坂木司  作品別 内容・感想

青空の卵   6点

2002年05月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 僕は坂木司。外資系の保険会社に勤務している。友人の鳥井真一はひきこもりだ。プログラマーを職とし、料理が得意で、口にするものは何でも自分で作ってしまう。それもプロ顔負けの包丁さばきで。要するに外界との接触を絶って暮らしている鳥井をなんとか社会に引っ張り出したい、と僕は日夜奮闘している。そんな僕が街で出合った気になること、不思議なことを鳥井の許に持ち込み、その並外れた観察眼と推理力によって縺れた糸を解きほぐしてもらうたびに、友人の世界は少しずつ、でも確実に外に向かってひろがっていくのだった。

<感想>
 この作品集は直接的な犯罪を描いたものではなく、どちらかといえば“日常におけるミステリ”というジャンルの範疇に入るものである。そしてその作品群を読むとそれぞれが現代社会に背景がそれぞれ用いられていると感じる。探偵役自身がひきこもりであり、ストーカー、障害者、おっかけなど、他にもネタバレになるのでここでは書かないが、こういった社会問題的な題材をそれぞれとりあげるところにひとつ注目がいく。しかし、だからといってそういうことが強調されているわけでもなく、あくまでも語り口はソフトに描かれている。

 また、これらを読んでいくと悩みや問題を抱えているものたちの秘密を解きほぐしつつもその探偵自身が少しずつ癒されているところが本書の特徴であろう。探偵役の鳥井と彼をなんとか社会に自立させようとする坂木。この二人の関係が坂木の視点から微妙に描かれている。ときにはちょっと退いてしまうような描写もあるものの心温まる場面も多い。

 いままでにもこういった“日常の謎”を題材にとったミステリが北村薫以来、数多く出ている。そのなかでも本書は主人公の設定という点で、従来の書の枠を越え、今までと異なったミステリを描くことに成功している。これもまた注目すべき一冊である。

 蛇足ではあるが、巻末の対談は他の場においてやってもらいたかった。これを巻末に載せてしまうと、せっかくの小説の余韻がふっとんでしまう。


仔羊の巣   6点

2003年05月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
「野性のチェシャ・キャット」
 坂木は会社の同僚の吉成から、もう1人の同期の佐久間恭子の様子がおかしいと相談される。坂木は吉成と共に佐久間に何かあったのかと探ろうとするのだが・・・・・・
「銀河鉄道を待ちながら」
 坂木は引きこもりの鳥井を誘って、木工教室をすることになったという木村さんのもとへ出かけることに。すると地下鉄の駅員から駅のホームにて奇妙な行動をとる少年のことについて相談されるはめに・・・・・・
「カキの中のサンタクロース」
 坂木は最近周囲の視線が気になり始める。誰かに見られているのではないかと。そんな折、坂木は見知らぬ女性から襲撃をうけるはめに陥る。

<感想>
 相変わらず何やら怪しいコンビであるがその二人が今回も活躍する。その怪しさを払拭するためか、ホモ説を退けるような話の内容までもが付け加えられている。また引きこもりの鳥井であるが、今回はやたらと外へ連れ回される羽目になるため、引きこもりという印象が薄く感じられた。そのために前作に比べて二人の関係のみがかえって際立って見えたのかもしれないが。

 などといきなり書いてしまったがリーダビリティは相変わらず。読み始めたら、そのまま一気に読了した。本書は面白いということには間違いがない。

 最初の「野性のチェシャ・キャット」では語り手、坂木の職場の様子が紹介される。そこでの同僚との間での人間関係による話が展開されて、なんだ物語だけじゃないかと思いきや、最後に見事に鳥井にひっくり返される。最後の最後でミステリーとしてうまく踏みとどまったという感じ。

「銀河鉄道を待ちながら」では謎の行動をとる少年が登場。その行動の謎を見事に鳥井が看破するのだが、若干推理が飛躍していないかとも感じられ、物語の展開も都合がよすぎるような感じがする。ともあれ、また一人仲間が増えたということか。

 そして「カキの中のサンタクロース」では、前の2編が連作短編の展開としてつながってくる。なかなかうまく話をまとめたのではないだろうか。

 仲間も増えて、坂木・鳥井一派はますます絶好調といったところか。ご都合主義的で良い人ばかりがそろうと言うのに対しては横から茶々をいれたくもなるのだが、こんな物語があってもいいのかもしれない。基本的に善人ばかりが出てくる物語というのは好きである。主人公二人の気持ちというものが徐々に変わってきているのかどうかは微妙なところ。何やらそれぞれが細々と悩んでいることはあきらかなのだが。ただ、ここ最近の“日常の謎”系の作品では一番いきが良いように感じられる。まだまだ、続きから目を離したくない作品であることは確か。


動物園の鳥   6点

2004年03月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 引きこもりの鳥井とその親友・坂木は動物園で起きたイタズラの原因を突き止めて欲しいと依頼される。なんでも動物園で猫が人間の手によって虐待されているというのである。とりあえず動物園へと行ってみる鳥井と坂木であったが、そこで彼らは過去に不愉快な思い出を持つ人物と遭遇する。その人物は鳥井が引きこもる原因を作った同級生であった。

<感想>
 相変わらず、その表現とか思想には賛同できない部分もあるのだが、何故か無視することのできない気になるシリーズなのである。そして今回は3部作の完結編となっていて、今までの作品を読んでいた者にとっては決して読み飛ばすことのできない本である。

 この本はは今まで続いてきた一連のシリーズに一区切りつけるための物語が描かれている。本書は一応、ミステリーとして話が進行されるものの、ミステリーとしての内容は薄いと感じられた。特に今回は他のキャラクターの存在が薄く、事件の検討がなされながらも主人公の鳥井と坂木の存在が常に主として語られているという印象が強い。よって、本書はこの一冊で独立している本とは言いがたく、あくまでも前2作を読んできた人のみにしか薦められない本となっている。

 今回の作品にて感じられたことなのだが、どうも一部のグループが固まって、一人の悪人を糾弾するという悪いイメージが強くなってしまった。ただし、このシリーズは一度でも違和感や懐疑心が芽生えてしまうと、とことん否定的になってしまうおそれがある。よって、あまり悪く感じた部分を掘り下げないほうがいいと思うので、ここで執拗に否定的な意見を述べるのはやめておくことにする。

 ただ物語としてのみ見てみれば、それなりに魅力的にできていると感じられた。一連のシリーズの中で徐々に鳥井と坂木の二人が少しずつ成長していく様は見ていてほほえましいものである。そしてラストも理想ともいえる終わり方になっていて良いのではないかと思える。

 ラストを読んでふと思ったのだが、完結編とは書いてあっても一連のシリーズに一区切りついたというようにしか感じられなかった。これから先、また話が続いてもおかしくないようにも感じられた。ここからまた鳥井と坂木の新たなる出発が始まっても良いのではないだろうかと思いつつ、続編を待つことにしよう(期待していいのかな?)。


切れない糸   6点

2005年05月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 大学卒業を目前に控えながらも、突然父親が死んでしまったためにクリーニング店を継がなければならなくなった新井和也。そんな和也は昔から人に頼まれごとをされやすく、クリーニングの仕事をするかたわら人々から色々な相談を持ちかけられる。そして決まってその謎を解くのは喫茶店でバイトをしている友人の沢田であった。

<感想>
 ホモホモしかった三部作も終わり心機一転、新たなる坂木氏の作品である。そのできはといえば、なかなか良いのではないだろうか。前作で見られたような、過剰な感情表現もなく、それなりに落ち着きのある作品となっている。本書では町のクリーニング屋を中心として、現代的な下町の様子を人情味豊かに描いている。そういう背景の中で日常にあふれる謎が、日常の生活を通して解かれてゆく。本書は連作短編となっているのだが、事件の解かれ方が一つのパターン化しているというのもとっつき易い要因のひとつであろう。

 ただ、よく考えてみると主人公を取り巻く人間関係の構図は前作と非常に似通っているものになっている。問題を持ち込む主人公と、それを解決する友人。そして謎を解いてあげた人々と仲良くなっていくというパターンは前シリーズと同様のもの。この辺はもう一工夫欲しかったところである。

 また、ミステリーとして本書見てみると少々弱いようにも感じられる。その謎のいくつかはだいたい想像どおりのものであったし、謎と言うほどのものではないだろうとも思われたりした(ただ、「東京、東京」という作品についてはその深読みぶりに感心したりもしたのだが)。

 とはいえ、本書はただ単にミステリーとしてとらえるべき作品ではないと思う。どちらかといえば、ミステリー形式の人生相談のようにとらる事ができる。人生における悩みを“探偵”を通して解決していくという位置付けで考えれば、本書の構図というものがわかりやすくなるのではないだろうか。


シンデレラ・ティース   6点

2006年09月 光文社 単行本
2009年04月 光文社 光文社文庫

<内容>
 女子大生のサキは歯医者嫌いにも関わらず、夏休みのバイトとして叔父が勤める歯医者の受付をすることに。そこでサキは歯の治療だけでなく、患者の心に隠されたさまざまな問題に出くわすことに。

 「シンデレラ・ティース」
 「ファントム vs. ファントム」
 「オランダ人のお買い物」
 「遊園地のお姫様」
 「フレッチャーさんからの伝言」

<感想>
 久々に読む坂木氏の本。今回は歯科医院というものを題材に物語を描いているが、内容はいつもの坂木氏らしい作品に仕上げられている。たまには、こういう登場人物のほとんどが善人ばかりという作品を読むのもよい。

 この作品ではミステリ作品を読むというよりも、ひとつの物語として楽しむことができた。その物語のなかでは、主人公のサキという女性が成長してゆく様子、そして歯科医とそこに通う患者が抱えるさまざまな問題といったものを体感することができる。

 特に本書を読んでいて感じ入ったのは、主人公のサキが歯科医院での業務を通すことによって、自身が働くためのスタンスというものを徐々に得ていく様子である。このアルバイトを通すことによって、主人公は歯科医というものの知識を得るだけでなく、社会人としてどのように仕事というものをとらえてゆけばよいにかという経験を積むこととなるのである。

 ミステリ作品としては弱いと思うが、これから社会に出て働こうという方や、社会人の新人の方などには参考になるのではないだろうか。気軽に読む事の出来る作品なので広くお薦めしたい。




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