<内容>
体の不自由な夫を持つ明日美は毎日仕事の清掃業に勤しんでいた。そんなある日悪友のしのぶから銀行強盗の誘いを受ける。気の弱いヤクザの史郎は突如、ヒットマンの仕事を命じられる。しかし、彼には幼い一人娘が・・・・・・。明日美としのぶが不思議な雰囲気の女、渚と会ったときから現金強奪の計画は現実性を帯び始める。そしていつしか、そこに史郎も加わらざるをえないこととなり・・・・・・
<感想>
小川氏の本はデビュー作からすでに圧倒的なリーダビリティーを持っていた。これがまた不思議なくらい読者の目を惹きつけるものとなっている。内容は奥田英朗氏の「悪意」に似たような、互いに縁のない、問題を抱えた人たちが偶然に集い物語が進んでいくというもの。この展開自体は今さら目新しいものではない。また、描写は暴力的ともいえ、暗鬱ある雰囲気が全編たちこめている。それなのに、なぜか読んでいるほうは物語から目が離せなくなってしまうのだ。暗鬱たる雰囲気が立ち込めていると先ほど表現したが、それでもなぜか登場人物たちの動きは軽快に感じられる。なにか表現しようのない不思議なスピードに満ちた小説となっている。
一度乗ったら止まらない暴走特急のような本。お見逃しなく。
<内容>
手と首を切り落とされた女の死体が発見された。捜査一課の蒲生は、所轄の悪徳刑事・和泉と組み、捜査を開始する。だが、被害者と和泉が過去に関係があったことが判明し・・・・・・
殺戮、強奪、拷問、レイプ、ありとあらゆる罪悪が圧倒的テンションで襲いかかる狂気のエンターテイメント!!
<感想>
ある種のキャラクタ小説といってもいいのかもしれない。とはいえキャラ萌え小説とは違う(絶対萌えない)。ストーリーがあって、そこで登場人物が行動するというよりも、それぞれの登場人物に背景があり、その背景がそれぞれ重なり合って物語を構成しているというもの。別れた妻に引き取られた娘との電話による一方的な交流のみをよりどころにする拳銃マニアの蒲生。悪徳刑事としてヤクザとつながりを持ちながら周りの人間をも壊していく和泉。そして彼らをとりまく同僚の刑事とヤクザたち。そんな壊れた彼らたちの関係をさらに壊れたヤクザ矢木澤とイレギュラー的な妄想少女智沙らが物語をかき回していく。
近年、暗黒小説とかノワール小説とかが増えてくるなかで、そのなかにひとつの独自性を築く作品がここに出来上がったのではないのだろうか。これからもこのような暗黒小説が増えていくと思うのだが、そのなかでこの著者がどういった独自の地位を築き上げていくのかが楽しみである。
<内容>
須山降治は今まで働いていたAV制作会社が倒産した後、アルバイトをしつつも鬱々と生活を送っていた。そんなとき、高校時代の先輩であり、AV業界で再開することとなった柏木美南が失踪したという話を聞く。須山は美南のことが気になり、彼女の行方を探そうとする。
一方、須山とは別に美南のことを探そうとする刑務所帰りの男と、巷で起きている連続殺人事件が交錯し・・・・・・
<感想>
小川勝己という作家を意識し始めたのはいつかというと、「眩暈を愛して夢を見よ」や「まどろむベイビーキッス」という作品が注目された頃のことだったと思う。そのころに「彼岸の奴隷」や文庫化されたデビュー作「葬列」を読み、リアルタイムで「撓田村事件」を読んでいた。そんななかで、この「眩暈を」は少々読む時期を外してしまい、文庫化されたら読むことにしようと思っていたのだが、なぜか文庫化される気配がなかった。それがようやく2010年に9年ぶりに文庫化されることと相成った。他の作品はほぼ順調に文庫化されているようなのだが、この作品に関しては何か曰くがあるのだろうか?
ようやく手に取ることができたこの本であるのだが、期待していたようなものとは異なるというか、期待よりも予想を裏切るかのようなぶっ飛んだ内容で楽しむことができた。話の語り手として須山という青年が出て来るものの、この人物どう見ても怪しげな感じ。さらには、刑務所帰りの不気味な男と、連続殺人事件が交差することとなり、事態は混沌としていく。さらに、作中で登場人物による挿入作が盛り込まれることにより、話は一層混迷の様相をていして行く。
とにかく読んでいけばいくほど、話はこんがらがって行き、きちんとしたところに落ち着いたかと思えば、それを全てぶち壊す展開が繰り返されてゆく。物語は最後まで読みとおしても、決してきちんとしたものに収まるという感じにはならないものの、読んだものに奇怪な印象と眩暈のような余韻を残すこととなる。
不安定なサイコ系のサスペンス・ミステリを読みたいという人にはもってこいの作品。私自身の中にも一種の“奇書”として残り続けるであろう。
<内容>
キャバクラ「ベイビーキッス」で働くみちる。店での営業活動に必死な彼女は、他の子の客に積極的にアピールすることによって他の女の子たちから反感を買い始めることになる。一方、家では自分のHPを作り、親しい友人たちとのやり取りをしていたがそのサイトが荒らしにあい・・・・・・
<感想>
ある種のネット中毒的な話。携帯電話などによるメールの送受信を頻繁に繰り返す行為などによって、携帯電話を手放すことができないという話は現在ではよく聞く話。この話ではそこから一歩進んで、自分でサイトを作り、そこで出会う人たちとのネット上でのつながりというものに対して中毒になっていく。しかし、サイトの場合においては、“荒らし”というものが発生する可能性がある。その“荒らし”が発生し、自分のサイトが荒らされたことにより自分の居場所が汚されたと感じたとき・・・・・・
現実世界において、人は自分の居場所というものを確保しようと自分にとってよりいごごちの良い場所、もしくは自分がいてもかまわない場所というものを捜し求める。その居場所というものがときには現実の居場所ではなく、“ネット上”という仮想現実の世界に依存してしまうということも現在ではまれでないはず。しかし、その仮想現実の世界というものも決して優しい世界だけには治まらず、時としてそれは現実の世界よりも厳しい対応がなされることがあり、その場を見失ってしまうこともあるのかもしれない。
現実でも、仮想現実においても自分の居場所を確保するためにはさまざまな犠牲を払わねば自分自身の存在すら危ぶまれることもある。特にそれが現実と仮想現実とを行き来することによって、仮想現実上でデータが消えてしまうという状況を現実として照らし合わせれば、それはアイデンティティの喪失と受け取ってしまいかねない事態を引き起こし得る。そういった時に居場所を確保するためにはどのようにすれば良いのかという判断も現実と虚実が交差してしまい・・・・・・
というようなことが書かれているかと見て取れるのであるが、決して物語り自体は難しいものではない。現実と仮想現実が交わりあい、そこに表れる悲劇的な一つの例として描かれた物語としてとればよいのだろうか。内容は簡潔に読みやすく書かれているものの深読みしようと思えばいろいろと考えさせられてしまう。現代のネット社会における現実と仮想現実の不安定な状況がうまく描かれている一冊である。
<内容>
中学最後の春、東京からの転校生で、クラスの人気者だった桑島佳史が無残な姿で発見された。それが、撓田村連続殺人の発端だった。しかも、犠牲者達の下半身は、村の伝承をなぞるように、噛み切られたかの如き傷痕を残して消え失せている。やがて一連の出来事は、三十年前の忌まわしい事件と同じ様相を呈し始めた。
<感想>
昭和におけるミステリにて金田一耕介ものなどはその時代の雰囲気に見事にマッチし、そのおどろおどろしい雰囲気が内容をうまい具合に盛りたてる効果を演出している。現代において、その昭和の雰囲気を出すようなミステリを構成しようとしても、現代の雰囲気と“見立て殺人”などがいまいちそぐわない感じがしてなかなか難しい。しかし、本作品ではうまく現代の中に昔の昭和史におけるかのような殺人劇が見事に演出されている。その手腕には感嘆するしかない。
また、物語を演出する子供たちの存在が実に現代的である。それらが実際的かどうかは別として、現代的と呼ぶにはふさわしい行動をなしていると感じられた。さらに物語りは子供だけの問題ではなく、彼らを取り囲む大人達の問題、過去の惨劇などもうまく話の中に取り込まれ、一つの閉鎖された地域のなかでの惨劇が構成されている。
そして、物語のラストが非常にきれいに片付けられているのには感嘆した。なかなか細かいところまでまとめられている。あくまでも推理小説という形態から決してはみ出てはいないはずなのに、ただ単純にミステリというだけではくくれない鮮烈さを持つ作品である。