<内容>
小学5年生の森崎友理子の中学生の兄・大樹が同級生を殺傷し、失踪するという事件が起きた。その事件により、人目が気になり、学校へ行くことができなくなった友理子。そんな友理子に、大樹の部屋に置かれていた一冊の本が語り掛ける。「大樹は“英雄”に憑かれてしまった」と。友理子は、本の導きにより、大樹を探し、助けるため未知の世界へと旅立つ。
<感想>
ある意味、宮部氏らしい作品であると感じられた。未成年の兄が事件を起こし、取り残された家族の状況を描くというのは、現代犯罪をテーマとして取り上げる宮部氏らしい内容。ただ、本書はそれだけではなく、別の宮部氏のモチーフともいえるファンタジーの要素が加えられた作品となっている。
兄の行方を捜すために、未知の世界へと旅をするというのは宮部氏描く「ブレイブ・ストーリー」に通ずるところがある。ただ、この作品は「ブレイブ・ストーリー」ほどわかりやすくなく、さらに言ってしまえば、やけにわかりづらいという感じがした。
この作品を読んでいて感じたのは、やけに設定めいた説明が多いなということ。それゆえに、物語としての動きや登場人物の活動が妨げられているような感じがして、やや読み進めづらかった。ゆえに、あまり子供向きの作品ではないかなと。かといって、大人向けの作品かといえば、基本的にファンタジー主導の内容ゆえに、そういったものでもない。よって、ちょっと中途半端な作品であったかなと。また、個人的には世界観や主人公の年齢など、微妙に感じられるところが多々あった。
物語の結末についても非現実的であり、悲惨な話よりはよいとはいえ、ちょっと受け入れがたいかなと。そうすると、やはり子供向けの作品のような気がしてしまうが、このくらい難しい話でもがんばってよんでくださいということか。「ブレイブ・ストーリー」を読んで、もうちょっと難しい作品に挑戦したいという人向けであろうか。なんとなく、神話などで描かれる試練に挑む主人公の物語を現代的に描いた作品という感じ。
<内容>
高校生の花菱英一は、両親と弟と共に購入した一軒家に引っ越しすることになった。その新居とは、古い写真館付の住居。父親が気に入り、写真館を取り壊さず、そのままの状態で購入したという。そんな家に住むことになった英一のもとに持ち込まれた一枚の心霊写真。何故か英一がその心霊写真の所以を調べることとなり・・・・・・
第一話 「小暮写眞館」
第二話 「世界の縁側」
第三話 「カモメの名前」
第四話 「鉄路の春」
<感想>
内容としては「楽園」に似たようなところがあると思われた。「楽園」のほうは、絵から事の真相をたどるというものであり、本書は写真から事の真相をたどるという内容。ただ、圧倒的に「楽園」と異なるところは、こちらのほうが明るい小説として作り上げられているところ。
宮部氏の現代小説は、その時代の社会性を反映させた犯罪をとりあげたものが多く、暗く陰惨なものが多い。そうしたなかで、本書は高校生を主人公とし、普通の家族を中心に物語が作り上げられている。こうした作品が書かれた心境については、文庫版のあとがきに詳しく書かれている。
本書を最初に読み始めた時は、シリーズ化しても面白いんじゃないかと感じてしまった。俗な言葉で言い表せば、“心霊ハンター”もしくは“心霊探偵”。持ち込まれた心霊写真の謎を主人公とその友人たちが追っていくというような内容。しかも、章ごとに追うべき写真が分かれていて、連作中編集のような形式がとられている。それならば、いっそのことシリーズ化してしまえばいいのにと思ってしまった。
ただ、著者としては、そのような気はないらしく、テーマは心霊ハンターなどではなく、あくまでも“家族”。一連の事件を通すことによって、主人公の家族の思いがあらわになってゆき、その思いを乗り越え、心身的に新たなる出発を図るというような展開がなされている。
最初は俗な内容かと思っていたのだが、話が進むにつれて、しっかりと家族をテーマにした小説というものがきっちりと描かれていると印象付けられた。多少、家族のゴタゴタした場面が描かれてはいるものの、基本的には“陽”の雰囲気で書かれている小説であるので、非常に読みやすかった。高校生の成長小説だけにとどまらず、家族としての成長小説として描かれているところが素晴らしい。
<内容>
「雪 娘」
「オモチャ」
「チヨ子」
「いしまくら」
「聖 痕」
<感想>
ふと思い返せば、宮部氏はデビューしてからしばらくの間は現代ものの短編作品を結構書いていたことに気づく。「我らが隣人の犯罪」「返事はいらない」「とり残されて」など良い作品集が多かった。それがいつしか長編ばかり書くようになり、特に現代ものの短編は見られなくなっていったような気がする。実際、ノン・シリーズの短編はあまり書かれていなかったようで、ここにまとめられた作品は1999年から2010年の間に書かれたものが集められている。
これらを読んでみると、やはり宮部氏の現代もののミステリ短編は良いなと改めて感じさせられた。サスペンス風ミステリからホラー風ミステリ、果てはSF風のものまでと幅広い良作が集められている。こうして見ると著者が幅広い作風の作家であるということが良くわかる。
一番良いと思われたのは表題にもなっている「チヨ子」。きちんと完結しているという風ではないのだが、ちょっとあいまいにぼかした終わり方がむしろ効果を上げていると感じられた。ちょっと不思議で、ちょっと良い話になっている。
また、「聖痕」はSF短編集NOVAにて既読ではあったのだが、改めて読んでみるとなかなか味わい深く感じられ、これはこれで良いと感じてしまった。宮部氏らしからぬ変化球が物語に強い印象を残している。
<内容>
町中で辻斬りが横行するなか、薬屋の主人・新兵衛が斬り殺されるという事件が起きる。この事件により、今まで起きた辻斬りは、同一犯によるものではないかという疑いが浮上する。本所深川の同心・井筒平四郎は、お気に入りの同心・信之輔と共に事件を調べ始める。怨恨の線で調べ始めると、新薬にまつわる過去の事件が明るみに出ることとなり・・・・・・
<感想>
単行本と文庫が同時に出た作品とのことであるが、私は文庫版を購入。上巻下巻共に600ページと、かなり分厚い作品。読んで思ったことはというと、4冊ぐらいに分けて、別々に出版してよ、ということ。何しろ、ただ単に分厚いだけではなく、内容も関連性の薄い事柄がいくつも練り込まれている。これは、十分に別々の本として出版してくれればよいのではないかと思われた。
本書の大きな筋としては、連続辻斬り犯を追うというもの。最初は、連続なのかはわからなかったのだが、徐々に単一犯による犯行という説が固められることとなる。この筋道だけでも十分と思ったのだが、他にも小さな話として、富くじが当たった男、妾とその主人との問題、お家から邪魔もの扱いされるご隠居、悩める同心の話、商家の5人の息子の話等々。盛り込む事項が多すぎる。元々、本書は「ぼんくら」や「日暮し」という作品から続くシリーズであるゆえに、話を長大化せずに、細かく区切って別々の本としてもなんら問題はなかったと思えるのだが。
この作品は、話の流れが会話文によって進むことが多く、それ故読みやすい。ただ、その会話中に、ひたすら横やりが入り、それがまだるっこしく思えてならなかった。私自身がせっかちな性格ということもあるのだが、なかなか話が進まないと、ずっとイライラしながら読み続けていた。
そんなこんなで、内容よりもその長さに対するいらだちのほうが、大きく印象に残ってしまった。中身については、いつもながらの宮部氏の作品ゆえに、きちんと物語が描かれているという事は全く持って、文句ないのであるが、段々と作品の大長編化に拍車がかかりつつあることについては、愚痴のひとつも言いたくなってしまう。出る作品の多くが大長編化しているために、気軽に手に取りづらくなりつつある宮部作品。この本もその分厚さゆえに取り掛かるのに、ずいぶんと間が空いてしまった。そうしたなか、「ソロモン偽証」というさらに分厚い作品が待ち構えているのだが、こちらはどうしたものか。
<内容>
クリスマスの朝、ひとりの中学生が構内で死んでいるのを発見される。亡くなったのは、その中学の2年生、柏木卓也。卓也は同級生とのトラブルにより、ここ最近学校には来ていなかった。現場の状況から警察は自殺だと断定する。事件は落ち着いたかに見えたが、犯人を告発する文書が届いたことにより、学校は再び混乱に見舞われる。そして、さらなる事件が起きることとなり・・・・・・
<感想>
全部読んでからの感想だと時間がかかりそうなので、とりあえず3部作の1部ずつで感想を書いていくこととした。私は文庫版で読んでいるものの、それでもそこそこの積読となってしまった。
中学校で起きたひとつの事件を皮切りに、次から次へと起こるトラブルが、事件を徐々に大きなものへと発展させてゆく。中学生の飛び降り自殺(?)、学校にはびこる3人の不良少年とその厄介な保護者、3つの場所に送られた飛び降り自殺に対する告発文、負の感情を暴発させる中学生たち、事件を抑えきれない教師たち、そして事件を煽るマスコミ。そして、それらがさらなる事件を呼び起こすこととなる。
読んでいる途中では、なんでこんな負の感情を煽るばかりの作品を書くのかなと、不信にさえ思えてしまった。それでもよくよく考えてみると、ちょっとした事件でも、周囲の対応によっては、こうした大きな事件のように燃え広がってしまうのだなと危うさを感じ取ることができる。また、本書の焦点としては、単に不審なものを煽るだけではなく、その不審な状況から生徒自らが立ち上がり、自分たちで真実を見出そうという過程が描いているようである。いつの間にか大人たちの都合に押し込められてしまった子供たちが自らの手で、不審なものを払拭していこうという感情が芽生え始め、次巻へ続くというところで終わっている。
最初、読んでいた分には単純な事件を題材に、という感じがしたものの、実は予想だにしない真相が隠れているのだろうか? そしてそれらがどんな過程を踏んで明らかになっていくのだろうか? そうしたことを楽しみにしつつ、次巻に着手していきたい。とりあえず、今年中には全部読み終えたいと思っている。
<内容>
柏木卓也が死亡した件がメディアに取り上げられたために、社会的にさらされることとなった城東第三中学校。そうしたなか、藤野涼子は自分たちの手で真相を突き止めようと思い立つ。そこで藤野は学校内で裁判を行うことを提案する。事件の犯人として噂をたてられている大出俊次を被告とし、裁判官、検事、弁護士、陪審員をたてて争い、真相をあぶりだそうというのである。当初、藤野涼子が大出の弁護士を務めるつもりであったが、柏木卓也の知り合いだという他校生の神原和彦が弁護士に名乗りを上げ・・・・・・
<感想>
第Ⅰ部に引き続き、第Ⅱ部読了。この第Ⅱ部になって、俄然物語は面白くなってきた。
第Ⅰ部は、事件に翻弄され続けるだけゆえに、読んでいてあまり楽しいものではなかった。それがこの第Ⅱ部からは、学生たちが自発的に事件の真相を調べるために動き始め、まさに物語が動き出したという感じ。さらには、ひとりひとりのキャラクターも立ち始め、ますます内容にのめり込むことができるようになっていった。
本書で難しいと感じられるのは、彼らが行うのはあくまでも法廷を開催するということ。よって、真相を突き止めるというものとは少々異なるものがあり、それゆえに検事や弁護士となった中学生たちはそれぞれの立場に悩みつつ、事件を検証していくこととなる。そうして、本当に法廷により、何かが暴き出されることになるのかという不安を抱えつつ、法廷の開催日が刻一刻と迫ってくる。
また、当初はあくまでも単純な事件というような位置づけであったように思えたが、事件を調べていくうちに、実は隠された真相というものの存在がちらちらと見え隠れしてきたように感じられてならない。これは最後の第Ⅲ部に俄然興味がわいてきた。当初は、読むのに時間がかかるかと思われた作品であったが、第Ⅱ部まで読んでしまうと、もう長いスパンをあけずに早く読み通したいと強く思えるようになってきた。中学生たちが開催する法廷の行く末には何が待ち受けているのか・・・・・・
<内容>
ついに5日間にわたる学校内裁判が開廷されることとなった。判事・井上康夫、被告人・大出俊次のもと、検事・藤野涼子、弁護士・神原和彦による争いが繰り広げられる。互いに意外な証人を呼び出していくなか、思いもかけぬ証言が・・・・・・。柏木卓也死亡事件の真相は!?
文庫版では事件から20年後を描いた短編「負の方程式」を収録。
<感想>
いや、圧巻であった。面白くて、あっという間に読み終えたという感じ。実は、この本を着手するにあたって、全巻でとてつもなく長いので、相当時間がかかると思っていたのだが、第2部を読んでからはほぼ間をあけずに、というか間をあけるのも惜しく思い、読み通すこととなった。
この第3部では、学校内裁判の模様が描かれている。その裁判は5日間の日程で行われ、事件に関わったほとんどの人が登場し、それぞれ証言を述べるものとなっている。本書において重要と思われるのは、このそれぞれの人々の証言というところであろう。
正直なところ、真相については、うまくまとめたとは思いつつも、特にどんでん返しとか、意表を突くというようなものではない。ただ、この作品を通して、一番重要と思われるのは真相究明ということではなかったように感じられた。
本書において一番重要な点は、事件に関わった、もしくは何らかの形で介入した人々全てが自分の言葉で、自分の気持ちを話すということではなかろうか。例えば、この事件が実際の裁判で争われることになったとしても、ここで証言をした人々全てが呼ばれるという事はないであろう。それが学校裁判という独特な形式(もしくはフィクション)であるがゆえに、ほとんどの登場人物が自分の言葉で証言できるという場が与えられるのである。
それにより、事件に直接かかわることから、直接は関係ないことまで全ての事を自分の口から話し、自分の気持ちを打ち明けることができるのである。この裁判で検事の役割を果たすこととなった藤野涼子が学校内裁判を開きたいと思った動機は、まさしくこれではないかと感じ取れるのである。
と、いうような形で裁判が繰り広げられ、要所で盛り上がりつつ、実にうまいところに着地点が見出されたと思われる。それぞれの登場人物にとっても良い結果につながったのではないかと信じたい。エピローグでは、その登場人物のうちの一人のみのその後が明らかにされたものの、他の人々については一切語られることがなかった。それを語りつくすと蛇足と思いつつも、若干その後を知りたい気持ちもあった。
ただ、私はこの作品を文庫で読んだのであるが、その文庫版に収録されている「負の方程式」は蛇足であったかなと。個人的には「ソロモンの偽証」の物語が終わったところで、しっかりと余韻に浸りたかった。
<内容>
杉村三郎は取材の帰りにバスジャックに巻き込まれる。結局そのバスジャックは数時間で終結することとなり、ひとつの解決を迎える。しかしその後、バスに乗り合わせた者たちは、とある厄介ごとに巻き込まれることとなる。杉村はバスジャック犯の背景と事の真相を調べようとするのであったが・・・・・・
<感想>
なかなか内容の濃い物語となっている。バスジャックから集団詐欺事件へと、今回も実際に起きた事件をモチーフとして、見事なエンターテイメント作品を作り上げている。
この作品の主人公は「誰か」「名もなき毒」に続いての杉村三郎氏。大企業の社長の娘のもとに嫁ぎ、その大企業の広報室にて働くこととなった男の葛藤と共に、様々な事件に遭遇する。今回は取材の帰りに、同じ広報室の編集長と共にバスジャックに巻き込まれる。
ただ、今回感じたのは、事件が起きて、何かを解決するというような内容のものではなかったということ。杉村三郎もあれこれと調査・捜査はするものの、あくまでも傍観者として立場であったように思われる。事件自体に積極的に関わってゆく割には、どこか俯瞰した位置からそれぞれの出来事を見渡していったというような感触が強かった。
ただ、それら事件に巻き込まれたことにより、自分の家庭に起きた出来事に関してはさすがに傍観者というわけにはいかなかった。ここで彼自身に大きな転機が訪れることとなる。この作品のなかでは決まってはいないものの、これを読んでいる最中で、ずいぶんとやがて私立探偵になるというような伏線というか予告がなされているなと感じられた。
最後まで読んでふと思うのは、この杉村三郎について、彼がどのような行動をとればハッピーエンドになったのであろうということ。それがもしハッピーエンドがなかったというのであれば、最初に大企業の社長の娘と結婚したところから間違いであったということで、それでは救いようがないように思えてしまう。本当であれば、なんらかの形で、よりよい人生を迎えることができればと思わずにはいられないのだが。