長沢樹  作品別 内容・感想

消失グラデーション   7点

第31回横溝正史ミステリ大賞 大賞受賞作
2011年09月 角川書店 単行本

<内容>
 椎名康はバスケ部員であるにもかかわらず、練習には気の向いたときに参加するのみで、普段は友人である放送部員の樋口の手伝いをして過ごしている。そんななか、椎名は女子バスケ部員でエースである網川緑のことが気になっていた。彼女はエースであるのだが、現在は他の部員達とギクシャクし孤立している様子。そして椎名はたまたま網川と話をすることができ、仲良くなりかけた矢先、彼女が学校から消失してしまうという事件が起きる。校内からは出ていった形跡がないにも関わらず、網川は行方知れずとなってしまう。椎名は樋口の力を借りて事件を解決しようとするのだが・・・・・・

<感想>
 いや、これはすばらしい。近年読んだ新人が書いたもののなかでは飛びぬけて良い作品ではないだろうか。昨年のランキング等で評判が良かったようなので購入したものなのだが、これは出版された昨年の内に読んでおきたかった本。

 この作品はミステリ小説としては濃いというほどではないのだが、青春小説としては非常によくできている。また、その青春小説の中にうまくミステリの要素を盛り込ませて成功していると言えよう。さらには、最後まで読むと最近のミステリらしいサプライズも用意されているので、読者を楽しませる要素は満載である。

 本書はいろいろと書くとネタばれになってしまうので、感想は書きにくい内容である。この作品に関しては、あまり色々な感想・書評等は読まずに先入観なしで読むことを薦めたい。これは本当に読み逃すには惜しい作品。


夏服パースペクティヴ   6.5点

2012年10月 角川書店 単行本

<内容>
 私立都筑台高校2年、映研部部長の遊佐渉は同部員の樋口真由と共に、ビデオクリップの撮影会に参加していた。そのビデオクリップの内容は新鋭の女性映像作家・真壁梓が指揮するもので、デビューしていないながらも巷で噂となりつつある女子高生ユニットHALの映像を作成するというもの。HALの二人と同じ高校に通う秋帆は、その女学院の映研に属しており、彼女たちの映像を撮り続けていた。秋帆は遊佐と知り合いであり、その伝手でビデオクリップの撮影会に参加することとなったのである。場所は廃校となった校舎、そこに最小限の人数が集められたなかで撮影が開始された。撮影中、演者の一人を狙ってクロスボウの矢が発射され・・・・・・

<感想>
 昨年出版された「消失グラデーション」は今年になって読んだのだが、その完成度に昨年のうちに読んでおかなかったことを後悔。そこでこの作品はなんとか年内に読んでおこうと思ったのだが、これは確かに読んでおいてよかった作品と、ほっと胸をなでおろす。ちなみに“パースペクティヴ”とは“全体像”という意味らしい。

 今作は、“映像”というものを前面に押し出した作品。ビデオクリップの撮影中に事件が起きてゆくのだが、それゆえに、そこらじゅうでカメラが回されている。さらには、監督を務める映像作家の指示でドキュメント形式として、撮影中以外もいたるところでカメラを回している。それらをヒントに事件の謎が解かれることとなる。

 この作品は前作とは異なり、やや陰惨な部分が強い内容。最初は、とある監禁事件の場面から始まり、その後はハイソサエティな(表現がおかしいか?)女子高生たちを中心に物語が展開していく。事件らしい事件も起こらずに話が進んでいくように見えるのだが、実はその裏にはとんでもない思惑が隠されている。

 密室の謎を解いたり、伏線が張り巡らされる不可解な事象の謎を解いたりと、探偵役の樋口真由(前作にも登場)がやらなければならないことは盛沢山。最初読んでいるときには、前置きが長いと感じられたのだが、最後まで読めば物語全ての伏線がそこでいろいろと張られていたことに気付かされる。まさに“全体像”が露わになったときに、物語の奥行きを驚嘆させられる内容である。いや、2作目においてもこれだけの作品が書けるとは恐るべし。


上石神井さよならレボリューション   6点

2013年09月 集英社 単行本

<内容>
 「落合川トリジン・フライ」
 「残堀川サマー・イタシブゼ」
 「七里ヶ浜ヴァニッシュメント&クライシス」
 「恋ヶ窪スワントーン・ラブ」
 「上石神井さよならレボリューション」

<感想>
 鳥好きの美少女で運動神経抜群の川野愛香、その川野から鳥の写真を撮るように頼まれる写真部の設楽洋輔、その設楽の写真の指導者で川野のフェチ写真を撮るように指示する岡江和馬。三人は高校生であり、川野と設楽がたまたま巻き込まれた事件に対し、岡江がその謎を解くという連作短編集。

 「落合川トリジン・フライ」は、一瞬で川を渡った方法を暴く。
 「残堀川サマー・イタシブゼ」は、意外な形で人間消失を描く。
 「七里ヶ浜ヴァニッシュメント&クライシス」は、消えたペットの行方を捜す。
 「恋ヶ窪スワントーン・ラブ」は、学生プロレスのプロレスラーの秘密を暴く。
 「上石神井さよならレボリューション」では、名探偵の岡江に挑戦しようと設楽が罠を仕掛ける。

 いわゆる日常の謎系であり、殺人事件などは起こらないの安心して読むことができる。横溝賞作家である長沢氏にとっては3作品目となる今作。前作は特に陰惨な内容であったせいか、こちらがすごくさわやかに感じられる。

 ミステリとしての内容もなかなかのもの。アクロバット的展開というか、アクロバットそのものというか、それぞれの作品でなかなか突飛なことをしてくれている。また、学生プロレスを扱った題材では、その背景とミステリの内容がマッチしていてうまくできていると感心させられた。

 その他の作品も各キャラクターをそれぞれうまく使っており、シリーズ・ミステリとしてもうまく仕上げられている。今後さらなるシリーズ化がなされても、これは引き続き楽しんで読むことができそうだ。是非とも続編を期待したい。


冬空トランス   6点

2014年03月 角川書店 単行本

<内容>
 「モザイクとフェリスウィール」
 「冬空トランス」
 「夏風邪とキス以上のこと」

<感想>
 今作は2つの短編と1つの中編が掲載された作品集。これらにより、「消失グラデーション」と「夏服パースペクティヴ」の時系列と、シリーズの探偵役である樋口真由の高校生活の流れを理解できるようになっている。

 最初の作品は「夏服」前。樋口真由と遊佐渉の出会いと、樋口が映画研究部へ入るいきさつが描かれる。ミステリネタとして、樋口の提示した映像がどのように撮られたのかを遊佐が当てるというもの。

 2作目の「冬空トランス」は中編。樋口と遊佐が他の学校で、音楽映像を撮ろうとした際に巻き込まれる事件。ジェンダーの問題を中心に、高校生の男女の痴情、さらには嫉妬と、やけにどろどろとした人間関係のなかで不可能犯罪が描かれる。

 3作目は、「消失」後を描いた作品。「冬空トランス」後、転校した樋口に学校を卒業した遊佐が付きまとうというようなもの。樋口は「消失」に関わった者の手により、密室に閉じ込められ、そこから脱出を図る。問題は、どのようにして樋口が脱出をしたかにスポットが当てられる。

 全体的にミステリ色は薄い内容。ただ、本書の特徴として映像に(特に「モザイクとフェリスウィール」)スポットが当てられているところがこの作品集らしい。「冬空トランス」が、一番ミステリ色が濃いと言え、昔の新本格ミステリ初期の頃を思い出すような内容。最後の「夏風邪とキス以上のこと」は、脱出モノということで、変わっていて面白い。ただ、全部を想像のみで当てるのは少々難しい。

 今作は、今までの作品をつなぐ内容というか、“シリーズ”として、というところを強調したかのような内容。正直、「消失グラデーション」と「夏服パースペクティヴ」は、同じ登場人物が出ているとはいえ、シリーズというようには感じづらかった。この作品により“樋口真由消失シリーズ”というものを印象付け、今後シリーズ続編をどんどんと描いてくれるということなのだろうか。


リップステイン   6点

2014年06月 双葉社 単行本

<内容>
 大学で映像の勉強をしている夏目は、渋谷の町で不思議な少女と出会う。城丸香砂(かずな)と名乗る女の子は薄汚れたジャージをまとい、修行中と称し、不思議な行動を繰り返す。そんな少女を放っておけない夏目は彼女の“修行”に関わることになる。そして、いつしか彼らは渋谷で繰り返される連続ノックアウト強盗事件に巻き込まれることとなり・・・・・・

<感想>
 今年2作目となる長沢氏の新作。物語の出だしは「冬空トランス」と似ているように思えた。しかし、話が進んでくると、こちらの物語はミステリというよりは、伝奇じみた展開に発展していくこととなる。

 長沢氏の作品らしく、映像関連を主とし、そこに関わる人々の様子が描かれている。ここでは、主人公らが大学での課題となる夏製作に取り組んでいる。グループで行うのが普通であるが、主人公の夏目は単独で、個人にスポットを当てつつ、他の者たちが映画を作成する様子をドキュメンタリー形式で表現しようと試みる。

 そんなわけで、こちらが主題になるかと思いきや、今作ではどちらかというと、映画製作は脇道のような印象。それよりも、連続ノックアウト強盗を追う、女性警官の様子と、不思議な“修行”を繰り返す少女カズナの様相のほうが主と感じられた。

 最終的には、それぞれの要素が一体化されて幕が下りるという様相が描かれているので、本当はどれが主だというものではなく、全体でひとつの物語といったところであろう。ただ、登場人物が多いゆえに、やや全体像がバラけ、読む人によって主たる部分は異なってしまうのではないかと思われる。

 ちょっとしたミステリとしてのトリックも用いられていて、色々と工夫がうかがえる一冊と言えよう。パターン化しないように、いろいろと考えて本を書いているのだなと感心させられる作品。


武蔵野アンダーワールド・セブン  多重迷宮   6点

2014年08月 東京創元社 単行本

<内容>
 2000年を過ぎても戦争と内乱の混乱が続くという異世界の日本。そんな日本で現在、東京で女子大生連続殺人事件が起きていた。そして聖架学院大学・地下世界研究会にひとつの依頼が来ていた。財閥の令嬢である御坂麻耶から彼女の実家である新潟の地下施設の調査を願いたいと。その依頼を実行すべく、七ツ森神子都と、その護衛でお守りともいえる藤間秀秋と宮田優希が付き添うことに。依頼人である麻耶を含め四人で地下施設に入ったところ、そこの管理者で現在行方不明となっている男の息子が勝手に仲間を引き連れて、別に調査を行っていた。地下に複数の人々が集まる中で、雪崩により外部からの行き来ができなくなることに。そうした状況の中、閉じ込められた者たちがひとり、またひとりと殺害されるという事件が起き・・・・・・

<感想>
 長沢氏、今年3作目となる作品。この新作では、現在の日本とは異なる、騒乱の混迷にさらされている日本が設定されている。そうした騒乱のなかにありつつも、主要登場人物らは学生であり、意外とのほほんと日常を過ごしているようにも思えてならない。といいつつも、その後はバイオレンスあり、アクションあり、謎解きありと、エンターテイメントにあふれた内容となっている。なんとなくではあるが、池上永一氏の「シャングリ・ラ」を思い起こさせるような小説。

 物語は、七ツ森神子都自身と彼女を心配する保護者的な者たちのグループが地下施設の調査を行うパートと、警官たちが女子大生連続殺人事件を追うパートが並行して語られてゆくというものである。この二つの事件が直接関連することになるのかと思いきや、事件は思いもよらぬ繋がりを見せることとなってゆく。

 ただしメインパートは地下調査のほうにあり、主人公らを含めた面々が、閉ざされた地下施設のなかで連続殺人事件に遭遇する。とはいえ、多くの者が初対面であり、それぞれが殺害されなければならない理由が見つからないという状況。そんな中で、事態の収拾を如何に図るかということに、主人公らの手腕が問われることとなる。

 そうして、解決へとなだれ込むこととなるのだが、その“動機”が意外というのがこの作品の大きな特徴。トリックというか、メインテーマ的なところは、今まで多くの作品でも描かれているところなので、そんなに驚くことはなかったのだが、それでも“こういう意味合いがあったのか”とか、“こういう繋がりがあったのか”と感嘆させられるところは多々ある。設定のみならず、ミステリ的にも、物語的にも、ずいぶんと思い切って描いた作品だなと思わされた。あえて、小さくまとまらずに、こういった野心的な作品にどんどん挑戦するのは良いことであると思われる。これは、将来的にすごい作品を書いてくれるのではと期待せずにはいられない。


幻痛は鏡の中を交錯する希望   5点

2016年02月 中央公論新社 単行本

<内容>
 レンタルDVD店にて働く秋島智士は、警察により店が摘発されるとともに逮捕されてしまう。秋島は逮捕された身分と引き換えに、警察の情報組織の一員となることを強制される。そして二年後、秋島は国際情報芸術カレッジに学生として潜入し、諜報部員としての卒業試験を課せられる。その内容とは・・・・・・

<感想>
 どうやらこの作品は、以前東京創元社から出た「武蔵野アンダーワールド・セブン」と同じ背景の世界のよう。つまり、内戦が続き、北と南が分断された日本という特殊な背景。「武蔵野〜」に登場する人物もちらほらと出てくるようであるが、さほど重要でもないので、続けて読まなければならないというほどでもなさそう。

 それで読んでみた感想としては、非常に微妙。特殊な背景のなかで、特殊なスパイ戦をしているため、内容がいまいち把握しづらい。感覚としては、ルールのわからないスポーツの試合を見せられているような気分。試合しているのが選手だけかと思いきや、審判や観客も飛び込んできたり、さらにはフィールドの範囲さえ逸脱してしまうという様相。

 話の展開の途中でも、残酷なのか、青臭いのかさえ、よくわからず、結末に至っては、どのように誘導していけば、そううまくいくのかと考えてしまう始末。この作家のミステリ作品は好きなのだが、「武蔵野〜」やこの作品のような架空SFみたいな内容のものはいまいち合わない。一応「武蔵野〜」の続編も買ってしまったのだが、この背景のシリーズはもう読まなくてもよさそうかな。


武蔵野アンダーワールド・セブン  意地悪な幽霊   5.5点

2016年03月 東京創元社 単行本

<内容>
 女子高生の七ツ森神子都は、多重人格者でありながらも、その力を生かし探偵として活躍していた。そんな彼女が今回引き受けることとなったのは、女子大の演劇サークルで起きた不思議な転落事件。その地下劇場では、以前からも原因不明の転落事故が起きていたという。学校では“幽霊”のせいと噂されていた。そして事件を神子都が事件を引き受けるやいなや、死亡事故が起きてしまうことに! 神子都は護衛兼教育係の風野や保護者的存在の藤間らの力をかりつつ、事件を捜査していくのであったが・・・・・・

<感想>
 前作「武蔵野アンダーワールド・セブン 多重迷宮」からさかのぼって、2年前の話とのこと。前作を読んでいないならば、むしろこっちから読んでもよさそうな。

 このシリーズは南北が分断された状態の日本という架空の世界が舞台となっている。そこで軍国主義的なものが背景に盛り込まれることとなるのだが、今作ではその軍事的な部分は弱めで、普通に大学で起きた事件というものがピックアップされている。とはいえ、背景のそこここで、特殊な設定らしきものがちらつくようには描かれている。

 読んでいて、ラストにはサプライズが用意されていたりしてて面白かったものの、どこか何かが足りないという気がしてならなかった。事件も用意された舞台にあったものであったし、演劇サークルでの人間関係の諍いもそれなりに描かれていたし、うまくできてはいると思える。ただ、主人公側のキャラクター設定や、配役が微妙に感じられたことと、メイントリックらしきものは別に謎として引っ張るようなものではないなと思えたこと辺りが微妙であったか。むしろこの物語であれば、特異な背景と、異質な主人公のキャラクターが、かえって邪魔となってしまったのではないかという印象。


St.ルーピーズ   5.5点

2016年05月 祥伝社 単行本

<内容>
 聖央大学1年の二神雫は、その待遇目当てに超常現象サークルに部員兼ハウスキーパーとして入部した。そこは超常現象を信じる能天気な会長・綾崎航太、霊感があるという中務花蓮、サークルの実務面を担当する榊智久の3人が在籍する。4人となったサークル「Spiritual Lovers & Searchers」は、校内もしくは校外から持ち寄られる不可思議な事件の謎を解く!

<感想>
 長沢氏の作品を始めて読んだ人は楽しめるかもしれないが、読み続けている人にとっては、“二番煎じ”とか“焼き増し”とどうしても感じずにはいられない作品。今までの他の作品を切り貼りしたような内容。過去の作品のなかでいうと「武蔵野アンダーワールド・セブン」に近い。ただし、設定が架空の世界ではなく、あくまでも現代社会において謎解きをしているというのが本書の特徴。

 読んでいて感じたのは、お金持ちの道楽という部分が色濃く出過ぎているかなと。実際、本文のなかでもこのサークルの存在は、金持ちの道楽と見える故に、他の人たちから敬遠されており、まさにその通りだなと感じずにはいられない。色々と謎解きをしているようではあるのだが、やけにお金をかける部分と、そうでもない部分の使い分けがわかりづらく、基本全てが財力とそこから連なる調査力で解決するのでは? と思えてならない。

 また、本書のなかでは、“露天風呂からの消失”、“消えたゴスロリ幽霊”、“ピアノの消失”などといった謎を扱っているものの、どれも大掛かりすぎて、通説の謎解きと同じようにみることができなかった。その辺の大掛かりなところが、学生向けの事件ではなく、業者向けの事件というような感じがして、いまいちミステリとして楽しむことができない。一見、大学サークル・ミステリということで、雰囲気としては面白いようなのだが、扱うネタのバランスが悪かったように思われた。


ダークナンバー   6点

2017年03月 早川書房 ハヤカワ・ミステリワールド

<内容>
 警視庁刑事部分析捜査三係の渡瀬敦子は得意とするプロファイリングを用い、連続放火事件を追うこととなる。渡瀬が放火地点を予測し、捜査を試みるも、そのうえをゆく放火犯。渡瀬は焦りつつも、放火犯の真の目的を見出そうと捜査とプロファイリングを重ねてゆく。そうしたなか、報道局の土方玲衣は中学時代の同級生であった渡瀬敦子が事件現場に出ているのを知り、彼女をニュースでとりあげようと画策するが・・・・・・

<感想>
 長沢樹氏描く警察小説。最近の近未来シリーズとは異なり、妙な舞台設定はないので普通に読むことができる。ただ、それでもどこか普通の警察小説と感じさせないところが著者らしいと言えよう。

 その著者らしさが良いほうに向かっているかと言えば、個人的には微妙なところ。主人公がプロファイリングを用いる女性刑事という設定はいいものの、それと並行して描くマスコミのパートについては、どうかと感じられた。これも個人的な感情かもしれないが、警察捜査とマスコミというものは敵対しないまでも、あくまでもけん制するものであって、共闘するという関係が受け入れられなかった。ゆえに、どうしてもマスコミパートが邪魔なように感じられてならなかった。

 また、主人公の女刑事に関するトラウマ設定も、ベタなうえに、不必要としか感じられない。別に普通に捜査していけばいいのではと。男社会のなかで旧弊的な刑事たちに嫌われつつも、自分の得意分野でアピールしていくというだけでよさそうな気はするのだが。

 と、全体的に見れば、普通というか近年ありがちな警察小説という感じであったのだが、どこか微妙に感じられるところが多々あり、何故かそれらがマイナスになってしまっている。著者としては普通の警察小説ではなく、自分なりの特徴を出したかったのであろうが、それがうまくいっていなかったように思えてならない。


月夜に溺れる   6点

2017年07月 光文社 単行本

<内容>
 子持ちでバツ2の神奈川県警生活安全部に所属する真下霧生が4つのアリバイ工作事件に挑む!
 「少しだけ想う、あなたを」
 「もし君にひとつだけ」
 「こんど、翔んでみせろ」
 「月夜に溺れる」

<感想>
 長沢氏による警察小説であるが、これまで書かれた著者の警察小説のなかでは読みやすいほうであると思われる。設定はあくまでも現代におけるもので特にSF的な技巧をこらしたものはない。

 最初の話では主人公・真下霧生の話だけでなく、テレビ局の仕事までが絡んでくるので、やや取っ付きにくかった。また、この最初の「少しだけ想う、あなたを」に関しては、真下霧生に関わる事件でもあるので、その辺が刑事小説としてはどうなのかと思ってしまう。ちょっと主人公自身が事件に関わり過ぎではないかと。

 その後の話については、余計な設定が徐々に減り、さらには主人公にまつわる話も少なくなってくるので(「もし君にひとつだけ」については、「少しだけ想う〜」に続いて主人公が容疑者のアリバイを証明することとなるのだが)、読みやすくなってくる。

 それぞれの作品がアリバイ崩しを基調としたものになっており、警察小説としてだけではなく、ミステリ小説としても十分に楽しめる趣向となっている。この作品群のなかでは「こんど、翔んでみせろ」が一番面白かったかなと。特に印象に残るようなトリックがあるというわけではないのだが、それなりに楽しめる警察もののサスペンス・ミステリとして堪能できる。何気にドラマ化できそうな内容であると、ふと思う。


「少しだけ想う、あなたを」 女子高生の絞殺死体と、真下霧生が証明することとなる容疑者のウォーキング会時のアリバイ。
「もし君にひとつだけ」 パフォーマンスとして鎖につながれていた女子大生の死体と、真下霧生が証明することとなる容疑者による写生中のアリバイ。
「こんど、翔んでみせろ」 消える窃盗犯と刺殺された女子大生、そして意外な犯人の正体は・・・・・・
「月夜に溺れる」 違法DVD、殺害された女性ライター、容疑者の少女、そしてアリバイトリック。




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