か行 か  作品別 内容・感想

フラクション   

2009年12月 コアマガジン(漫画)

<内容>
 東京都世田谷区にて連続輪切り魔事件が起きていた。若い女性ばかりが犠牲となり、どれもが胴体を切り離された惨殺体となって発見されていた。犯人が5人目の犠牲者に手をかけたところ、それとは別に真犯人があずかり知らぬところで3件の連続輪切り事件が発生する。何者かが輪切り魔事件を真似して、事件を起こしていると言うのだろうか? プライドを刺激された真犯人は模倣犯を見つけようとするのだが・・・・・・
 一方、漫画家の駕籠真太郎は、今までのエログロの路線を一新し、ミステリ漫画を書こうと考えていた。そこで、現在起きている輪切り魔事件を取り上げてみようと考え・・・・・・

 他、4つの短編を併録。

<感想>
 ミステリ系のサイトのいくつかで取り上げられていたのを見て、興味を抱き購入。この駕籠氏の漫画というのは始めて読むのでどのようなものかと期待していたのだが、普段はミステリというよりも、エログロ作品を書いている作家のよう。ただ、作中にてミステリに関して様々な含蓄、意見を持っているようであり、ミステリに対してこだわりがあるということは十分に感じ取れた。

 読んだ感想はというと、いやいや、ものすごいというか、なんというか、これはこの駕籠氏にしか書けないミステリだなというより他にない。

 以外や以外、読み直してみると細部にまでこだわりをもって書いているということがわかる。何はともあれ、こんなネタできちんとしたミステリを書こうとしているところが一番恐ろしいといえよう。
 個人的には、犯行の時系列にやや疑問が残るところがあり、さらにもっと細部にまでこだわって書いてくれれば言うことなしであったのだが。

 ただ、私自身こうしたエログロ色の強い描写は苦手なので、他の駕籠氏の作品を読む事はないかなと(他の短編を見て、そう思った)。ただ、またこのようなミステリ作品を書いてくれれば読んでみたいとも思うのだが、このような強烈な作品は一生に一度のもののような気がしなくもない。何しろ、こんなのを読まされれば、ちょっとやそっとのトリックでは驚かなくなってしまうだろうから。


蒼穹の槍   4点

2004年06月 光文社 カッパ・ノベルス(KAPPA-ONE 登竜門 第3弾)

<内容>
 2015年近未来。アフガニスタンの麻薬王は平和維持軍に対抗するためにロケットを利用したテロ活動を実行する。その名も「蒼穹の槍」。知らないうちに自分の技術を利用されたゲーム・デザイナーの新田と恋人を殺されたロケット技術者の朝比奈小夜はテロを阻止せんと立ち上がり・・・・・・

KAPPA-ONE 登竜門 一覧へ

<感想>
 機器の説明などハード面においてはよく書き込まれていると思われる。しかし、感心したのはそれだけである。

 不満を挙げればきりがないのだが、一番気になったのは物語として練りこまれてなかった点。なんといっても本書の目玉は“蒼穹の槍”という武器なのであるが、これが設置された必要性というのがいまひとつ感じられた。また、この“蒼穹の槍”に関わる者たちが、“槍”を排除せんと集まってくるわけなのだが、その人々の動機やつながり方もいまひとつである。そしてラストも、これでいいのかというほどあっけなく終わってしまう。結局、いろいろな事項が書き込まれていたわりには、それらの結びつきなどがきちんと描かれていなく、つぎはぎだらけの物語という印象で終わってしまった。

 正直言って、私にはこれがなんで“登竜門”という賞に選考されたのか、最後までわからなかった。


渦巻く回廊の鎮魂曲   霊媒探偵アーネスト   6点

第49回メフィスト賞受賞作
2014年05月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 喫茶店リーベルを営む店主、竜堂佐貴。そのリーベルを訪ねてきたひとりの客、藤村月都。月都は、このリーベルに霊媒師がいるということを聞きつけ、依頼をしに来たのであった。彼の住む館で16年前に行方不明となった謎の少女、ミリを探してほしいというのである。現在、月都の姉の様子がおかしいので、なんとかしたいというのである。ただ、姉が言うには「ミリは自分が殺した」と・・・・・・。月都が帰った後、竜堂佐貴は霊媒師であるアーネスト・G・アルグライトに相談するが、気乗りしない様子。ただ、月都が残していった写真に写っていた人形を見て、アーネストは依頼を受けることを決める。彼らが月都が待つ館へとたどり着いたとき、そこで新たな惨劇が起こることとなり・・・・・・

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<感想>
 第49回メフィスト賞受賞作。表紙が耽美な感じで物凄い。やや買いにくさを感じたものの、実に“今どき”とも感じられる。

 内容は、普通の本格ミステリ作品。しかも、きっちりとした“館もの”。タイトルの通り、出入りが制限される回廊の中央の部屋で殺人事件が起こる。誰が、どのようにして犯行を行ったのかが焦点となり、話が進められてゆく。ミステリ作品としてよくできているとはいえ、基本的なネタがこれに終始してしまうのがもったいないところ。もう少し事件を広げてもらえればと感じられた。

 本書のもうひとつの特徴は、サブタイトルにある“霊媒探偵”というところ。超自然的なものを扱いつつも、そのなかで本格ミステリを成立させるという作風。また、その“霊媒探偵”というものを巡るストリー仕立てもシリーズを通しての目玉となっていくようである。

 まぁ、普通のミステリという感触であったが、うまく出来ているとは感じられた。伏線を回収するというよりは、つじつま合わせという印象のほうが強いが、それでもきちんと物語を構成していたと思われる。気軽に手に取って読んでもらいたいミステリ作品と言えよう。


清らかな煉獄   霊媒探偵アーネスト   6点

2014年11月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 喫茶店リーベルにやってきたひとりの女性客。客はマスターの竜堂佐貴に電話番号を渡し、ここに電話してほしいと。佐貴が電話をすると、相手は小学校時代の知人である竹内麻梨乃につながる。いきさつを佐貴が話すと、佐貴が会った相手は麻梨乃の知り合いであるが、すでに死んでいると! 麻梨乃たちは仲間内で7年前に埋めた思い出帳を掘り出したのだが、そこに目的のものはなく、一枚の心霊写真が入っていたという。その後、仲間の一人が焼死するという事件までが起こったという。佐貴と霊媒師アーネストは、いつのまにか事件の流れに巻き込まれてゆき・・・・・・

<感想>
 メフィスト賞受賞作家による第2作品。霊媒探偵アーネストと、喫茶店のオーナー竜堂佐貴が活躍するシリーズ。

 今作では、死んでいるはずの依頼人、掘り起こされるべき思い出の品の代わりに見つけられた悪意のこもる心霊写真、さらにはそこから派生したかのような焼死体事件、これらの謎の秘密にシリーズ主人公らが迫るというもの。ここにあげた以外にも、さまざまな要素があり、それらが複雑に入り組むこととなる。そうして、最終的に全ての事象が紐解かれ、真相が見出されることとなる。

 物語としてよくできているという印象。さまざまな事象をうまく一つの流れにまとめ上げ、違和感のない真相を導き出している。さまざまな事象があるものの、必要以上に複雑にはせず、全体的な配分もよくできているのではなかろうか。また、霊媒探偵による真相を明かす一幕も、シリーズらしさが出ていると思われる。

 ひとつ残念に思えたのは、いくつかある事象のなかで、結構重要だと思える要素が物語の中盤以降にならないと明らかにならないということ。それを前半で、新聞記事ような感じで明らかにするか、もしくは別の事件として平行に進行するかをして、みせてくれたほうが、よりミステリ小説として完成度が高くなったのではなかろうか。

 霊媒探偵という設定については、なかなかうまく作品のなかで活用されていると思われた。シリーズを通しての展開については、どうやら小出しにするようで、今作では少し前進という程度。何冊まで続くシリーズなのかはわからないが、アーネストの過去については徐々に明らかになってくるのだろう。イメージ的には、“建築探偵シリーズ”に似たようなにおいを感じてしまう。


雪に眠る魔女   霊媒探偵アーネスト   6点

2015年05月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 喫茶店“リーベル”のマスター、竜堂佐貴は、店に来た客から、亡くなった女性のために紅茶をいれてもらいたいとの依頼をされる。その依頼者は、未来予知の能力を持つという“地守家”の家系の者であった。なんとなく引き受けることとなった佐貴であったが、地守家の屋敷へ行くと、そこでアーネスト・G・アルグライトと顔を合わせることに。彼らはかつて地守家で起こった不審な自殺事件に絡めとられてゆく。謎の“雪女”の怨念が二人に忍び寄ることとなり・・・・・・

<感想>
 霊媒探偵アーネストが活躍するシリーズ第三弾。昨年から、半年おきにコンスタントに作品を出し続けてくれている。

 今作もまた、霊媒探偵が如何なく活躍する内容となっており、なかなかの作品に仕上がっている。ただ、このシリーズが残念なのは前作にも感じたのだが、とっかかりとなる導入部分が弱いという事。この作品でもリアルタイムに事件が起きるというよりは、以前に起きた事件を掘り起こすという内容。しかも、それは自殺として片づけられた事件。それが調査を進め行くうちに、いろいろな事実があきらかとなっていくのだが、この導入の部分が弱いと感じられてしまう。

 最終的には、全体像といい、周辺を取り巻く物語といい、非常にうまくできていると感じられる終り方をする。それだけに、最初の取っ付きとなる導入部分が弱いところがどうしても気になってしまう。後半へと入るにしたがってというよりも、最終的に真相が明かされる部分のみ盛り上がり、それ以外に対してはあまりテンションが上がりきらないまま読み進めていくこととなってしまう。

 話としては、未来予知を司る家系を巡る因習と、少女が見たという雪女による殺人事件、そして“雪花堂”という建物に関する謎。こうしたそれぞれの要素を巡る謎をアーネストが一つの流れとして結び付け、真相を看破する。今作ではアーネスト自身に関わる事件はあまり起きないものの、ひとつの重要事項が明らかとなっている。なかなか面白いシリーズであることは確かなので、今後も読み続けていきたい作品の一つ。


水の杜の人魚   霊媒探偵アーネスト   5点

2016年07月 講談社 講談社タイガ

<内容>
 喫茶店リーベルに持ち込まれた新たな依頼。それは取り壊しを控えたアパートの大家からのものであり、そのアパートの特定の部屋に住んだ住人は皆同じ夢を見るというのである。佐貴とアーネストが大家に案内され、その部屋へ入ると、そこには一人の少女が倒れており・・・・・・

<感想>
 謎のアパートの部屋、その部屋にかつて住んでいた連続殺人鬼、記憶を失った少女、化粧品会社にまつわる過去の事情などなど。一番重要な部分を占めるのは、記憶を失った少女についてであり、アーネストらは、その記憶を取り戻すべきかどうかで悩むこととなる。

 講談社ノベルスから講談社タイガへと移っての初ということになる。とはいえ、普通に今までのシリーズ通りの作品として読むことができる。ただ、元々ミステリ的な部分が希薄であるという感じは否めなかったのだが、今回それがさらに増してしまったという感じ。単に遭遇した物語を追っていくというのみの内容であったようにしか思えなかった。さらに付け加えれば、特に結末に関しても捻りはなく、普通のままで終わってしまったような。

 なんとなくキャラクター小説としてしか感じるものがなくなってしまったような。シリーズとしても全く進展がなく、エピローグで行っていることはいつもと変わらなく・・・・・・


特命指揮官   警視庁捜査二課・郷間彩香   5点

第12回 「このミステリーがすごい!」大賞 大賞受賞作
2014年01月 宝島社 単行本

<内容>
 渋谷にて、銀行立てこもり事件が発生した。少人数で銀行を占拠した犯人たちは、人質をとり、現場の交渉役に警視庁捜査二課・郷間彩香を指名してきた。捜査二課は贈収賄や詐欺などの知能犯を追う部署であり、犯人との交渉などを経験したことのない郷間を何故犯人は指名してきたのか? しかも現場に到着した郷間に対し、なかなか交渉に応じない犯人たち。彼らの目的はいったい? そして、現場をまかされた郷間彩香はどのように事件解決を試みるのか!?

「このミス」大賞 一覧へ

<感想>
 今年の「このミス」大賞受賞作であるが、正直なところ、この程度で受賞作なのかというレベル。いろいろな部分でがっかりさせられる内容。

 まず、全体を通して緊迫感がない。銀行立てこもり事件を主題としているのに、これでいいのかというようなだらけた雰囲気。それが読みやすいといえば確かに読みやすいのだが、その軽い“ノリ”に付いて行きにくいと感じてしまう人も結構いるのではなかろうか。

 実は中盤くらいからは、話が面白くなり、これはと感じさせられたことも、また事実。銀行立てこもり犯の意外な要求や目的が明らかになってからは、かなり期待度が増していった。そして、それをどのようにして解決するのかが核となるかと思いきや・・・・・・いや、全然解決していないじゃん、というような結末。なんか、胡散臭い集団が顔をそろえて、「こんな団体です」で終わってしまっている。

 好意的に見れば、シリーズの序章というとらえ方もでくなくもない。ただ、この作品一冊としては、未消化すぎるのではなかろうか。


人形の部屋   4点

2007年10月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 「人形の部屋」
  外泊1−銀座のビスマルク
 「お花当番」
  外泊2−夢みる人の奈良
 「お子様ランチで晩酌を」

ミステリ・フロンティア 一覧へ

<感想>
 この作品はとことん相性が合わなかった。文章を読んでいても不必要にややこしい単語や言い回しが使われていて流れがせき止められるように感じられ、また展開に関しても不可解に感じられるところが多く、作品に没頭する事ができなかった。感性が古いと感じられたので、かなり年配の人が書いた作品なのかと思ったのだが著者は30代と思いのほか若かった。

 この作品では、以前は会社勤めをしていて、現在は専業主夫の男性が主人公。仕事を持つ妻と娘がおり、その娘の成長をあわせて作品として描かれている・・・・・のだが、基本的にそれだけであり、ミステリ作品でもなく普通の小説としか思えなかった。

 一応ミステリらしく描かれているようなのだが、元の上司にミスを押し付けられたり、万年筆から話がはずんだり、あまり連絡をとったことのない人からのメールの返事が暗号になってたりと、話の展開が非常に微妙。どうもそういう納得のいかない展開により内容に入り込めず、作品全体が面白いと感じられなかった。さらにそれぞれが、さほど謎に満ちているとも感じられなくミステリ作品としての面白みもない。と、そんなこんなで良いと思えるところを発見する事ができなかった作品。


パラドックス実践   

2009年06月 講談社 単行本

<内容>
 「パラドックス実践」−高等部
 「弁論大会始末」−初等部
 「叔父さんが先生」−中等部
 「職業には向かない女」−雄弁大学

<感想>
 最初の「パラドックス実践」という作品はアンソロジー「メフィスト学園1」にて既読。なかなか面白い作品だと思ったが、それに三作加えて連作短編集として一冊の本となったのでさっそく読んでみた。

 全部読んだ感想は、ミステリ作品ではなく、学園での教師の奮闘を描かれた作品だということ。つまり、いわゆる“学園もの”といっても良いであろう。ただ、それが普通の“学園もの”ではなく舞台設定が異色ゆえに、少々変わった特色のある内容となっている。

 何が異色なのかといえば、“雄弁学園”という設定。ここは普通の学校と違い、社会に出てから役に立つとされる弁論の技術を重視した学園なのである。ゆえに、ここの生徒達は自然と理屈っぽい人格が形成されてゆくのである。

 普通の学校でも、生徒の屁理屈により悩まされる教師というのは多いであろう。それが、さらに理屈に秀でた生徒たちの相手をしなければならないので教師達は非常に手を焼くこととなる。その奮闘振りが描かれているのがこの作品である。

 通常であれば、この弁論学園というもの自体は認められるべきものではないように思えるのだが、普通の思いに反して、その弁論学園というもの自体がよりよく描かれているというところが面白い。そうして、その学園での騒動を奮闘し、乗り越えながら成長してゆく教師たちの様子を楽しめる作品となっている。

 決してミステリとはいえないので、それは抜きにして、手軽に読める面白い小説として十分に堪能できる作品であると思われる。どちらかといえば、学生よりも教える側の立場の人に読んでみてもらいたい作品。共感するか、否定するかは読んだ人次第。


おさがしの本は   

2009年07月 光文社 単行本

<内容>
 和久山隆彦は図書館のリファレンス・カウンターで利用者が本を探す手助けをしている。そこでは大学のレポートに使用する本や、表紙の様子しか覚えていないというものなど、さまざまな依頼がもちかけられる。そうしたなか、この図書館に新しい副館長が就任してきた。この副館長はどうやら、図書館の廃止を望んでいるようなのだが・・・・・・

 「図書館ではお静かに」
 「赤い富士山」
 「図書館滅ぶべし」
 「ハヤカワの本」
 「最後の仕事」

<感想>
 図書館において、本を探すという業務について描かれた作品。とはいえ、ここで用いられているものは単純なものではなく、かなり難解でマニアックな探し物を図書館員が右往左往しながら探していく様子が描かれている。

 ただし、普通の日常系のミステリ作品のような体裁ではなく、少々知的なゲームともいえるような雰囲気をかもしだしている。また、作品によってはこの著者はひょっとすると教育関係の仕事に席を置いていた事があるのではないかと思われるような、教育的指導とでもいうような内容にまで発展して書かれているものもある。

 本書は“お探しの本を見つけます”というテーマのみならず、図書館の存続という大きなテーマも扱っている。図書館で働く主人公らは、図書館を廃止しようとする運動に対して、何故図書館が存続されなければならないのかという命題を突きつけられ、その難問に立ち向かわなければならないのである。

 こうして書くと小難しい作品のようにも思えるが、いたって読みやすい普通の小説である。特に何故図書館が必要なのかという命題に対して主人公が出す答えについては見所となっているので、本好きであれば一読してもらいたい作品である。


天才たちの値段  美術探偵・神永美有   

2006年09月 文藝春秋 単行本
2010年02月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 天才美術コンサルタント・神永美有と短大の美術講師・佐々木昭友のコンビが美術鑑定にまつわる難題に挑む。

 「天才たちの値段」
 「紙の上の島」
 「早朝ねはん」
 「論点はフェルメール」
 「遺言の色」

<感想>
 これで門井氏の作品を読むのは4作目となるのだが、本書こそがデビュー作となる本。今まで読んだ本からすると、門井氏の作品の特徴はなんといっても“弁論”にあると思われる。それがいかんなく発揮されているのが本書と言えよう。

 というのも、この作品では探偵が事件を解決していくというわけではなく、美術品を鑑定する者達の真偽が述べられる内容となっている。美術品の鑑定ゆえに、必ずしも正解がきちんと用意されているわけではない。ということは、鑑定する側のより説得力の強いものの言葉が“真”となりうるのである。よって、その美術品の鑑定に対する説得力と説得方法を堪能すべき内容となっている。ただし、個人的にはよくわからない美術品の話より、「紙の上の島」という短編のなかの地図の話の方がより楽しめた。

 純然にミステリとは呼べない気がするが、美術品にまつわるさまざまな謎を解決していくという点については十分に楽しめる作品である。その造形の深さから、本格的な美術小説としても楽しめると思うので、そういった関連に興味のある方はぜひ手にとってもらいたい作品。


この世にひとつの本   

2011年04月 東京創元社 単行本

<内容>
 印刷業を営む大企業の社長・大塔巌は息子の三郎に、失踪した会社が後援する書家の行方を捜すように命じた。三郎は窓際社員の柴建彦と共にその行方を捜す。また、社長の巌はもうひとつの悩みを抱えていた。社内の工場のひとつで3件もの謎の死亡事故が発生していたのだった。巌は秘書の品本南知子と共に事件の調査をするのであったが・・・・・・

<感想>
 うーん、門井氏は長編よりも短編向きの作家なのかなと考えてしまう。今まで読んだ作品で短編集は面白く読めたのだが、長編になるとその面白さを感じることができないのである。

 今作は書道家の失踪と工場での死亡事故という二つの謎を用いているのだが、この二つがなんともうまく絡んで行かないのである。また、それらの謎を調査する社長の息子と窓際社員と社長秘書という3人が、これもまたうまく絡んで行かないのである。別にキャラクターが悪いということはないのだが、どうも結びつきが不完全のよう。

 そんなわけで、最初から最後までちぐはぐな感じが否めない作品。いっそうのこと、連作短編形式で書いた方がうまく見せられるんじゃないかと考えてしまう。


小説あります   

2011年07月 光文社 単行本

<内容>
 廃館が決まった文学館で嘱託職員として働く老松郁太。彼は何とか廃館を妨げることができないかと、偶然手に入れた徳丸敬生のサイン本にまつわる謎に活路を見出す。そんな中、郁太の弟の勇次は兄を実業の世界に呼び戻そうとしていた。そこで勇次は兄に“人は何故小説を読むのか”という課題を出し、自分を説得するよう要求する。それができなければ、自分の会社に戻って来いと・・・・・・

<感想>
 続編というわけではないのだが「おさがしの本は」に続くような内容の作品。実際、前の作品の主人公であった和久山も登場している。

 今作では“人は何故小説を読むのか”という漠然とした疑問に対する解を出すという試みに挑戦している。本を日常的に読んでいる者にとっては読書という行為はもはや当たり前の習慣にすぎないのだが、実際に“何故”と聞かれると万人が納得するような解を答えられるものではない。この作品での回答が完璧なものだとは思わないものの、それについての論議は興味深いものとなっているので一読の価値有り。

 他にも、過去に有名であった文学作家のサイン本にまつわる話や、文学館の存続をかけるなど、面白い要素の話がうまく盛り込まれているので、読者を飽きさせない内容となっている。興味があれば「おさがしの本は」が光文社文庫から出版されているので、そちらから是非とも読んでもらいたい。


インディゴの夜   6点

2005年02月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
“club indigo”、そこはフリーライターの高原晶が編集者の塩谷と共同経営する新しいタイプのホストクラブ。敏腕マネージャー・憂夜の手腕もあってか、経営も順調である。しかし、そのクラブには厄介ごとが持ち込まれたり、ホストたちが厄介ごとに巻き込まれたりと毎日が騒動に耐えない始末。今日もまた晶はホスト達と共に事件を解決するため渋谷の街へと繰り出すことに・・・・・・

「インディゴの夜」(ミステリーズ! vol.02 2003年9月)
 (第10回創元推理短編賞受賞作)
「原色の娘」(ミステリーズ! vol.04 2004年3月)
「センター街NPボーイズ」(書下ろし)
「夜を駆る者」(書下ろし)

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<感想>
 読んだ感想としては石田衣良氏の<IWGP>を思い起こさせるような内容。池袋のストリート・ボーイズ達の代わりにこの作品に出てくるのは渋谷のホストクラブの面々。その彼等がクラブの経営者であり、フリーのライターでもある高原晶と共に事件を解決していくというシリーズもの。事件を解決していくとはいっても、どちらかといえばミステリーというよりはエンターテイメント小説に近いと言えよう。そういうところもますます<IWGP>を感じさせる。

 本書には4編の短編が書かれているものの、そのひとつひとつの内容はなんとなくどこかで読んだことがあるように感じるものばかりで目新しいというものではない。ただ、そこにホストクラブというものを持ってきた設定が現代風であり、また主人公側の登場人物たちが皆善人であるということが物語り全体に取っ付き易さを感じさせ、小説として成功していると思わせられる。

 純粋にミステリーとは言い難いとはいえ、続編が出たら是非とも読んでみたいシリーズではある。


チョコレートビースト   6点

2006年04月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 一風変わったホストクラブ<club indigo>。その経営者でフリーライターの高原晶、編集者の塩谷。クラブの経営をまかせられている憂夜。そしてクラブのホストの面々。そんな彼等がさまざまな事件に巻き込まれてゆく騒動を描いた作品集の第2弾!

 「返報者」
 「マイノリティ/マジョリティ」
 「チョコレートビースト」
 「真夜中のダーリン」

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<感想>
 今回も<club indigo>が巻き込まれるさまざまな事件の様相がおもしろく描かれている。曰く付きの新人ホストに関わるものが次々と狙われてゆく事件、晶と塩谷の知り合いの編集者が失踪する事件、強盗団の手によって“なぎさママ”の犬が誘拐される(90%がた晶が原因)という事件、そして病めるホストがホスト選手権に出るという様子を描いたもの。すでにシリーズ作品といってよく、安定した楽しませてくれる作品集になっている。

 このシリーズを読んでいて感じるのは、なぜ主人公がホストではなく、女性である晶になっているのかということ。よって、この作品集、<club indigo>のホストが目立っているかといえばそうでもない。何人か常連のホストは出てくるものの、あくまでも脇役としか見ることができない。

 ただし、そのかわりに作品ごとに色々なタイプのホストを登場させることができるという効果がある。そうすることによってその作品ごとに、そこに適したホストを配置し、物語の展開をスムーズに運ぶという効果が出されているというようには感じられる。

 とはいえ、<club indigo>の面々よりも、その周りを取り巻く人々のほうが個性豊かで目立っているともいえなくはない。“なぎさママ”やライバルホスト店の“空也”、そして生活安全課の刑事“豆柴”などなどと・・・・・・。まぁ、楽しい事には変わりないので、別にこのような書き方でも問題はないのだが、もう少し他のキャラクターにおされ気味の<club indigo>のホスト達が目立ってもいいんじゃないかなとも感じてしまうのである。

 まぁ、それはともかくとして、これだけキャラクターが立っていたら、本当にホストを出演させてドラマ化されてもおかしくないんじゃないかなと考えてしまう。

 あと付け加えておくと、「チョコレートビースト」という短編があるのだが、最後の最後まで“チョコレートビースト”の意味がわからなかった・・・・・・


ホワイトクロウ   5.5点

2006年04月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 「神山グラフティ」
  ジョン太が恋をし、商店街の落書き事件の犯人を捕まえようとする。
 「ラスカル3」
  アレックスの事務の会長が誘拐され、奪回しようとする。
 「シン・アイス」
  犬マンがホームレス殺人事件に巻き込まれる。
 「ホワイトクロウ」
  インディゴを改装している最中、装飾デザイナーのアシスタントが失踪する。

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<感想>
 ホストクラブ<indigo>の面々が活躍するシリーズ第3弾。今回は今までと打って変わって、ホストたちが個別に関わる事件が描かれている。このシリーズからすれば、このような書き方のほうが自然だと思われる。

 と、書き方についてはよいと思えたものの、物語上ではホストのそれぞれが皆同じ人物に思えてしまったりとか、話自体にひねりがなさすぎるとか、不満も色々と挙げられる。
 とはいえ、楽しんで読めることは確かなので、気軽に手に取ることのできるシリーズとしては評価すべきところであろう。

 個人的にはミステリ・フロンティアの作品ということで読み続けてはいるのだが、次回作を買うかどうかは迷うところである。


酸素は鏡に映らない   

2007年03月 講談社 ミステリーランド

<内容>
 小学5年生の高坂健輔がクワガタムシを追いかけている途中、公園にて不思議な男と出会う。その男、オキシジェンは自らを世界の支配者であると・・・・・・。健輔は、さらにその公園に乱入してきた元特撮ヒーローの池ヶ谷守雄とも出会う。オキシジェンから冒険することを示唆された健輔と池ヶ谷守雄は謎のエンペロイド金貨を片手に、さらに健輔の姉も交えて、3人で秘宝の謎を解く冒険をすることに!

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<感想>
 物語の大筋は3人の男女が奇妙な男から指示されて、冒険をすることになるというもの(ただし、冒険と言ってもあくまで街中での話となるのだが)。そんな内容であるのだが、この物語は大筋の冒険はそれほど印象に残るようなものではない。それよりも、物語中に挿入されている、オキシジェンと健輔の会話や、特撮ヒーロー・ゼロサンダーの物語の内容のほうが興味深く感じられるものとなっている。

 オキシジェンと健輔の会話は、子供が世の中の矛盾について質問をし、大人があくまでも大人のスタンスを崩さずにその質問に答えるというように書かれている。なんとなく、ある種の道徳の授業であるかのようにも感じられた。この二人の会話は大人と子供が読む本というスタンスの中では、実に相応しいものなのかもしれない。

 また、本書はあくまでも、ごく普通の子供の冒険が描かれた小説であるのだが、そこにゼロサンダーという特撮ヒーローの存在を持ち込んだことにより、うまい具合に非現実性を組み込んでいる。健輔という少年はあくまでも小学5年生らしい行動をとっているにもかかわらず、どこかその行動がヒーローの活躍めいたものと感じられるのである。さらには、ゼロサンダー自体の物語もなかなか興味深く読むことができる。

 と、普通に面白かったというように思える小説というよりは、どこか考えさせられるものを残すという印象の小説になっている。子供が読むものとしては、そのような余韻を残すことの出来る小説というのはなかなか貴重ではないだろうか。普通にただ面白いというだけではなくて、このような何かが心の片隅に残る小説というのはとても興味深い存在である。


伽羅の橋   7点

第2回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作
2010年03月 光文社 単行本

<内容>
 介護老人保健施設で働く四条典座(よじょう のりこ)は、新たな老人を向かい入れるために別の介護施設を訪れた。その老人は認知症の安土マサヲという女性。聞くところによると、この老女は戦時中に夫と自分の子供二人を殺害し、首をはねるという事件を起こしていたというのだ。しかし、マサヲに接する典座には、彼女がそんなことをするような人物とは決して信じられなかった。マサヲが唯一の生き残りの息子から冷遇されているのに見かね、典座は単独で50年前に起きた事件の真相を調べようとするのだが・・・・・・

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<感想>
 読み始めの印象はあまり良くなかった。老人を受け入れる介護施設が舞台となっており、主人公はその介護施設で働くあまりパッとしない人物。その主人公が嫌な感じで冷遇される老人の過去に起こした事件の真相を調べてゆくというもの。その調査に至る経緯も、心地よい流れであったとは決して言えない。序盤を読んでいるときには、もう少し読者を惹きつけるような内容にできないものかと思いながら読んでいた。

 中盤に入ると、遅々とした調査が続けられるものの、主人公のひたむきさに引きつけられ、何故か徐々に物語にのめり込んでいった。そうして、大団円をかざるラストではページをめくる手を止めることができなくなってしまった。

 特にこの後半では、まるで島田荘司氏の作品であるかのごとく物語が展開し、確かに島田氏の系譜というものを感じ取ることができた。まさに選ばれるべくして、この新人賞を受賞することになった作品であると納得させられた。

 新人の作品であるがゆえに、色々な面について注文をつけたくなってしまうのだが、ラストの怒涛の展開を見せられると、そういった細かいことは全てふっとんでしまった。まさに新人らしい力強さによって、なしえることができた作品と言えよう。ただし、読んでいるうちは新人の作品というよりは、ベテラン作家の昔の作品というような妙な落ち着いた雰囲気に感じられたので、実のところ新人らしい作品と言ってよいかどうかは微妙である。

 落ち着いて全編見通して考えてみると、実はミステリ作品としては凡庸といえるかもしれない。ただし、それを凡庸と思わせない物語の力強さによって全体を見事にカバーしていると言えよう。感動に満ちた良質の作品であることは確かである。

 この新人賞はまだ第2回であるのだが、とりあえず前作、今作と外れなしというところは立派であろう。


回廊の鬼   6点

2014年04月 光文社 単行本

<内容>
 介護老人保健施設にて、リハビリをするためにここで過ごすことになった、耳の聞こえない老人・成田正三。その成田がベランダで倒れているのを発見される。どうやら、何かをしようと思ったらしいのだが・・・・・・。実は成田は長らく連れ添った妻が壮絶な死に方をしたことで、ショックを受けていると考えられていた。その妻は緑色の鬼をかたどったような姿で、指の爪をはがして、壮絶な形相で死んでいるのを家のベランダで発見されたのだ。不可解な点は多々あるものの、警察によると事件性はないということで片づけられていた。保健施設で働く四条典座(よじょう のりこ)は、精神的な面で成田を救おうと事件の真相を解き明かすことを決意する。

<感想>
 2010年に“ばらのまち福山ミステリー文学新人賞”を受賞した作家、叶紙器氏の第2作目。ここまで4年の歳月がかかったということは、職業作家ではなく、兼業作家として活動していくのであろうか?

 前作に続き、主人公は介護保険施設で働く四条典座(のりこ)。ただ、平凡な個性であるために、前作のといってもそれほど印象に残っていない。介護保険施設が背景となっているため、読む前は背景を基調とした平凡なミステリ作品なんだろうなぁ、と思っていたのだが、決してそんなことはなかった。むしろ普通の探偵小説よりも探偵小説らしい活動を主人公がとっている。

 本書では冒頭に、謎の怪死を遂げた人物の描写から始まる。緑色の鬼のような恰好をして、凄まじい形相で死んでいた老齢の女性。その姿にショックをうける体の不自由な夫。その夫が介護施設に入ってきたものの、ときおり不可解な言動を示すため、彼に何が起こったのかを突き止めようと介護施設の職員が奔走するというもの。

 本来ならば人見知りの主人公であるが、同僚の力を借りつつも、何故か憑かれたように警察顔負けの捜査を開始する。その事件の関係者と過去に接触したことがある者たちのもとをそれぞれ回り、当事者たちに起きた過去と実際に起きた事件とを結びつけようと、ひたすら事情聴取を行ってゆく。

 そうして辿りついた事件の真相については、うまく出来ていると言わざるを得ない。ただ、ひとつ不満なのは、起きた事件が実際には事件というほどのものでなく、“謎を解く”というよりも“解釈”に終始してしまったというところ。“解釈”ゆえに、あまり劇的にはならず、そういうことがあったのかと、ため息を一つついて終わってしまう。主人公の造形が地味という事もあってか、結局は、あっさり目な印象しか残らないところはもったいない。物語の書き方もうまいと思えるので、もう少しインパクトを残すような構成にしてもらえると、もっと面白いミステリ作品になるのではなかろうか。


ファミ・コン!   

2012年04月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 連城紡の住む家に美少女がやってきた。紡の父親が、今日から一緒に暮らすと連れてきたのだ。喜びもつかの間、父親から「何かあっては危ないから」と長男の紡はパジャマのまま放りだされる。必要最低限のものを積んだリアカーを引きながら、紡ぐは泣く泣く家を出ていくはめに。その後、美少女の正体をさぐろうとすると、彼女の秘密が明らかになりつつ、騒動に巻き込まれてゆくこととなる。紡ぐは弟妹たちの励ましと、友人たちと引きこもりの情報屋の協力を得て、騒動を乗り切ろうとするのだが・・・・・・

<感想>
 メフィスト賞座談会で物議を醸し出したあげく、メフィスト賞受賞作にならなかったということで興味をおぼえて読んでみた作品。まぁ、メフィスト賞云々よりも、単なるライトノベルズだなという感想。

 よくあるライトノベルズ作品のように、癖のあるキャラクターがたくさん登場して、ドタバタ劇が繰り広げられるという内容。最後の最後にはちょっとした駆け引きがあり、場を盛り上げるかのようになったものの、解決はやけに場当たり的な感じでトーンダウン。

 面白く読めるのは確かだが、別に講談社ノベルスで出さなくてもよかったのではないかな。まぁ、こうしたライトノベルズ系の作品が最近のはやりだということなのだろう。


鬼に捧げる夜想曲   6点

第14回鮎川哲也賞受賞作
2004年10月 東京創元社 単行本

<内容>
 昭和21年、乙文明は戦友である神坂将吾の祝言に出席するため、九州大分の沖合いに浮かぶ島、満月島へと渡った。しかし、その島へ渡った直後、島民からこの結婚は呪われていると聞き、乙文は島の不穏な空気を感じ取ることに。そして祝言が行われた翌日、翌晩清めの儀式が行われたはずの境内にて発見されたのは、閉ざされた部屋の中で惨殺された花婿花嫁の死体であった。
 村に伝わる“鬼伝説”の正体とはいったい!? 警察と共に島に乗り込んできた名探偵・藤枝孝之助が解き明かす真相とは??

<感想>
 1980年代生まれの人が横溝正史氏の「本陣殺人事件」を書くとこういいうものができるのかと感心してしまった作品である。これはなかなかの力作であると感じられた。

 とはいえ、処女作なりの欠点等は多々見受けられるのも確かである。なんと言っても、全体的な文章が物語の背景にあっていないと強く感じられる。またトリックなどは面白いと思えたのだが、事件を解決していく段階での根拠が薄弱であるということ。また、中盤での探偵の存在がもてあまし気味に感じられたなど等々、文句を付ける気になればいくらでも見つけることができる。

 しかし、ここはあえて著者自身になじみのないような古い時代設定を用いて作品を書ききったという事を評価したい。また、本書を読んだときは、昔なつかし新本格作家の初期の作品を読んでいるような感慨を抱くことができ、そういう意味でも満足させられた。こういった作品を書こうとする若い作家には是非ともがんばってもらいたいものである。

 余談ながらも、それでも本書を鮎川賞大賞作品にしてしまったのはどうかと思う。佳作でも十分であっただろう。ここ最近は他の賞などで最年少ブームが巻き起こっているが、この賞までがそういった風潮に載らなくてもよいだろうと思うのだが。


たとえ、世界に背いても   6点

第7回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作
2015年05月 講談社 単行本

<内容>
 難病の治療法を開発した功績により浅井由希子博士はノーベル賞を受賞することとなった。受賞後、スピーチの席で浅井博士は発言する。かつて、難病にかかった一人息子がいたが、その死に発奮し、治療法を開発することができたと。多くのものが感動させられるスピーチであったのだが、その内容は途中から思わぬ方向へと展開する。死んだ息子は実は自殺を遂げており、それはクラスメイトにいじめられたからであるという。そして、浅井博士は彼らに復讐をすると宣言する。今、世界各地に難病のウイルスをばらまいたと。そのワクチンを開発することができるのは、浅井博士だけ。もしワクチンが欲しければ、息子をいじめたクラスメイトたちに、当時のことを告白させ、そして殺害し、彼女の元まで全ての死体を持ってくることと・・・・・・

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<感想>
 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作ということで、新人による作品なのだが、それにしてはなかなかの力量。内容は別として、十分読みやすい作品として仕上げられていた。

 物語の内容は、ノーベル賞受賞者が怨恨により無差別テロを行うというもの。そこからは、まるでデスゲームのような様相を見せる。また本書の特徴としては、特定の登場人物がメインで語られるという形式ではなく、章ごとに別々の者にスポットが当てられ、別々の視点から物語が展開していくというものになっている。そうしたなかで、メインの道筋として、恋人を助けようとするひとりの高校生の姿が見え隠れする。

 これは、なかなか難しいテーマをあえて選択して、よく書き上げたなと感嘆させられた。クラスメートという範囲でのデスゲームのような作品であればよく見られるのだが、それを世界規模の無差別テロという形にしたところが、なかなかのもの。ただ、それゆえに、クラス単位の物語としてはかなりぶれた気がするものの、結局のところそこは著者にとっての焦点ではなかったということなのかもしれない。

 モラルとか、そういった感情的な面は別として、エンターテイメント小説としてうまく書き上げたなという感じはさせられる。個人的には、テロを起こした博士の立ち位置が最後の最後で変なものとなってしまったところには納得がいかなかった。細かい点でいえば、つっこみどころはいくらでもありそうなのだが、これを一つの物語として書き上げたことを素直に称賛したい。ただ、新人の作品でなければ、まぁまぁという程度であったかなと。


ロンド   6.5点

2002年10月 東京創元社 単行本

<内容>
 多摩市立美術館(通称SHIP)では非業の死にみまわれた芸術家・三ツ桐威の展示会を控えていた。その展示会を行うにあたって、三ツ桐の幻の作品と言われる「ロンド」を入手することができないものかと美術館員たちは皆考えいてた。そんなとき、三ツ桐を崇拝する美術館員のひとり、津牧はとある美術評論家から個展の案内状を受け取る。志村徹という名も知らぬ画家の個展のようなのだが、その展示の行い方が三ツ桐威を意識したようなものになっていることに興味をおぼえ、津牧は個展会場へと赴くことに。そしてその個展会場にて津牧は絵画に見立てられた死体を発見することに!!
 幻の名作“ロンド”をめぐる事件はこうして幕を開けたのだった・・・・・・

<感想>
 美術を扱ったミステリーというよりは、ミステリーの世界の中で美術を表現してみるというように感じられた作品。

 本書では美術に関する専門知識などについての説明が多かったのだが、それにしては意外と読みやすかったという感じられた。“レトリック”とか“シンボリック”というような用語が飛び交うものの、違和感なく読み進めることができた。とはいえ、全体的には美術に関することのみに関わらず、表現が細かいというか、やたらと詳細を説明しすぎるているようにも感じられ、小説としては読みづらいと思えた。

 そして肝心のミステリーの内容はどうかといえば、おしいとしか言いようがない。絵画への見立て殺人とか、密室(のような)状況での殺人とか、数多くの本格コードを有しているにもかかわらず、その見せ方、解決の仕方は非常にあっけないものであった。ゆえに、書き方によっては本格推理小説となるはずだったものが、普通のサスペンス風の展開で終わってしまったというのは残念なことである。

 とはいうものの“ロンド”という絵画に魅せられ、狂気へと導かれていく人々の様相というものが十分に伝わってくる作品であった。とにかく“力作”というひと言。


長い腕

第12回横溝正史ミステリ大賞受賞作
2001年05月 角川書店 単行本
2004年05月 角川書店 角川文庫

<内容>
 島汐路はゲーム会社で働いており、現在のプロジェクトの完了を機に会社を辞める予定であった。そんなある日、会社のビルの屋上から同僚の二人の女性が飛び降りるのを汐路は目撃してしまう。しかし二人が何故、屋上から飛び降りたのかは結局誰にもわからなかった。そんな不思議な事件の後を引くように、汐路の故郷でも不思議な事件が起きたという。汐路は二つの事件の関連性に気づいたとき、故郷に戻ってその事件を調べてみようとするのだが・・・・・・

<感想>
「読みやすい」というのが一番の印象である。これが処女作か、というくらいにうまく書かれており、熟練作家が書いたのではないかとさえ感じてしまう。このへんが横溝賞受賞の一番の理由だったのではないだろうか。また、ゲーム業界やネットワーク関連の知識が作品全編にわたって取り入れられており、興味を持って読むことができた。確かに本書は“横溝賞受賞作”の手本ともいえるような本であると感じることができる。

 ただし、読みやすさを感じる反面、全体的な印象は薄かった。物語が序盤はゲーム会社が舞台となり、後半は早瀬という田舎町が舞台となる。ここは、どちらか一方に絞ったほうが良かったのではないかと感じられた。どうも、その二つの舞台の関連性というものが薄く、その分読み終わった後のインパクトが欠けてしまったように感じれらた。

 本書はどちらかといえば、ゲーム会社か田舎町のどちらか片方を舞台にして、ホラーテイストな感じで全体を仕上げたほうが良い作品に仕上がったのではないかと感じられる。印象的な登場人物が多々でてきた分、本筋が薄味に終わってしまうのは残念であると感じられた。次回作に期待大。


焼け跡のユディトへ   6点

第6回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作
2014年11月 原書房 単行本

<内容>
 敗戦から6年、矢代信生は瀬戸内へとやってきた。そこに矢代の姉にあたる人がいることを知り、一目見てみたいと思ったのである。しかし、彼を待ち受けていたのは女を狙った猟奇殺人事件。被害者は裸にされ、能面をかぶらされるという奇妙な状況で発見される。矢代は二人目の被害者を生前見たことにより、事件関係者として扱われそうになる羽目に。矢代は、アメリカ人であるディックと知り合い、彼と共に事件の解決に乗り出すこととなるのであったが・・・・・・

<感想>
 舞台は戦後、矢代という名の青年が自分の姉にあたる人物を探すために瀬戸内海の町へと行くのだが、そこで女性を狙った連続殺人事件に遭遇する。猟奇事件とか、連続というと大量殺人なのかと思うかもしれないが、物語の序盤で被害に遭うのは二人だけ。そこから、もうひとりが命を狙われるのか、狙われないのかというような具合で物語が進められていく。

 正直言って、退屈であったなと。初っ端は事件が起こるものの、そこからは停滞が続き、なんとなく当時の風俗的なものを紹介する話というのみ。決して捜査がおざなりというわけではないにも関わらず、そんな気がしてしまう物語の運び方。主人公が典型的な巻き込まれ型の者ということもあり、なかなか話が軽快に進んでゆかないのも一つの要因か。

 ただ、終盤へきて、事の真相が明かされると、眠くなった目もパッと冴えわたる。動機や事件の構図については、非常にうまくできており、思わず感嘆させられる。新人賞の優秀作を受賞したのは、まさにこの結末こそがすべてだと言えるであろう。あと、個人的には真相が明かされた後の付けたしは余分であったかなと(もっとシンプルに収めてほしかった)。

 筆致はしっかりしていたと感じられたので、あとは作品を書き続ければ、もっと良い作品を仕上げてくれるのではないかと期待させられる。新人の作品であるならば、十分及第点と言えよう。


枯れゆく孤島の殺意   6点

2009年05月 講談社 講談社Birth

<内容>
 植物研究家である相川は編集者のつてで依頼された植物調査の件で孤島へとおもむくこととなった。なんでも、その島では植物がどんどんと枯れてゆくのだというのだ。相川は友人である美堂棟とともに、孤島に建つ、奇妙な形をした屋敷に泊まることに。研究を始めたものの、彼らはその島で連続殺人事件に遭遇することに・・・・・・

<感想>
 講談社Birthという新レーベルに惹かれたというか、本の装丁の微妙さが気になり、つい購入してしまった一冊。実際に読んでみると、普通にミステリをしている作品であり、これくらいのレベルであればメフィスト賞から出しても良かったのではないだろうかと思わせるほど。ただ、最近のメフィスト賞は一風変わった作品が受賞しており、そういった意味では本書は普通すぎるのかもしれない。

 ちなみにこの作品は「講談社Birth」に応募されたなかでの、小説部門の受賞作とのこと。

 短い作品ながら、中身はきっちりと本格ミステリを行っている。限られた人数のなかで、うまく謎を複雑化し、犯人の正体をあぶりだしにくくしているところは見事であると思われる。ただ、微妙にわかりにくい所とか、視点がころころ入れ替わるところとか、問題点もそこここに見られた。

 処女作ゆえに仕方のないことなのだろうけれども、もっとうまく書くことができれば、そこそこの話題作になったのではないかと思うと、若干惜しまれる。今後に期待したい。




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