<内容>
検疫所に勤める羽川は、友人であるジャーナリストの竹脇が車に乗ったまま海に飛び込み自殺を図ったことを知らされる。羽川は、竹脇の妻と不倫の関係にあり、それが原因で竹脇は自殺したのではないかと悩む。ただ、竹脇は生前、食品関係の汚染にまつわる事件を追っていて、ひょっとしたらその関係で命を狙われたのではないかと疑いを持つ。羽川は、最近巷で起きている食品汚染問題について調査を進めてゆくのだが・・・・・・
<感想>
真保裕一氏のデビュー作を再読。真保氏の作品っていうと読みやすいというイメージがあるのだが、本書はさすがにデビュー作であるからか、まだ読みやすいという域にまでは達していなかったような。
さすが江戸川乱歩賞を受賞した作品であり、業界の背景をこれでもかと言わんばかりに調べ上げ、それをうまくミステリに盛り込んでいる。その背景は食品業界であり、チェルノブイリ原発事故などがあったことからも時代にタイムリーな作品となったのであろう。
ただ、よく書き上げられているという反面、内容がかなりややこしいという印象も強い。さらには主人公が検疫所に勤める役人で、その友人である記者が自殺を図り、主人公とその友人の妻が不倫関係にあるという人物設定は盛り過ぎのような気も。とはいえ、このくらいやらなければ江戸川乱歩賞は取れないということなのかもしれない。
そうした人間関係の複雑さや食品業界のややこしさを踏まえつつ、最終的にはうまくというよりは、ややドタバタ気味で粗さが感じられるのだが、なんとかまとめきっている。そこから最後の最後まで予断を許さぬどんでん返しも見もの。まさに、賞を受賞しただけあるてんこ盛りのミステリ作品である。
<内容>
「防 壁」
「相 棒」
「昔 日」
「余 炎」
<内容>
31歳の相馬克巳は、交通事故で一度は脳死判定をされかかりながら命をとりとめ、他の入院患者から「奇跡の人」と呼ばれている。しかし彼は事故以前の記憶を全く失っていた。8年間のリハビリ生活を終えて退院し、亡き母の残した家にひとり帰った克巳は、消えた過去を探す旅へと出る。そこで待ち受けていたのは残酷な事実だったのだが・・・・・・
<感想>
前半部分から中盤にかけては主人公を応援する気持ちになるが、後半はやりすぎだなどと思ってしまう。後半は主人公よりもその周囲の人々に感情移入してしまったので、主人公の行動が無責任に思われやりきれない気がした。そして最後の都合の良い終わり方にも不満が残ってしまった。
よく人生をリセットすることができたらなどという命題が問われる作品があるが、この作品などはまさにその一つで都合の悪い人生を送ってしまったからリセット! というように見えてきてしまう。(もちろん主人公はその分の過酷な代価を払うことになるわけだが)
前半だけなら彼を取り巻く優しい人々、母親の献身というテーマなのだであろうが、後半に彼の姿が見えてくるにしたがってそういったものが私の中で全て打ち消されてしまった。それが物語りとして成功しているのかどうかは甲乙つけがたいところだが、私の中では後味の悪さが残ってしまった。
<内容>
父を知らず、調教師の祖父に育てられ、新人騎手として修行を積む高志。馬の故障を次々と癒し、周囲を驚かせる正体不明の厩務員の過去に、彼は疑惑を抱くが・・・・・・
競馬、競輪、競艇、オートレース。ファンの夢と期待を背に一瞬の勝負に挑むプロフェッショナルたち。彼らの潔くも厳しい世界を圧倒的な迫力で描く物語。
「逆風」 (別冊文藝春秋 1997年春219号)
「午後の引き波」 (オール讀物 1997年8月号)
「最終確定」 (別冊文藝春秋 1998年冬222号)
「午後の引き波」 (オール讀物 1998年3月号)
<感想>
四つの短編をまとめた作品集となっているのだが、題名の「トライアル」という名にふさわしい絶妙な四作が集められている。四つの短編のそれぞれが一つのプロスポーツにスポットが当てられているのだが、それらの共通点が“賭け”という要素があることだろう。そこには選手たちが悪戦苦闘する裏で、一般人(とはかぎらないような人たちもいるが)たちが一攫千金をたくらみときには選手等を巻き込もうとする。また選手達は互いに同僚等と金や自分達の地位をめぐってしのぎをけずる。さらに選手達には競技以外に生活のことで悩んだり、励まされたりする。
短編ではあるが、それぞれの異なる競技をスポットを変えて見る事によりいろいろなことが浮き彫りにされる。題材の選択と物語の内容の組み合わせは絶妙といえよう。著者の真保氏はディック・フランシスのファンであったはず。まさにその辺を狙った一冊か。
<内容>
アメリカ、ロサンジェルスで私立探偵の資格を持ち調査員(おもに現地での日本人旅行者の揉め事始末係)として働く日本人永岡。同居していたメリンダが突然謎の失踪を遂げたとき、上司から探し人の依頼を要請される。その探し人は長岡と同じ日本人の青年安田信吾。この安田を探すうえで永岡は一度は命まで落としかける。安田信吾は過去に何をしたのか。安田を追って日本からは安田の父と妹までが。安田と安田家に隠された過去とは? そして安田の行方は? 同居人の行方も探しながら永岡はさまざまな人種が住むアメリカの中を駆け抜けて行く。
<感想>
最初は主人公が日本人旅行者の揉め事始末人として仕事を行っていたので、ちょっと変わった設定かなと期待したのだがその後は結局普通の私立探偵として振る舞っていた。もう少しそれに関連する事件を追ってもらいたかった。
内容はハードボイルドらしく全編悲しみと教訓にあふれていた。しかし本筋では<悪>である安田信吾の存在であろう。その安田新語を表現するのに本人を必要以上に登場させないことで効果を狙ったような気がするが、ただその安田信吾像がわかりにくかった。最近の<悪>というのは目的のない<悪>が多く、そういったものを表現するには”語らない”という手法を用いるのがより効果的なのかもしれないが・・・・・・。うーん。たしかに結論づけにくい設定ではあるし、結論をつけないからいいということも言えなくはないのだが・・・・・・
<内容>
第五章「遺 影」 五十 歳
第四章「暗 室」 四十二歳
第三章「ストロボ」 三十七歳
第二章「一 瞬」 三十一歳
第一章「卒業写真」 二十二歳
<感想>
この作品は1人のカメラマンの軌跡をたどった小説である。内容でも示しているように、軌跡を示す際に最初の章は50歳の段階から始まり、徐々に若き日に戻っていくという形で描いている。ただし、一編一編は独立していて、どこから読んでも話は通じるものとなっている。では、この作品において時間の流れと逆に配置していったのはなぜだろうか。
ここで登場するカメラマンは50歳の段階では、すでにある程度成功を収め、自分のスタジオを持ち安定した状況におちついている。第五章の「遺影」ではそうしたなかで昔の情熱を思い起こしていくという一編になっている。ようするに写真に対する情熱というのは若い頃のほうが強かったわけである。それが成功して年を重ねるつれ、技術的な面や写真を見る眼というものは鍛錬されていったにせよ、昔ほどの情熱的な写真を撮ることはなくなっているのである。そうした面において、本書では年をとっていく順には並べずに、情熱が強かった方向へとあえて逆に並べることにより効果を狙ったのではないだろうか。ということを、あれこれ考えてみたものの、ひょっとするとあえて第一章から読んでみても別の効果が見られるかもしれない。ためす価値は十分にありそうだ。
というように、効果がどうたらこうたらと語ったのだがこの本を手に取るのにそんな難しいことは考えてもらう必要はない。とにかく読んでもらいたい。とにかく面白い。たぶん読めばすぐに物語に引き込まれ、あっというまに読み終わってしまうだろう。五つの短編という形になっているのだが、写真に対する情熱というものをいろいろな形からよく書き出すことができなと感心してしまう。写真というものにさほど興味のない私でさえも、その世界に引き込まれてしまうのだからたいしたものである。いまさらながらだが、真保氏はうまく書くなと改めて感じさせられる作品である。
<内容>
暴力団組員の坂口修司は内部の抗争の中で命を狙われることとなり、直属の兄貴分の砂田からバンコクへ身を潜めろと指示される。しかし、その砂田自身が自分の女に手を出し、着実に組織で足場を固めつつある坂口に対して嫉妬し、その命を狙おうとしているのであった。
坂口はバンコクに渡ったものの、何者かに付けられ、あげく命まで狙われる羽目に陥る。そこで、単身ベトナムへと逃げることに。そのベトナムで坂口はシクロ乗りで金を稼ぎ、“黄金の島”日本へと渡ることを夢見る若者達と出会うのだが・・・・・・
<感想>
真保氏の作品は久しぶりに読む気がするが、いやそれにしてもとにかく読み易い。この著者は難しい題材を扱うこともしばしばなのだが、にも関わらずそういう難しさを一切感じさせることない作品に仕上げてしまう。
今作品の題材はさほど難しいと言ったものではなく、日本人ヤクザの抗争とベトナムにて外の世界をあこがれる青年達とその背景を描いたものとなっている。その内容は特に目新しいというほどのものではないと思う。にもかかわらず、本書は一度読み出したらページをめくる手が止まらなくなってしまい、最後まで一気に読ませられてしまう力強さが全編にあふれて出ている作品であった。読んでいる最中は、真保氏の作品と言うよりは船戸与一氏の作品ではないかと錯覚しながら読んでいたのだが、いや、本当に面白かった。
もうこの作品自体が少し前に書かれたものなので、ベトナムなどの各国の現状は変ってきているのではないかと思えるが、その状況の一部を垣間見えることができた。ベトナムにて戦争や独裁政権が幕を閉じ、そのために情報が入ってくるようにはなったのだが、その中途半端な情報に踊らされる(というか踊らされざるを得ない)人々の生活が明確に描かれていると感じられた。
日本国内で日本が黄金の島だなどと言ったら笑われてしまうだろうが、アジアの地域によっては未だ日本を“黄金の島”と思い込んでいる人は多いのかもしれない。この作品を通して、藁にもすがりつく思いで日本へなんとか渡ろうとする登場人物たちの様相を見ていると、それらは決して笑えるようなものではないのである。
ただ、そうしたアジアの人たちの生きぬこうとするたくましさに感心してしまうのも事実。悩める現代の日本人にとっての“黄金の島”とはどこなのであろうかと考えてしまう。情報があふれすぎている日本人にとっては既存の国々に期待を抱くという行為は難しいのではないかと思える。ひょっとすると日本人にとってのすがりつくべき“黄金の島”はパソコンや携帯からアクセスするネットワーク上の中にしかないのかもしれない。そうした外の世界へと目を向けられず、一国の島国の中でしか目を向けられない国民性が多くの自殺者を招くことに・・・・・・などと考えるのは飛躍しすぎであろうか。
<内容>
事業失敗の責任を押しつけられ嫌気がさし、総合商社を辞した駒井健一郎。元中央新聞記者で、故郷・静岡県秋浦市からの衆院選立候補を決意した、健一郎の高校陸上部での親友にして恋敵・天知達彦。二人は、理想と、ある目的とを胸に、徒手空拳でコンビを組んだ。夢と情熱にほだされて、応援に立ち上がった同級生たち。私たちが手にしているダイスを、今こそころがそう。この国を変えるために。そして自分を変えるために。1999−2000年、宙ぶらりんだった「34歳」たちが、衆院選を舞台に“第二の青春”を燃やし尽くそうとしていた。
<感想>
まさに現代的中年冒険記。彼らが行く道は政治という荒波、その中を越えて自分自身という到達点をめざす。
今まさに不景気という時代。もし三十、四十代で行くべき道に迷ってしまったら? などとは誰もが考えるはず。そんななかでのまさに一つの夢のような冒険譚。政治というのは誰もが目指そうと考えるものではなく、道に迷って政治家になろうと思う人はそうはいないはず。しかし、その政治というのは夢の世界ではなく、我々のすぐそばに、というより我々が政治のなかに生きているといってもよいはずである。そういったことに気づかせてくれる一冊でもあり、難しい政治や選挙の世界をわかり易く解説してくれる一冊でもある。
地方から都会へと出て働いている人にとっては故郷の懐かしさなども感じさせてくれる一冊ではないだろうか。ミステリーというジャンルではないのだが、読者を熱くさせることこのうえない一冊。
<内容>
21歳になる敦也は定職にもつかず、色々なバイトを渡り歩きながら日々を暮らしていた。そのような暮らしをするのには、敦也が12歳の時に父親が殺害されたことに原因があった。彼はその事を人に詮索されるのを嫌がり、バイト先を転々としていた。その昔、父親を殺害した男は敦也の知っている男でもあり、事件後すぐに逮捕された。そして、あれから9年が経った今、その男が出所することを敦也は教えられる。12年前の夏、父と男の間にいったい何が起きたのか? 敦也は故郷へと帰り、昔のことを調べようとするのだが・・・・・・
<感想>
本書では主人公が父親が殺害されているという過去を引きずった青年が主人公の物語である。その過去ゆえに、主人公は好奇の目にさらされ、気遣われ、そういった他人からの感情をもてあまし、鬱屈とした生活を送ってきたというもの。
そういった様相が前半では主人公の実生活を通して描かれているのだが、こういった事柄にあまり興味がもてないせいか、なかなか読書がはかどらなかった。真保氏の作品ゆえに読みやすいことは確かなのだが、内容がゆえになかなか読み進めづらかった。
そして、後半に入り物語の焦点は、父親が何故殺害されたのか、という事に移ってゆく。ここでようやく物語り全体の目的を把握する事ができ、本書が父親の事件を追いながら主人公が成長していく様子を描いたものと理解できる。そこで全編を見渡してみれば、前半の主人公の成長する直前ゆえの葛藤と後半の周囲の人たちに支えられての成長という図式がうまく描かれているとようやく感じられるに到った。
ただ、やはり前述したように話自体にのめり込みづらいという事と、少々ページ数が厚いというところがとっつきにくいところであると思われる。本書はもうほとんどミステリーというよりは文学作品に近いような内容と言ってよいのではないだろうか。
<内容>
大病院の院長の17歳の孫娘が誘拐された。犯人の要求は現金ではなく、入院患者の命を奪えというものであった。その病院には、財政界の大物がスキャンダルから逃れるために入院していたのであった。誘拐犯はその財政界の大物の命を要求してきた。被害者の家族達と警察らは犯人の要求を満たすために、ある計画を練るのであったが・・・・・・
少女の人質救出計画が行われている頃、別の場所で異なる誘拐事件が起きていた。被害者は19歳の男子大学生。こちらの事件の犯人の要求は、なんと株券であり、さらにその株券というのが・・・・・・
<感想>
この作品の感想はかなりネタばれ気味に書かざるをえない。というわけで、文字を反転して感想を書かせてもらうことにした。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓<ネタばれ感想>↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
この作品では、17歳の少女と、19歳の少年の二人が別々の事件で、それぞれ誘拐されるというように描かれている。ただ、その誘拐されてからの警察や周囲の動きに対してかなり違和感が感じられた。
というのは、少女の方の誘拐犯の要求は少女の祖父の病院に入院している患者の命であり、少年の誘拐犯の要求は現金ではなく、株式証券となっている。まず、この段階で考えられるのは、これらの犯人の要求に対して、それをのむ必要があるのかということ。しかも、犯人との交渉の際、犯人側には全くといっていいほど組織的な犯行のにおいが感じられないのである。
さらには、少女が誘拐された際には、連れ去られたのではなく、自分から家を飛び出して行ったという状況を考えれば、まず最初に“狂言”という可能性に至るのではないだろうか。
そもそも要求の条件として人の命と引き換えというのは、無理な話だと考えられる。また、誘拐で一番難しいとされるのは、現金などの引渡しである。それがこの作品ではこの犯人側との接触が一切行われていない。要するに、この誘拐の状況を考えてみれば、単独犯でもできるような幼稚なものなのである。だからこそ、警察はまず狂言誘拐として動くべきだと感じられたのだが、にも関わらず、犯人の要求に少しでも従おうと右往左往している様はコッケイを通り越して、おかしなことだとしか感じられなかった。
そして結局は事件が少年少女の狂言誘拐だということが徐々に明らかになっていく。しかし、そこでもおかしいと感じられたことがある。それは、狂言誘拐を犯した男女の行為が正しいかのように書かれていることである。これは最近読んだ島田荘司氏の「帝都衛星軌道」でも同じように感じたのだが、どのような理由であれ、事件を犯したものが正しいと言ってしまうのはどうかと思われる。
まだ、少年のほうは首謀者であり、自身の考えに基づいて犯行を行っているわけであるのだから、彼自身が責任をとればそれでいいとは思えなくもない。しかし、一方少女のほうはあくまでも従犯であり、ただ家族が気に入らないという理由で事件を起こすということが納得がいかない。さらには、少女の両親や祖父母についてもだが、変に子供の気を使いすぎて、最終的には理由があるのだからしょうがないみたいなとらえ方をしている事が理解できない。あくまでも家族を巻き込み犯罪を犯した娘を罰するべき立場であるのにも関わらず、加害者である娘に「勘当する」などと言われているのだから世話がない。
この作品を読んでみて、私には犯罪を行ったものが賛美されているように感じられたために、それがどうしても受け入れることができなかった。しかも別に犯人が自画自賛しているわけではなく、その周囲をとりまく大人たちが勝手に感心しているというスタンスがなにより受け入れがたかった。
犯人である少年も最後はいかにも綺麗に終わりましたというような感じで締めているのだが、それほど優秀であるというのならば、犯罪というものをわざわざ用いなくても、自分が知りたいことは十分に知りえたのではないかと思われる。
こんな内容であるならば、よっぽど憎悪をむき出しにした復讐劇というほうがまだ受け入れられるのだが。
<内容>
26歳の中道隆太は仮釈放となり、少年刑務所から出ることとなった。中道は未成年のときに喧嘩でナイフにより相手を刺し殺してしまったのだった。保護監察官が付き、職場を紹介され、更生の道へと踏み出す事になった中道であったが、彼の職場や住まいに“人殺し”と告発するビラが配られてしまう。やり場のない怒りがこみ上げるなか、中道は自分がとるべき行動を模索していく・・・・・・
<感想>
近年、何冊かこのような少年院の中を描いた作品や、刑務所を出た後の話を描いた作品を読んでいる。こういった作品はどちらかと言えば、悪意に満ち溢れており、陰惨な描写のものが多かったような気がする。ただ、それが本書「繋がれた明日」では、もちろん悪意というものも多々含まれて入るのだが、他のものと比べれば救いようのある内容の小説となっている。
この作品で取り上げられている“罪と罰”というものは小説の中にはよくあるように思われるものの、いざそのことについて書くとなると重い責任がのしかかってくるように感じ、容易に書き綴る事はできない。
ただ、本書を読んでいて“更生”というものについて考えさせられた。この作品に出てくる主人公はある種恵まれているのではないかと思われる。というのも、自行自得とはいえさまざまな悪意にさらされて、つねにやり場のない憤りを抱え、くじけそうになるものの、その側には常に彼を信じて待っていてくれる人がいるのである。その信じてくれる人がいるゆえに中道は更生の道から外れずに前を見て歩こうとする事ができるようになる。話としてうまくできすぎているのかもしれないけれども、これも一つの可能性であり、事実に即したものであるということを信じたくなる内容ではある。
本書はサスペンスという側面は抜きにして、社会派小説として読む価値のある重厚な一冊といえよう。
<内容>
薬学の研究者である栂原晃子は、研究のためインドネシアへと向かう最中、飛行機事故に遭遇する。奇跡的に助かった晃子が目を覚ますと、そこは現地の小さな村の中であった。事故によって、大きな傷を負っていた晃子であったが、村の少女の歌声によって、みるみるうちに傷が治っていくのであった。そして、傷が治り起き上がれるようになった晃子は村から出て行く事になるのだが、村人からこの村の事を決して話してはならないと念を押される。しかし、奇跡を呼ぶ少女を何者かが付け狙うこととなり・・・・・・。
<感想>
最初は奇跡の歌声を持つ少女を研究者達が付け狙うだけの話かと思ったのだが、それだけに収まらず、飛行機を爆破したテロリストグループや、奇跡の村に関わったもの達を殺害し続ける殺人鬼など、さまざまな要素が備わった作品となっている。
確かに色々な要素が加わった事によって、物語は退屈することなく、よいテンポで進められては行く。ただ、多くの要素が加わったせいで肝心の主題ともいえるテーマがぼやけてしまったように思える。
本書で肝心なところは、奇跡の少女の存在をどのように隠し通すことができるかという事であったと思われるのだが、そこがきちんと結論付けられずに話が終わってしまったような気がする。というか、主人公の命を助けられた女性が、余計に関わろうとすればするほど、村の存在が明らかになってしまっていったようにさえ思えるのである。
ということで、物語としては面白いのだが、扱ったテーマが難しかったせいか、やや疑問に思えるところが残ってしまったのが残念なところ。ただし、小難しいことは考えなければエンターテイメント小説としてはよくできている作品である。
<内容>
「黒部の羆」
「灰色の北壁」
「雪の慰霊碑」
<感想>
真保氏による山岳小説であるが、そこはミステリ作家であるゆえの仕掛けなどもなされていて、ミステリファンでも充分に楽しめる内容となっている。本書はただ単に山を描いたという小説ではなく、そこに登る男達の理由や感情のもつれなどといった、心的描写も特徴的となっている。また、最近「岳」という漫画を読んだせいか、山登りに詳しくない私でも情景をある程度浮かべながら読むことができた。
「黒部の羆」は実際に“ひぐま”が出てくるわけではなく、登場人物の愛称である。元山岳警備隊で、山に生きることしかできなく、そのまま山に居座った男が未熟な二人の学生を救助しに行く話。読んでいる途中は普通の山岳小説としか思えなかったのだが、ラストにおけるミステリ的な仕掛けには、ミステリファンならばニヤリとさせられるはず。
「灰色の北壁」はタイトルにもなっているとおり、この作品で一番読み応えのある作品。ホワイト・タワーと呼ばれる難所を初登頂した男にまつわる疑惑と真実がジャーナリストの視点から描かれた作品。短いページ数ながらも、人間関係や登山家の山に対する想いなどが見事に濃縮されている。
「雪の慰霊碑」に関しては、息子を山で亡くした男が何故山に登るのか? という謎は与えられてはいるものの、基本的には普通小説といったほうがよいような内容。この作品は山に登る者よりも、山に登る者の帰還を待つ立場にある人たちを中心に描かれている。
<内容>
1941年、アメリカの地ですごす3人の日系人。ジロー・モリタは複雑な家族の問題を抱えながらロサンゼルスにて労働者として働いていた。同じくロサンゼルスにてヘンリー・カワバタは大手銀行への就職が決まっていた。そしてハワイで恵まれた学生生活を過ごしていたマット・フジワラ。彼らの人生は、日本が真珠湾を攻撃してきたことにより一変する。3人は日系人という立場により、人生を翻弄されつつ、やがて戦場へと出てゆくこととなり・・・・・・
<感想>
文庫本にして三冊という分厚い作品ゆえに、購入したものの読むのを敬遠してしまい、今まで積読となっていた本。内容はミステリではなく戦争小説であり、これが色々な意味で興味深い内容となっている。太平洋戦争に翻弄される日系人を描いたものであるが、昔これと似たようなもので山崎豊子氏描く「二つの祖国」という作品のドラマ版を見た記憶がある。
これを読むと戦争という行為が自分の国に関わるものだけではなく、海外で暮らす同朋に対して、どれだけ大きな影響を与えるかという事を思い知らされる。例えば日系人ということで、2世、3世ともなればもはや日本人というよりも、自分が生まれ育った国の人間だという思いが強いであろう。ただ、平時であっても、その国の人種以外のものが生活をするという事はさまざまな困難が生じることであろう。それが戦争というような事が起きれば、予想だにしないような理不尽な目に会うということが、本書を読むことにより垣間見えることができる。
またこの作品では第二次世界大戦にて活躍(あまりにも悲劇的なので活躍といってしまうと違和感があるが)した第四四二連隊の死闘についても描かれている。この連隊のことは実は私は知らなかったので、本書を読んで何とも言えない気持ちになった。自ら死戦へとおもむき、そこで戦わないわけにはいかないという気持ちが痛いほど伝わるものとなっている。これを読むと、日本人にとって戦争はアジア近辺のみのことではなく、遠くヨーロッパでも多くの同朋たち(本人たちはアメリカ人としてという思いであろうが)が散っていったのだと思い知らされる。
個人的に戦争小説というものは敬遠気味であり、ほとんど読まなく、本書も多くの作品を読んでいる真保氏の作品ゆえに手に取ったもの。ただ、この作品に関しては決して風化せずに、後の世にも残してもらいたい作品と強く感じてしまった。廃版になることなく、長らく語り継いでいってもらいたい作品のひとつ。
<内容>
小児科で医師として働く押村悟郎のもとに警察から連絡が入る。18年間の間、音信不通であった姉が意識不明の重体であると。姉は何故か放火事件があったビルにいて、そこで銃弾を受けたというのである。その事件で姉がどのような役割を果たしたのかは、警察もまだつかめていないというのだ。しかも姉は身内が知らぬ間に、結婚していたようであり、その相手はかつて殺人事件を起こしたことのある男であったと・・・・・・。姉の18年間に何があったというのか。押村悟郎はその空白の期間を埋めるようと、単独で調査を開始する。
<感想>
音信不通であった姉が事件に巻き込まれ、意識不明の重体となって弟の前に姿を現す。話すことのできない姉の代わりに、弟は姉の18年間の軌跡を調べていくという内容。その調査と同時に、姉が18年前に何故皆の前から姿を消したかのかという過去も明らかになって行く。
重い、とにかく重い内容の小説である。読んでいる最中に感じる重さよりも、読み終わった後のほうがより重い。話の途中では、何ゆえ医師という職を持った弟が、音信不通であった姉のために、そこまで行動を起こさなければならないかということに不審をおぼえた。しかし、最後まで読み終わると、その理由が明らかとなり、物語は重さを増すこととなるのである。
ただし、そのラストにより物語が良い方向にいっているかといえば微妙。確かに話の流れとして、全体的にうまくまとまっていると言えるのだが、やり過ぎという感が大きい。物語の内容云々というよりも後味の悪さがなんとも言えない小説である。これが印象的な作品であるということは間違いないのだが・・・・・・
<内容>
山上悟は妻を日本に残し、仕事のため単独でギリシャに赴任する。その悟のもとに、妻の奈美子から手紙が届く。手紙のなかには離婚届が入っており、一方的に離婚してもらいたいとの願いが書かれていた。その後互いに手紙にて連絡をし続ける二人であったが、心はすれ違ってゆくばかり。そんなとき、詳細が不明であった奈美子の祖母の人生が残された手紙から明らかになる。祖母と祖父の間でやりとりされた手紙を奈美子は悟へと送る。悟はその手紙を読むと、そこには驚くべき過去が書かれていた。
<感想>
手紙のやりとりによって構成される物語。ただしミステリ色が強いというわけではなく、あくまでも“物語”。読み始めた時は、書簡のやりとりだけで読む側の興味を惹き続けることができるのかと疑問を感じたのだが、途中で過去に起きた事件においての手紙のやりとりを挟むことによってうまく組み立てられている。
最初は夫婦の今後の関係と不慮の事故の内容についてのやりとりがなされている。次に妻の祖父母の手紙のやりとりにより過去の事件が明かされ、そしてもう一度現代に戻り、夫婦の仲を改めて見直すという構成。
物語が深いなと感じたのは、過去に起きた事件と現在における事件を“業”や“情念”によってうまく結び付けているところ。特に過去と現在に直接的な関連はないものの、血のつながりというものを表すことによってに間接的なつながりを感じさせているのである。
あとがきによると、あえて叙述ミステリにはしなかったとのことだが、確かに普通に物語を語ることによって、うまく仕上げているように思える。著者の熟練の筆致を担当することができる一冊。
<内容>
戦国時代、織田信長に夢を託し、天下統一の夢を抱き、戦いに明け暮れる明智光秀。その明智に付き従い、裏から彼を支えることとなる忍びの技を身につけた小平太。戦いの先に二人が見たものとは・・・・・・
<感想>
真保氏による時代小説。明智光秀を中心に戦国の世を描いた物語となっている。それも単なる時代小説ではなく、正史として伝えられる歴史の中にある矛盾点を明らかにしようと、明智光秀を主人公とし、真保流に描いた戦国時代小説という挑戦的な作品。
そう言えば、明智光秀って本能寺の変を起こした人だと言うことくらいで、よくわからない人物。それを、どのような経緯により本能寺の変を起こさなければならなかったのかが詳しく描かれている。この物語が正しいのかどうかはわからないが、説得力は十分にある。
本書が歴史書として興味深いのは確かなのだが、物語として面白かったかと言うと微妙。真保氏というと、今まで小役人シリーズと言われる、さまざまな現場における中間管理職のような人を主人公に物語を描いてきているが、ここでもそれが出てしまったという感じがしてならない。何か、明智光秀もまさに中間管理職という気がしてならなかった。
そんな戦国の世で懊悩する中間管理職が描かれた作品という気がして、気持ち物語に入り込みづらかった。忍びによるアクションシーンなどもふんだんに盛り込まれはしたものの、やや読み進めづらかったかなというところ。それでも、戦国時代に興味があるという人は読んでおいて決して損にはならないと思われる。
<内容>
アテネで仕事についていた外交官の黒田康作であったが、急きょ、ローマ入りする外務大臣の警護を担当することとなった。ローマへと向かった黒田を待っていたのは母親と観光にきた9歳の少女が誘拐されたという事件。外務省の仕事そっちのけで、ひとりローマにて誘拐犯との交渉に挑まなければならなくなった母親の手助けをすることにした黒田。しかし、犯人からの奇妙な要求にローマ中を引きずりまわされる羽目となり・・・・・・いったい犯人の目的は何なのか? 事件の背後に潜む本当の目的とは!?
<感想>
小役人シリーズ、世界へ羽ばたく。真保氏といえば、デビュー当時に役人を主人公とした作品が続いたため、厳密なシリーズではないものの、出版された作品が小役人シリーズと言われていた。その一連の流れを組むと言ってもよさそうな原点回帰の作品がこの「アマルフィ」。外交官といったら、決して小役人というわけではないのだろうが、どうしてもデビュー当時の作風を思い出してしまう。
この「アマルフィ」、発売された当初の評判もよかったし、映画化もされているのでそれなりに有名なのだが、私自身は文庫化されるのを待っていたため、ようやく手をつけることができた。外交官が海外で活躍するという内容も見ものであるし、また外交官・大使館の裏事情なども垣間見えることができ、なかなか楽しめる作品であった。
また、なんといっても本書の見ものは、外交官・黒田が挑むことになる、日本人少女誘拐事件。犯人は何故、日本人を誘拐したのか? 犯人の真の目的は? といった謎を追いながら、スピーディに物語が展開してゆく。徐々に犯人の背景や行動が明らかになるにつれ、その度に驚きがもたらされる。そうして、真相が明らかになった時、最後の大団へと一気になだれ込む。
いや、サスペンス・ミステリとして、かなり読み応えがあった作品。真保氏の作品にはめずらしく、同じ人物が登場し続けるシリーズものとなっているので、他の作品も楽しませてくれそう。読むのが楽しみなシリーズがまた増えた。
<内容>
老舗のデパート“鈴膳”は、景気に翻弄され、どこのデパート業界も苦しい中、贈収賄事件に巻き込まれ合併の危機に追いやられていた。そんなある日の終業後、何故かデパートにはさまざまな人々が集まって来ていた。リストラにあい、家族にも見放された中年男。不倫相手に見放され、デパートに復讐をはかろうとする女性店員。家出をし、生き場のない若いカップル。追い詰められた元刑事である犯罪者。さらには、先行きに悩む鈴膳の社長。そして、警備員たちが翻弄される真夜中のドタバタ劇が開催されることとなり・・・・・・
<感想>
真夜中のデパートで起こる群像絵巻。さまざまな思惑をもった人々が、示し合わせたわけでもないのに同じ日に終業後のデパートに潜むこととなり、彼らがそれぞれに騒動を起こすという物語。
だいたい序盤の流れからして予想通りの展開となるのだが、思いもよらないところから人間関係が派生してゆき驚きを誘うこととなる。登場人物同士の関連が特になさそうなところから相関関係が派生していくこととなり、“贈収賄事件”というのが意外と物語全体に利いていたのだなと感嘆させられた。
また、こういう話ではだいたい良い話に落ち着くのだろうと想像がつくのだが、その“良い話”についても思わぬ方向から攻めよられることとなり、ラスト近くでさらなる驚きをもたらされることとなる。なんとなくご都合主義的な部分が多すぎるようにも思えるのだが、この物語に関してはこのような終わり方がふさわしいと言えよう。懐かしく、楽しい、本当に昔のデパートの雰囲気を味わえるような物語。
<内容>
大手商社で働く藪内之宏は、大きな仕事を任されたものの上司の横やりによって失敗し、その責任を取らされ零細企業に出向する羽目となる。その企業は、藪内が所属する大手企業で働いていたものが作り上げた会社でゴールド・コンサルタントという。ゴールド・コンサルタントはその大手企業の下請けともなっているのだが、社長の伊比はやり手ながら癖が強く、暴走することを恐れ、本社は藪内にスパイを真似事をしろと命じるのであった。妙な立場となった藪内であったが、ゴールド・コンサルタントでは、曲者ぞろいの社員たちが待ち受けており、さっそく“水”に関わる仕事に奔走することとなり・・・・・・
<感想>
著者の真保裕一氏は今ではいろいろなジャンルの作品を書く作家となったが、デビュー当時は小役人小説といわれる公務員等を主人公とした小説を書いていた。近年になってシリーズ化された「アマルフィ」もその延長上の路線と言えよう。この「ブルー・ゴールド」もその系統と言えるのだろうが、こちらは完全なる企業小説という内容。
仕事の責任を取らされて、零細企業へと飛ばされた主人公。そこで彼は業務に励みつつも、元の会社にその業務内容を報告するというスパイの役目もしなければならないという立場においやられる。そうこうしつつも、零細企業ゴールド・コンサルタントが扱う“水”というものに対する奥深さを感じ、仕事にのめり込んでいくこととなる。
本書で扱われる“水”というものに対して、それがどれだけ貴重な資源であるかということが事細かに描かれている。飲料のみならず、工業用水としても使用できる地下水というものに対し、どれだけの利権が生じ、そこにどれだけ多くの者達がまとわりついてくるのかを目の当たりにできる。
この作品ではただ単に企業の在り方と、“水”というものの貴重さが表らされているだけでなく、それを獲得するための水面下での争いがミステリ的に描かれている。ゴールド・コンサルタントが利権を得ようとする土地と水に対して、何者かが横やりを入れてくるのだが、誰が? 何のために? という秘密を暴こうと社員たちが奔走するのである。
企業小説として面白いと言えるのだが、ちょっと内容がややこしかったか。しっかりした内容でありつつも、結局は身内の過去で固められてしまって、どこか小さくまとまってしまっているような感じがした。やや玄人向けの大人のための企業小説というような作品。
<内容>
鵜沢哲夫は県庁から県の最大のお荷物とされる赤字ローカル線への出向を命じられた。出世争いから外れたと気にしながら働く中、その赤字ローカル線に新社長がやってくる。再生を託されたのは地元出身の新幹線カリスマ・アテンダント篠宮亜佐美(31歳)。彼女が繰り出す奇抜なアイディアとやる気にひっぱられ、徐々に経営が回復すると思われるなか、不穏な事件が相次ぐこととなり・・・・・・
<感想>
地方の赤字路線を復活させようという内容。カリスマ・アテンダントの女性が社長として引っ張られてきて、県から出向してきている職員や、やる気のない者たちを鼓舞し、ローカル線を盛り上げてゆく。また、そんな彼女たちを邪魔しようとする勢力があり、それらに対処するという難題も抱えることに。
ありがちなお約束の成功物語でありつつも、楽しく読める内容。元カリスマアテンダントの女社長と県から出向してきた職員の二人が主人公でありつつ、他にも彼らと共にさまざまな登場人物がローカル線を盛り立ててゆく。笑いあり、涙あり、恋ありのドラマ化映画化もってこいの作品ともいえよう。
ただ、ひとつ思ったのは、前半はローカル線の復興が中心に話が進むのだが、後半は真保氏の代表的な作風である役所を中心としたいわゆる“小役人小説”となってしまっている。後半になるとローカル線と町に関わる陰謀を暴くというものが強くなり過ぎて、ローカル線を盛り立てるという部分が薄まってしまったのはやや残念。最後まで、もっと路線中心の復興小説として進めてもらいたかったところ。
<内容>
不破勝彦は元妻の依頼により、久々に故郷へと戻ることに。不破はその故郷で新聞社で働き、結婚したのち義父のホテル業を手伝っていた。しかし、食中毒事件で義父が失脚し、仕事が立ち行かなくなったとき、勝彦は故郷から逃げ出したのであった。そんな彼に元妻が頼むのは不倫の証拠写真を撮った者を調べてもらいたいというもの。元妻の不倫相手は、今度の市長選に立候補する男だという。選挙妨害に関わるものなのか、不破が昔の伝手をつかって調べていこうとするのだが、彼に対する思いもよらぬ仕打ちが待ち受けており・・・・・・
<感想>
以前、真保氏が選挙に関わる小説を書いていたが、それに陰謀劇的なものを加えたような作品。かつてとある事件により故郷から逃げ出した主人公が、元妻の頼みでスキャンダル事件の調査を行うこととなる。
最初は、もっと主人公が道徳的なことを無視して、ハメットの小説のように町ぐるみで仲たがいさせるような陰謀をしかけていけば面白いのではないかと思ってしまった。ただ、作品を読み続けていくと、実は最初から主人公自身が陰謀に絡めとられ、なすがままに近いような状況になっていたということを理解させられる。
主人公がおとなしめの性格ゆえに微妙な内容であったかなと。いくら本人に非があるからといって、かつての恨みを持つ者たちにより、なすがままというか、頭をさげるがままというのもどうかと。この辺は読んでいてストレスがたまるところ。“正義をふりかざす”ということの是非がテーマではあるのだが、その“正義”というもののありかたに主人公自身がこだわり過ぎているようにも思われる。まぁ、その辺はいかにも真保氏描く主人公の愚直さが表れていると感じさせられた。
主人公に対する周囲からの恨みつらみにはストレスを感じさせられるものの、物語全体としては、なかなか面白かったかなと。これは主人公のみならず、物語全体としてもあまり“正義”という観点にこだわり過ぎない方が、町ぐるみの謀略小説として楽しめたのではないかと思われる。実はこの本を購入した後、読むことを敬遠してしまっていたのだが、その理由はこのタイトルにある。なんか、このタイトルを見ると倦怠感が押し寄せてくるのであるが、実際に読んでみるとそこまでというものではなかったので、タイトルを違ったものにすれば、もっと色々な人に読んでもらえたのではと。
<内容>
若きカリスマ経営者・戸鹿野智貴は恋人とフィリピン旅行に出かけた先で、身に覚えのない麻薬の所持により逮捕された。すぐに釈放されるかと楽観視していたものの、戸鹿野はそのまま起訴され刑務所に入れられることとなる。その影響で、彼の会社は破綻してしまう羽目に。何故自分ははめられたのか? 誰の手のより? 戸鹿野は刑務所の中で復讐を誓い・・・・・・
一方、イギリスで麻薬捜査官をするジャッド・ウォーカーはユーロポールへの出向を命じられ、イタリアにて、マフィアの幹部が惨殺された事件を捜査することに。その背景を探ってゆくと、次々と他の事件に遭遇し、ようやく要となる人物に突き当たり、ジャッドは日本へと行くこととなり・・・・・・
<感想>
何者かにはめられた企業経営者・戸鹿野が復讐を遂げるために、相手の正体を暴こうと単独調査する。また、世界を股に掛ける麻薬調査官ジャッド・ウォーカーは、マフィアの幹部が惨殺された事件を調べていくうちに、徐々に戸鹿野の事件に近づいていく。さらに、フリーライター・伊刈美香子は執拗に戸鹿野の事件を追い、やがて真相へと肉薄していく。
長き時間をかけて、三者三様でそれぞれの事件を追っていき、やがてそれらがつながってゆくという構成。全体的に面白くはあるものの、なかなかジャッドの事件と戸鹿野の事件がつながってこないところが微妙な点か。また、途中までは存在感を示していた伊刈美香子のパートが最終的には軽く扱われてしまうというのも惜しいところ。
真保氏が描く作品ゆえに、それなりにうまくできているとは思えるのだが、ちょっと事件が大きくなり過ぎたという感じ。結局個人の復讐に収まりきらないところにまで事件が行ってしまっている。また、登場人物で戸鹿野という人物がどうしても実在の人物であるホリエモン(堀江貴文氏)としか想像できなくて、登場人物の戸鹿野の行動と実在の人物との言動がうまく私の頭の中でかみ合わず、ずっと違和感を感じていた・・・・・・まぁ、そんなことを気にするのは私ぐらいか?
<内容>
新米弁護士の本條務は、刑事事件を担当することとなった。彼が担当するのは、工場経営者の男が金融業者の男を刺し殺したという事件。その加害者の弁護を本條は担当することとなる。工場経営者から話を聞くと、殺意はなかったのだが金融業者から脅された際に、つい誤って机に置かれていたペーパーナイフで刺してしまったという。本條は加害者の減刑を勝ち取るため、被害者の素行について調べを進めることに。ただ、本條は加害者の男が何かを隠しているのではと疑問を抱く。そうしたなか、被害者の娘が本條に対して妨害行為を行いはじめ・・・・・・
<感想>
海外の法廷ものを読んでいても、どこか別世界の話と感じてしまうのだが、日本の法廷ものを読むと、身近なところにある非日常のように思われ、いろいろと想像を掻き立てられることにより恐ろしくなってくる。本書では、ひとつの殺人事件を通しての弁護の様子が描かれた作品となっている。
加害者を弁護する際に、減刑を勝ち取るために、ときには被害者の身元を洗い出し、その素行に触れるという事もありえるようだ。これは、被害者側の遺族からすれば、あまりにも残酷なこと。なんで、殺害された後に、さらに人格を貶められなくてはならないのかと。裁判には、そうした加害者側、被害者側の思惑がそれぞれ錯綜するものだと、あらためて気づかされることとなった。
また、本書はエンターテイメント系のミステリでもあるので、単に裁判の現実的な問題を知らしめるだけではなく、被害者の娘の思惑と、加害者側の弁護士の疑問が交錯し、そこから物語にもうひと波乱味付けをしている。さらに言ってしまえば、最後には思わぬような結末が待ち受けている。
ベテラン作家である真保氏の作品ゆえに当たり前ではあるが、裁判に関する話がうまく描き込まれているなと感心させられる。なんとなく江戸川乱歩賞を獲得するためのお手本のような作品と思えてしまうほど。弁護士というものにまつわるさまざまな現実的な問題を、エンターテイメントを交えて描いた良質なミステリ作品。文庫版の表紙はアニメ調であるが、内容はなかなか重たいものとなっているので注意。
<内容>
時はフランス革命直後。ジャン少年は数年前、祖父と二人でこのイタリアの片田舎の村へとやってきて、時計の修理などをしながら生計を立てていた。そんな平和な生活を送っていたジャンであったが、突如フランスの軍隊が村へと侵攻してくるという事態が起きる。しかも彼らはジャンの行方を捜していたのである。修道女のビアンカと名乗る者に助けられ、なんとか窮地を脱するジャン。そんな彼は思いもよらない話を聴くこととなる。ジャンはレオナルド・ダ・ヴィンチの遠い親戚であり、ダ・ヴィンチが遺したと噂されるノートのありかをジャンが知っていると思われているというのだ。いつしかジャンはダ・ヴィンチのノートの争奪戦に巻き込まれ・・・・・・
<感想>
子供向けの冒険小説という感じの作品。ダ・ヴィンチの血を引く少年が、ダ・ヴィンチの残したノートの争奪戦に巻き込まれる。
それなりに面白い冒険小説であった。やや、設定が大掛かりなゆえに、書き足りなさを感じられる部分もあるのだが、一冊の作品としてまとめればこのくらいでちょうどよいのであろう。少年たちが遺された手がかりからダ・ヴィンチのノートのありかを捜索するという展開は、物語としてはベタであるが、それゆえに安心して読める作品と言えよう。
主人公の敵役として登場するビクトール・バレル大佐という人物がいるのだが、最初は憎まれ役という感じであったが、後半になるとその不遇っぷりに、だんだんと気の毒になってきた。この大佐の存在がコメディ的な色合いをそれとなくかもし出しており、なかなか良い具合に仕上げられている。