<内容>
警察一家の要となる人事担当の二渡真治は、天下り先ポストに固執する大物OBの説得にあたる。にべもなく撥ねつけられた二渡が周囲を探るうち、ある未解決事件が浮かび上がってきた・・・・・・
「まったく新しい警察小説の誕生!」と選考委員の激賞を浴びた第5回松本清張賞受賞作を表題作とするD県警シリーズ第1弾。
「陰の季節」 文藝春秋1998年7月号 第五回松本清張賞受賞作
「地の声」 オール讀物1998年9月号
「黒い線」 書下ろし
「鞄」 書下ろし
<感想>
非常に面白い。いままでの警察小説とは違う切り口から攻めた新しい警察小説。
この本の中で一般にいう事件は起きない。しかしその警察内部で起こるささいな出来事は、何人かの人間には深く関わってくる。その関わったものたちはそれらを穏便に処理しなければならない。その処理を間違えると重大事になる恐れもあり、警察内部のみならず、外部つまり世間一般からも警察が不審の目で見られるおそれがある。そのような点にスポットをあてている部分がある種の新鮮さを感じる。さらにこれらの内部の機構というのは社会に出たものであれば多少なりとも関わったような部分もあり、自分の周りと照らし合わせて考えたりもする。また、特に感銘を受けるのが、事を起こした要因となった者の処遇である。読みながらも、こんなヤツは辞めさせてしまえばいい! などと感じる部分が多々ある。しかしながら、社会一般的にそういったものを辞めさせることなどはできず、その処遇について妥当であるべきものを考え処置をする。このような考え方が非常に大人な考え方であり、これもつい自分の周りに反映させて考えさせられてしまうのだ。いやはやこの小説は面白い上に奥深い。
<内容>
署内で一括保管される三十冊の警察手帳が紛失した。犯人は内部か、外部か。男たちの矜持がぶつかり合う表題作ほか、女子高生殺しの前科を持つ男が、匿名の殺人依頼電話に苦悩する「逆転の夏」。公判中の居眠りで失脚する裁判官を描いた「密室の人」など珠玉の四編。
「動機」 (オール讀物:1999年4月号)
「逆転の夏」 (書き下ろし)
「ネタ元」 (オール讀物:2000年9月号)
「密室の人」 (別冊文藝春秋:2000年233号)
<感想>
「陰の季節」に続く第二短編集。とはいっても前作は全て警察機構を題材とした短編集であったが、近作は「動機」のみが警察もので、他は別の題材を扱ったものとなっている。
さて、今作であるが前作から比べるとある意味読み進めにくいといえる。といっても内容が悪いとかそういったことではない。いったいなにかというと、今回の作品は非常に読んでいて身につまされるのである。四編の短編であるが、すべて別々の作品となっているのだが、一つの共通項がある。それは、日常のなかにある、“落とし穴”というものである。大半の人が日々平凡に暮らしていると思う。しかし、それがちょっとしたことによって、今までの人生が全く変わってしまう瞬間というものが可能性として存在する。ここで一番ふさわしい例でいえば交通事故などである。ちょっとしたミスによって、自分が相手に被害を及ぼしてしまったとすると、その一瞬が後々の大きな航海を招くことになる。この作品ではそのような小さな落とし穴の存在を沸々と感じさせるのである。読み進めながらも、もし自分がアレによってとか、もしこうだったらなどとつい考えてしまう。これは本当に“イタイ”小説でもあるのだ。
落ちたら二度と同じ場所には戻れない小さな落とし穴。とくとご覧になってもらいたい。特に中年男性であればそれはものすごく心に響くはず。
<内容>
婦人警官・平野瑞穂は鑑識にて似顔絵を作成する仕事についていたが、ある事件によって鑑識から外され、本人が望まない職へと追いやられていた。しかし、様々な事件を通していくうちに瑞穂は次第に捜査官としての責任に目覚めてゆく事に!
<感想>
横山氏の作品で唯一読み残していた作品であったが、いや、これは逆に読んでしまうのがもったいないくらいの面白さであった。最近の横山作品ではなりを潜めてしまったように思える、初期の警察モノの醍醐味たる迫力が存分に味わえる短編集となっている。
本書は、この作品の前に出ている「陰の季節」や「動機」を感じさせるような警察官が警察内部を覗き見るような視点で描いた作品となっている。ただ、それらと唯一異なるのが、主人公に若き婦人警官を配置しているところ。主人公がまだ警察組織につかりきっていずに、警察機構に対して希望を持ちながら仕事をしてゆくというスタンスにて描かれている。この“若さ”、“希望”という視点で描かれているところが他の横山作品と違うと特に思われたところである。
また、“似顔絵”を描く事が得意にも関わらず、その“似顔絵”自体がなかなか捜査の決め手にならないという所は、警察の捜査というものはそう簡単にいくものではないという事を見事に演出しているようにも感じられた。
主人公の瑞穂本人が望まないような捜査を強いられながらも、それらの事件をひたむきに追いかけていく事によって確実に捜査官として成長していく様がみずみずしく描かれた作品。
<内容>
「人間五十年」 請われて妻を殺した警察官は、死を覚悟していた。全面的に容疑を認めているが、犯行後二日間の空白については口を割らない「半落ち」状態。男が命より大切に守ろうとするものは何なのか。感涙の犯罪ミステリー。
<感想>
これはすごい小説である。何がすごいかといえば、これだけ短いページの中にこれほど濃い内容のものを書ききってしまうということがすごい!
形態は長編小説というよりは連作短編形式といったほうがよいかもしれない。捜査官、検察官、事件記者、弁護士、裁判官、刑務官の六人それぞれの章でなりたち、妻を殺した警察官の事件を巡っての物語となっている。物語の焦点は被疑者が被害者を殺害した後の二日間、何をしていたのかということである。それが核となって物語が進められていくのだが、その中に容疑者が逮捕されてから警察、検察、裁判・・・・・・と進んでいく流れの中でそれぞれの立場のものが、組織の中でどういう位置に立ち、さらには他の組織に対してどのように感じているのかということが浮き彫りにされる。もちろんこの事件のみが全ての事件における参考例となるわけではないのだが、それがあまりにもまざまざとリアルに書かれてい読み手側は多くの事を考えさせられる。
事件自体の行方が気になりながら先を読み進めながらも、それぞれの章に描かれるそれぞれの立場の者の思いがことさら強く感じられ、惹きつけられ、さらにページをめくる手は加速されていく。最近多々あるページ数がやたらと厚い本の中に、このページ数でこれだけのことを書いてしまう手腕というのは目を見張るものがある。
<内容>
地方都市の警察署「三ツ鐘署」を舞台に起こる事故と事件。警察官としての責務、体裁、習慣。人としての良識、判断、希望。真の被害者は? 罪深き行為とは?? 真実の追及は、幸福に結びつくのか。
事故死した夫のポケベルに、メッセージを送り続ける妻。何のために? 誰のために・・・・・・「深追い」
「深追い」 (週刊小説:1999年3月19日号)
「又聞き」 (週刊小説:2001年6月8日号)
「引き継ぎ」 (週刊小説:1999年11月26日号)
「訳あり」 (週刊小説:2000年7月14日号)
「締め出し」 (週刊小説:2000年10月27日号)
「仕返し」 (J-novel:2002年8月号)
「人ごと」 (週刊小説:2001年12月28日号)
<感想>
本書は一つの地方警察署をもとにしての短編集。同じ署が扱われていても、登場人物らはそれぞれ異なる者が出ていて話も関連しないので連作というわけではない。とりあえず、警察をテーマにした短編集ととるべきであろう。
私としては短編集では「動機」よりも警察機構のみをテーマとして扱った「陰の季節」のほうが好みであった。「陰の季節」のように警察の内部機構を扱ったものがまた読めればと思ったのであるが、本書はもうすこしバラエティにとんでいる。とはいっても本書も期待にこたえるできであるのは間違いない。
「深追い」事故死した男のポケベルを持ち出してしまった一人の警官。そのポケベルには夫が死んだにもかかわらず妻がメッセージを送りつづける。その女性のことを警官は個人的に知っていたのであった・・・・・・
本編中一番衝撃的で良くできた作品。ポケベルのメッセージに込められている思いの裏の真相は圧巻である。
「又聞き」その男は15年前、海で救助者の命と引き換えに、命を助けられた。助かった少年は成長して警官になった。
これまた、内容の思い作品である。しかしこの作品のなかで、かつて少年だったときに止まっていたものがようやく時を経てまた動き出すという希望を感じ取ることができる。
「引き継ぎ」窃盗犯専門の刑事を親子二代に渡って続ける刑事。ある日、親が追っていた名をとどろかす泥棒がまた現われたとの噂が。
署での検挙争いや逮捕のノルマといった内部事情をうかがわせる作品。ラストはぴりっとしたユーモアでしめられている。
「訳あり」出世からはずされた係長が、上からキャリアの課長の不倫の真相を後始末するように命ぜられる。それを解決すれば・・・・・・
なんといっても“ニセ警官”の存在がいい味をだしている。そして再就職を望む警察官。この短編のなかに数多くの人生が凝縮されている。
「締め出し」生活安全課の刑事が殺人事件の手がかりを掴む。それを機に手柄を立てようと考えるのだが・・・・・・
そこに至るまでの人生と職場での妥協と挫折。しかし、例え仕事ではうまくいかなくともせめて人生ぐらいはと、そこから脱出しようとあがく姿が印象的。
「仕返し」息子がいじめにあい、転勤を望む次長は部下の事件での隠蔽を見逃そうとするのだが・・・・・・
家庭と職場、関係を両立させるということはいかに難しいことであるか。両立どころか仕事だけをとるにも一苦労、仕事を投げて家族だけをとることなどできない。行き着く先はどこへやら。
「人ごと」財布を落とした老人はマンションの最上階に住んでいた。その老人には三人の娘がいた。
老人社会を示唆した話というよりも、人のやさしさにふれた作品であろう、そう心から思いたい。
<内容>
F県警捜査一課。そこには強行捜査班が一斑から三班までと三つあり、どの班も非常に高い検挙率を誇っている。その理由は、それぞれの班の班長が個性や捜査方法は異なれど、異常なほど優秀だからである。彼らを取り巻くF県警の上司や部下。それぞれの感情と思惑と事件を描く渾身の警察小説。
「沈黙のアリバイ」
犯行を認めていた犯人が突然証言を翻した。犯人の思惑とは、またそのとき取調官は・・・・・・
「第三の時効」
犯人が捕まらないまま時効が成立しようかというとき、第二班班長楠見はまだ「第三の時効がある」と・・・・・・
「囚人のジレンマ」
三班までの捜査班がそれぞれ別の捜査を抱えている中、第二班長の楠見は強引に取り調べを進め・・・・・・
「密室の抜けた穴」
第三班班長の村瀬の病気療養中、代理の東出は容疑者を逮捕寸前で逃してしまう。しかし容疑者は自宅マンションから出たはずはないのである。村瀬が復帰してきた会議の席において事態が検討されるのだが・・・・・・
「ペルソナの微笑」
かつて管内で子供を利用しての青酸カリによる毒殺事件が起きた。十三年の時を経てまた青酸カリによる毒殺事件が・・・・・・
「モノクロームの反転」
一家三人殺害事件。その事件に一斑と三班の二つの班が同時投入された。一斑の朽木は白い車を見たという目撃証言を足がかりに捜査を進めていくのだが・・・・・・
<感想>
前作「深追い」もひとつの警察署にスポットを置いて取り扱ったものであったが、本書も同様の構成における連作短編である。しかし、本書は連作短編を読んだというよりも、読了後には一冊の長編を読んだような気分にさせられる。それぞれの短編の内容は関連してはいないのだが、そこに出てくる人間関係が強烈に関連しているがためにそう感じたのだと思う。いままでの横山氏の作品でこれだけ強烈な個性を持つ者がたくさん出てきたという作品はないであろう。私にとっては現時点での横山氏の作品の中では最高傑作である。
この作品では捜査一課の班長たち3人の設定が実に面白い。刑事として凄腕の第一斑班長、朽木。冷血といわれる元公安あがりの第二班班長、楠見。するどい直観力を持つ第三班班長、村瀬。この三人の存在が本作品では絶対的であり、周囲の上司や部下は皆それぞれ彼らに振り回される。そして事件を追っていく中で登場人物のそれぞれが自分たちの出世や縄張り争いなどの矜持を強く持っており、そのような互いの利権を絡めながら話が進行していく。本当にこの小説を読むと“なかよしこよし”で捜査している刑事ものなど読む気がなくなってしまう。それほど本書は良い意味で“えげつない”といえるだろう。
また、それぞれの短編の内容も面白く、捜査の裏わざとも言うべき「第三の時効」、取り囲まれたマンションから逃走した容疑者の逃走方法を検証する「密室の抜けた穴」、ひとりの捜査員のトラウマをえぐる「ペルソナの微笑」とこの独自の刑事たちの世界に引き込まれること間違いない。これはぜひともシリーズ化を熱望したい作品である。
<内容>
「真 相」 (2001年12月号:小説推理)
「18番ホール」 (2002年04月号:小説推理)
「不 眠」 (2002年06月号:小説推理)
「花輪の海」 (2002年11月号 「悪しき海」改題 :小説推理)
「他人の家」 (2002年08月号:小説推理)
<内容>
北関東新聞の記者、悠木は同僚の元クライマー・安西に誘われ、谷川岳の衝立岩に挑む予定だったが出発の日の夜、御巣鷹山で飛行機の墜落事故が発生した。その前代未聞の大事件に悠木は全権デスクを命じられる。そのころ、登山に挑むことができなくなった悠木をおいて一人で山に登るはずの安西は登山とは関係なく仕事の疲れから意識不明の重体となっていた。悠木はただ一人、新聞社のデスクにて世紀の大事件、社内の確執、友人が抱えていた苦悩に立ち向かうことに。
<感想>
最近、横山秀夫の本が多く出版されている。たいがいは買っているのだが、こうもあまりに多いと文庫化になるのを待ってから買おうかなどと考えてしまう。本書はなんとなく買ってみたのだが・・・・・・こんなに面白い本書かれたら次も買っちゃうじゃん! 読み出したら止まらないよ!!
読む前は山登りの話かと思ったのだが、中心となる内容は日航機墜落事件。そこに主人公とその友人の趣味である登山を盛り込んで一冊の本に仕立てたもの。本書で注目すべき点はなんといっても、新聞社の社内のみを中心に物語が構成されていること。主人公は日航機墜落事件を担当する編集長という立場。よって、事件現場には部下を向かわせ、現場と連絡のやりとりをするのだが主人公が現場へ赴くことはない。にもかかわらず、物語に緊迫感を持たせ、記者たちの熱い高ぶりが伝わってくるのだから、著者のその手腕には感心するほかない。
とはいっても、こういった構成は著者にとっては得意技といってもよいのだろう。デビュー作たる「陰の季節」も組織内部を描いた作品であったし、著者はこうした別の角度から物語に切り込みをいれるのが得意ということはもはやいうまでもないことであろう。その辺は新聞記者やフリーライターとしてつちかった経験が生きているのだろうと思う。それであるからこそ、大事件が勃発した地域における地方新聞社のありようなどというものをまざまざ描くことができるのであろう。
また、本書は主人公の回想という形で話が描かれ、現在の主人公は登山への挑戦をしている。その山を登りながら主人公はかつて友が言った「下りるために山を登る」という言葉の意味をつかもうとし、なおかつ自分自身の再生をもはかろうとする。そして最後の友の言葉の意味を噛み締めたとき、言葉の重みを理解し、なおかつ心は山の頂上にて晴れ渡らんとする。
ページをめくりながらも、登場人物たちと一喜一憂できる本。時には怒り、時には泣き、ほっとし、はらはらしと、主人公と喜怒哀楽しながら読んでもらいたい本である。
<内容>
“ノビ師”真壁修一。“ノビ”というのは寝静まった民家から現金を盗み出すプロのこと。真壁は2年前ノビの仕事の際、住民に通報され、刑務所にくらいこんでいた。そして出所した後、真壁はその捕まった事件のときに感じた不審な出来事を調べようと動き出す。
<感想>
渋い、これは渋いとしかいいようがない。これぞ職人を描いた大人のためのミステリーといってよいだろう。
一番感心してしまうのはバランスという部分。最近巷ではノワールといったジャンルがはやる中、こういった闇の世界を描いたものは混沌へと突き進んでいくものが多い。しかし、本書での主人公は泥棒ではあってもそこに職人としての一線を引く。これは逆に見ると物語に爆発力が足りないと言う見方もできるかもしれない。ただ、その一線の内に留まることによって、地味であれども見えてくる世界があることも確かである。安定した大人のミステリーを楽しみたいと言う人にはうってつけの本ではないだろうか。
<内容>
「看守眼」 (小説新潮:2001年3月号)
県警の機関誌に退職原稿を提出してくれない看守の男の元へ催促に訪ねてみると、男は独自に一つの事件を追っているようで・・・・・・
「自 伝」 (小説新潮:2003年10月号)
破格の値段で自伝を書いてくれと依頼した男と頼まれた男の裏に潜む関係とは。
「口 癖」 (小説新潮:2002年5月号)
離婚調停委員の女の前に現れた女はかつての知り合いであった・・・・・・
「午前五時の侵入者」 (小説新潮:2001年9月号)
警察のHPが何者かに侵入され改ざんされた。担当者はその事件をもみ消そうと・・・・・・
「静かな家」 (小説新潮:2002年10月号)
自分の校正ミスに気がついた新聞社の男は、いつのまにか事件に巻き込まれていて・・・・・・
「秘書課の男」 (小説新潮:2003年11月号)
知事の秘書を勤め上げた男の嫉妬と決意。
<感想>
今年も変わらず活躍してくれそうな横山氏の2004年最初の単行本。ただ、この短編集は特に統一性というものはなく、「小説新潮」にて書かれた短編を集めたもののようである。好みからいえば、なんらかの統一性を持った横山氏の短編を読みたかったとうのが本音である(例えば、警察機構を題材にした「陰の季節」のような作品)。最近、そういった統一のある短編集がみられないのでそろそろ期待したいと思っている。
本書に掲載されている短編はどれも面白く横山氏らしい作品がそろっているのだが、少々味気ない部分もある。なにが味気ないかというと書き込み方が足りないと感じるものが多いのだ。ようするにページ数が少ないのである。これらが長編、せめては中編くらいであればもっと読ませてくれるのではないかとどの作品にも感じさせられる。その代表的なものとしては、「静かな家」。これは完全に「クライマーズ・ハイ」の一部分だけを起こしたかのような作品である。そう考えると、こういった作品をネタに長編が書き上げられるのだろうかとも想像することができる(逆もまたあるのかもしれないが)。
そう感じた中で一番面白かったのは「口癖」。これはなかなか、すさまじい作品であった。目に見えない女の悪意と火花がバチバチと空気中を舞っているかのような作品である。ほかにも「看守眼」、「秘書課の男」などが読ませてくれる作品である。「秘書課の男」などはアレンジして長編にしてみてはいかがだろうかと勝手に薦めてみたくなってしまう。
<内容>
倉石義男。52歳。“終身検視官”の異名を持つ、凄腕の捜査一課の調査官。倉石が扱う事件の数々、その一つ一つの死体から彼は何を読み取るのか!?
「赤い名刺」 (小説宝石:2000年6月号)
死んでいた女は検視官・一ノ瀬の愛人であった。嫌疑は一ノ瀬にかかろうと思いきや・・・
「眼前の密室」 (小説宝石:2003年1月号)
特ダネをとろうと県警警部の自宅前新聞記者がで張り込んでいたにも関わらず、その殺人事件は起きた。いったい誰がどうやって家の中に入ったというのか?
「鉢植えの女」 (小説宝石:2001年5月号)
辞生の句を残し、死んでいた男。その死体から倉石が判断した死因とは!?
「餞」 (小説宝石:2001年8月号)
定年間近の刑事の家に毎年届く年賀状と暑中見舞い。しかし、それが去年から途絶えてしまった。それらはいったい何を意味していたのか?
「声」 (小説宝石:2002年4月号)
検察事務官の斎田梨緒が死んだ。死因は自殺と思われる。いったい彼女に何が・・・
「真夜中の調書」 (小説宝石:2002年8月号)
殺人の罪により起訴された男はDNA鑑定により犯人と断定された。しかし倉石は犯人は別のものであると・・・
「黒星」 (小説宝石:2002年10月号)
婦警・小坂留美は以前の同僚・町井春枝の死を知らされる。自殺と思われる中、倉石一人が「まだ自殺ときまったわけじゃねぇ」と・・・
「十七年蝉」 (小説宝石:2003年7月号)
公園で射殺された死体が見つかった。事件を調べると、17前にも同じような事件があり、さらにその17年前にも同様の事件が見受けられた。倉石が“十七年蝉”と例える真意とは?
<感想>
今回の横山氏の作品集は期待の警察ものである。まずは一作目の「赤い名刺」を読み、「おっ、これはストレートに検視官の世界を描いたものか”と思ったのだが、2作目では当の検視官の倉石が少ししか出てこなかった。そこで少し興をそそがれたような気がしたのだが・・・・・・他の作品も読んでいくと・・・・・・いや、これはまた“やられた”という気分である。またよくこんなすごい作品を書くなと感心しきりである。泣かされる話から、救いようのない話、本格推理のような話といろいろな内容の小説を検視官・倉石の世界と共に見せてくれる。いまさらながら、横山氏の人気の高さを納得してしまう。これは中高年の気持ちをものの見事に打ち落とすような内容になっている。
今回の作品では推理小説色が結構強い作品集でもあるということに気づかされる。「眼前の密室」ではそのものずばり“密室”を扱っているし、「鉢植えの女」では“ダイイング・メッセージ”を扱っている。“ダイイング・メッセージ”に関しては「死体がそんな洒落たシロモノを残したことはねえ」といいながらも見事なダイイング・メッセージものの小説として仕上がっているのだから苦笑するしかない。
また、私個人としては泣かされる小説には弱い。本書の中では「餞」「真夜中の調書」などがそれにあたるだろうか。それ以外もそうなのだが、倉石がふと見せる人間らしさを垣間見たときには、思わず目頭が熱くなってしまう。つくづく横山氏は“中年殺し”(ただし男性)であると感じ入ってしまう。
こんなのを読ませられるとますます横山氏の小説から離れることができなくなってしまう。また新刊もハードカバーで購入せねば。
<内容>
甲子園の優勝投手・並木はそのピッチングに期待されながら大学に入学したのだが、直後にヒジを故障し、まともにボールを投げることができなくなってしまう。リハビリのすえ、なんとかボールを投げることができるようになったものの、昔のピッチングを取り戻すことは不可能であった。並木は投手として野球部を導こうと決意し、誰も打つことのできない魔球の開発を試みる。しかしその途上において学生達は戦争の波に飲み込まれてしまうことに。学徒出陣にて前線に回された並木は特攻兵器“回天”と出会い・・・・・・
<感想>
はっきりいって戦争関係の本というのは好きではない。なぜかといえば、当然のごとく救いようのない話であるからだ。私が主に読む本はミステリーであるので、あまりこういったジャンルの本は読まないのだが、最近では古処誠二氏などが戦争関連の小説を書いていたりするので何冊か読んでみたものの、やはり私が読みたい小説ではないと改めて痛切に感じさせられた。
本書「出口のない海」は“回天”という特攻兵器を主題にしながらも大学野球部というものをからめて、終戦後の希望を見出すことのできる作品として描かれている。とはいえ、戦時中の悲惨さというものはやはりどう書いてもなんら変わりはなかったように感じてしまう。逆に登場人物らが希望を見出そうとするほど切なくなってしまうのだ。
なんといっても通常の状況では理解できないであろう、特攻隊員らの死に切れない者の無念さというものがまざまざと描かれており、読んでいるほうは複雑な気分になってしまう。そういう時代であったという言い方もあるだろうが、やはりこの手の本は昔の事が新たに掘り返されて、それらの事実を知るたびにやりきれなくなってしまう。
こういった時事を伝えてゆくことによって、過ちを無くさねばいけないということは大切なのだろうけれども、やはり私自身は避けて通りたいジャンルの小説だと考えてしまう。
<内容>
警察に事項寸前の事件についてのタレコミがあった。その事件とは15年前に女性教師が学校にて自殺したというもの。しかし、実はその事件は自殺ではなく、他殺であったというのであるが・・・・・・。警察は事件に関係があると思われる、当時高校生であった男に対して事情聴衆をする。その男の話では、事件が起きた時に彼らは学校内に忍び込んでいたというのであった。それは「ルパン作戦」と称する期末テストの内容を探るというものであったのだが・・・・・・。男の話から語られることにより暴き出される真実とは!?
<感想>
横山氏の“警察モノ”の長編である。横山氏といえば“警察モノ”を書く作家というイメージが強いのだが、そのほとんどが短編である。長編というと「半落ち」くらいであろうが、あれは“警察モノ”というよりは“法廷モノ”というイメージが強い。そう考えれば横山氏初の長編警察モノと言ってもよい作品であるかもしれない。
ただ、“警察モノ”といっても本書で話の大部分を占めているのは警察から取り調べを受けている者の“告白”である。ゆえに、昔の回想シーンの場面が続き、ひとつの長い物語が語られて行くものとなっている。そして様々な関係者から話を聴いていくうちに、真相が徐々に見え始めて来るようにできている。
本書の感想はといえば、確かに面白かったといえる内容である。ただ、私自身としては横山氏に求める内容とは違ったものであった。私的な意見としては、警察側が主体で捜査を繰り返し、犯人を追い詰めていくというものを見たかったところである。それが本書では、あくまでも警察が取調べをしているとはいえ、告白によって物語が進められていくというのであれば、警察側の魅力が半減せざるを得ないのである。それであるならば、かえって警察主体のような形にしないで、物語を語る者を主としてもよかったのではないかと感じられた。
まぁ、他にも色々と感じられたことはあるものの本書はある意味、横山氏の真のデビュー作であり、それが日の目を見たという記念的な作品という位置付けなのであろう。全体的に少々辛めな感想になってしまったが、それはあくまでも横山氏の作品の中でという意味であり、他の本から比べれば十分な優秀作であることは間違いない。
<内容>
神戸大震災が起こった日の朝、N県警にて不破警視が失踪したという事実が判明した。不破警視は勤務態度も良く、無断で休んだりするような人物ではなかった。さらには、突然失踪するような原因も見当たらなかった。いったい彼は何故? そして何処に??
<感想>
本書は神戸大震災を間接的な背景において、警察内部での不祥事を扱った警察小説となっている。内容は大きく異なるものの、社会的な事件を背景にしたところは、なんとなく「クライマーズ・ハイ」に二番煎じのようにも感じてしまう。
では、本書が「クライマーズ・ハイ」に並ぶような名作であったかというと、それはちょっときつかったかと思われた。警察ものを描いた短編集「陰の季節」のように、本書も一般社会における事件というよりは、あくまでも警察の内部から外に出ない事件というスタンスで描かれている。その辺は、いかにも横山作品らしく、他の人が書けるような警察小説ではないだろう。
ただ、いかんせんメインとなる事件自体が魅力として乏しかったと思われる。結局のところはひとりの警察官の失踪事件でしかなく、結末の付け方も平凡と言う範囲内に収まってしまったように感じられた。
どちらかといえば、ネタとしては短編くらいの作品だったと言うことであろう。横山作品という事で、ちょっと大きく期待しすぎてしまったという事もあるかもしれない。
<内容>
D県警史上最悪の事件と言われた「64」と呼ばれる誘拐事件。昭和64年1月に起きたその事件は、被害者が殺害され、犯人の正体・行方はいまだわからずといったまま。事件後十数年が経った今、警察庁長官が被害者宅を訪れたいと言いだし、D県警の広報官である三上義信は奔走することとなる。記者クラブとの対立、刑事部との対立、上司との対立、さらには自身の娘が失そうするという困難な状況をかかえながら三上は広報官としての仕事を成し遂げようとする。なんとか、事態が収束しそうだと安心した矢先、驚くべき事件が起こることとなり・・・・・・
<感想>
読み始めた時には取っ付きにくいというか、読みづらいというか・・・・・・とにかく必要以上に主人公である三上に試練が降りかかり、鬱屈し過ぎていると感じられた。それゆえ、読み進めるのもやっとで、今作は思ったよりも大したことないなと思っていたら・・・・・・中盤以降は怒涛の展開。もうやられたというか、何と言うか、こんな小説横山氏にしか書けないよと、ただただひたすら感嘆するばかりであった。
主人公の三上に降りかかる無理難題。刑事部と刑務部との仲が悪いゆえに、まとまりきらない警察内部。三上自身が元刑事部であるがゆえの、周囲の懐疑心。広報部として仕切らなければならない記者クラブとの関係。D県警に対しての本部からの圧力。その圧力をひたすら部下である三上に押しつける上司たち。過去の誘拐事件「64」を巡っての警察内外にわたる様々な思惑。そして、三上自身の家庭での問題。こうしたものを抱えこみながらも、上層部の思惑や周囲で起きている事態について一切知らされず、三上は過去の伝手を使いつつ、無理やり情報を得ながら解決に邁進する。
そうして、三上に降りかかる難題がある程度落ち着いたかと思ったときに、予想だにせぬ事件が降りかかることとなる。その事件が起きた時の三上の見方、考え方が何とも独特。ただ単に事件が起きましたで済まされず、刑事部として働いていない限りは、ここまで疑心暗鬼と闘いながら広報部としての仕事を進めていかなければならないのかと恐れ入るばかり。
ミステリのなかで“誘拐”というジャンルがあり、そのなかで代表作と言われるものがある。そうしたなか、この「64」は誘拐事件を扱ったミステリの中でも最高峰に位置することとなるであろう。それほどインパクトの強い作品であり、このような書き方ができる作家は今後もいないであろうと思わされるような超弩級の内容である。陰謀、懐疑、執念、積年、錯綜、驚愕、感動と全てが詰まった作品。2012年のベスト作品という名に遜色はない。