<内容>
「とりあえず、愛」
「うつろな恋人」
「やすらぎの香り」
「喪われゆく君に」
<感想>
天童氏の作品というと“常に暗い雰囲気が付きまとう小説”という印象があるのだが、短編集である本書もそういう雰囲気の内容となっている。この作品集を読んでいると、人間とは、または人の生活とは、なんとも不安定でもろいものなのだろうかと考えてしまう。
一見うまくいっているように見えながら、家庭の中に不安が少しずつ侵食していく様が描かれた「とりあえず、愛」。
人の愛に飢えながらも、そこに嫉妬という感情を持ち込んでしまい、自ら築き上げた関係を崩してしまう「うつろな恋人」。
はたから見れば順風満帆に行っているようにしか見えない者達が、挫折し、傷つき、互いに寄り添いながら関係を築きつつ、世間へ出ようとしている様を描いた「やすらぎの香り」。
夫をなくした未亡人とその死亡現場に居合わせた青年との不思議な邂逅が描かれた「喪われゆく君に」。
・・・・・・暗い、とにかく暗い。最初の2作品に比べて、後半の2作品のほうがまだ希望を見出せる内容となっているが、それでも全体的に暗い作品集だと感じてしまう。これらの作品の主人公らのように、脆くも必死に生きていくという様相を見てとる事はできるのだが、あまり情緒不安定な人には薦められない作品のような・・・・・・
<内容>
児童相談センター職員の氷崎遊子はある女の子の事を気にかけていた。その子の父親である駒田という男は酒癖が悪く、妻に逃げられ、度々娘に暴力をふるっていた。氷崎はその子を保護所に預けたものの、当の本人は暴力を振るわれながらも父親の元へ帰りたいという。
刑事の馬見原光毅は自ら進んで冬島綾女、研司、親子の面倒をみていた。綾女はヤクザを夫に持ち、子供と共に度々暴力を受けていたのを馬見原に助けられたのだった。馬見原は事故で長男を亡くしており、その事が原因で家庭が崩壊し、妻は精神病院に入院していた。そして自然と綾女と男女の関係になっていた。そんな折、馬見原の妻が退院することになり、さらに綾女の夫が刑務所から出所してくることになった。
私立高校の美術教師、巣藤浚介は同僚である清岡と付き合いながらも、自分の幼い頃の経験から家庭を持つということを避けようとしていた。そのことにより、しだいに清岡との仲はぎくしゃくしはじめる。ある日、巣藤の美術の授業中、ひとり居残りして絵に集中していた女生徒に話し掛けると、その生徒は大げさにおもえるほど驚き、立ち去ってしまう。巣藤はその生徒が気になり、芳沢亜衣という名前だということを確認する。そしてその夜、巣藤の元に警察から芳沢亜衣が補導されたとの連絡が入る。亜衣が言うには、巣藤に暴行されたのだというのであった・・・・・・
なんとか誤解も解け、家に帰ってきた巣藤は異臭に気がつく。最近、近所で家庭内暴力らしき声が聞こえてきて、気になっていた家があったのだが、その家からは物音が聞こえず、ただ異臭がするばかりであった。不穏なものを感じた巣藤がその家へ入ってみると・・・・・・
<感想>
いや、一言でいえば“よくぞ書き上げた”といいたい。完成度の高い小説として出来上がっているのだが、それよりも何よりも、この重いテーマを背負いながら“よくぞ最後まで書き上げた”と言いたくなる本である。
本書は現代社会に起きている凶悪犯罪や心の悩みを家族というものを中心にとらえながら描かれた小説である。この作品の前に読んだこの著者の本「永遠の仔」は救いようのない物語だなと考えながら読んでいた。しかし、本書では救いようの無い話が語られながらも、どこかで救いが見出せるのではないかという希望を抱きながら読むことのできる小説ではないかと考える。家族というものに止まらず社会にまで目を向けたために、より結論付ける事が難しい内容となっているのだが、著者なりの結論を描ききったということを評価したい作品である。
この作品の内容に対する感想はどうかといわれると、とても一言で書けるものではない。“家族”というものに対してとか、現代社会における犯罪についてなどは、意見がないことはないのだがとうていここに書ききれるものではないし、まとめあげる自信もない。よって他の人に薦めるさいには、とりあえず読んでみて、考えてみてくれという他はない。
ただ、本書は人に薦められてとか強制的に読むような内容ではないと思うので社会というものに疑問を抱いている人とか、ケアの仕事につきたい人とか、そういった人に読んで考えてもらいたい本である。
とはいうものの、難しい思想的な内容が含まれていることには違いないが、ミステリ小説としてもきちんとできあがっているので、やはり多くの人に読んでもらいたいという気持ちもある。
多くの登場人物がそれぞれの悩みを抱えている中、一家無理心中と見られる事件が起こる。その事件をめぐって、さまざまな事件や悩みを抱えている者達がしだいに一つの方向に結びついてゆき、最後には一つの収束点に向かっていくようになっている。正直言って4巻が終わったときには本当にこの話に決着が付くのかどうか疑問だったのだが、それが第5巻できちんと全ての問題が一つの解決を迎えるようになっているところがすごいと感じられた。そしてその結末は決して破滅へと向かうものではなく、希望を見出すことができる物語となっていることを痛感させられるであろう。
幸いなことに文庫にて分冊されているので読みやすいことは請け合いである。読んでない方は、とりあえず1冊目を手にとってみてはいかかであろうか。
<内容>
女子高生の笑美子は友人たちからは“ワラ”というあだ名で呼ばれていた。かつては“テンポ”や“リスキ”という仲間もいたが、今では身近な友人と言えば“シオ”くらいしか残っていない。ワラは生きていくうえで、ちょっとしたこと不安になり、少しのことで傷ついてゆく。そうした目に見えない傷を癒すために、彼女達は包帯を巻いていく事にした。そして、いつしかそれは新たな仲間達へと広がってゆくこととなり・・・・・・
<感想>
今までの天童氏の作品というと、日常に近いところを描いているわりには、何か手に届かない“遠さ”というものが感じられた。しかし、今回の作品ではそれが身近なところにまで降りてきたなと思えるようなものとなっていた。
主人公達は誰かが傷ついた場所で、その傷を癒すために包帯を巻き始める。そのちょっとした“癒し”がとても快く感じられた。本当の意味での癒しといえるのかどうかはわからないが、主人公達が自分の手で癒しを行うという行為と、何らかの被害に会った人達が誰かの手によって癒してもらった、という想いが全てといってよいのであろう。“包帯を巻く”、それ自体は簡単なことであるが、その簡単と思われることを実際に行う事によって、初めて何かが変わってくるのである。結局、主人公達はその“包帯を巻く”という行為によってもまた悩まなければならなくなるのだが、何かを行ったという軌跡は決して無駄ではない事であっただろう。
本書は短めの小説となっているので、少々物足りなさを感じてしまうのであるが、それでも軽めの癒しの物語としてはこのくらいの分量がちょうどいいのかもしれない。天童氏の作品を読み始めるには最適の長さの作品であろう。
<内容>
事件現場を訪れ、そこで死んだ者のために祈りを捧げる青年。彼の姿は全国各地で見られることとなり、いつしか彼は“悼む人”と呼ばれるようになる。彼の行動は賛否両論を呼ぶこととなるのだが、そんなこととは関係なく青年は亡くなった者たちのために祈り続ける。
そんな折、坂築巡子は癌が進行し、残り少ない命と告げられる。巡子は余生を家族達と過ごそうと、夫と娘の待つ家で暮らすことを決意する。そして家を出たまま帰ってこない息子のことを思いつつ・・・・・・
<感想>
今まで天童氏の作品を読んできた中では一番読みやすさというものを感じられた作品である。それは内容云々ではなく、作中に感じられる“救い”というものについてである。
「永遠の仔」という作品はあまりにも救いがなかったように思われた。「家族狩り」は希望は垣間見えられるものの、それはあまりにも細い糸であったというように感じられた。それが「包帯クラブ」により、“救い”前提で描かれる作品にようやく触れられたという気がした。そして、その「包帯クラブ」の気持ちと今までの天童作品とをあわせたものがこの「悼む人」と言えるのではないだろうか。
本書は主に4人の人物が主として描かれている。主観としては描かれていないが物語の中心となる祈りを捧げる青年。その青年を追うことで変わりつつある嫌われ者のゴシップ記者。自分の罪に対する贖罪を求める出所した女性。終末医療を行いながら家族と共に余生を過ごす女性。
この作品はタイトルどおり「悼む人」ながらも私にとって鮮烈に印象を残したのは余生を過ごす女性の生活を描いたものである。その様子は介護などともつながるものがあり、人として生きる事の尊厳の大切さが描かれている。そして家族との愛情も心温まるものがある。
と、私がこういった部分に印象を残したように、読む人によって残る印象は異なるものとなるであろう。それでも必ず何かが心に残るだろう事は間違いないと思われる。内容が内容なだけに全く重くないということはないのだが、意外と読みやすい本であるので、重そうな本だと敬遠する人は是非ともそんなこと言わずに読んでもらいたい。非ミステリ作品ながらも、心からお薦めしたい作品。
<内容>
亡くなった人を悼む旅を続ける静人。その旅の途上で彼が知ることになる多くの人々の死、そして人々との出会いと邂逅をつづった物語。
<感想>
天童氏の「悼む人」を読んだ人であれば、だいたいどのような内容の作品なのかは想像がつくと思う。本書は日記という形式がとられ、2005年12月から2006年6月まで静人がたどった軌跡が描かれた作品となっている。この作品から読むという人は少ないと思うが、どちらかといえば「悼む人」を読んで、強く興味を惹かれた人が手に取る本というような気がする。
この作品はただ単に読むというだけではなく、どのような思いを読者に残したか、そして読者自身がどんな思いを抱いたかということが重要と思える。主人公の行為の是か非かについては答えようがない。ただ、その行為を通じての数々の出会いや出来事についてはさまざまな思いを抱くことができる。人によって、どのシーンに思いをはせるかは異なると思えるが、そうした思いをどこから汲み取ることとなるのか、本書はそうしたものを静人の旅と共に読者自身が見つけていく作品ではないだろうか。
<内容>
父親は失踪し、植物状態となった母親を介護しながら暮らす三人の兄妹。高校を辞めて働く長男の誠、小学校に通いながら積極的に母親の介護をする正二、そして幼稚園に通う末っ子の妹・香。父が保証人となった関係で残した借金の返済をするため、誠たちは不法な労働と不備な生活を強いられる。希望のない生活を送り続けるなかで3人の兄弟が見出すものは・・・・・・
<感想>
いつもながらの家族を描いた天童氏の小説・・・・・・と思って読んでいたのだが、読み始めと読み終わりの気持ちは全く異なるものとなった。これはもはや、単なる家族小説ではなく、家族を超えた絆の小説と言えよう。
読み始めて気になったのは、プロローグの場面。誰かが3人の兄妹を見ての独白があるのだが、これが後から効いてくるように書かれている。この意味がわかったとき、物語の残酷さに直面させられる。
これでもかというほど過酷な生活を強いられる兄妹。長男の誠はまだ10代にも関わらず、大人の裏社会をまざまざと見せられながら自身もその社会に踏み込んでいくこととなる。正二は母が倒れてから、色彩感覚がなくなり、学校でひどい虐めを受けつつも、献身的に母親の介護をする。香はいつからか臭いが感じられなくなり、何を嗅いでも臭いとしか言わない。
読んでいる最中は、家族を描いた小説とはいえ、夢も希望もない家族にこれ以上何を強いるのだろうと不快なものさえ感じてしまった。しかし、兄妹たちは自身の立場にめげながらも、生きることを決してあきらめようとはしない。さらには、最初はさほど仲がよくないように思えた彼らも、実は心の底では強い絆で結ばれているということに直面させられることとなる。そうして、話のクライマックスになり、とある事実が明らかになったとき、語られてきた物語は大きく反転する。
ミステリ性については、一切考えずに読み進めていたのだが、読み終えるとミステリ小説のようにも思えてしまう。また、ミステリ小説云々を抜きにしても、こちらの想像を超えるような絆というものを見せつけられた気がする。ジャンル云々問わず、幅広く読んでもらいたい作品。天童作品を敬遠してしまう人にも、最後まで読み抜いてもらえれば、何かが残るはず。お薦め。
<内容>
痛みの治療を専門的に行うペインクリニックで働く医師の野宮万浬。彼女は人の痛みというものに非常に興味を惹かれ、研究を重ねていた。ある日、ひとりの患者から事故によって痛みを失ったという青年の存在を知らされる。その青年に会うこととなった野宮万浬。彼女はその青年に興味を持ち、彼を実験台とし・・・・・・
<感想>
人の痛みというものを追及した作品。外因的な痛みのみならず、心因的なものや心の痛みまでも取り上げられている。
当初は医学的な見地から“痛み”というものについて考えてゆき、そこから色々と考えさせられる話という感じであった。しかし、話が進むにつれ、色々とごった煮といいう感じなってゆき、テーマが曖昧になっていったようにすら思われる。なんとなく途中からは、変わったエピソードを色々と紹介する話という感じになってしまったような。
あれやこれやとエピソードを盛り込み過ぎたのではないかと思われる。それゆえに、最終的には単にサイコパスが世界を観察するというような印象が残ったのみ。テーマは面白いと思えた故に、もったいなかったなと。