西澤保彦  作品別 内容・感想3

からくりがたり   6点

2010年08月 新潮社 単行本

<内容>
 ある高校生が自殺し、それまでの出来事を綴った日記が残された。自殺した高校生の妹・浅生倫美はその日記を読んで、これは空想上の出来事を書いたものではないかと疑いを持つ。その日記が発端となったのか、いつしか倫美の同級生たちが、次々と事件に巻き込まれていくこととなり・・・・・・

<感想>
 これがまた一言で内容を書くのが難しい作品。第1章を読んだ時には、シリーズ短編作品のように感じられた。なんとなく“腕貫探偵”を思わせるような人物が出てきて、彼を中心としたミステリが語られてゆくように思われた。第2章を読むと、第1章と関わり合いのある人物が現れ、今度は連作短編集のような様相となってくる。そうして各章ごとに前章までと関連のある人物がそれぞれ出てくることになり、最終的には1冊の長編を読んだ気分にさせられる。さらには、各章ごとに徐々に時間がたち、最初から終わりまでで数年の時間が経過しているというのも面白いところである。

 この作品は最初から最後まで意図して書かれた作品なのだろうか。それとも第1章を書いた時には、構想が完全には練られておらず、書きながら物語を構築していったのだろうか。個人的には、後者のような気がしてならないのだが、実際にはどうなのだろうか。

 本書は少々変わった作品であり、ミステリ的に帰結した内容とはいいがない。各章で繰り広げられる物語が、それぞれに影響しているようでしていなく、関連がありそうでなさそうという微妙なテイストで語られてゆく。“計測器”と名付けられる謎の人物も登場するのだが、彼がどのような意思を持っているかというのもはっきりしない。読み終えた後も決してすっきりするとは言い難い内容。

 では、本書が失敗作かというと、そういうわけではなく、奇譚が描かれた幻想的なホラーというようなものとして見栄えのある作品と感じられる。西澤氏が以前に描いた「収穫祭」という直接的な殺戮を描いた作品があったが、それよりも本書の方が恐ろしいと思われる。西澤氏の作風も最初の頃と比べれば、やや変わってきたように思えるのだが、本書は近年の集大成的な作品と言ってもよいのではないだろうか。


幻視時代   6.5点

2010年10月 中央公論社 単行本
2014年09月 中央公論社 中公文庫

<内容>
 ライターとして勤めている矢渡利(やとり)は、久しぶりに故郷へと戻った。写真展に飾られている写真に、昔の自分が写っていることを知らされ、矢渡利は後輩と共にその写真を見に行くことに。するとそこには、その写真が撮られたときに既に死んでいるはずの人間が写っていたのだ。これはいったいどういうことなのか? 矢渡利は22年前、自分が高校生であったときに起きた事件のことを思い出す。彼と共に文芸部で活動した風祭飛鳥に訪れた死のことを・・・・・・

<感想>
 物語の半分くらいは、主人公が高校時代に文芸部に在籍していたときの話。そのときに、主人公の同級生で作家デビューすることとなった風祭飛鳥が死亡する。22年の時を経て、飛鳥が何故死亡することとなったのか? 真相に迫るという内容。

 最初読み始めた時は、青春小説という色合いがずいぶんと強いと思ったのだが、後半になると一気にミステリ色が強くなる。西澤氏らしい、議論形式で過去を掘り下げながら推理していくという内容なのだが、この真相がうまく出来ていて感心させられる。

 話の核となるのは、主人公の母親が残した遺稿となるのだが、このひとつの物語に関わった人の人生が大きく変わることとなる。また前半の文芸部での活動における描写において、実は事細かに伏線が張られているというところもポイント。ここに主となる登場人物たちの細かな感情の揺らぎが、実はきちんと書き表されているのである。そして、謎の死を遂げた風祭飛鳥が死の直前にあげたと思われる断末魔の悲鳴の真相がなんとも圧巻。

 読んでみて、思いもよらぬ秀作であることにびっくりさせられた。読むのにもお手頃なページ数であるので、文庫での購入をぜひともお薦め。


必然という名の偶然   6点

2011年05月 実業之日本社 単行本
2013年04月 実業之日本社 実業之日本社文庫

<内容>
 「エスケープ・ブライダル」
 「偸盗の家」
 「必然という名の偶然」
 「突然、嵐の如く」
 「鍵」
 「エスケープ・リユニオン」

<感想>
 シリーズの位置づけとしては、「腕貫探偵」番外編となるらしい。腕貫探偵自体は出てこなく、それらのシリーズに登場したことのある人たちがチラホラ、また、舞台となる櫃洗市という地名も流用しているよう。

 最初の作品「エスケープ・ブライダル」では、「大富豪探偵」という筒井康隆氏描く「富豪刑事」の強化バージョンのような内容で描かれている。今まで何度も花嫁から逃げられた男の結婚式が行われる中で起きた事件を大富豪探偵が莫大な財力を駆使して華麗に解き明かしている。

 この大富豪探偵が活躍する作品集なのなかと、最初は思ったものの、登場するのは最初と最後のみ。全編にわたって登場してもらいたかったので残念。また、最後の「エスケープ・リユニオン」は、物語の締めくくりとしては、やや中途半端で、さらに言えば大富豪探偵の特徴が生かされるような内容でもなかった。

 「偸盗の家」は、同姓同名の人物が登場し、入り乱れるようなややこしいシチューエーションのミステリ。
 「必然という名の偶然」は、同窓会名簿から思いもよらぬ事実が見出されるサスペンス。
 「突然、嵐の如く」は、ゲリラ豪雨により道路が寸断されたことによって、思いもよらぬ悲劇が起こる。
 「鍵」は、昔住んでいた家の合鍵をためしたくなったことによって起こるとんでもない出来事。

 本書はどれもが、最近の西澤氏らしい作風となっていて、それなりに楽しめる作品。また、これを読んでいて気付いたのだが、2012年に文庫書き下ろしで出た「モラトリアム・シアター」という作品が、この短編集を発展させたようなものであるということ。私は先に「モラトリアム・シアター」のほうを読んでしまったので、いまいちピンとこなかった(内容ではなくて、背景というか全体像について)のだが、この作品を読んだことでようやく腑に落ちた。個人的には、こちらを読んでから「モラトリアム・シアター」を読むことをお薦めしたい。


赤い糸の呻き   6.5点

2011年08月 東京創元社 単行本
2014年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「お弁当ぐるぐる」
 「墓標の庭」
 「カモはネギと鍋のなか」
 「対の住処」
 「赤い糸の呻き」

<感想>
 単行本で出た時に、評判がよかったようなので、文庫化を待ち望んでいた作品。実際に読んでみるとなかなか面白かった。本書はノン・シリーズ短編集となっていて、そのどれもが西澤氏らしい予想を超えた推理が展開されるミステリ作品となっている。

「お弁当ぐるぐる」は、リストラされた夫が殺害されるという話。料理のへたな女房のまずい弁当を毎日昼たべなければならないというのがポイントとなり推理が展開される。ぬいぐるみ好きの美丈夫という個性的な刑事も登場し(数年後の他の作品でも登場)、物語の色を添える。何気にきちんとしたアリバイミステリではあるものの、近所の目にとまらなかったのかが一抹の疑問。

「墓標の庭」は、都筑道夫氏のパスティーシュ作品。元ネタは知らないのだが、それでも読んで楽しむことができた。夜な夜な登場する霊の正体を探偵社が突き止めるというものであるが、その後に生じた事件の動機がとんでもなく、それが一番印象に残る。

「カモはネギと鍋のなか」は、あこがれの人から待ち合わせの手紙をもらい、数時間待たされたところ、とある場所でその待ち合わせの人の死体を発見してしまうという話。結構とんでもない話のようであるが、意外と結末は普通であったかのような。ミステリとしては、ちょっと想像にたよる部分が大きかったかもしれない。

「対の住処」は、全く別々に起きた事件が徐々にひとつの輪郭を持ち始めるというものを描いた作品。ひとりの人間の執念と、金銭的な現実がうまく組み合わされた作品と言えよう。現実的になさそうではあるものの、人の想像レベルとしては考えられそうな話。

「赤い糸の呻き」が本書一番の目玉といえる作品。エレベータで起きた事件の真相を突き止めるもの。刑事がとある事件を追っていて指名手配犯を捕まえようとしたものの、複数の人が乗っていたエレベーターで一時明りが消えた時に子供が刺殺されるという事件が発生する。指名手配犯が犯人と思いきや・・・・・・という内容。ストーリー上、さまざまな想像と推理が繰り広げられる内容であるのだが、きめ細かく張られた感情的な伏線がすばらしい。一見、納得できなさそうなものを、うまく納得させてしまうという手腕が見事。


狂 う   6点

2011年10月 幻冬舎 単行本(「彼女はもういない」)
2013年10月 幻冬舎 幻冬舎文庫(改題「狂う」)

<内容>
 父親から莫大な遺産を相続し、悠悠自適に暮らす鳴沢文彦。彼の元に、高校時代の同窓会名簿が届いた。鳴沢は、さっそくかつて共に軽音楽部に所属していた比奈岡奏絵の現在の住所を確認する。しかし、そこは空欄となっており、彼女が今どこにいるかわからない状態に・・・・・・。それを見た鳴沢は、激怒し、突如殺人鬼として目覚め始める。冷酷な殺人鬼と化した鳴沢の真意とはいったい!?

<感想>
 文庫版で読了。さほど評判になった作品でもなかった気がするので、そんなに期待はしていなかったのだが、なかなか楽しめた。ただ、描写がえぐいので万人向きのミステリ作品という感じではない。それでも、ミステリとして色々と凝った部分が見られる作品であった。

 事件を起こす犯人が主人公と言ってもよい作品で、最初から犯人の正体はわかっている。そうしたなか、彼が何故、そのような犯行を起こすこととなったのかがポイント。執拗に残忍な強姦殺人を繰り返す犯人。さらには、女性を誘拐した後の強姦場面を被害者の知人に送り、身代金の要求まで行うという念のいれよう。ただし、身代金の要求を行っているときには、すでに被害者は殺害されており、犯人からは一度の連絡のみでその後は一切連絡がなされない。同様の事件が複数回起き、警察は同一犯と見なし事件の捜査を行う。

 本作品で感心させられたのは、秘められた犯人の動機のみならず、完全犯罪をもくろもうとする念入りな犯罪計画。思いもよらない犯人の動機が、警察の捜査を煙に巻く。さらには、最後に待ち受ける物語を揺るがすもう一つの真相。文庫版の“狂う”というタイトルに全てが集約されている。


幻想即興曲  響季姉妹探偵 ショパン篇   6点

2012年02月 中央公論新社 単行本
2015年02月 中央公論新社 中公文庫

<内容>
 編集者である響季智香子は、担当作家から40年前に起きた事件を題材としたミステリー小説の原稿を渡される。その事件の結末ははっきりしたものではなく、智香子はピアニストである妹に助言を仰ぐ。その小説の内容とは、駄菓子屋と貸本屋をしている商店の前で、ひとりの男が奇妙な服を着た女に刺殺されるという事件。被害者は医者であり、殺人容疑で逮捕されたのは、ピアニストである妻であった。しかし、その妻には、当時小学生であった著者が自宅でピアノを弾いているのを目撃しているというアリバイがあったのである。にも関わらず、被害者の妻は容疑を認め、刑期を科せられることとなったのだ。果たして、事件の真相とはいったい!?

<感想>
 ここ最近、西澤氏の作品は全て文庫で読んでいるのだが、読む本読む本出来が良いと感じている。一時期は、記憶の喪失のみに頼ったような作品が目立ち、好みに合わないと感じられたのだが、近年発表されているものは、円熟したミステリを魅せてくれているという感触を受けている。

 本書は、40年前に起きた事件を掘り起こすという内容。事件容疑者がピアニストということにより、事件の謎を解くのもピアニストを探偵役としている。“ピアニスト”という役どころがどこまで内容に活かされているかは微妙であるが、全く役にたっていないというわけでもない。副題からして、今後同じように音楽をテーマとしたシリーズ作品としていくようである。

 この作品で感心させられたのは、不可解に感じられた事件の様相に対して、完璧とも思える真相を用意していたところ。個人商店の前で起きた刺殺事件。一応の解決はなされるものの、動機の面や実行の面など、どうにもしっくりと来ないことの方が多すぎる。さらには、その後時を経て起こる不可解な事件も、最初に起きた商店での事件がどのように関連しているのかが全く理解できないものとなっている。

 ただ、そうした不可解なものが、探偵役が示唆する“これしかないという動機”によって全てが明らかとなる。予想外の犯人の存在から、その後に起きた全ての事象が見事にひとつの解釈へと収まっていくところには、思わず感嘆させられた。派手ではないのだが、時を経た事件を実にうまく解き明かした秀作ミステリである。


モラトリアム・シアター produced by 腕貫探偵   6点

2012年10月 実業之日本社 実業之日本社文庫(文庫書き下ろし)

<内容>
 メアリィ・セント・ジェイムズ女子学園にて起こる英語科教論とその家族を巻き込む連続殺人事件。その陰に潜む魔性の女と噂される事務員。事件を結ぶ鍵はいったい何なのか!? 殺人事件の容疑者とされた住吉ミツヲは心当たりはないものの、実際にやっていないとも言いきれなかった。事件の行方はいったい??

<感想>
 上記に紹介をした内容からすると陰惨な内容に思えるかもしれないが、話は終始コメディ調で進められていく。女子学園で起こった事件という割には、生徒に関しては一切無視で講師陣の複雑な人間関係(というか不倫関係)に重きが置かれ、そこから殺人事件へと発展していく。

 プロローグでは不可解な人物とみなされた住吉ミツヲが本編に入ると主人公となり、リアルタイムで事件が彼に迫ってくることとなる。この主人公、記憶があいまいな人物で、肝心なところがボケてしまっていて、語り手としても頼りにならない。そんななか、当然のように彼に全容疑がのしかかってくる。

 記憶があいまいという設定は西澤作品にはよくあること。これもいつもながらの作品かと思っていたのだが、本書ではちょっと変わった趣向を用いて話を締めている。話の本題だと思われていたことが重要な点ではなく、実は主題が別の所に隠されていたというもの。そう考えるとこの作品のタイトルも意味深なものと捉える事ができる。

 最近、西澤氏の作品は文庫オチしたものばかり読んでいるのだが、この作品は文庫書き下ろしということで購入。内容分量的にも文庫で読むのが丁度いいくらいかなと。とはいえ、意外性のあるオチを十分に堪能することができた。あと、腕貫探偵はあまり関係がなかったような・・・・・・


ぬいぐるみ警部の帰還   6点

2013年06月 東京創元社 単行本
2015年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「ウサギの寝床」
 「サイクル・キッズ・リターン」
 「類似の伝言」
 「レイディ・イン・ブラック」
 「誘拐の裏手」

<感想>
 西澤氏の短編集「赤い糸の呻き」に登場した、ぬいぐるみをこよなく愛す美形の音無警部が活躍する作品集。以前登場した時は単発で、特にシリーズ化する気もなかったようであるが、いつの間にかこの後の作品集まで書きつづけられるというシリーズ作品になっている。

 内容としては「赤い糸の呻き」に似ているような、難解な状況をどのように論理的に推理し、どのような真相に当てはめるかという趣向。

「ウサギの寝床」は、家で全裸で死亡していた少女と空かない金庫の謎。
「サイクル・キッズ・リターン」は、高校球児と女子学生を狙った連続通り魔殺人事件。
「類似の伝言」は、人とのかかわりを避ける青年の刺殺体と残されたダイイング・メッセージ。
「レイディ・イン・ブラック」は、美術を志す一人暮らしの青年が撲殺されるという事件。
「誘拐の裏手」は、夫婦間で行われた、狂言ともとれる誘拐事件の謎の展開と顛末。

 最初の作品「ウサギの寝床」は、うまく状況の謎が推理されている作品だと感嘆させられた。しかも事件のなかでウサギのぬいぐるみが面白いポイントとして使われているところも見事。どうしてこのような不可解な状況になったのかが、ピッタリとはまっていると感じられた。

 ただ、それ以外の作品はどれも強引過ぎるという印象。特に「サイクル・キッズ・リターン」は、動機も強引であったかなと。ただ、「レイディ・イン・ブラック」については、捜査から浮き彫りとなる真犯人の正体に驚かされる。捨てられた空き缶の状況から推理される真相がうまくできていた。

 ノン・シリーズ作品であった「赤い糸の呻き」から、うまくシリーズ作品へと昇華させた作品集であると感じられた。ただ、「赤い糸の呻き」から続いて2作目にして、ややネタが尽きてきたようにも感じられてしまう。続いて出版された「回想のぬいぐるみ警部」はどんな出来なのか? こちらも文庫化されたら読んでみたい。


探偵が腕貫を外すとき   6点

2014年03月 実業之日本社 単行本
2016年06月 実業之日本社 実業之日本社文庫(「セカンド・プラン」追加収録)

<内容>
 「贖いの顔」
 「秘 密」
 「セカンド・プラン」
 「どこまでも停められて」
 「いきちがい」

<感想>
 腕貫探偵シリーズ。といいつつも、腕貫探偵が登場しない作品もあったりして、この探偵のシリーズというよりは、もはや架空の舞台“ひつ洗市”に起こる事件の謎を解くという“ひつ洗シリーズ”と呼んだほうがふさわしい気がする。

 今作も近年の西澤氏らしいミステリを展開させてくれている。最近の西澤氏の作風といえば、事件の状況から発想の飛躍した推理を展開させるというものがよく見られる。その推理における整合性というよりは、どこまで推理を飛躍させることができるかというほうに力が込められているような気がする。

「贖いの顔」 同じ日時に、同じような状況で事件に遭遇する男の悩み。
「秘 密」 男が学生時代、不倫をしていた人妻が死亡し、何故か無実のはずのその夫が自首したという謎。
「セカンド・プラン」 殺害された男は、その性格ゆえに自ら殺害されることとなった!?
「どこまでも停められて」 マンションで何故か、自分の駐車場にばかりに度々見知らぬ車が停められているという事件。
「いきちがい」 同窓会の席で、道に迷った先生を迎えに行った者が殺害されてしまうという事件。

 まぁ、全体的に推理が飛躍し過ぎと思われたものが多かったようであるが、前述したとおり、それこそがこの作品集の特徴ともいえよう。そうしたなかで一番よく出来ていたと思われたのは「秘密」。人妻と不倫していた男が、その人妻から殺されかけ、反撃して殺害してしまう。呆然とする男の前に人妻の夫があらわれ、彼が事件の全てをしょい込むことを約束するという謎の展開。この事件の真相がなかなかうまくまとめられており、推理を聞いてもなるほどと納得させられるものになっている。推理が飛躍しつつも、着地点がしっかりとしている秀作であった。


下戸は勘定に入れません   6点

2014年05月 中央公論新社 単行本
2016年08月 中央公論新社 中公文庫

<内容>
 条件が整うと、酒の相手を道連れにタイムスリップを引き起こす男・古徳。その古徳は50歳になり、人生に絶望をしつつもクリスマスを迎えようとしていた矢先、旧友と出会い、28年前の過去を思い起こすこととなり・・・・・・

 「あるいは妻の不貞を疑いたい夫の謎」
 「もしくは尾行してきた転落者の謎」
 「それでもワインを飲ませた母親の謎」
 「はたまた魚籠から尻尾が覗く鯛の謎」

<感想>
 一応、連作短編となってはいるものの、全編にわたり主人公・古徳について描かれた話なので、一冊の長編というようにも捉えられる。また、ミステリ作品というよりは、タイムスリップが巻き起こす奇譚という感触の方が強かった。

 古徳には、過去に恋人がいたものの、結局彼女とは結婚せず、資産家である古徳の友人と結婚することとなってしまった。そのことに思いをはせつつ、過去に何があったのか。そしてこれからどうなるかを描く内容。それぞれの短編にちょっとしたミステリっぽい話も含まれるが、基本的にはひとりの男とその周辺を描いた小説という感覚で読むことができた。

 読み終わると、ハインラインの「夏への扉」を思い起こしたが、よくよく考えればタイトルはコニー・ウィリスの「犬は勘定に入れません」の方であったかと。


さよならは明日の約束   6点

2015年03月 光文社 単行本
2017年11月 光文社 光文社文庫

<内容>
 「恋 文」
 「男は関係なさすぎる」
 「パズル韜晦」
 「さよならは明日の約束」

<感想>
 西澤氏のいつもながらの会話中心の推理論戦が行われるという内容であるが、今作では高校生の男女が中心となっている。西澤氏は今までも青春ミステリっぽいものは描いていたが、匠千暁のシリーズのように大学生中心というものは見られたものの、高校生が主人公と言うのはあまりなかったように思われる。それゆえ、なんとなく新鮮な感じで読むことができた。

 最初の「恋文」は、日柳永美の祖母の本の間にひとつの書簡が挟まれており、その内容から祖母の過去に起きた出来事を推理するというもの。“恋文”というタイトルが示す通り、とある人物の秘めた思いが込められたものとなっているが、それではあまりにわかりにくくて伝わらないのでは? といいたくなってしまう。

 次の「男は関係なさすぎる」から、カフェ“ブック・ステアリング”の店長・梶本とそこに通うスイーツ系男子(?)柚木崎渓が登場し、エミールこと日柳永美と共に推理を繰り広げることとなってゆく。この作品ではハリイ・メケルマンの「九マイルは遠すぎる」ばりに、謎の一言から推理を派生させるというもの。なんとなく発想が飛躍し過ぎているように思えなくもないが、そこが見どころなのであろう。

「パズル韜晦」は、作中でも触れているが西澤氏の処女作である「解体諸因」のなかの作品と同じトリックが用いられている。ちょうど私はその「解体諸因」を再読したばかりなので、すぐに内容に気づくことができた。ただ、その「解体諸因」のトリックの通りなので、面白味が欠けているような・・・・・・。といいつつも物語上、もうひとつのトリックが込められていて、実はそちらのほうが重要なのかもしれない。

「さよならは明日の約束」は、思わぬところから、エミールと柚木崎のもとに謎がふりかかり、そこから推理論戦が行われていく。これもまた、その推理が重要というよりは、そこから派生するエミールと柚木崎に関する話の方をメインへと持っていっているような。ようは、全編通して、ボーイズ・ミーツ・ガールもののミステリを描いたという事なのであろう。これはこれで趣向として面白かったので、せっかくだからシリーズ化して続けてもらいたいくらい。


「恋 文」 日柳永美の祖母の本にはさまれていた犯人を告発する謎の手紙。
「男は関係なさすぎる」 カフェ店長・梶本が学生時代に、学校で教師が倒れた際に発した“男は関係ないでしょ”という言葉の真意。
「パズル韜晦」 柚木崎の友人の祖父が書いたという結末が書かれていないミステリ作品。その結末を推理してほしいと・・・・・・
「さよならは明日の約束」 同窓会の際に昔書いた寄せ書きを見ると、そこに書いたはずの自分のコメントがなく・・・・・・


小説家 森奈津子の華麗なる事件簿   5点

2015年04月 実業之日本社 実業之日本社文庫
 (「なつこ、孤島に囚われ。」(祥伝社文庫)と「キス」(徳間文庫)の合本)

<内容>
 「なつこ、孤島に囚われ。」

 「勃って逝け、乙女のもとへ」
 「うらがえし」
 「キ ス」
 「舞踏会の夜」

<感想>
 タイトルから文庫書下ろしの作品かと思ったのだが、「なつこ、孤島に囚われ。」と「キス」の合本とのこと。「なつこ〜」は既読であるが、「キス」は読んでいなかったので、ちょうどよいと言えないこともなかった。

 この作品集を読むと・・・・・・西澤氏が書いているというよりも、森奈津子氏が書いているという錯覚に陥る。全体的にミステリ色は薄い。というか、短編によってはミステリ色が全く見られないものもある。

「なつこ〜」は、ミステリとして単体で発表されただけあって、それなりの仕上がり。何故か孤島にさらわれ、豪華な別荘でひとり過ごすこととなった森奈津子。双眼鏡をのぞくと、対岸に別の島があり、そこでは一人の男が過ごしているというもの。それが後に、殺人事件へとつながってゆく。ちょっとした軽いネタともいえるのであるが、何故かやけにややこしく描いているという印象。いつもながらの西澤氏らしい、推理をこねくり回していくという内容。

 残りの作品は、「キス」に収録されていたものと思われるが、後半はややSF色が強い。まぁ、森奈津子氏がSF作家でもあるというためなのであろう。だんだんと、森奈津子氏よりも謎の宇宙人・シロクマのぬいぐるみのほうが存在感を増していっている。全体的に、特にどうという作品はなく、むしろボツ作品というか、何か書いてしまえと勢いで書き上げたような作品ばかりと感じられた。


回想のぬいぐるみ警部   6点

2015年06月 東京創元社 単行本
2017年03月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「パンダ、拒んだ。」
 「自棄との遭遇」
 「誘う女」
 「あの日、嵐でなければ」
 「離背という名の家畜」

<感想>
“ぬいぐるみ警部”シリーズ第2弾。西澤氏によるミステリのスタンスは基本的にどの作品も変わらないと思えるのだが、このように登場人物を固定してシリーズ化してもらえれば読みやすいのは確か。事件のそれぞれにきちんと“ぬいぐるみ”が関わっているところも面白い。

 一番面白かったのは最初の「パンダ、拒んだ。」。女の死体が発見されるのだが、そのそばには大きな荷物が置いてあった。中身はパンダのぬいぐるみであったのだが、なんと被害者はぬいぐるを元夫名義で、その元夫がストーカーしていた女宛に贈ろうとしていたという複雑怪奇。話の途中から、肝心の殺人事件ではなく、その周辺事項の捜査に焦点を置き過ぎではないかとは感じられるものの、事件全体の真相がアクロバット的で西澤氏の作品らしく読み応えがあった。

 本書はキャラクター小説として優れているとも思えたものの、この短編集の5作品中2作に出てくる階堂美月というキャラクターについては微妙と思えた。シリーズゆえに“ぬいぐるみ警部”が探偵役を務めると思いきや、なんとこの美月というキャラクターが2作の探偵役も務めてしまっているのである。ここはせっかくのキャラクター小説であるのだから、しっかりと“ぬいぐるみ警部”一本で行くべきと感じられた。特に「自棄との遭遇」では、その美月のキャラクター紹介のようなものにページがとられて、肝心な事件の内容が薄まってしまっていた。著者もあとがきで、このキャラクターの扱いに悩んでいるといっていたが、“腕貫探偵”シリーズのように、キャラクター設定が曖昧になってしまうと、せっかくのシリーズの意味がなくなってしまうように思えるのだが・・・・・・


「パンダ、拒んだ。」 昔の夫名義でその夫がストーカーをしていた相手に大きなパンダのぬいぐるみを送ろうとしていた女が死んでいた事件。
「自棄との遭遇」 マンションにて、見知らぬ男が死んでいたのだが、ぬいぐるみを入れ替えようとしていた?
「誘う女」 夫が妻に不倫の告発をしようと不倫相手の家で待ち構えていたら、その妻が殺害された事件。
「あの日、嵐でなければ」 43年前の嵐の日に起きた殺人事件。犯人はその13年後に発見されたものの、謎を残し・・・・・・
「離背という名の家畜」 結婚を考えていた女と、その女の絶縁していた生みの親が死亡した事件との関連。




作品一覧に戻る

著者一覧に戻る

Top へ戻る