<内容>
どこにでもある普通の本屋“成風堂”。その書店員・杏子とアルバイト店員・多絵のコンビが本屋で起こる日常の謎に挑戦するミステリ作品集。
「パンダは囁く」
「標野にて 君が袖振る」
「配達あかずきん」
「六冊目のメッセージ」
「ディスプレイ・リプレイ」
<感想>
これはなかなか面白く読めた本。新機軸というわけではないのだが、日常の謎系というジャンルの中で本屋を舞台にしての事件を描いた作品となっている。
ただ、わがままな感想を言わせてもらえば、一編目の「パンダは囁く」の出来がかなりよかったので、それ以降が尻つぼみになってしまったように感じられた・・・・・・といってしまうのは厳しい意見か。あと、主人公のふたりが平凡な人物のため、主人公だけでなく、他の登場人物とも区別をつけづらいというのが難点。気になったのはそのくらいで、日常の謎系ミステリとしてはよくできている作品集であると思える。
「パンダは囁く」
これは特にうまくできている作品だと感じられた。暗号がいかにも本屋ならではというものであるし、その暗号に秘められた事件もうまく解決がなされている。最初の作品として配置するにはもったいなかったかもしれない作品。個人的な話であるが“パンダ出版社”と言われれば、あれだと気づくべきであったのに・・・・・・
「標野にて 君が袖振る」
前の作品がうまくできすぎていたために何となくかすんでしまったように思える作品。話としてはよくできているとは思えるものの、人が失踪して本屋に尋ねてくるものなのかというのが大きな疑問。ちょっと本屋があつかうミステリーとはかけ離れていたような。
「配達あかずきん」
これもちょっと本屋があつかう事件から離れていたと感じられる。本屋の外の登場人物を出してくるより、もう少し本屋の中の登場人物像の設定に力を入れたほうがいいと思えたのだが。
「六冊目のメッセージ」
これは一編目に続いてよくできている本屋ならではの物語。ミステリーとしてよりも、本を薦めるということに感じ入ってしまった。私自身、こういうHPにて本を紹介しているのだが、その人に合った本をうまく薦めることができるかというと、ミステリーくらいしか読まない私にはまず無理である。この作品に出てくる人のような心配りができればなと思わずにはいられない。
「ディスプレイ・リプレイ」
最近よく聞く盗作問題を取り上げたかのようなミステリー。とはいえ、その解決は一般的な盗作問題とはかけ離れている。作品の内容よりも、本の盗作問題について色々と考えさせられてしまった作品。
<内容>
書店・成風堂で働く杏子の元に、かつての同僚で今は故郷に帰り、そこで書店員をしている美保から手紙が届いた。手紙によると、美保が働く老舗の本屋・まるう堂に幽霊が出没し騒ぎになっているのだと。その幽霊の謎を杏子の同僚で、書店で起きた数々の事件を解決してきた多絵に解き明かしてもらいたいというのだ。杏子は渋々ながらも、休暇を利用して多絵をつれて信州へと向かうのであったが・・・・・・
<感想>
書店シリーズの第2弾となる作品であり、今回は長編・・・・・・ということなのだが、このシリーズは短編のほうがしっくりくると思われる。では、この作品自体の出来があまりよくないのかといえばそういうわけではない。
本書は書店で起きた幽霊騒ぎを元に過去の事件の真相に迫るという内容。ここで起こる事件自体と最終的に解き明かされる解決は、序盤では予想だにしなかったほどに濃いミステリとなっている。ただ、であるからこそ、この事件は一介の書店員が解き明かすような事件ではなかったと感じられるのだ。
今回、杏子と多絵が解き明かす事になる事件は殺人事件なども関わっており、それなりに重いものとなっている。一応、捜査に対し周囲は協力してくれるとはいえ、そこは一介の書店員ゆえに、昔の事件について根掘り葉掘り聞けるというわけでもないし、あくまでも彼女達が解き明かす事を依頼されたのは幽霊に関してである。
そういった点を差し引いても、最終的な解決はうまい具合に到ったといえないこともないのだが、ただ、やはり捜査の過程の部分が物足りなく感じられたのも事実である。ほんとうであれば、本書で語られた事件に対しては、書店員が主人公ではなく、別の探偵を用意して事件を解決させれば、よりいっそう密度の濃いミステリに仕上がったのではないかと思われるのだ。
と、そんなわけで少々残念な感じがする内容であった。とはいえ、そういう印象をさっぴけば、充分良い内容の作品であったといえるので、前作を読んで気に入ったという人は是非とも本書も読んでもらいたいものである。
<内容>
「取り寄せトラップ」
「君と語る永遠」
「バイト金森君の告白」
「サイン会はいかが?」
「ヤギさんの忘れもの」
<感想>
これがシリーズ第3作目となる作品であるが、前作の長編よりも、やはりこのような短編形式のほうがシリーズとしてはしっくりくるような感じがする。
正直なところ、ミステリとしては強く印象に残るというようなずば抜けた作品は特になかった。しかし、このシリーズではそういう大きなことは狙わずに、本屋さんの日常の中で起こるちょっと変わった事件というものを描き続けてくれれば良いのではないかと思っている。本屋で働く人にとっては共感できるような、本屋に勤めたことのない人には、こういう苦労もあるんだなぁと思わせるような、そのような書き方で充分であろう。
よって、今回の作品のなかでも、本屋に興味を示し出した本屋嫌いの少年を描いた「君と語る永遠」やバイト青年の恋の苦悩を描いた「バイト金森君の告白」のような素朴なものがシリーズ作品として、ぴったりとあてはまっていると感じられた。
このくらいのゆるさで、このぐらいのペースで今後も書き続けてもらいたいシリーズである。
<内容>
「平台がおまちかね」
「マドンナの憂鬱な棚」
「贈呈式で会いましょう」
「絵本の神さま」
「ときめきのポップスター」
<感想>
大崎氏、待望の新刊は今までの成風堂書店シリーズではなく、出版社の営業の新人にスポットを当てた作品となっている。
確かにそういえば、大きな書店にいると店員さんと話をしているスーツ姿の男性の姿を見かける事がままある。なんとなく本の営業の人らしいということはわかっていたのだが、実際にはこんな仕事を行っていたのか! ・・・・・・ということがよくわかるようになっている作品である。
この作品でも本屋業界、出版業界の知られざる部分を垣間見える事ができたのは、実にためになった。本好きの人間であれば誰もが興味深く見る事ができるであろう。
あと、付け加えておくと、本書も当然のことながらミステリ作品集とはなっているものの、そのミステリに関しては弱いといえよう。基本的には、本屋、出版社の知られざる業務に関して楽しんで読む事ができる作品というところであろう。とはいえ、続編が出れば迷うことなく買ってしまいそうではあるが。
それと本書のなかの「ときめきのポップスター」で営業の人たちによる“ポップ”によるコンテストが行われているのだが、これはなんとも楽しそう。正直なところ、本屋へよく本を買いに行くことはあるものの、“本を買う”という以外では本屋とのつながりというものは何もないなと、ふと気づかされる。このように間接的にでもいいから、客として参加できるようなイベントがあると、楽しむ事ができるかもしれない。
<内容>
小学5年の夏休み、洸は両親が行く海外旅行の同行を断ったため、祖父の住む田舎ですごす事となった。しかし、洸はその祖父とまだ一度もあったことがなかった。
田舎にて祖父と暮らすことになった洸は祖父が少々変わってはいるものの、何でも知っていて、村の人から尊敬されていることを知る。そして洸が田舎の暮らしになじみ始めたころ、観光開発と称して村の中に入ってきた悪徳業者とのいさかいに巻き込まれていくことになる。村にはどうやら秘められた宝があるらしいのだが・・・・・・
<感想>
この作品はかなりジュブナイルよりの作品になっているといえよう。どちらかといえば子供向けである。しかし、大人が子供に読んで聞かせる本としては最良のものではないだろうか。安心してお薦めできる本である。
本書はミステリーというよりは冒険物といった内容。都会の小学生が頑固だけど物知りの祖父を通して自然のすばらしさに触れていく作品である。少年が自然に触れながら徐々にたくましくなっていく様相は読んでいて心地のよいものである。ただ、祖父との邂逅の描写が少なかったのが残念であった。
あと、おまけのような感じでミステリーの要素も付け加えてあるのだが、それらもなかなか微笑ましいものとなっている。これは十分楽しませてくれた本であった。
<内容>
この世界では人が死ぬとき、その場所に“月導”という死者のメッセージを残すことがあるという。そしてその“月導”を読むことができるもののことを“月読”と呼ぶ。
従妹が連続婦女暴行魔に殺された刑事の河井は単独でその犯人を捕まえようと行動する。そんなとき、彼は“月読”である朔夜一心という青年と出会う。河井は“月読”の能力を使って、自分の捜査の手助けをしてもらう代わりに、朔夜が調べているという彼の過去を探る手伝いをすることに。
また同じころ高校生の絹来克己は香坂家の少女・炯子を巡る事件に巻き込まれていくことに。
<感想>
太田氏の本は最近ではミステリーランドから出た本を読んだきり。そんなわけで久々に太田氏のミステリー本を読んだことになるのだが、これがなかなか面白く読むことができた。
本書の特長はなんといってもその舞台設定が変わっていることで、通常の世界ではありえない“月標”というものが存在する世界を描いている。その“月標”とは、人が死んだときに残る、なんらかの痕跡であり、その“月標”を読むことができる“月読”という人物が存在するという設定の中でミステリーを描いている(とはいうものの、本書ではあまりその設定を生かしきれているとは言い難い)。
この作品において一番よくできていると思えたのはストーリーのできである。刑事が追う連続婦女暴行事件と少年が巻き込まれた“香坂炯子”を囲む人間関係とそれに起因したかのように起こる事件。この2つの関係のなさそうな事件が20年前の過去に起きた出来事と関連し、それぞれの事象がつなぎ合わされるように謎が解かれてゆく。このストーリー展開はなかなかのものであると感心してしまった。
ただ、本書はこのストーリー展開を主軸としたサスペンス型のミステリーということで十分に思えたのだが、なぜか後半では本格ミステリーを無理に意識したような展開が挿入されている。これは効果的とは言い難いように思え、読むほうとしては混乱させられるだけであるように思える。これは“本格ミステリ・マスターズ”という銘を意識しすぎたという事なのだろうか?
また、本書は大人向けのサスペンス・ミステリーとして語られている内容だと思えるのだが、なぜかそこここに挿入されている青臭さがうかがえる描写はアンバランスだと感じられた。
<内容>
昭和初期。オカルト、猟奇事件、ナショナリズムが吹き荒れる東京。歌人にして民俗学者の折口信夫は偶然に、しかし魅入られるように古書店「八坂堂」に迷い込む。奇怪な仮面で素顔を隠した主人は木島平八郎と名乗り、信じられないような自らの素性を語り出した。以来、折口の周りには奇妙な人、出来事が憑き物のように集まり始める。ロンギヌスの槍、未来予測計算機、偽天皇、記憶する水、ユダヤ人満州移住計画。昭和の闇を跋扈するあってはならない物語。
<感想>
ここ数年、ミステリにおいても民俗学をとりあげるのが一つのブームとなってきているように思える。この作品はそのうちの初期の段階での火付け役の一つといえよう。この作品は小説となる前に漫画にてとりあげられ、そして小説化となったものであるから世に出たのは結構早い時期であったはず。私も一度漫画にて読み、この度の文庫化を機会にまた取り上げてみた次第である。
こういった学問のブームというのはしばし見られる現象ではないだろうか。一時は“心理学”というのがはやった時期があったような気がする。学生の志望学部というものにおいて、心理学関係の道へ進みたいというのがブームになった時期があったはずである。今現在、この民俗学が学生におけるブームになっているかはわからないのだが、ミステリを含めた小説においてはそれなりのブームになっているのではないだろうか。京極夏彦氏あたりを発端とし、最近読んだ中でも北森鴻氏、物集高音氏などが民俗学ミステリというものをとりあげている。
大塚氏の作品においては特にミステリとしてとりあげているという意志はないだろうと思うのだが、それにともなう神秘性、秘匿性というものが常についてまわるのでどうしてもミステリというように一緒くたにしてしまいたくなる。正確にジャンル分けをしようと思えば、これは伝奇ということになるのだろうか。
この作品の魅了される所は昭和における暗黒面を前面に押し出して書かれている部分であろう。全体的にまとう雰囲気というものが非常に禍々しい。話のなかには事象として捕らえると胡散臭く感じられる面(別に著者が事実だとして紹介しているわけではないのだが)もあるのだが、それが昭和の暗黒というベールをまとうことにより、しっくり合った世界観へと変貌してしまう。この他の人たちが立ち入ろうとはしない世界(もしくは世界観)にずかずかと足音を踏み鳴らしながら飛び込んでいく物語には興味を惹かれずにはいられないのである。
<内容>
「砂けぶり」
地方で起きた大量殺人事件。しかし、そんな事件が以前にも起こっていたのだった。“人食い”による殺戮事件が。
「翁の發生」
“御贖(みあがもの)”。それは身についた災いを代わりに負わせる人形の事。人形ではなく、そういう役目を持った人間が存在するというのだが。
「乞丐相」
折口は自分と同じ“あざ”のある子供を拾ってしまう。その子供はどこから来たのだろうか?“迷い子のしるべ”が意味するものとは!?
<感想>
事実と虚実が混ざり合った奇怪な物語の続編。今作もなかなか楽しませてくれる内容であった。
本書の魅力といえる部分は、タブーともいうべき事柄を開けっぴろげに語っていることではないだろうか。しかも、それが現代ではなく、規制著しい昭和の時代を背景としているのだから、なおさらのことのようにも感じられる。もしくは時代背景として、戦争に突入する前は日本の文化は実は開けっぴろげなところがあったということを示唆しているのかもしれない。とはいうものの、タブーを語るに当たっては本書の中でも非常識人を配置して、彼らに語らせているという手法をとっているので、いくら昔でも何から何まで開けっぴろげであったというわけではなかったのだろうが。
今作では昭和の大殺戮事件やら、神隠しやら、持衰などの昭和の闇に埋もれた事柄のそのまた裏が描かれている(といっても当然の事ながらフィクションであるが)。今回は前作に比べて木島の登場が少なく感じられた。なんとなく物語全体がマッドサイエンティストの土玉や安江大佐らの非常識人に喰われつつあるような気がする。
なにはともあれ、今後も密かに続いてもらいたいシリーズである。
<内容>
リョウは“バグズ”という特殊な能力を持つ人間であり、ジャンク屋で働きながら、妹の復讐のために“蒼い右眼の男”を追っていた。製薬会社で起きた不可解な事件の裏に“蒼い右眼の男”の存在をかぎつけたリョウは、ひとり事件の裏を調べ始める。そんなリョウに“バグス”らによって結成されたビーハイヴという秘密機関が接触してきたのであったが・・・・・・
<感想>
内容はアクション伝奇小説である。最初は近未来SFかとも思ったが、超能力者が出てくるアクション伝奇小説と言ったほうが相応しいであろう。
で、その内容はというと、普通というくらいしか言葉が思い浮かばない。“バグス”という超能力を持つ“ビーハイヴ”という集団を作り出したところはよかったが、その肝心な超能力があいまいすぎるように思える。特に主人公の能力が話の進行にさほど役に立っていないようであり、そのせいもあってか普通の人間が事件の中に巻き込まれているようにしか思えなかった。そして、他の人物設定や能力にも中途半端と感じられた。
また、事件の進行についても“ビーハイヴ”という特殊組織がありながら何を知っていて何を知らないのかという事がさっぱりわからなかった。事件の真相が見えてきたときには、このような内容であれば、最初から特殊組織が事件の背景を全部知っていなければおかしいのではないだろうかと思われたのだが。
と、あれこれ欠点を探せばきりがないのだが、そんなことよりもそういった欠点を吹き飛ばしてしまうような何かが一つでもあれば良かったと思うのだが、そういう強烈に感じるものが見受けられなかったのが残念なところである。
<内容>
岩手県の山奥の村に医師である滝本が赴任してきた。彼がこの地に赴任してきたのは、同じ医師で友人であった杉がこの地で医者として生活していたのだが、不慮の事故により亡くなってしまうという事件が起きたからである。その事故に不審なものを抱き、滝本は医師としての仕事をするかたわら、杉の事件を探り始める。すると、滝本が村に赴任してきてからすぐに、村では熊があちこちで目撃されるという事件が起き、さらには人の手による連続殺人事件までが・・・・・・
<感想>
本書は横溝正史賞らしい作品であり、新人とは思えぬ筆致で丹精に描かれたミステリ作品といえよう。いや、これは新人の作品にしては、かなりうまく書かれた作品ではないかと思われる。
ただ、個人的には色々な面で気になるところがあって、横溝正史風ミステリとは(著者は別にそういうものを狙ったわけではないのかもしれないが)少々かけはなれた作品だと思われた。
ひとつには、岩手の豪雪地帯で行われる連続殺人事件という割には、村のなかだけでなく、よそからの介在が多すぎるように思われた。また、実際に真相も村の内部だけに納まる話としては収束されていない。せっかく、このような舞台をあつらえたのならば、その中だけで話を創ってしまったほうがよかったのではないだろうか。
また、殺人事件と村を襲う熊の話が同時進行になっているのだが、あまりにも両者がかみ合っていないように思えた。せっかくの人食い熊を登場させたのだから、もう少し事件に生かしたほうが良かったのではないかと思われる。
というように、どうも離れ里で起きた事件というもの自体が生かせていないような気がして、そこが不満に感じられた。作者による、あえて村の中に収めずに読者の想像し得ないところまで謎を広げておきたいという気持ちはわからないでもないのだが、個人的にはその広げ方が微妙だと思えた。
まぁ、これだけの作品が書けるのだから、面白い題材があればミステリに限らず良い作品を書いてくれるだろうことは間違いないであろう。今後の活躍に期待。
<内容>
岩手県沖の漁業を営む小さな島で殺人事件が起こった。殺されたのは島長で、断崖からつるされるという異様な状態で発見された。警察の捜査をあざわらうかのように、次々と起こる殺人事件。この小さな島でいったい何が起きているというのか。北上から釜石署へと異動してきた藤田警部補が事件の謎に挑む。
<感想>
現代に起こる事件を横溝正史風に描くという試みなのであろうが、どうも閉塞的な島の状況と現代的な部分がミスマッチに感じられてしまう。現代的な部分が表に出てしまうと、どうしても孤島とか村の風習とか不気味な部分が薄れてしまい、単なる2時間ドラマっぽい内容に見えてしまうのである。
また、村の語り継がれる禁忌を書き表したいのか、はたまた現代における老人社会という問題を取り上げたいのか、さまざまな要素が中途半端に取り入れられているため、何を強調したいのかがわかりにくくなっている。視点が多視点となっている部分もそうであるが、もっとピントを据えた物語にしてもらいたいところである。
やはり横溝正史風の内容を現代にもってくるというのは難しいところか。昔の風習が漂う孤島の連続殺人という雰囲気を出すのであれば、昭和初期という設定の方が表しやすいのかもしれない。
<内容>
潤沢な資源のおかげで国民の全てが平和で穏やかに過ごす“退屈王国”。そうしたなか、国王は未来を見据え、新エネルギー政策に打って出ることを決める。その発表が行われようと各国の要人が集まりつつある日、城のなかで密室殺人事件が起きる。閉ざされた部屋のなかで警備兵が殺害され、衣装戸棚のなかにはメイドのひとりが閉じ込められていた。不可解な状況のなかで行われた事件。好奇心旺盛の王女プランタンは自ら事件解決に乗り出そうとするのであったが・・・・・・
<感想>
架空の王国で起きた殺人事件。謎を解くのは、王国で人気者の王女様。渋々付き従う美少年SPを連れて、事件捜査に乗り出す。
ライト系かつ、コメディチックで楽しめる作品。全体的にライトな内容かと思いきや、エネルギー政策とか、新エネルギーの理論などは、結構真面目に描かれている。事件の捜査に関する描写が一番不真面目だったかのような。
事件として密室殺人事件をクローズアップし、その解き明かしに力を入れている作品・・・・・・と思えたのだが、ラストでは、そこがやけにあっさり目で、アクション的な部分や背景の部分のほうが強められてしまったように思える。悪くない作品だと思ったのだが、どこに力を入れて、最初から最後まで通すかという部分がちぐはぐであったような気がする。密室殺人事件に力を入れるのであれば、最後までそこを強調すべきだったであろう。
悪くないミステリ作品であると思えるのだが、強調部分がはっきりしないのが微妙なところか。王女のみを中心と書くのか、キャラクター小説とするのか、ミステリ要素を強めとするのか。方向性が定めて新たな作品に取り組んでくれることを期待したい。
<内容>
「Pの妄想」
家政婦から毒を盛られると怯え、缶入り紅茶しか飲まなくなった富豪の老女を巡る殺人事件の真相は?
「Fの告発」
指紋照合システムによって閉ざされた部屋で起きた殺人事件。いったい誰がどのように?
「Yの誘拐」
突如幕を開けた誘拐事件。犯人の真の目的とはいったい?
<感想>
それぞれの短編が意外なところから真相が明らかにされ、その大胆な推理と緻密な論理に驚かされた作品集。こういった作品を読むとまだまだ推理小説も捨てたものではないなと改めて思わせられる。今年ベスト級の論理的推理小説。
「Pの妄想」
この作品でいきなり度肝を抜かれ、そのあとはやられっぱなしになってしまったという感じであった。この作品の中で私は毒に注目し、“どうやって?”ということばかりに気を取られていたのだが、真相はそんなところにあるのではないということを解決にて思い知らされることに。
「Fの告発」
限定された者しか入れない部屋があり、誰がいつ入ったかも明らかにされている。そんな中で犯行はいかにして行われたのか。しかし、これも目先の事ばかり考えていると裏に隠された伏線を見抜けないまま、最後の解決にて思い知らされることになる。私が最後の最後にてようやくチャスタトンの作品に似た作品があったなと気づいたときにはもはや手遅れであった。
「Yの誘拐」
二転三転する誘拐事件の裏側にある真相をさぐるミステリー。警察にとっても誘拐犯にとっても失敗と思われる誘拐事件。この事件で得をしたのは誰なのかを探るものとなっている。その真相には満足させられたのだが、物語としては強引な結末であると感じられた。別にこういった幕引きにしなくても普通に終わらせたほうがよかったのではないかなと感じられた。そしてさらなる続編をと考えていたのだが・・・・・・
<内容>
占部武彦は双子の兄を殺害しようとしていた。そのために、整形外科医で顔を変えてもらい、さらにはその医師を殺害する。そして武彦はさらなる準備のために・・・・・・
占部文彦は自分が命を狙われていると感じ、探偵の間宮圭介、奈緒子・兄妹に身辺警護を依頼する。何でも武彦は彼と恋仲であった女性に対して兄の文彦が中傷の手紙をばらまいたと思っているらしく、文彦に恨みを抱いているのだという。間宮兄妹はさっそくその日から交代で文彦の身辺を警護し、文彦は寝室へと入ってゆくのであるが・・・・・・次の日、寝室で発見されたのは文彦の遺体であった!!
いったい犯人はどうやって犯行に及んだのか? さらに武彦はいったいどこにいるというのか?? 慌てふためく関係者を嘲笑うかのごとく、さらなる殺人事件が起き・・・・・・
<感想>
読んでみて、さらに頭の中で思い返して、噛みしめれば噛みしめるほど、なるほどと感心してしまう。いや、これはよくできている本格推理小説である。
上っ面だけを簡単にながめてみれば、基本的には通俗のミステリー小説となんら変わりはない。ある種のサスペンス・ドラマ風であるといっても過言ではないであろう。ただ、その通俗のミステリー風作品がよくよく考慮してみれば、実にに考え抜かれた本格推理小説になっているということに気づかされる。読み終わった後に、最初から読んでみると探偵たちが街に到着した時点から既に緻密な計画が始まっているということに驚かされる。
この作品を読んで思うのは、本格ミステリといわれる作品が世に数多く出てきて、そして色々なアクロバット的な手法がなされつつ現在に到っているのだが、そのような派手なものばかりにとらわれなくても、十分に面白いミステリ小説というものを作ることがまだまだ可能であるということ。まさに推理小説のお手本ともいえるような作品であった。
<内容>
「柳の園」
「少年と少女の密室」
「死者はなぜ落ちる」
「理由ありの密室」
「佳也子の屋根に雪ふりつむ」
<感想>
謎の人物“密室蒐集家”が謎を解く、密室ミステリ集。「少年と少女の密室」と「佳也子の屋根に雪ふりつむ」は既出であるが、他の3作品は書き下ろし。
今時珍しく、“密室”にこだわりぬいたミステリ作品。新本格ミステリファンにしてみれば、待ってましたと言いたくなるような内容。密室というものにこだわったためか、犯人に関してはどの作品も唐突という感じがした。しかし、最後まで読んでみると唐突のように見えた犯人に対し、きちんと伏線を張っており、決してミステリとして破たんしていないところは見事なところである。
「少年と少女の密室」は、心理的密室トリック作品として秀逸と言えよう。私自身は既読の作品ゆえに、内容を知りながら再読したのだが、なるほどとうなずきつつも、感嘆しながら読むことができた。
「理由ありの密室」については、“何故密室を作ったのか?”ということにこだわり抜いた作品。こういった作品にしては珍しく、ダイイングメッセージも見事に決まっていると感じられた。
「佳也子の屋根に雪ふりつむ」は犯人が指摘された時には、唐突と感じられたのだが、伏線と見事な論理によりきちんと導き出されているところに感嘆してしまう。
<内容>
事件捜査でミスを犯した寺田聡は、警視庁付属犯罪資料館という部署に左遷させられることとなった。そこには美貌のキャリア警官・緋色冴子が館長として勤めており、寺田は唯一の職員となる。その館で紐解かれる過去の未解決事件。それらの事件を緋色冴子が快刀乱麻のごとく解き明かしてゆき、徐々に寺田は資料館での仕事にやりがいを感じ始め・・・・・・
「パンの身代金」
「復讐日記」
「死が共犯者を別つまで」
「炎」
「死に至る問い」
<感想>
久々の大山氏の新刊。相変わらず、絶妙な本格ミステリを堪能できる作品となっているのだが、個人的にはそこに登場する人物設定に違和感を抱いてしまった。むしろ、こういう作風よりも「密室蒐集家」くらい、主人公らは透明感があるほうが楽しめるのではなかろうか。
最初の「パンの身代金」は、まるで実在に事件をモチーフとしたような企業に対して身代金を要求する事件。その過去の事件の真相に挑むというものであるのだが、これに関しては、ちょっと強引な真相だったのではと感じられた。どうにもそこまでうまくいくものかなと、いう気がしてならなかった。さらには、主人公にまつわる、元同僚との人間関係とか、余計な骨肉の争いのように見えて、初っ端の作品にしては粗ばかり感じられてしまった。
「復讐日記」は、とある男が自らの犯行を詳細に描き出した手記から、一連の殺人事件の真相が解決されたというもの。しかし、資料館の館長はその内容に違和感を抱き、事件に対する別に見方を示唆する。これはうまくできていると思われた。事件自体の大勢は変わらないという気がしなくもないが、なるほどと納得させられるもの。
「死が共犯者を別つまで」は、交通事故により大怪我を負ったものが死の間際に過去の交換殺人事件の存在を明らかにするというもの。これを受けて、資料館の面々は、過去の事件を掘り起こすこととなる。これまた、うまい解釈により、突飛な真相を掘り起こしたといえよう。これらどの作品もそうであるが、限られた登場人物をいかんなく、うまく生かしきっていると感じられた。
「炎」は、とある夫婦と妻の妹の三人が毒を飲まされたうえ、放火させられたという事件。被害者は妹と付き合っていた男ということであるが、その男の存在が明らかになっていなく、事件は迷宮入り。幼稚園にいた夫婦の娘が唯一の生き残りであり、その子供が大きくなった時に、新たに事件が掘り起こされることとなる。これも「復讐日記」と同様に事件が解決しても大勢は変わりないという気がするものの、うまく新たな解釈を、ぴったりという具合に当てはめている作品である。真犯人からしてみれば、渾身の一大トリックと言えるものなのかもしれない。
「死に至る問い」は、過去に起きた事件と全く同じ具合に二十年以上の時を経て繰り返されることとなった撲殺事件。こちらは、何故二十年後に同様の事件が起きなければならなかったのか、もしくは犯人が起こさなければならなかったのか、というものがポイント。意外な動機が存在する事件となっている。
全体的に、どの短編もページ数が薄めであるので、ややインパクトに欠けたかなと。どの作品もそれぞれうまくできているのからこそ、惜しいと思われる。また、キャラクター設定がうすっぺらく感じられてしまったところが一番微妙に思えるところ。まさか、ドラマ化を狙った作品なのであろうか? と疑ってしまう。
<内容>
「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」
「時計屋探偵と凶器のアリバイ」
「時計屋探偵と死者のアリバイ」
「時計屋探偵と失われたアリバイ」
「時計屋探偵とお祖父さんのアリバイ」
「時計屋探偵と山荘のアリバイ」
「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」
<感想>
短めの作品が掲載された短編集となっているが、その内容はなかなかのもの。タイトルの通り、全てアリバイ崩しを扱ったミステリが描かれている。“アリバイ崩し承ります”と書かれた時計屋を営む若き女店主が捜査一課の刑事が持ち寄る事件の謎を解き明かしている。
最初の「ストーカーのアリバイ」では、元夫からストーカーされていた研究所で働く女性が殺害された謎を解くというもの。明らかに元夫が怪しいものの、しっかりとしたアリバイがあるゆえに、警察は逮捕に踏み切ることができない。その謎を持ち寄られた時計店の店主があっという間に謎を解き明かす。
この作品のみならず、全ての作品で言えることなのだが、検死の結果があいまい過ぎるように思えるのは疑問に残るところ。そこを気にしなければ、それぞれがうまくできていると感嘆させられる。特に「ストーカーのアリバイ」については、単なるアリバイ崩しのみならず、事件の構造についても工夫がなされており、なかなか濃い内容のミステリが展開されている。
その他も短めの短編で終わらせてしまうのはどれも惜しいと思われる作品ばかり。もう少し、長めの作品にしてさらに内容を濃くすれば、もっとすごい作品集ができたのではないかと思わされる。軽めのミステリとして仕上げているのが、惜しいように思われならないアリバイトリック集。
<内容>
北原結平は親から継いだコインランドリーの管理の仕事をしながら生計をたてている19歳。彼が住む岡山市では連続乳児誘拐事件起き、世間を騒がせていた。その誘拐事件に結平自身が巻き込まれる事になろうとは・・・・・・。結平が深夜コンビニに立ち寄っているとき、彼のバイクのそばにセーラー服姿の少女が立っているのを見かける。何か盗られたのではないかと、あわててバイクに駆け寄ると、バイクのメットインの中に赤ん坊の死体が押し込まれているのを発見する! しかもその赤ん坊は連続誘拐の被害にあったひとりのものらしく・・・・・・
北原結平が悔い悩む過去の罪、連続乳児誘拐事件とそれに関連すると思われるセーラー服の少女、さらには結平にまとわりつく謎のシリアルキラー“ウサガワ”。数々の事件が交錯し、そしてその先に待ち受けているものとは・・・・・・
<感想>
目新しい機軸の作品か・・・・・・と思いきや、よくよく見てみればそうでもない。本書を最近のメフィスト賞受賞作に見られるようなミステリーからエンタメ系や文学系へと移行していく作品のようにとらえると一見変わった作品にも見えるのだが、ひとこと“ホラー作品”と言ってしまえばそれだけで表現できるものと思われる。
本筋をおおまかに言うと、主人公の周りで誘拐事件や悲惨な殺人事件が起こり、それに毒されるような形で主人公も少しずつおかしくなって行くという内容。一応、その殺人事件は主人公自身の過去に関わりがあったりもするのだが、なんかそれもどうでもいいようなものとしか思えなかった。
本書に注文を付けるとすれば、ある程度ミステリーという形をとるのであれば、そのミステリーとしての完成度をもう少し高めてもらいたいということ。物語の最後のほうになって、事件に関わる重要人物がでてくるのだが、それらはもっと早めに出しておいたほうが、色々な効果として使うことができたのではないかと考えられる。結局、ミステリーとして完成していないがゆえに、ただ単に死体をまきちらしていくホラー小説としてしか見ることができなかった。
しいて良かったところを挙げれば、意外と読みやすかったということぐらいであるのだが、もっと書く内容について吟味してもらいたかったというところ。とはいえ、このような内容でもすらっと読むことができたので、しっかりとした内容のものを書くことができれば、今後大化けする可能性はあるかもしれない。
<内容>
明治17年、杉山潤之助は伊藤博文邸の新入りの書生として勤めることとなった。相部屋の月輪龍太郎や、その他数名の書生らと共にすることとなるのだが、それぞれがどこかおかしい様子。さらには、邸の主人である伊藤博文がほとんど邸に立ち寄ることがない。そうしたなか、邸のなかで殺人事件が起こることに。杉山と月輪は事件の犯人を突き止めようと、それぞれ捜査を行うのであるが、さらなる事件が起こることとなり・・・・・・
<感想>
この「伊藤博文邸の怪事件」の後に書かれた「黒龍荘の惨劇」で一躍名をはせた岡田秀文氏。この岡田氏の本は読んだことがなかったので、ちょうどこの作品が文庫化されたのを機に読んでみた次第である。
これがなかなか、きっちりと本格推理小説していて面白かった。実在の人物である伊藤博文を中心においた物語となっていて(あくまでも背景であって、当の伊藤博文は数度しか登場しない)、歴史物語としても読める内容。ただし、あくまでも主はミステリとなっていて、伊藤博文邸で起こる怪異について言及した物語となっている。
ラストまで読み、最後の真相が明らかになった時、見事にやられてしまったという印象。実は推理小説上、他にも似たような趣向を凝らした作品は多々あるのだが、ここでそれをやられるとはと、まさに足元をすくわれた感じ。大がかりなトリックとか、そういったものが用いられているわけではないが、設定とうまく絡めたミステリ小説が組み立てられている。
作品のページ数もちょうどよく、気軽に手に取れるミステリ作品。明治時代に奇妙がある人であれば、なおさらのことお薦め。これは是非ともシリーズ次作となる「黒龍荘」のほうも読みたくなってきた。
<内容>
杉山潤之助が旧友・月輪龍太郎と再会し、月輪が現在営んでいるという探偵事務所にて依頼人を迎え、二人は事件に巻き込まれてゆくこととなる。山縣有朋の側近と言われた漆原安之丞が首無し死体として発見された事件の謎を解明することとなった二人は漆原の大邸宅・黒龍荘へと出向くことに。そこで彼らを待ち受けていたのは、わらべ唄になぞらえた連続殺人事件であった!!
<感想>
単行本で出版されたときに話題になった作品。この前に出た「伊藤博文邸の怪事件」もそれなりに話題になったような気もするが、それをはるかに凌駕する話題となったのがこの「黒龍荘の惨劇」。私自身は、なんとなく買いそびれて読みそびれてしまい、文庫化を待ってようやくこの作品に触れることができた。実は読む前は“問題作”的なことを言われていたような気がしていて、かなりの“キワモノ”なのかと思っていたのだが、読んでみたら意外としっかり本格ミステリしていたことに驚かされた。
事件は大邸宅に住む資産家が屋敷から出かけた後に、何故かその屋敷にて首無し死体で発見されたというもの。その調査に乗り出した月輪と杉山がさらなる連続殺人事件に遭遇する。とにかく首無し殺人のオンパレード。しかも単に首がないだけでなく、死体発見後にいつのまにか首が無くなっていたりとか、色々なパターンの事件が起こることに。屋敷の周辺で怪しげな人物の姿度々目撃される中で、何故わらべ唄に沿った殺人事件が起こるのか? そして何故死体の首が切られるのか? といった難題に挑戦することとなる。
読んでいた時は、真相はグダグダな感じで終わってしまうのではないかと心配していたのだが、思いのほかきっちりとした回答が提示されてびっくり! これは話題作と噂になっただけのことはあると感心。最近ではあまり見ないくらいの大がかりな本格ミステリとなっており、これは読み逃さずにすんで良かったと思っている。あと個人的には、動機とかわらべ唄殺人の理由とか、もっと外堀を埋めておけば良かったのではないかと思われた。動機や犯人像についての重厚さが足りなかったなと惜しい気がした。そのへんがきちんと書き切れていれば(もっとページ数が厚くなったとしても)、さらなる名作に昇華していたのではないかと感じられた作品。
<内容>
杉山潤之助が上海出張へと出かけようとするとき、旧知の探偵・月輪龍太郎が新婚旅行で上海へ行くとの報が伝えられる。偶然にも、二人は同じ船に乗り込むことに。彼らが船に乗る直前、杉山らが乗り込む一等客室の乗客に向けて、死を告げるような奇妙な予告状が届くことに。さらには、それらの乗客の中に高価な宝石を持ち込んでいる者の存在が明るみに出る。そして、上海へと船が向かう途中、海上で殺人事件が起こることとなり・・・・・・
<感想>
豪華客船のなかで、殺人事件、宝石盗難、恐喝事件と起こる事件のほうもなかなか豪華。ミステリとしてもよく出来ており、なかなかの作品。
なのに何故か印象に残りづらい。それは、探偵役である月輪の設定というか、個性があいまいな感じがするからであろうか。語り手の杉山が地味なのは別にいいとしても、探偵役の月輪に関しては、もう少しわかりやすいキャラクターを設定してもらいたいもの。
<内容>
大学生の八神尚基は、ふと立ち寄ったアンティークショップにて、買いたくもなかった一体の人形を押し付けられる。ところが、その人形を持ち帰ったところ、なんとその人形がしゃべりはじめた! 尚基と意志を交わしながら、しゃべり、動き回る人形・ルナとの奇妙な共同生活が始まった。そして、そのときから尚基は何年も前から町を騒がす連続通り魔殺人事件の謎に巻き込まれてゆくことに・・・・・・
<感想>
軽快な物語として語られており、また、登場人物の数も絞られていて、非常に読みやすい小説であった。比べるのもどうかと思うが、同時期に登竜門作品として出た「バロックライン」と比べるのであれば、こちらの「ルナ」のほうに軍配があがるであろう。
本書でうまくまとめあげたなと感じられるところは、ホムンクルスという題材を用いながら、大学生の生活レベルから逸脱することなく、小さな世界の中にうまく納めきったところである。それゆえに、大学生が主人公ということから違和感なく話を進めることができていたと思われる。
個人的に納得しづらかったのはラストの展開と、終わり方。このへんは人好き好きであろうが、ラストでの闘いについては少々ぐたぐたに流れてしまったなと思わずにはいられない。ここでは、前述と反対に大学生を主人公にしたゆえに、ラストでの闘いをどうしても精神的なものとして描かなければならなかったために、スピーディーな展開からかけ離れてしまったという気がする。また、終わり方ももう少し工夫してもらいたかったなと(←これは本当に個人的な意見)思わずにはいられなかった。
ただ、このくらいの内容であれば、もう少しページ数を凝縮してライトノベルズとして出版したほうがしっくりいったのではないかとも思われる。
<内容>
古い田舎の大きな屋敷の跡を継ぐために後継者として呼ばれた大勢の親族一同。そうした大人の騒動とは別に、集められた子ども達は広い屋敷を利用してさまざまな遊びを繰り広げる。
4人のこどもたちがゲームをしているさい、あることに気がつく。あれ、1人数が多いんじゃないかと・・・・・・
そして大人たちの間では食事の後に何人かの者が突然腹痛をうったえる。どうやら食事の中の毒ゼリが紛れ込んでいたらしい。これは事故なのか? それとも故意なのか?
<感想>
大きな屋敷に集められた親戚達。そこで久々にもしくは初めて会う子供たちは当然子供たちだけで集まって遊びふけることとなる。特にそれが田舎の大きな屋敷というのであれば冒険にはことかかない。家でも外でも遊ぶネタは尽きることがないであろう。そうした田舎の風景と子ども達の様子がうまく描かれている。そしてさらに怪談的な要素も加えて読むものを惹きつけて離すことのない小説となっている。これこそ大人も子供も楽しめる一冊であろう。
ただひとつ難をいえば、ミステリーの部分の話が少々ややこしく思えたところ。大人たちの食事に毒が入っていて、子ども達は誰がいれたのかを探ろうとする。と、それはいいのだが、いかんせん登場人物が多すぎて(名前だけしか出てこないような人たちもたくさんいる)どうにも全体を把握しきれないのである。わかりやすいように表などにまとめて提示してはあるものの、それでもわかりにくいのである。子どもの様子を語る部分は怪談的な要素で引っ張ったほうが良かったのではなかろうか。
<内容>
「執行人の手」
「失踪人の貌」
<感想>
幽霊を見ることができるという特殊能力を持つ探偵が手掛けた事件を描いた作品。掲載されているのは中編2編。「執行人の手」は、自然死とみられる資産家の老人の死を調べてもらいたいという依頼。依頼人は相続の内容に不満を持ち、事件調査を願い出た模様。「失踪人の貌」は、二年前に失踪した夫を捜してもらいたいという依頼。会社の倒産により失踪したようであるが、たぶん自殺したのだと思われる。そこで妻は人生に区切りをつけたいがゆえに夫の遺体を捜してもらいたいと依頼してきた。
というような事件を扱っているのだが、どちらも微妙な内容。そもそも探偵自身が、あまりその特殊能力を生かしきれていないところが問題。本来であれば、特殊能力により、霊が訴えるものを読み取り、推理をして真相をという流れのはず。しかしこの探偵、肝心の推理を他人任せにしているような・・・・・・。これで、その後に成長がみられるという展開であればわかるのだが、そんな感じでもないようであるし。また、肝心の事件の真相についても「失踪人の貌」については、ちゃんとした決着が付いていないような。
と、そんなところで微妙としか言いようのない作品。読みやすくページ数も薄いので、取っ付きやすくはあるのだが。