<内容>
高校生の守は、父親が横領事件を起こし失踪し、その後母親が死亡したことにより、親戚である浅野家に引き取られていた。順風満帆な生活を送っていた守であったが、ある日、浅野家の主でタクシー運転手の大造が女性をひき殺してしまったという。大造は無実を主張するも、目撃者がいないために窮地に立たされる。そうしたなか電話が鳴り、守が電話をとると、女は死んで当然だったと・・・・・・。守は、なんとか不審な電話の正体と、大造の無実を証明できないかと単独で調査を始めてゆき・・・・・・
<感想>
宮部氏の初期の名作を再読。私が宮部氏の作品を読むようになったのは「火車」で有名になって以後のことであり、最初に手をとった作品はデビュー作の「パーフェクト・ブルー」であったのだが、こちらは個人的にはそんなに面白いとは思えなかった。ゆえに、最初はこんなものかと思いつつも、とりあえず他の作品もと思って次に手に取ったのが本書「魔術はささやく」。読んでみて、あまりにも面白く、この一冊でやられてしまったという感じ。それ以後、今でも宮部氏の作品を読み続けている。
この作品、久々に読んだのだが、改めて読んでみると結構重い内容であることに気付かされる。少年が主人公の軽めの青春小説かとうろ覚えしていたがそんなことはなく、ガチガチのサスペンス小説である。
まず主人公の設定がよい。虐げられた人生を送ってきたものの、小学生時代に“じいちゃん”と呼ぶこととなる鍵師に出会い、錠前の開け方を習得する。その技能を生かし、身に降りかかる災難を退けたり、事件調査に挑む姿が見られるものとなっている。
そんな主人公であるが、彼が立ち向かわなければならないのは、謎の連続殺人犯。しかも単なる殺人鬼ではなく、謎の方法で人々を自殺に追い込むという恐ろしい相手。この作品では、当時は珍しいというか、ひょっとしたら流行りとして語られ始めていた時期かもしれないが、サブリミナル効果であるとか、催眠誘導といったものが取り上げられているのも特徴的である。
やがて主人公は、事件の謎と共に、自身の過去に関する秘密も知ることに・・・・・・というように物語が展開していく。ページ数としては文庫本で400ページというなかで、なかなか密度の高いサスペンス小説として仕上げられている。そしてなんといっても、少年の成長を軸に、物語をうまく展開させているところがすばらしいといえよう。再読しても、宮部氏作品の中のベスト5に入る傑作という位置づけは変わることはなかった。
<内容>
「我らが隣人の犯罪」
「この子誰の子」
「サボテンの花」
「祝・殺人」
「気分は自殺志願」
<感想>
ずいぶんと久しぶりの再読。1回読んだっきり、初の再読となるのだろうか? ほとんどの内容を忘れていたのだが、一番印象の強かった「サボテンの花」だけはなんとなく記憶が残っていた。
「我らが隣人の犯罪」 隣の犬の騒音に悩む家族が企てたとある犯罪。そこから思わぬ掘り出し物が!
「この子誰の子」 両親不在の時に訪ねてきた子ずれの女。この子はあなたの兄だというのであったが・・・・・・
「サボテンの花」 担任に反対し、6年1組の子供たちは“サボテンの超能力について”という題材で夏休みの研究をすることとなり・・・・・・
「祝・殺人」 バラバラ死体殺人事件の謎を、結婚式場の美人エレクトローン奏者が解き明かす。
「気分は自殺志願」 他殺に見えるように自殺する方法を考えてくれと請われた作家が考え出した解決策とは!?
どの作品も、それぞれに現代的なテーマが表れていて、極めて宮部氏らしい作品集だなと思わせられた。評価の高い「サボテンの花」についてであるが、この短編作品のみだと教頭と生徒たちとの絆がつたわりにくいので、教育物の長編作品として描いたものを読んでみたかった。作品全体で一番目を惹いたのは「祝・殺人」。この作品だけ、陰惨な殺人事件を扱ったものなのであるが、短いページ数のなかで加害者の思いや感情を非常にうまくまとめていると感じられた。
<内容>
「返事はいらない」
「ドルネシアにようこそ」
「言わずにおいて」
「聞こえていますか」
「裏切らないで」
「私はついてない」
<感想>
昔の作品を再読。最近、宮部氏の昔の作品を少しずつ読み直しているのだが、そのなかで一番著者の作風に対するイメージとぴったりする作品集という感じがした。
日常の謎とはまたちょっと違っているものの、どの短編もごく普通の人々がなんらかの事件に巻き込まれるという内容。基本的にはどの作品も、悲惨な終わり方をするようなものはなく、安心して読めるものばかり。また、著者の代表作である「火車」と同じ気に書かれた短編ゆえか、登場人物の女性に浪費癖のあるものが多くみられるのもまた特徴。
昔から著者に対するイメージとして社会派ミステリを書く作家というものが強い。実際に各短編に、そういった社会的なもの、銀行の合併にかんする問題や、流行りのディスコ事情を取り上げたり、会社のセクハラ、カード社会などといったものが盛り込まれている。
そうしたなか、ミステリ性の強い「言わずにおいて」などは印象深い。女性が車の事故を目撃するのだが、その瞬間運転手が彼女を見て「あいつだ!」と叫んだ後に事故を起こす。しかし、主人公の女性はその運転手に心当たりがなく、いったい何が起きたかを調べていくという内容。意外性のある人間関係のからみがみえて、興味深いサスペンス作品に仕上げられている。
「聞こえていますか」は、12歳の少年が引っ越し先での出来事を描いたものであるのだが、嫁姑問題や車庫入れが下手な隣人とか、ちょっとした日常的な事象が物語に盛り込まれているところが面白い。
「ドルネシアへようこそ」は、主人公が速記士を目指すというマニアックな設定もよいのであるが、全体的にバブルを感じさせるものがあり、懐かしさがよみがえる。
「返事はいらない」 恋人に振られた女は自殺を試みようとしたとき、とある夫婦と出会い、犯罪に手を染めることに。
「ドルネシアにようこそ」 速記士を目指す青年は、伝言板に宛てのないメッセージを書き込むのだが、ある日返事が書かれており・・・・・・
「言わずにおいて」 上司に逆らった女社員が、夜間コンビニへ出かけたとき、車の事故を目撃したのだが・・・・・・
「聞こえていますか」 十二歳の少年は、引っ越し先の黒電話の中から盗聴器を見つけ・・・・・・
「裏切らないで」 借金を抱えた女が歩道橋から落ちて死亡したのだが、果たして自殺か、他殺か?
「私はついてない」 従姉が借金のかたに婚約指輪をとられてしまい、それをとりかえそうとするのだが・・・・・・
<内容>
放浪の相場師、と呼ばれた男が、なぜか母さんに現金で五億円もの遺産をのこした。サッカー少年の僕と両親。平凡な一家の夏休みに暗雲がたちこめはじめる。お隣さんや、同級生の僕らへの態度が変化、知らない人からの嫌がらせ、父さんは家出・・・・・・母さんと相場師の間には何があったのか? 壊れかけた家族の絆を取り戻すために、僕は親友で将棋部のエースの島崎と、謎の解明に乗り出したのだが!?
<内容>
休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して・・・・・・なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。
<内容>
金は天下のまわりもの。財布の中で現金、きれいな金も汚い金も、みな同じ顔をして収まっている。しかし、財布の気持ちになれば、話しは別だ。持ち主の懐に入っている財布は、持ち主のすることなすことすべて知っているし、その中身の素性もお見通しである。
刑事の財布、強請屋の財布、少年の財布、探偵の財布、目撃者の財布、死者の財布、証人の財布、犯人の財布等々・・・・・・十個の財布が物語る持ち主の行動、現金の動きが、意表をついた重大事件をあぶりだす!
<内容>
「とり残されて」
「おたすけぶち」
「私の死んだ後に」
「居合わせた男」
「囁く」
「いつも二人で」
「たった一人」
<感想>
久々の再読。昨年再読した「我らが隣人の犯罪」に続いて読んだのだが、宮部氏って、けっこう良い話を書くという印象があったため、この「とり残されて」がこんな内容であったのかと驚いてしまった。ここに掲載されている短編、どれもが一筋縄ではいかないものとなっている。
特徴としては、“幽霊”が出てくる作品が非常に多いこと。それもミステリ的に解決されるようなものではなく、普通に超自然的なものが取り扱われている。まさしくモダンホラー短編集といっても過言ではない。また、近年宮部氏はSF系の作品にも書いているようであるが、これを読むとそのはしりとなる作品集であることが確認できる。
「おたすけぶち」は、唯一内容を覚えていた作品。村社会の恐ろしさが描かれる内容。救いようのない結末がなんとも。
「いつも二人で」は、この世に未練がある幽霊に体を乗っ取られ、その幽霊の指示に従って行動をするという話。なんか幽霊との邂逅を描くよさげな話のようにも思えたのだが、ラストは意外にも現実的というか、女の怖さに直面するというか・・・・・・
「とり残されて」と「たった一人」は、共通したものを感じさせる内容。幽霊や夢の目撃譚が現実に影響を及ぼすというもの。どちらも途中までは良い話にもっていくのかなと思われるのだが、それぞれ主人公をどん底に突き落とすような結末に驚かされてしまう。それはそれで意外な展開を楽しめる小説となっているのだが、奇妙な余韻が残るのが実に印象的。
「とり残されて」 婚約者を交通事故で亡くした保健教師は学校で子供の幽霊を見かけるようになり・・・・・・
「おたすけぶち」 十年前に兄を交通事故で亡くした女が、事故現場である田舎の村を訪れたことにより遭遇した出来事。
「私の死んだ後に」 死にかけた野球選手は幽霊に助けられ・・・・・・
「居合わせた男」 部下をいじめて自殺させた上司がその部下の幽霊に復讐されたという話を聞き・・・・・・
「囁 く」 喫茶店で話をしていた二人が、突然隣にいた男から話かけられ・・・・・・
「いつも二人で」 目覚めると体を幽霊に乗っ取られ、この世に未練のある幽霊のいうとおりに行動することとなり・・・・・・
「たった一人」 女は夢で見た不思議な場所の正体を知るために探偵事務所を訪れる。
<内容>
双子の兄弟とプロの泥棒が怪事件に挑戦!2億円の遺産を受け継いだ女性の家に侵入した泥棒が、屋根から落下、双子の13歳に助けられ、ステップファザー(継父)にされる表題作など洒落た味の7編を収録。
<内容>
「六月は名ばかりの月」
「黙って逝った」
「詫びない年月」
「うそつき喇叭」
「歪んだ鏡」
「淋しい狩人」
<感想>
昔読んだ本を再読。短編集であるが、古書店の店主イワさんとその孫が、それぞれの事件に関わるような形で描かれているので、連作短編集というような味わいとなっている。
前半の「六月は名ばかりの月」と「黙って逝った」あたりまではミステリとして読めたのだが、それ以降は単に起きた事件とその後を語っているだけという感じがした。ゆえにミステリ作品というイメージは弱かったかなと。
「六月は名ばかりの月」は、失踪した姉を探す妹が、自身の結婚式の引き出物に“歯と爪”というミステリ小説のタイトルが書かれていたことから古書店主のイワさんに相談が持ち掛けられるというもの。その後、姉に付きまとっていたストーカーに容疑がかかり・・・・・・という展開なのだが、それが思いもよらぬ結末が待ち受けることに。初っ端から、ハードは内容の物語を持ってきているなと感嘆させられる。
そして「黙って逝った」は、軽蔑していた父親が亡くなり、その遺品を整理していると、三百冊もの同じ内容の私家版の本が見つかり・・・・・・というところから、とある推理が繰り広げられるというもの。これまた、想像の羽根を広げるような内容のものであり、楽しんで読める。しかもオチもそれなりにしっかりとつけられている。
それ以降は、幽霊を見るようになったという老婆の話から実際にその遺骨が見つかるという話、古書店で万引きした小学生の体には激しい虐待の跡があったという話、電車の棚に置かれていた文庫本の中に名刺がはさまれていたという話、失踪した作家の本が殺人事件までもを巻き起こす話、が語られている。
後半の四作品に関しては、どれも提示された謎は魅力的なものの、特に推理とか捜査とかいったものはなく、物語の進行により自然と解決されてしまっている。それぞれ提示されている謎がしっかりしているが故に、そこをミステリとして描いてなかったところは非常に残念。最初の2作品のように全体的にミステリとして描かれていたら、もっと評価は高かったのだが。また、連作短編としての祖父と孫の物語も中途半端に終わってしまっており、最後まで読むと、途端に印象が弱くなってしまう作品という感じがした。
<内容>
「地下街の雨」
「決して見えない」
「不文律」
「混 線」
「勝ち逃げ」
「ムクロバラ」
「さよなら、キリハラさん」
<感想>
昔の作品集を再読。ノン・シリーズ短編集であり、やや軽めなモダンホラーというような味わい。
「地下街の雨」は、恋人と別れ、ウェイトレスをしている麻子と不倫を解消した後、新たな職を探している曜子が出会い・・・・・・。ただ単に嫌な話かと思いきや、ラストで意外な展開が待ち受ける。でも、冷静に考えて、これって納得してよいのか、どうか?
「決して見えない」では、タクシーを拾って帰ろうとした男は、年配の男性と出会い、奇妙な話を聞かされることに。ラストでは、主人公に待ち受けていた結果をあえて読者に想像させるような描写になっており、それが色々と考えさせられてしまい恐ろしい。
「不文律」は、一家四人、車で海中へと飛び込んだ無理心中の真相を描く。四人家族の周辺の人々の話を聞いていくうちに真相が明らかになるという趣向の作品。そういえば、こういう事件が実際にあったような・・・・・・
「混 線」は、いたずら電話をする男を諭そうと、被害者の兄によって語られる驚くべき話。これは相手を諭そうとしていた者の正体が実は・・・・・・という、なんとも恐ろしい・・・・・・
「勝ち逃げ」は、伯母の死後、明らかとなったその生き様。この作品はホラーというよりも、独身を貫いたまま亡くなった元教員である一人の女の生き様を示すもの。何気にもっと調べてみれば、さらに色々なエピソードが語られそうな。
「ムクロバラ」は、すでに解決された事件を全て“ムクロバラ”がやったと語る男と、それを聞かされる刑事の顛末を描いた作品。まさに“魔が差す”という話。その象徴的を示す言葉が“ムクロバラ”。
「さよなら、キリハラさん」は、5人暮らしの住宅のなかで、突然音が聞こえなくなるという事態が!? どこからともなく現れたキリハラという男が語る驚くべき話とは! こちらは何気に家族の絆を描く物語。SF的な展開が面白い。
<内容>
秋の夜、下町の庭園での虫聞きの会で殺人事件が。殺されたのは、僕の同級生のクドウさんの従姉だった。被害者の亜紀子さんには少女売春組織とのかかわりあいがあったらしい。無責任な噂があとを絶たず、クドウさんも沈みがち。大好きな彼女のために、僕は親友の島崎と捜査に乗り出した・・・・・・
<内容>
「動くな」。終電帰りに寄ったコンビニで遭遇したピストル強盗は、尻ポケットから赤ちゃんの玩具、ガラガラを落として去った。事件の背後に都会人の孤独な人間模様を浮かび上がらせた表題作。タクシーの女性ドライバーが遠大な殺人計画を語る「十年計画」など、街の片隅、日常に潜むよりすぐりのミステリー七篇を収録。
「人質カノン」 (オール讀物:1995年1月号)
「十年計画」 (小説新潮:1993年9月号)
「過去のない手帳」 (オール讀物:1995年5月号)
「八月の雪」 (オール讀物:1993年8月号)
「過ぎたこと」 (小説新潮:1994年7月号)
「生者の特権」 (オール讀物:1995年7月号)
「漏れる心」 (オール讀物:1995年11月号)
<感想>
宮部みゆきによる、ものがたりによる都市論。都市論などというと難しく感じてしまうが、この作品では都会における現代の人間模様がわかりやすく描かれている。特に浮き彫りにされているのが、“孤独”と“いじめ”がある種のテーマのように感じられる。これらは現代の風土病といってもいいものであろう。短編のいくつかに出てくる“いじめ”であるが、それらは必ずしもきれいに解決されるわけではない。しかし、その問題に悩み、考えることこそがある種の“都市論”といいたくなるようなものをかもしだしている。また、「漏れる心」で取上げられる住宅をテーマにしたものも面白い。これらのように現代における身近なものから起こる事件を取り扱うだけでなく、それらのテーマについて読者に“訴えかける”“考えさせる”ような形にまとまっているのがこの作品の秀逸なところではないだろうか。