<内容>
大手農機メーカーに勤務する原田亮平は、フィリピン・サンビセンテの工場への出張を命じられる。その工場では不良品が異常なくらい多く発生していながらも、原因がつかめないという状況。今まで他の社員が査察にいっているのだが、詳しい原因がつかめない。そこで、本社のなかでも癖のある社員・原田に白羽の矢がたったのである。現地へと赴いた原田は、工場で地元のヤクザらしきものが大きな顔をしていたるのを目の当たりにする。なんらかの汚職に関わっているのではないかと、詳しい調査を始める原田であったが・・・・・・
<感想>
1989年に書かれた作品の復刊本が2010年に出たので購入したもの。当時の時代性がうかがえる、なんともマッチョな小説。肉体派でありなが、知性派でもあるサラリーマンが海外の工場の汚職を暴くという内容。
パッと読んで思い浮かぶのはダシール・ハメットの「血の収穫」。この作品も、ひとりのアウトローがやってきたことにより、元々危うかったパワーバランスが崩れ、崩壊をたどってゆくというもの。ただ、主人公はあくまでも一介のサラリーマンであり、本人がこれといった工作を施すというものではない。偶発的な出来事がかさなりといったところが、「血の収穫」とは異なるところか。
今の世ではこのような作品というか、このような主人公は描かれないのであろうなぁという感じ。それでも真保裕一氏描く「アマルフィ」の主人公あたりは近いかもしれない。ただし、今の主人公たちは一線を超えるようなことは少ないが、この主人公は葛藤はすれども、これこそが自分の本領であると言わんばかりに超えていってしまう。
2000年以前に描かれたハードボイルド作品として、楽しんで読むことができた。たぶん、そのころにはこういった作品が多々描かれていたのだろうなぁと想像してしまう。そのころの時代性と主人公像というものを色々と感じ取ることができて面白かった。また、内容も優れていてスピーディーな展開により話が進んでいくので非常に読みやすかった。それでも、若い世代のひとがこういう作品を読んでも、ひょっとしたらピンと来ないのかな? とふと考えてしまった。
<内容>
ヤリ手の元商社マン・安積啓二郎は、経営状態の思わしくない実家のガラス工場の社長となった。工場売買を目論む彼だが、ガラス工芸作家・野見山透子との恋に落ち、ガラスの世界に魅せられていく。工場再建のために啓二郎が次々と打つ手とは?
モノ作りに人生の再起を懸けた男の勇姿を描く長編企業小説。
<感想>
同族会社のガラス工場を再生させるべく長男に代わって自らの商社をたたんだ次男が経営に携わっていくというもの。経営者の見地からの中小企業再生小説として面白く読むことができる。工場を経営していく上での融資先としての銀行との関係などと、細かい点などもわかり易く書かれていて非常に興味をそそられる。そして経営者の目から書かれているだけあって、そこで働く社員サイドの考えかたとは当然異なるのだということがよくわかる。どちらが正しいかというものではなくて、それぞれに立場があり、何を優先に考えるのかということがそれぞれ異なるのだということ。
ただ、不満としてはせっかくの企業再生小説が恋愛小説というものに多くを裂かれてしまった点である。経営する人間として、仕事だけではなく、恋も! という観点はわかるのだが、しかしながらそれによって後半が知りきれトンボになってしまうのはいただけない。どうもそういった要素を含めたせいか全体的に冗長になって、ラストが中途半端で終わってしまっているように感じた。恋のほうにはとりあえず結末を付けたと思うのだが、肝心の企業のほうにおいてはそれなりの結末が出せたのかどうかが疑問である。企業再生だけのテーマでも十分な小説が書けたのではないかと思うのだが。
<内容>
札幌市内のアパートで女性の変死体が発見された。身元を調べてみると、その女性は婦人警官であることがわかった。その身元が判明するとすぐに所轄は本部に捜査権限を取り上げられることに。さらに、捜査本部は事件の犯人を津久井巡査部長と断定し、射殺命令までが出て・・・・・・。所轄の佐伯警部補は、かつて津久井と共に仕事をしたことがあり、彼が事件の犯人だとは信じられずにいた。佐伯は数人の仲間と共に事件の裏に隠された真相を探ろうとする。
<感想>
話題になった本というより、話題になり続けている本といったほうがよいであろう。かねてから本屋で大々的に紹介されているのを見てはいたのだが、なかなか購入する気にはならなかったものの、そこまで宣伝するのであればと買ってみて読んでみたら、実際のところ本当に面白い作品であった。
本書は最近よく見られる警察の内部を描いた作品である。ふと考えてみると、かつての警察小説と今の警察小説ではずいぶんと形態が変わったなと感じずにはいられない。代表的なところでは横山秀夫氏が警察の内部のスポットを当てた作品が売れたのをきっかけにこういったものが増えてきた気がする。本書もそのひとつと言えよう。
さらに付け加えれば、この作品は特に北海道道警にスポットを当てた作品である。本書はもちろんフィクションであるが、実際に起きた事件を作品の背景にすえて、そのうえで成立している作品として創られているのである。
こういった警察内部にスポットを当てた作品が増えている中で、この作品が優れていると思えるのは、そのスピーディーな事件展開によるものといえよう。本書で経過する時間は約16時間くらいであり、そのなかで事件を解決へと導かなければならないという制約の中で進められている。
よって、単なる社会派的な警察小説のみに終始しているのではなく、サスペンスにも重点を置いたミステリ作品としても優れたものとなっているのである。
というわけで、非常によくできた警察小説であり、話題になり続けているのも決して不思議ではない作品。現在、第3弾までシリーズものとして出ているようなので、それらも今後読み続けて行きたいと思っている。
<内容>
「逸 脱」
「遺 恨」
「割れガラス」
「感知器」
「仮装祭」
<感想>
町の駐在というと、どのようなイメージが沸くであろうか。地元に密着している駐在であれば、好意的な意見なども出るかもしれないが、一般的に制服を着た警察官が印象に残るというようなことは少ないのではないだろうか。
また、ミステリにおける駐在というと、私的には金田一耕介シリーズのようなイメージが強く、バタバタ騒ぐだけで何の役にも立たないという印象くらいしかない。
本書は、そんな駐在にスポットを当てて、地域社会における中での駐在の役割というものを書き表した社会派ミステリとなっている。
主人公となる川久保巡査は札幌から単身赴任で道内の小さな町にやってきたベテランの警察官。しかし、小さな地域社会の中で警官をやっていくうえで大切なのは、地域住民とどこまで信頼関係が築かれているかとなる。そうした信頼関係が築けていない中で川久保巡査の駐在としての苦闘が始まる事となる。
単身赴任してきて、その町にずっと住み続けるわけではない巡査に対する世間からの冷たい眼や、同一組織内においてでも駐在に対する軽視などとさまざまな苦難と遭遇しながら事件の解決を求めていく川久保巡査。
そして、数々起こる事件の中には、決して穏便に解決とはいかないものも出てくることになる。そうしたものを駐在という立場でありながら、川久保はあくまでも一人の警察官という立場をもって事件に対峙してゆく。そうした中で川久保巡査の警察官としての生き様というものが真しに伝わってくる。
また、さらにこの本の興味深いところは地域社会の防犯事情についても触れているところ。この物語に出てくる地域は犯罪発生率が少ない健全な地域といわれているところ。しかし、その裏にひそむトリックというものが「仮装祭」という作品にて描かれている。
こうした数々の身近に潜む例が色々と書かれており、実に興味深い内容となっている。これは2006年度の隠れざる名作といってよい作品であろう。
<内容>
警察の不祥事の問題から時間が経過し、ようやく落ち着いたと思われた北海道道警であったが、突然本庁から査察が入ることに。これは以前の事件が蒸し返されるのかと誰もが思ったのだが、実は別件による査察であった。道内で起きた、風俗ビルからの転落事故と外国人少女の人身売買事件、これらが何者かの手によってもみ消されているというのである。前回の事件で奔走した、佐伯や津久井は、事件の渦中に飛び込むこととなり・・・・・・
<感想>
前作「笑う警官」に引き続いてのシリーズ2作目であるが、こちらも前作に負けず劣らず面白い。特に「笑う警官」で活躍した面々がそのまま出てくるので、非常に取っ付きやすかった。本書は、これだけでも単体の作品とも言えるのだが、前作にもリンクした部分が多々あるので、必ず「笑う警官」を読んでから、こちらに取り掛かったほうがわかりやすく読めると思われる。
この作品の趣旨はミッシング・リンクものと言ってもよいかもしれない。不正が行われているようなのであるが、誰の手によって、何故それが行われているのか、ということを、キャリアによる書類上からの捜査と現場警官による足を使った捜査の2面から明らかにしていくという展開が成されている。今作では、初めて登場する本庁のキャリアである藤川警視正がシリーズキャラクタに負けず劣らずよい味を出している。
今回不満に思えたのは一点。それはページ数が短すぎるということ。これだけの内容の作品であるのなら、もう少し長くてもよかったのではないだろうか。特に藤川捜査官の人となりが十分に伝えられたとは思えなかった。さらには、シリーズキャラクタの佐伯や津久井らが別々に捜査をしているという状況からすれば、もっとページ数を使って描ききってもらいたかった。
ということで、内容についての不満は全くないのだが、もっと読みたかったというのが正直な気持ち。まぁ、シリーズ化作品ということもあり、そのへんの不満は後の作品を読むことにより、解消すればよいということなのであろう。次の作品も文庫化されたら読んでみようと思っている。
このシリーズをまだ読んでいない人は、むしろラッキーだと思って、文庫化されている「笑う警官」と「警察庁から来た男」を連続して読んでもらいたい。
<内容>
昭和23年、安城清二は家族を養うために、戦後混乱のさなか、急遽募集をしていた警察官になることを決める。後に子供も生まれ、派出所警官となった清二の周囲で起きた2件の事件。その事件を追い続けていた清二であったが・・・・・・
父の背中を見て警官を目指した民雄。父の生き方の謎を解くかのように警官を志望した和也。三代続けて警官となった安城家の男たちが歩む道とは!?
<感想>
親子三代続けて警官となる物語と言えば、スチュワート・ウッズの「警察署長」という作品を思い出す。本書の最初の主人公である清二は派出所警官となり、近隣で起こる事件の解決に邁進する。そういった始まりであったためか、全体的に泥臭い地道な作品なのかと思ったのだが、2代3代と続く血筋をたどっていくと、思いもよらず波乱万丈で血のにじむような人生を彼らはたどることとなる。その内容は良い意味で裏切られたという感じであった。
本書は単なるミステリではなく、戦後から現代までの上野公園周辺の移り変わりの様子をたどる、裏日本史という位置づけの作品でもある。1代目は戦後の混乱期のなかで派出所勤務を黙々と行う。2代目の時期は学生闘争のさかんな時期で、父を目指して警察官となった民雄は、その闘争に大きな役割を果たすこととなる。3代目の和也が働く頃は完全に近代化した都市の中で、同じ警官の汚職事件を扱うこととなる。
ミステリ的な内容としては1代目が関わった事件を2代目3代目が追っていくということになるのだが、その真犯人とか真相に重きが置かれるわけではない。この作品で重要なのは、そうした3代続けて警官を続けてきた者達の警察官という仕事に対する“矜持”が最終的に強く表されているのである。まさにタイトルである“警官の血”というものにふさわしい内容であろう。従来の警察小説とはまた違った印象を残す大河小説である。
<内容>
北海道警察は洞爺湖サミットのための特別警備結団式を一週間後に控えていた。そうした緊張と関係なく、たいした仕事を与えられていなかった佐伯宏一は愛知県警からの情報を元に過去に起きたRV車の盗難・密輸事件を洗いなおす。この事件は覚せい剤のおとり捜査を担当していた者達から横やりが入り、佐伯は事件を取り上げられる形となっていた。妙だと思える状況を調べていくうちに、過去の汚職事件を関連させる証拠が浮かび上がってくることに。一方、サミットを控えた道警では、巡査が制服と拳銃を持ち出したまま行方不明になるという事件が起きていた。閑職に追いやられていた津久井はこの事件の捜査をすることとなる。行方不明になった巡査は父親も警官であり、過去の汚職事件のさなか自殺を遂げて死んでいた。その件と今回の失踪は何か関わり合いがあるのか。また、小島百合はストーカー事件で手柄をあげたことをきっかけに、女性大臣のSPを務めることとなった。大臣は何者かから狙われており、サミットの間、身辺警護をすることとなったのだが・・・・・・
<感想>
パッと内容のところに書いたのだが、今作の内容は盛りだくさんである。3人の主要人物がそれぞれ大きな事件を扱いつつ、平行に物語が展開していくという内容。シリーズ3作目にして、だんだんと各キャラクターの個性が浮かび上がってきたように思われる。
前の1作目2作目と比べると、今作は読むのに少々時間がかかった。それは決して面白くないからというわけではなく、今回はとにかく濃い内容となっているからである。シリーズを通して一番密度の濃い作品と言えよう。
今作では驚いたことに、第1作の続編と言ってもよいような話が展開されてゆく。道警の汚職事件に関しての捜査は終わったと思いきや、あれから2年という月日が流れているにも関わらず、いたるところに傷跡を残し、今作での騒動を巻き起こしている。そこに洞爺湖サミットと女性大臣を襲う予告が加わり、混迷入り乱れるなかで事件は展開してゆく。
あまりにも第1作と関連が深いため、この作品だけで評価してよいのかどうかは難しいところであるが、濃密な警察小説であることは確か。なんとなく大臣襲撃事件は余計な感じもするのだが、この事件がなければあまりにも警察内部だけで事件が起き過ぎているというようにとらえられてしまうので、ある意味バランスよく事件が配置されているともいえなくもない。
“警官の紋章”という言葉が重くのしかかる濃厚な警察小説。物語が外側ではなく、内側へ内側へと内包していくところが最近の警察小説らしいともいえよう。
<内容>
三月末、北海道東部を強烈な吹雪が襲った。志茂別駐在所の川久保巡査は、交通が寸断されるのを恐れ、駐在所に引き込もうとするものの事件が次々と彼の元にもたらされる。身元不明の死体の発見。暴力団事務所を襲って現金を持ち逃げした武装強盗。そうしたなか、近隣に住む人々もさまざまな問題をかかえつつ、吹雪の中へと身をさらすことに。不倫相手から無理やり呼び出された主婦、家出した女子高生、会社から現金を持ち逃げしようとする会社員。そうして吹雪がひどくなり、雪に閉ざされてゆくなか、人々は自然にペンション、グリーンリーフに集まりだすこととなり・・・・・・
<感想>
読み始める前は、ページ数の厚さに躊躇気味(文庫本約500ページ)であったのだが、読みだすと止まらなくなり、二日間であっという間に読み終えてしまった。非常に読みやすい作品である。
一応は川久保という巡査が登場するシリーズという位置づけ(「制服捜査」に続く2作品目)であるが、単品としても十分楽しめるので、この作品から読んでも全く問題はない。内容は群像サスペンス絵巻とでもいったらよいか。さまざまな思惑を持った人が、やがて雪で閉ざされつつあるペンションに集まりだすという展開がもたらされる。わずか1日に満たない時間のなかでの出来事なので、非常にスピーディーに物語が進んでゆく。
やや不満に思えたのは、意図的に何かが進められるという要素がなく、基本的になるようになれ、という形で物語が推し進められる。それでもそこに登場する人々の先行きや事件の行方が気になって仕方がないので、ページをめくるては休まることがない。最終的には川久保巡査がいいところを持っていったなと。ページ数を気にせず、ちょっとした機会に気軽に読んでもらいたい作品。
<内容>
「オージー好みの村」
「廃墟に乞う」
「兄の想い」
「消えた娘」
「博労沢の殺人」
「復帰する朝」
<感想>
直木賞を受賞した作品の文庫化。佐々木氏の経歴からいうと、何を今更の直木賞だと思うのだが、これは功労賞的な意味合いが強いものなのだろうか。
作品は連作短編集となっていて、とある事件により神経を衰弱してしまい、1年ほど療養している刑事・仙道孝司が主人公。有能な刑事とみなされる彼は、知人や警察関係者などから警察が調べきれなかった事件を依頼され、それをリハビリ代わりにこなしていく。
早々に刑事の職業に復帰したいと思いつつも、また以前の症状がぶり返したらと恐れながら、捜査を繰り返していく様子がうまく描かれている。また、そうした捜査を繰り返しつつ自身の刑事としての仕事を振り返り、それが己の成長へとつながっているようにも感じられる。
それぞれの事件は全体的に地味なものであるのだが、北海道の地域性がうまく描かれているところは見事。そうした地域性と警察の仕事をうまくとらえ、味のある作品として完成されている連作短編である。
「オージー好みの村」はオーストラリア人が数多く住むようになったニセコの村で起きた殺人事件を描いている。
「廃墟に乞う」は13年前に起きた事件と同様の事件が再び。容疑者は刑期を終えた前科者となるのだが・・・・・・
「兄の想い」は漁師のもめごとにより起こった殺人事件のはずなのだが、いくつかのおかしな点がみられ・・・・・・
「消えた娘」は行方不明になった娘を探す父親の願いにより、捜査を始めるのであったが・・・・・・
「博労沢の殺人」は競走馬のオーナーが殺害された事件。17年前には被害者が容疑者となった事件があった。
「復帰する朝」は女社長が焼死体で発見された事件。容疑者となった妹の無罪をはらしてくれと姉から依頼があったのだが・・・・・・
<内容>
神奈川で現金輸送車の強盗事件が発生し、犯人が残した遺留品から、以前北海道でストーカー事件を起こした鎌田光也の名前が挙げられた。その事件とは風俗嬢であった村瀬香里が鎌田から狙われており、間一髪のところを小島百合巡査により検挙されたのである。しかし、後に鎌田は病院から逃亡。その後、行方知れずとなっていた。そしてまた、村瀬香里にストーカーを予告するようなメールが届く。北海道警は、よさこいソーラン祭りが行われる中、村瀬香里に対して厳重な警戒態勢をとるのであったが・・・・・・
<感想>
今回はタイトルの通り、やや“休日”的な意味合いが強い作品と思えた。といっても直接的な意味ではなく、北海道警の面々は休日返上で忙しく働いている。街がよさこいソーラン祭りで忙しいなか、彼らは現金輸送車強盗事件から派生してきたストーカー事件、バイクによる女性を狙ったひったくり事件、発見された白骨死体から浮かび上がる殺人事件等々の解決に奔走することとなる。
基本的に、ここで起こる事件のほとんどが別々の事件となるのだが、最終的に全てがきちんと解決されているところはお見事。こうした展開は、まるで87分署シリーズを見ているかのよう。さらには、思いもよらないところでつながる事件もあるので驚かされることとなる。
こうしたハードな事件が繰り広げられる中で、どこに“休日”的な意味合いが含まれているのかというと、シリーズの主人公である佐伯宏一の行動についてである。今回は佐伯が登場するものの、どちらかといえば小島百合巡査のほうがメインで活躍している。その間、佐伯は以前関わった事件についての後始末というか、自分なりの決断を迫られることとなる。その決断というのが、シリーズ1作から3作までの事件と自分の行動にいったん決着をつけ、これからは新たな事件に望んでいくという意思表明と感じられるものなのである。
よって、シリーズのなかでこの作品が一つの分岐点であり、今までの事件から一新して事件に臨んでいくという姿勢が伝わってくる。また、このシリーズが書かれた当初は、何冊も道警シリーズとして続けていく気があったかどうかはわからないのだが、今回の作品により、今後もシリーズを書き続けていくという意思が固まったようにも感じられるのである。
というわけで、これからもシリーズとして読み続けて行きたいし、今後の展開にも注目して行きたい。
<内容>
10月下旬、ほぼ同時期に北海道の各地で3つの死亡事件が起きる。そのうちのひとつを担当することとなった津久井。彼は臨時で機動捜査隊に参加し、炎上した車の中に手錠でつながれ死亡していた男の事件を捜査する。一方、札幌にて小島百合は女子児童の誘拐事件の通報を受け、捜査をする。女児は車で連れ去られたようであるが、どうやら連れて行ったのは父親のよう。ただ、女児の両親と連絡をとることができない。一見、事件性はなさそうに見えるのだが、小島百合は妙なものを感じ取る。また、佐伯は車上荒らしの事件を追うのだが、各地で起こる事件に対し、何か関連があるのではと、仲間を呼び集め合同での捜査を開始することに!
<感想>
北海道警察シリーズ、第5弾。今作は警察協力者に対する連続殺人事件を扱ったものとなっている。このシリーズも5冊目にして、ようやく新たな道筋が見えてきたような気がする。まだ若干ではあるが、1作目の「笑う警官」の事件を引きずっているきらいはあるが。
警察協力者を襲う事件、女子児童誘拐事件 or 家族失踪事件、自動車荒らし、といった複数の事件をシリーズキャラクターである、佐伯、新宮、津久井、小島らが迎え撃つ。別々の捜査をする四人が、互いに情報を持ち寄り、徐々に事件の裏に潜む真相を見出していくこととなる。警察組織の連携ではなく、個人的な集まりによるチームプレイというところがこのシリーズの見どころと言えよう。
また、今後の彼らの活動を示唆するような部分も出ているのだが、基本的に彼らはアウトロー的な役割を担っている。それは決して悪い意味ではなく、警察官としての矜持を抱えつつ行動していると、それが自然とアウトローという立場のようになってしまうといったことが表されている。一見、皮肉にもとれるような“警察官の矜持”であるが、この主人公らの立ち位置こそがシリーズを通して表して行きたいという重大な事柄なのではなかろうか。
<内容>
安城和也は、3代そろっての警察官であり、父親が職務中に殉職したという経緯もあり、警察内部の監察の仕事に抜擢される。和也が監視することとなったのは、加賀谷仁。凄腕の刑事ながら、違法すれすれの行為により情報を得るというやり方が上層部の目に留まり、やり過ぎを指摘される。そして和也の告発により警察を追われることとなる加賀谷。一方和也は、そうした職務が認められ、昇進の後、組織犯罪対策部第一課の係長に抜擢される。和也ともども、警察では新たな覚せい剤流通ルートを解明しようと躍起になっていたものの、全く結果を出すことができない始末。しかも、捜査の最中、和也が率いる課が失策を犯してしまう羽目に。そんなとき、警察上層部は、流通ルートの情報を得るために、とある手段に打って出ることに・・・・・・
<感想>
「警官の血」の続編。続けて読んでも面白いと思えるが、一応は独立した内容になっているのでこの作品だけ読んでも十分楽しむことができる。本書は、「警官の血」にて三代にわたって警察官を務めた最後の主人公である安城和也と、悪徳警官と噂さながらも辣腕を誇る刑事・加賀谷の二人が主人公となって話が進められていく。
悪徳警官とされる加賀谷は、逢坂剛氏描く“禿鷹シリーズ”の主人公を思わせるような人物。ただし、この作品では加賀谷本人の心情が述べられているため、存分に人間臭さが表現されているので、単に悪徳警官というような表現だけでは表すことはできない。そんな彼のやり方が目に留まり、加賀谷が警察を追われる一方で、警察が困るような組織的な犯罪が起こると、実は加賀谷の力が必要であったと気づかされる皮肉が描かれている。
一方、安城和也は、抜擢を受けた若手係長として課を率いる。やっかみや、課ごとの縄張り争いが繰り広げられる中で、ひたすら地道な捜査を進め覚せい剤流通ルートをあぶりだそうとしてゆく。加賀谷のような力があれば便利と考えつつも、そうした力を警察から排除した和也にしてみれば、地道な捜査から犯罪をあぶりだすことこそが警官の道であると信じ、不器用ながらも職務に勤しむこととなる。
本書で圧巻と言えるのはラストシーン。このシーンのために、本書が描かれたと言っても決して過言ではあるまい。長いページの作品であるが、その長さを感じさせないほど、内容に惹きこまれ読まされてしまう小説である。そうして最後に“警官とは”というものを問いただすかのようなラストシーンで締められている。
<内容>
謹慎していた刑事・水戸部は復帰することとなったのだが、配置されたのは特命捜査対策室。それは、過去に迷宮入りとなった事件を捜査する部署。捜査員は水戸部ただひとり。今回、水戸部が受け持つこととなった事件は、15年前にアパートのオーナーであった老女が殺害された事件。四谷で起こった事件であるが、その地域に詳しくない水戸部は、退職した警官でその事件を担当していた加納と組むこととなる。加納の協力を得て、事件を掘り起こすこととなった水戸部であったが・・・・・・
<感想>
この作品の後に、刑事・水戸部を再登場させた「代官山コールドケース」を発表。というわけで、佐々木氏による新シリーズの1作品目という位置づけの作品。
シリーズの内容としては、過去に起きた事件で迷宮入りしたものを掘り起こすというもの。謹慎していた刑事・水戸部が配属されたのは“特命捜査対策室”という水戸部ただひとりが在籍する部署。過去の事件を掘り起こすとともに、その地域がどのような場所で、過去にどのようなことがあったかを描き出すという側面も持ち合わせている。
そして今作であるが、四谷を舞台に描かれている。かつては色町であり、ここで主題となる事件が起きたころにはまだ芸者という存在が街をにぎわせていた時代。とはいえ、そんな派手な地域ではなく、ひっそりとした静けさのある中で、人々の生活が営まれつつあった風景を描き表している。
事件の内容に関してであるが、今回の捜査についてはちょっと不満。今作では水戸部が地域の事情に詳しい退職警官・加納と組むのであるが、この加納の位置づけが微妙に感じられた。この退職警官が水戸部を立てつつも、どうも事件そのものの見方を水戸部の見立てとは違うほうへ違うほうへと誘導しようと(普通に読んでいて気づくレベル)するのである。そうして、最後に真相が明らかになったときに、良い話的な方向へともっていこうとするのであるが、事件捜査を妨害された形となった水戸部(ただし、その誘導に水戸部は引っかからなかったが)の心情はいかなるものであろうか。最終的に事件の収束については水戸部に一任された格好のまま終わってしまうのだが、どうも喉に骨がひっかかったような感じがして後味が悪かった。もしも、悪意にようなものを前面に出すということで書き上げたのであればよいと思うのだが、良い話的なものを書いたつもりであるならば、ちょっと違うなと感じてしまう。
<内容>
電車に人が轢かれるという事件が起きた。事件は自殺ではなく、死亡した者は両手両足を縛られ、ブルーシートに巻かれた状態で鉄橋から線路に落とされたという状況。久保田刑事は、この見せしめのような殺人事件が起きたの後、似たような事件に再び遭遇する。気になった久保田が事件を調査すると、以前強引な取り立てで問題となった後に経営破綻した消費者金融“紅鶴”の元社員が次々と殺害されていることに気が付く。久保田はやがて、その消費者金融の社長の息子で現在香港在住の紅林伸夫が日本で行われる映画祭にやってくることを知り・・・・・・
<感想>
佐々木譲氏によるノンシリーズ作品。上記の内容では、刑事主体で描いているように感じられると思うが、本書は決して警察側のみ主点となる物語ではない。最初は、久保田という刑事が主人公なのかと感じられたのだが、徐々に元消費者金融の者たちを狙う側と狙われる側もクローズアップされ、群像小説のような展開を見せてゆく。さらに物語が進んでゆくと、狙う側がもはや主人公という様相へと変わってゆく。
本書は警察小説というよりは、復讐を誓う者たちが主眼となるクライム小説という趣が強い。消費者金融の強引な取り立てにより身を崩し、家庭や生活が崩壊しつつも、なんとか生き延びて生活を再建しつつある者たち。そうしたなかで、小規模な清掃業を経営する重原達巳のもとに集まった者たちは、既に自分の人生に生きがいを見いだせず、復讐のみをよりどころとして生き続けている。
物語の後半では、ターゲットとなる相手に対し、重原たちが如何にして復讐を遂げようとするのか、また久保田刑事はそれを止めることができるのか、ということがクローズアップされ終幕へと突き進む。復讐者たちが、やや捨て身の状況となっているゆえに、最後の方はややなし崩しになってしまったかなと。タイトルから連想させるような、もっと大掛かりで緻密なプランを期待していたゆえにやや残念。
消費者金融の取り立てにより、身持ちを崩しつつもなんとな生き延びてきた者たちへの救いの小説となるかと思っていたのだが、そういう風な内容のものではなかったよう。重原と久保田刑事がもっときちんとした邂逅を遂げていれば別であったのであろうが、そうした久保田刑事の希望は、はかなく散ってしまったようだ。
<内容>
生活安全課の小島百合は、ピアノのミニ・コンサートを聴きに行くためにワインバーへとおもむく。小島とそこにいた人々は、人質立てこもり事件に巻き込まれることに。二人組の男のうちの一人は強姦殺人の冤罪で四年間服役していたという。コンサートの主催者は、男が逮捕されたときの県警本部長の娘であったのだ。犯人たちは娘を通じて、県警本部長に謝罪を要求する。しかし、小島百合は犯人の思惑は別のところにあるのではないかと疑念を抱き・・・・・・
<感想>
札幌道警シリーズといいつつも、ページ数がさほど多くないせいか、シリーズキャラクターのそれぞれがあまり目立たなかったという印象。特に津久井は、ちょこっと出たっきりで今作では重要な役割は担っていなかった(その分、次の作品で活躍するようだが)。最近のこのシリーズの流れからいうと、もはや小島百合子シリーズになりつつあるような感じがする。基本、主役は佐伯警部補のようにも思えるが、徐々にそれすら喰われてきてしまっているように思える。
今作では、小島が人質監禁事件に巻き込まれ、現場の状況をうまく外部へ伝えるということが主題と言えよう。ただし、方法はスマートフォンを普通に使用しているので、現場で何が起きているかを正確に伝えることが重要な点となる。単なる冤罪事件の謝罪が要求されているように思われるものの、現場の状況からして不可解なものを小島が感じ取り、その裏に潜むものに探りを入れる。
ただ、読者からしてみれば、もうひとつの事件である横領金受渡しというものが最初から提示されているため、サプライズにはならないところがやや残念なところか。犯人側も緻密そうに見えながらも、現実的には穴だらけのようにも思え、全体的に盛り上がりに欠けた内容という気がした。
現代社会に起こりうる事件をとりあげた内容ではあるものの、今までのシリーズ作品と比べると、あまり出来栄えはよくなかったか。
<内容>
神奈川県で強姦殺人事件が発生したのだが、被害者に残された精液をDNA鑑定した結果、17年前に起きた似たような事件において残されたDNAと一致したのである。17年前、〝代官山女店員殺人事件”と呼ばれた事件の再捜査を特命捜査対策室の水戸部は命じられる。かつての事件はすでに容疑者が自殺をしたことで始末がついていたのだが、別の犯人の存在が明るみに出れば、警視庁は恥をかくこととなる。しかも、現在起きた事件を神奈川県警が捜査しており、神奈川県警から出し抜かれる前に、水戸部は秘密裏かつ迅速に捜査をしなくてはならないのである。年長の女性警官・朝香千津子巡査部長と組み、水戸部は過去の事件の真相に迫る!
<感想>
過去の事件の真相を掘り起こすという趣向。ただし、ただ単に掘り起こすだけではなく、県警より先に事件を解決しなければならないという迅速な行動が求められ、なおかつ、秘密裏に捜査しなければならないので限られた人員で行わなければならないと、かなりの枷をはめられたなかで主人公は事件捜査を行うこととなる。
基本的に、当時の事件関係者からの尋問が繰り返されるという地道な捜査が行われてゆく。しかし、その割には、やけにリーダビリティーがあり、読み手を飽きさせない内容となっている。単に過去の事件を捜査してゆくというだけではなく、“代官山”という土地にスポットを当て、過去と現在の有様を比べつつ、時の流れをかみしめるかのような描写がどこか読者の興味をひきつけているのかもしれない。さらには、現在進行形の事件ともリンクしているところも見どころといえよう。
文庫本で500ページと、それなりに長い作品ではあるのだが、作中の経過時間はわずか2日あまり。過去の事件があまりにも短時間で解明されるというのは、ご都合主義が過ぎるのかもしれないが、その分無駄のないミステリ作品として仕上げられているとも感じられる。結構、簡潔に読み進めることができた割には、重厚なミステリ作品を堪能できたと満足させられる。
<内容>
宝石強盗の犯人を追っていた機動捜査隊の津久井卓は、事件捜査中にジャズピアニストの安西奈津美と出会う。その後、立ち寄ったバーで2人は再会する。後日、札幌市中島公園にて女性の死体が見つかる。女は人気ジャズプレーヤー四方田純の追っかけをしていた人物らしく、関係者が疑われることに。四方田と共にジャズライブに出演することとなっていた安西奈津美も容疑者のひとりと目され、津久井は捜査と人間関係の狭間に追い込まれることとなり・・・・・・
<感想>
北海道警察シリーズ第7弾。当初は大きな事件を追っていたシリーズであったが、最近は徐々に小さな事件を追いつつ、シリーズ・キャラクターたちの個性を広げていくという方向へとシフトチェンジしていっている模様。
今作でメインとなる事件は、宝石強盗のグループを追うというものと、人気ジャズプレーヤーを巡る痴情のからんだ殺人事件。当然、どちらも犯人を追うこととなるのだが、事件自体はさほど重要ではないと感じられてしまった。今作で重要視されているのは、人間関係。津久井はジャズピアニスト安西に対し、期待を寄せつつ、ある種の信用もしている。しかしながら、彼女を容疑者として追いかけなければならないという捜査との狭間で揺れることとなる。今回はサブにまわったようである佐伯は、人情味を出しながら別の事件の捜査に挑みつつ、津久井をサポートし、小島百合子との関係を進展させてゆく。新宮は色々な人たちに便利屋のように扱われつつ、着実に警察官としてのキャリアをあげてゆくこととなる。
そんな感じで、事件の先行きよりも、シリーズキャラクター自身の先行きや、人間関係のほうがメインで描かれている作品と捉えられた。警察小説としては物足りないと思いつつも、シリーズ作品としては、このくらいの内容で十分という気もする。息の長いシリーズとなるのであれば、5冊に1回くらいの割り合いで大きな事件を取り扱ってくれれば十分ではなかろうか。
<内容>
蒲田署刑事課の波多野は、管轄でヤクザが死体となって発見された事件の捜査をすることとなる。何故、そのヤクザが殺されることとなったのか? 波多野らが事件を調査していくと・・・・・・
一方、警視庁捜査一課の松本は上司から事件捜査の任命を受ける。それは、ヤクザが殺された事件が起き、捜査がなされている最中であるが、そのヤクザと似たような死に方をした事件が過去に数件起きているという。ひょっとしたら、警官が関わっているのではないかという恐れがあり、極秘に捜査を行うこととなる。波多野と松本は、同じ事件を別々に追うこととなり・・・・・・
<感想>
なかなか濃い内容の警察小説であった。まあ、佐々木氏が書く作品ゆえに、普通の水準を上回る内容であるのは当たり前か。
本書の目玉は、同じ事件を二つのチームが交互に追っていくというところ。しかも、その二つのチームには、過去のとある事件に関わっていた人物が加わっていた。その事件が冒頭で描かれているのだが、人質を取った犯人を波多野刑事が追いかけていったものの、逆に反撃を食らい、その波多野を助けようと松本刑事が上司の制止を振り切り、強行するというもの。
そうした事件を引きずった二人がヤクザが正体不明の何者かに殺害された事件を追って、やがて交錯することとなる。別々に同じ事件を追っていったものがそれぞれ見出す真相とは!?
後半に入ると、多少事件の結末も予想できるようになってはいるものの、その予想を上回るショッキングな展開も待ち受けており、後半に入るとページをめくる手が止められなくなる。最後まで読むと、本書が一般的な警察小説として扱っていいのかどうかわからなくなるが、それでもタイトルにある“掟”という言葉が重くのしかかってくることとなる。