとりひとりに試練が訪れるというようなもの。読んでいる者には、徐々に建物のなかで起こる惨劇が知らされることとなるのだが、初めて教会堂を訪れる登場人物たちは、何が待ち受けているかがわからない。そして、建物の最終地点へと到達したときに、とある選択を強いられることとなるのである。
今回の趣向の異なる試みは、非常にうまくはまっていると感じられた。ゲーム小説のような感じにしたところが、建物に関するトリックというか構造をうまく盛り立てていたと感じられた。今までの通常の館殺人のような感じにしなかったことにより、シリーズのなかでも1、2を争うほどの作品となったように思われる。ただ単に、袋小路に陥るだけというものではなく、きっちりと生き残るための筋道を示したところは見事であった。
この作品単体としては良いのだが、シリーズとしては大丈夫なのかと心配してしまう。なにしろ、ずいぶんと今まで出てきたキャラクターが亡くなってしまったような??
<内容>
警察が連続爆破犯のアジトに突入すると、そこには爆破犯と思われる男ともう一人の何者かが争っていた。結局爆破犯には逃げられ、何者なのかわからない男だけが逮捕された。男は鈴木一郎と名乗るものの、身元やその人となりも一切不明であった。そこでこの男を精神分析にかけ身元を調査しようとするのだが・・・・・・
<感想>
うーーん、面白いといってもいいのかな。ちょっと微妙なラインの本である。
ある種のトンデモ本的作品のように感じられる。しかし、それがいまいち煮え切らないのは全編終始まじめだからでだろうか。これはまじめに話を進めるがゆえにインパクトが足りなくなってしまったのではないだろうか。
いや、これはずばり言ってしまおう。本作品は乱歩賞ではなく、メフィスト賞に出すべき作品であったのではないだろうか。乱歩賞に応募するからこそ、まじめな文体で書かざるを得ないのであろう。しかし、これをあらかじめエンターテイメント作品として書くことによって、もっと主人公を跳梁跋扈させることができたのではないだろうか。はっきりいってこのままでは、せっかく創造した主人公がもったいない。この際、闘いの場を移し、悪の組織も登場させ、ネオ特撮ヒーローとして活躍させてはどうだろうか?
と、あれこれ書いてみたが、別に著者はこんなものを書きたかったわけではないだろう。主題はもっと精神分析のほうに重きを起きたかったのかもしれない。でもやっぱり、せっかくの主人公がなぁ・・・・・・
<内容>
22歳の生稲昇太は愛宕南署にて交通課巡査として勤めている。クールで上昇志向の強い先輩の見目と組んで交通事故の処理にくれる毎日。そんな中で、いろいろな出来事が生稲に降りかかってくるのだが・・・・・・
警察という組織の中で一人前になっていく若手巡査の活躍を描いた連作短編集。
<感想>
この本は「脳男」で乱歩賞を獲得した首藤氏の受賞後の第一作。といっても、その後まだ本は書かれていないのだが・・・・・・
本書は前作「脳男」に比べれば平凡といえよう。といっても、ひとりの交通課の警官の成長振りを描いている作品なので、平凡なのも当然のこと。ごく普通に仕事上の事件が起き、その事件を通しながら組織というものや、そこで働いている人たちの本音というものを感じつつ主人公が一人前になりつつ過程が描かれている。
本書において一番印象に残った言葉をあげると、
「八百屋の仕事は野菜ば売ること。大工の仕事は家ば建てることたい。警官は警官の仕事をすればよかと。警官だから、他の人間とは違うことができるなんて思うのは思い上がりってもんたい」(本文中より)
主人公は正直者で何でも真正面から受け取ってしまうゆえに、いつも壁にぶちあたり悩むこととなってしまう。しかし、真っ正直であるからこそ、そんな彼を先輩達はかわいがり、彼をなんとか成長させようといつも気に留めているのである。そういった、周りの気遣いと言うものが見ていてとても微笑ましい。上記のひとこともそんな主人公に先輩のひとりが語りかけた言葉である。
ただ、ひとつ残念に思ったのが、最終的には事象の全てが解決しきれていなく、最後は唐突に終わってしまったという気がしたこと。シリーズ化にでもするのなら話がわかるのだが、今のところはまだ続編が出ていない。続けてくれればドラマ化してもおかしくないような良い話だと思われるのだが・・・・・・
<内容>
雨森は別の警察署からこの動坂署に赴任してきた。しかし、この警察署は“墓場”と言われており、組織から落後したものばかりが集められていた。そんな警察署に送られた事を信じられずにいる雨森はふてくされつつも、なんらかの手柄を上げてまた一線に戻ることができないかと密かに考える。そんなとき、彼が事情聴取した小さな事件の関係者が被害者と容疑者となる殺人事件が起きた。事件の背景の一部を知る雨森は、他の刑事たちに先駆けて単独で捜査を開始する。
そんな動坂署であったが、各地の刑事たちがやってきて、開署依頼始めて捜査本部が設置されることとなる。実はこれは、動坂署をつぶすことを画策するものたちによる計画であったのだ。それを知った動坂署の刑事たちは、自分達の手で事件を解決しようと、密かに動き始める。
<感想>
首藤氏は江戸川乱歩賞によるデビュー以来9年が経つがここまで刊行された作品は4作と寡作な作家である。私はそのうち3作を読んでいるのだが、作品に共通して言えるのはリーダビリティが高いということ。今まで読んだどの作品も読みやすく、面白かった。
今までの3作の作風に関しては特に共通項というほどのものはないのだが、警察組織を中心に用いているというイメージが強い。今作では特に、その警察をメインとして用いている作品である。
主人公は刑事の墓場と呼ばれる評判の悪い警察署に赴任されたひとりの刑事。彼を中心に、殺人事件を捜査し、解決へと導くものとなっている。こういった背景の作品ではありがちであるが、やる気のなさそうな刑事達が一念発起して事件の解決に挑むというもの。
話としては読みやすく、面白いのは確かであったが、少々食い足りなさが感じられるのも事実。登場人物が多々出てくるものの、それらを完全には生かしきれていないというのがひとつ。また、起こる事件もそれほど大きなものではない。
こういった作風であれば、シリーズものとして、どんどんと出版してもらいたいところ。これくらいの作品で数年に一冊というのはちょっと寂しい気がする。とはいえ、今後も作品が出れば購入して(文庫で)読み続けてみようと思っている。
<内容>
市内で精神科の入院歴があるものが次々と事件を起こすという異様な事態が持ち上がった。精神科医の鷲谷真梨子と刑事の茶屋は彼らは誰かに操られているのではないかという不穏なものを感じ始めていた。その影を追い、茶屋は部下の刑事を怪しげなものが立ち入った恐れのある小屋の監視をさせていた。すると、その小屋は炎上し、見張っていた刑事は何者かに殺害されてしまう。さらに、事件の真犯人として以前テロ行為を犯したまま行方不明となっている鈴木一郎の名前があがり・・・・・・
<感想>
首藤氏のデビュー作「脳男」の続編。この作品も前作に続いて、精神科についての詳しい言及があり、首藤氏はこのへんをライフワークと考えているのであろうか。
大作! といってよい出来栄えなのだが、その分全体的に冗長にも感じられた。今までの首藤氏の作品というとリーダビリティが抜群であったのだが、この作品に関してはやや読みすすめづらかったという気がした。
作品全体としては大きな陰謀が進められ、登場人物も互いに相関しており、うまくできているように思われる。しかし、一方でなかなか全体像がみえづらいとか、登場人物が相関しているように思えるものの、やや希薄すぎる関係のように思えたりと微妙な点も多々ある。これは作品がやや長過ぎたのが原因ではないだろうか。もう少し、すっきりと描いてくれればもっとわかりやすい作品に仕上げられたように感じられる。
また、この作品のみでは微妙と思われる部分が、この「指し手の顔」という作品は「脳男」の完結作品ではなく、途上の一作であるということ。実際のところ続編が出るのか、さらに続くのか、どのような形態になるのかはわからないのだが、この作品で全ての決着がついていないということは確か。今後どうなるのだろうということが気になるゆえに、この作品単体としての評価は微妙にならざるを得ない。
警視庁勤務の八神は今まで刑事として働いていたが、突如、畑違いとなる鑑識課で働くこととなった。慣れない部署でありつつも、八神に好意的な部下たちに助けられ、忙しいながらもなんとか職務をこなしていた。そんな折、窃盗で5か月前に出所したばかりの男の検視に立ち会うこととなる。死体に不審なものを感じた八神は、単独で事件捜査に乗り出すこととなり・・・・・・
<感想>
首藤氏の作品はずっと読み続けているのだが、それら作品群のなかでは本書が一番微妙な内容。全体的にやけにあいまいな感じであった。
設定は面白く、刑事の仕事をしてきたものが、鑑識に配属されるというもの。その男の奮闘ぶりを描いている。作中で色々な死体を検分することとなるのだが、エピソードがぶつ切りであったり、話が中途半端であったりと、物語を通して一つの事件というわけではなかったところが微妙。中盤くらいからは、ひとつの事件を追い始め、主人公が単独捜査に乗り出すこととなる。
そして本書で一番微妙と思われたのは、終幕について。最後は意外な結末となるのだが、その結末と、そこまで描かれてきた主人公像が合致しなかった。そのような終幕を描くのであれば、それまでに主人公の心の変化などがもっとあったほうがよかったのではと感じられた。ゆえに、最後は驚くというよりは、あっけにとられたという感じとなった。題材は良かったと思われるので、何か惜しい小説であったなと。
時は昭和の初め、使降醫(しぶり いやす)は精神病院としては先鋭的ともいわれる葦沢病院の勤務医として働くこととなった。そこは使降が尊敬する精神医たちが働いており、期待を胸に抱きつつ、使降は忙しい日々の仕事に務めていった。そうしたなか、病棟の隔離された一室にいる不思議な患者の事が気になり始めた。彼のことを知る者はほとんどおらず、どのような経緯で入ったのかも誰も答えてくれない。使降は、友人で同じ家に下宿する面鏡真澄に相談し、病院の謎を解き明かそうとするのであったが・・・・・・
<感想>
タイトルだけ見ると、どんな小説なのかは全く想像がつかないものであるが、大雑把に言ってしまうと精神病棟のなかで起きた事件を描いた物語である。ただし、事件と言ってもしょっちゅう事件が起こるわけでもなく、基本的な流れとしては精神病院の様子を描いたものとなっている。物語のほとんどが回想を別にすれば、病院内が舞台となっており、ほぼ昭和初期の精神病院物語といっても過言ではない内容。
当然のことながら、それなりにミステリ仕立てとなってはいるのだが、いささかミステリ的な内容が弱い。事細かい事象は色々とあるものの、大まかなところは“隔離病室にいる謎の患者の正体は?”ということのみにつきる。このへんについては、もう少しさまざまな謎を付け加えてもらいたかったところ。謎がほぼこれだけといってもよいくらいなので、それ以外は主人公の働く様子と、それぞれの患者や医師から聞くエピソード色々というだけに収まってしまう。
非常に読みやすく、物語としては十分に楽しめたのだが、長い小説であるゆえに、もっと色々と仕掛けを施してもらいたかった。肝心(?)の探偵の謎もわかりやすすぎるし、あまり見どころというほどの強烈なものはどこにもなかったかなと。せっかく大がかりな舞台を用意しただけに、どうにもこれだけではもったいなかったような。
<内容>
時代は明治初期、横浜居留地に住む英国の新聞記者ワーグマンとその友の医師ウィリスが遭遇する不思議な事件の数々。幽霊騒動、外国人の切腹事件、消えた山高帽と日本のロミオとジュリエット、昔の事件におびえ続ける女、そして教会での密室殺人。これらの事件をワーグマンがその洞察力にて解決する。
「坂の上のゴースト」
「ジェントルマン・ハラキリ事件」
「消えた山高帽子」
「神無月のララバイ」
「ウェンズデーの悪魔」
<感想>
明治時代初期の騒乱の様子を背景にしたミステリー。大雑把な感想としては普通のできのミステリーかなと。
古い時代と近代的な文化が入り混じった日本での事件を英国人である新聞記者が謎を解くというもの。どの事件も作品としてパターン化されていて読みやすく、事件のラストで“瓦版”によって事件の謎が一般に公開されるという結びが印象的である。ただし、読みやすいミステリーである反面、ちょっと印象には残りづらいような作品であるとも言える。
それはなぜかといえば、新聞記者であるという特性は“瓦版”により効果をあげてはいるものの、それ以外においては外国人である特性がさほど生かされているようには思えない。読み進めて行き、物語に慣れてくればくるほど、主人公らが外国人であることが気にならなくなるというか忘れてしまう。さらに中途半端にユーモアめかした雰囲気になっているために、ますます日本人くささが出てしまっているような気がするのだ。ここはせっかく外国人による探偵というものを扱っているのだから、その設定をもう少し生かしてもらいたかったところである。
明治あたりの時代に外国人を主人公にするというのであれば、山口雅也氏の「日本殺人事件」のようにトンデモ・ミステリーにしてしまうか、もしくはユーモアを排除してまじめな雰囲気のものにしてしまうかのどちらかがいいのではないかと思われる。
<内容>
安全な食料確保のため、“食用クローン人間”が育てられている日本。そのクローン工場で働く柴田和志は、事件に巻き込まれる。そのクローン工場を作ることに尽力を注いだ元政治家の家に、本来首無しで届くはずのクローンの切り落とした首が届けられていたのだ。その首を送り付けた犯人として容疑をかけられた柴田和志であったが、謎の男・由島三紀夫と名乗る男に助け(?)られ・・・・・・
<感想>
いや、思っていた以上に面白かった。これはなかなかの作品。私が読んだのは文庫版で加筆修正されており、そのせいか意外と読みやすいとも感じられた。内容にはグロイところもあるけれども、今の時代であれば、これくらいの描写は珍しいものではない。
クローン人間を工場で育て、それを食用として出荷するという、とんでもない世界が舞台。その工場で起きた、生首に関する問題。本来、食べにくいとされる“首”に関しては、切り落とされ、処分されることとなっている。それが元政治家に届けられた食肉のなかに生首までもが混ざっていたので、事態は紛糾する。工場で働く柴田和志に容疑がかかるが、果たしで本当は誰が行ったのか? さらには、目的は? というもの。
物語はそれだけではなく、柴田和志と風俗嬢である河内ゐのり、との邂逅も含まれる。ただ、このパート、何のためにあるのかは読んでいるうちはわからない。物語上の主人公といってもよい柴田和志が出てくることにより、クローン工場事件とのつながりがありそうに見えるものの、実際のところ河内ゐのりは、その事件には直接的な関わりはない。では、この並行して進行されるパートには何の意味があるのか? と。
と、そんなこんなで物語が進行していくのだが、本格推理小説ばりに、生首がどのように届けられたのか、色々な者たちによる推理が繰り返される。しかし、どの推理も決め手に欠き、真相は一向に見えてこない。そうして、最後の最後で読者はようやく真相にたどりつくこととなるのだが・・・・・・これがなかなかぶっ飛んでいて良い。ただし、悪い意味でぶっ飛んでいるというわけではなく、うまく物語上の設定を使用しているなと感心させられる。
この作品は横溝正史賞に応募され、受賞とはならなかったものの、一部の選考委員の勧めにより書籍化されたとのこと。これについては、応募する先が横溝正史賞ではないほうが良かったのではないかと。別のレーベルのほうが、もっと大々的に取り上げてくれたのではないかと感じずにはいられない。ただ、その後も作品を書き続けているようなので、これからどんどんとミステリ界では有名に・・・・・・もうすでに時の人となっているのかな?
<内容>
人類が生殖器官を持たず、生殖するには男女が体を結合させ一体となり、“結合人間”となる世界。そんな世界で援助交際の仲介人として生活するネズミ、オナコ、ビデオの三人。彼らはある日、映像を制作して金儲けをしようと考える。人が結合人間となる際、わずかな確率で一切嘘をつくことができなくなるという“オネストマン”と呼ばれる者が誕生することがある。そのオネストマンを集めて孤島で生活するドキュメンタリー映画を撮影しようと企画し、7人のオネストマンを集めて島へと向かったのだが・・・・・・
<感想>
なんか凄いとしか言いようのない作品。まず、“結合人間”という設定がすごいながらも、その世界に登場する人々もゲスと言うか、なんともちょっとイッちゃっている者達ばかり。倫理的に云々というにも、そもそもその倫理がまかり通らぬ世界を作り上げているのだから、倫理や道徳など関係ないという潔さがそこにはある。
序盤はネズミ、オナコ、ビデオのパートから始まり、中盤以降は孤島で過ごさなければならない羽目となった7人のオネストマンの話へと移ってゆくこととなる。そのパートの切り替え時にも、推理小説としての見どころがあるのだが、基本的にはオネストマン・パートのほうで事件が起きて、犯人探しが始まるので、そこからがこの作品の一番の見所であるといえよう。
なんとも珍妙と言うか、グロテスクと言うか、奇妙としか言えない設定の中で起こる連続殺人事件。嘘を付けないはずのオネストマン達が事件の渦中のさなか、犯人探しの推理を展開していくこととなる。この推理については面白いものの、あまりにも二転三転し過ぎて、ややついていけないというきらいはある。とはいえ、一応はそれなりの筋立てと決着は付けているので、十分推理小説としての見どころは用意されていると言えよう。
さらには、最初のネズミらのパートは無駄な感じで終わるのかと思いきや、最後の最後で前半のパートと中盤以降のパートが結びつくこととなる。そこで新たに披露される真相が驚かされ、もはや絶句という感じに陥ることとなる。もはや、ここまでやられたら脱帽というほかないなと。ただ、あまりにもグロテスクな世界ゆえに、一般受けしそうもない作品である。
<内容>
(省 略)
<感想>
メフィスト賞受賞作であるが、辻村氏のような系統を狙って出版されたということなのであろうか。それにしても、ミステリとしての展開が無きに等しいので、単なる青春小説を読まされたという感じ。
読み終えて感じたのは、長いオノロケ話を聞かされたというもの。主人公は、なんやかんやとそれっぽい過去を背負っているものの、それでも充実した学生生活を送っているとしか思えない。特に悩んだり、気に病んだりする必要のなさそうな人生とさえ思えてしまう。
また、青春小説であるならば、もったいつけて現在と過去のパートにわけるようなことはせずに、学生時代のみ描けば済んだのではないだろうか。ミステリ的な展開はいっさいないといってもよいのだから、わざわざ時系列を変えるようなことはする必要はないであろう。変にミステリっぽく見せようとした部分がかえってマイナス面となってしまったようにさえ思えてしまう。
<内容>
プロレスの試合中、突如レスラーが苦しみ出し、死亡するという事件が起こった。死亡したのは団体の看板レスラーであり、この試合で引退することになっていたのだった。それが何故? そしてこれが他殺ならば衆人監視の中でどうやって?
デビュー直前の新人レスラー山田聡はプロレスの世界を肌で味わいながら事件の真相に迫らんとする。
<感想>
本書を手にとった人はどういう意図で読んでみようと思ったのだろうか。たぶんそれは大雑把に分類すると次の2種類に当てはまるのではないだろうか。
・江戸川乱歩賞受賞作を読んでみようと思った人。
・プロレスファンなので興味をもって読んでみようと思った人。
本書に対して思うことは、前者であればよいのだが、果たして後者のプロレスファンを満足させられる出来になっているのだろうかということを問いたい。
プロレスファンがこの本を読んだときに、必ず感じることがあるに違いない。「あぁ、この著者はミスター高橋の本を読んだんだな」と。はっきりいって、話の前半は元新日本プロレス・レフェリー、ミスター高橋著の「流血の魔術 最強の演技」からの引用にすぎない。さらに、高橋氏は「マッチメイカー」という本も出版しているので、本書のタイトルを見たときはどのような内容が書かれているのかということがある程度予想を付けることはできた。そして登場人物においても、そのほとんどが昔の新日本プロレスにいたプロレスラーと適合させることができる。これではオリジナリティというものはどこにあるのだろうかと疑いたくなってしまう。
では、読むべきところがないのかというとそういうわけでもない。確かに全編読みやすく、それなりに楽しむことができる。前半は上記の理由にて、これはどうかと考えてしまったのだが、中盤に入って主人公がプロレスラーとして徐々に鍛えられていくところはとても楽しく読むことができた。しかし、その面白く読めた部分が途中でなんとミステリーによって邪魔をされてしまうのである。
本書の前提はミステリーであるのだから、殺人事件なりが出てくるのは当たり前の話である。しかし、その事件による理屈詰めの話によってせっかくの面白くなってきた主人公の鍛錬の部分が阻まれてしまうというのはどうだろうか。はっきりいって、プロレスの話を書くのならば、それだけで書いてみろよといいたくなる。そちらの方向の話のほうが面白くなりそうだっただけに残念である。
もしもまたプロレスをネタにして作品を書くのならばプロレスファンを納得させるものをと願いたい。
<内容>
金の流れを読むことができる吉原達郎はホテルに引きこもりながら、ネット上の株式で資産を稼ぐ毎日を過ごしていた。そんなある日、昔自分が手にした事のある自分の名前が書かれた千円札が届けられる。ホテトル嬢のカズキの後押しもあって、その金がどこから流れてきたのかを吉原は調べる事にするのだが・・・・・・
<感想>
うーん、これは物語という形すらなしてないような気がするのだが・・・・・・
設定は、金の流れを読むことができるとか、人を見ると金に対する欲望の幻覚を見てとれるとか、ひきこもりとか、トラウマを抱えたホテトル嬢とか、どこそこで見受けられるようなものばかり。
そして、金の行方をたどってゆくという行為についても、ただ単に話を聞いて次から次へと流れてゆくだけであり、何の駆け引きさえもなされない。途中、唐突に多視点となって、たいして物語に関係ない人物の経験が語られたりするのだが、このへんはいかにもページ数をかせいでいるというようにしか見受けられない。そうしてそのまま、何のメリハリもないまま話は終わりとなってしまう。
読みやすいとは思えたが、よくこのような作品を出版したなというのが正直な感想。いまはやりの携帯小説レベルといったところか。
<内容>
異形の力を持つ岩永琴子と桜川九郎。二人が挑む事件は都市伝説“鋼人七瀬”。不慮の死を遂げたアイドルが夜な夜な鉄骨を振り回しながら人を襲うという。この異様な怪物に対し、岩永と九郎はどう立ち向かうというのか!?
<感想>
「名探偵に薔薇を」以来、何年ぶりのことか。当時注目していたのだがなかなか新刊が出ず、もうあきらめていたのだが、ここに来て新刊を出してくれるとは。
読んだ感想はというと、面白いとか面白くないとか言うよりは、新機軸を打ち出したなと。やっていることは新しいと思う。ただ、もうちょっとリーダビリティがあればなと。それでも後半は読むペースも上がっていったので、キャラクターが出そろって、ある程度背景が明らかになってから面白くなったように思える。今後シリーズ化すれば、もっと取っ付きやすくなるかもしれない。
内容は、都市伝説により生まれた怪物を異形の力を持った者たちが打ち破るというもの。ただし、異形の力を全面的に打ち出すのではなく、“虚構推理”によって怪物の存在を消し去ることを試みる。従来のミステリのように真実をあぶりだすというわけではなく、推理を繰り返すことによって真相らしきものを提示しつつ、だんだんと存在をぼかしていくことにより解決を図るという変わった趣向。重要なのは真実ではなく、人々が何を信じるのか、または何を信じたいのか、ということ。
試みとしては、なかなか面白いものと言えよう。キャラクター造形に関しても最初は微妙に思えたが、話が終わってみれば意外としっくりときた感じがした。この物語で完全に決着がついたといえるわけではないので、これは続編を期待してもよいかもしれない。ただし、続編ということであれば、あまり長い期間を開けずに出してもらえると助かるのだが。
<内容>
逢沢文季は両親の死をきっかけに、叔父の住む田舎へと転校することに。文季の両親は大の相撲好きで、その両親の意向により文季には相撲の英才教育が施されたものの、小柄な体格ゆえになかなか相撲の世界で勝ち上がることができなかった。文季は今回の転校をきっかけに、これで相撲を辞めることができるとホッとしていた。しかし、彼が住むことになった土地は、相撲好きの“カエル様”をあがめる相撲が盛んな村であった。しかも、その文季の相撲に関する豊富な知識により、なんと“カエル”に相撲を手ほどきしなければならない羽目となり・・・・・・
<感想>
面白い作品であった。ミステリではないのだけれども、ボーイ・ミーツ・ガールズ小説としては、なかなかの逸品。これは若い世代にも広くお薦めしたい作品。
相撲の英才教育を施されるものの、小柄ゆえに相撲取りには向かない少年・文季が、相撲好きのカエルを崇める村で遭遇する珍騒動を描いた作品。この“カエル様”というものが、精神的なものではなく、なんと本当に存在するというとんでもない世界であり、もはやSF。ただし、そんなトンデモ設定とは裏腹に、平凡な村での平凡な出来事が描かれているかのように、ほんわかした雰囲気のなかで物語は展開してゆく。
主人公の文季という少年が、やたら相撲について理論的に詳しかったり、やや斜め上から自身や世間を分析していたりと、一風変わった者として描かれている。実際、話すこともやたら理論的で、一見ひねくれているようにさえ捉えられる。しかし、村の人々からは一切嫌われていなかったり、人間関係にしても平々凡々とした関係を築いていっているので、決して悪い人間ではないということなのであろう。さらには、物語の終幕では文季少年の内に秘める熱い思いを目の当たりにすることとなる。
文季少年の叔父が刑事という設定であり、村で起こる事件が挿入されていたりと、ミステリ的な要素がなくもない。ただ、そのミステリ的な部分はあくまでも添え物という感じであり、それよりも物語上驚くべき展開はしっかりと終幕に用意されている。ミステリ云々は関係ない中で、非常に楽しんで読むことができる作品であった。
<内容>
銀行を退職した百瀬良太は、県の金融機関の相談員として再就職する。その良太の兄の経営する会社が危うくなったとき、噂となる株取引の天才“黒女神”の力を借りて大金を得ることができ、危機から脱することができた。それ以来、“黒女神”こと二礼茜の助手になった良太は、彼女の活躍を目の当たりにすることとなり・・・・・・
第1章 老舗和菓子屋 (老舗の和菓子屋を救うために現金が必要という依頼を受ける)
第2章 歌姫の父 (若くして亡くなった伝説の歌手の父親から依頼を受ける)
第3章 元高級官僚 (議員を目指す若手野心家とヤクザから足を洗おうとしている男)
第4章 ブラック・ヴィーナス (そして二礼茜に課せられた最大のミッションとは!?)
終 章
<感想>
今回の“このミス大賞”は株取引を舞台に描いたエンターテイメント作品。株取引ということで小難しそうな内容かと思われた方はご心配なく、非常にリーダビリティにあふれた内容となっており、一気読み必須の作品である。
ただ、株取引をメインに描いた作品というものが今までなかったわけではなく、本書が目新しいことを書いた内容のものかというとそういうわけではない。むしろ株取引をわかりやすく描き、テレビドラマ風のわかりやすい物語に仕立て上げたものというのがこの作品。
依頼者が最も大切にするものを報酬に、必ず元金を増やすという株取引の天才が主人公。ブラック・ヴィーナスと呼ばれる彼女は、さまざまな依頼を引き受け、着実にその内容を成功させてゆく。と、言いつつも、株式でどのように成功させるかがメインというよりは、依頼主の背景やその人生の方にスポットを当てた物語という印象が強い。
株取引について、あまりにもシンプルに書きすぎているようにも思えるのだが、そこは微妙なところで、さらに濃厚にそれを書いてしまうとリーダビリティを損なうことになってしまう。本書では、株取引について必要以上に描くよりはリーダビリティを重視して、あえてわかりやすい物語に仕上げたというように感じられた。
物語としては、あくまでもテレビドラマ風という感じで、読みやすい作品ではあるのだが、あまり強い印象を残すというものではない。ただ、書き手の力量が感じられる作品であったので、うまいテーマを見つけて、もう少し濃厚に描けば乱歩賞作品のような雰囲気の良いものが描けるのではないかと期待させられてしまう。今後の活躍に期待!
<内容>
阿藤愛梨の祖母は昔、怪盗紅蝙蝠と呼ばれた大泥棒であった。その祖母の元に“カリマンタンの青い月”というだましとられた宝石を奪い返してもらいたいと、某国王子からの依頼があった。祖母は怪盗の名を愛梨に継がせるべく、愛梨と共に宝石奪還の依頼を受ける。かくしてここに、“紅蝙蝠2世”改め“怪盗スカーレット・パラソル”が誕生する。そのころ標的である宝石の持ち主は怪盗紅蝙蝠の宿命のライバルであった、名探偵・武市大五郎に宝石を護る依頼をしており・・・・・・
<感想>
最近本屋にて新庄節美氏の「修羅の夏」(創元クライム・クラブ)という作品を見かけたことがある。また、ミステリ・フロンティアにも名前があがっていたことから新進の作家なのだろうと思っていた。よってこの「はじまりは青い月」という作品も書き下ろしなのかと思っていたら、1990年にすでに書かれていた作品であった。しかも、当の新庄氏は児童向けの本の多くを既に出版しているベテラン作家であるということを本書のあとがきにて初めて知った。
そしてその本書であるのだが、もともと児童向けに出版された本であるためか、やはり子供向けの本という印象が強い。どちらかといえば堅めの印象がある創元推理文庫から出版する必要があったのだろうかと疑問に思わないでもない。
とはいえ、コミカルな作品としてそれなりに楽しめることも請け合い。元大泥棒の祖母とその教えを受ける主人公の掛け合いもなかなか楽しいし、同様の関係である探偵とその孫の関係もまた微笑ましい。怪盗対探偵の気軽に読むことができるコメディ版としてはなかなか良いのではないだろうか。まぁ、気楽に読める一冊という事で。
<内容>
債務者に対する過酷な取り立てにより“悪魔”と呼ばれた街金融の経営者・野田秋人。ある日、野田の会社の新規客が殺害されるという事件が起きる。その後、事件現場の写真と被害者の肉片が野田の元に届けられる。何者かが、野田を恨んで犯行に及んだというのか? 5年前、野田は客を自殺に追い込んだという過去があり、その線で事件を調べていくと・・・・・・
<感想>
メフィスト賞受賞作の再読。感想を書いていなかったので、幻冬舎文庫版を入手して読んでみた。
これを読むと、本書がいかに当時のメフィスト賞作品と毛色の異なるものであるかがよくわかる。金融界を舞台にしたハードボイルド・サスペンスという感じの内容。全体的にかなり荒々しい内容ではあるが、スピーディーにサスペンスフルな展開がなされ、意外と楽しめる。
ただ、あくまでも新人作品としては良いというくらいの出来で、微妙と感じられるところは多々ある。さまざまな要素が詰め込まれているものの、その一つ一つがしっかりと結び付けられていないところが特に残念。
なにしろ、金融界とヤクザ業界、麻薬や裏ビデオにまつわる犯罪業界、宗教観を出してくるバーのマスター、主人公に襲い掛かる殺し屋たち・・・・・・等々、詰め込み過ぎ。結局、主たる設定であったはずの金融業ですら途中でどこかへ行ってしまったという感じ。
それでも、メフィスト賞に入賞するための派手で目を惹く作品という形態は良かったのかもしれない。メフィスト賞を彩る作品のうちの異色作の一つということで。